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26話 交渉
しおりを挟むピエールが夫の権利を主張し、アデルにバーンウッド伯爵家に帰ってこいと命令した。
「アデル… シェンストーン侯爵に、これ以上迷惑をかけてはいけないよ? バーンウッド伯爵家に戻って来なさい!」
「ピエール…」
お祖父様の遺産と、私が嫁ぐときに持参金がわりにもっていった資産の名義をすべて、クロヴィスへと変えたからあわてているのは、聞かなくてもわかるわ。
「君は僕の妻なのだから、僕の言うことを聞くんだ! バーンウッド伯爵家に戻るんだ!」
侯爵が目の前にいることも忘れてしまったのか、ピエールはイライラと怒鳴った。
「ピエール… 私が伯爵家に戻っても、お金はコイン1枚も戻らないわよ?」
伯爵家に戻ったら、私はきっと名義の変更をピエールに強要される。
でも、そう簡単にはピエールの思いどおりにはいかないわ!
「そんなことはない! 私は夫なのだから、妻の財産は私のモノでもある」
「でも、私… あなたの浮気が許せなくて、全部クロヴィスにあげちゃったのよ? だから私のモノだった財産は、クロヴィスの許可がないと変更できないの」
アデルはピエールに見せつけるように、隣に座るクロヴィスにぐぐっ… と身体をよせる。
ピエールはそれを見て、怒りで顔を赤くする。
「なっ…?! この……っ!」
「バーンウッド伯爵、オレはもちろん変更する気は無いからな」
クロヴィスはアデルの手をギュッ… とにぎりピエールを冷ややかに見つめる。
「だって、ピエール… クロヴィスはお祖父様の最期を看取ってくれたし… 私にとってクロヴィスは、浮気した夫のあなたよりもずっと信頼できる人だから、お金のことをおまかせすることにしたの」
「そんなこと、許されると思っているのか?!!」
ピエールはその場で立ちあがって、頭の上からアデルに怒鳴った。
それまで黙って見ていた侯爵が、見かねて口を開く。
「不作法だぞバーンウッド伯爵、いますぐこの屋敷から君を追い出しても良いのだぞ?!」
「くっ…!」
侯爵にジロリとにらまれ、しぶしぶピエールは腰をおろす。
「アデル… 面倒だから、さっさと本題にはいろう」
これ以上、ピエールを興奮させて話を中断させないほうが良いと… クロヴィスはさりげなく首を横にふり、アデルに注意をうながす。
「……」
私ったら… つい、感情的になってしまった! クロヴィスに止められなければ、挑発し続けて、話ができなくなっていたわ… いけない、怒りをおさえないと。
お祖父様に交渉ごとをする時は、けして自分の感情を見せてはいけないと、教えられていたのに!
アデルはクロヴィスに小さくうなずき、フゥー… とため息をつくと、ピエールに向きなおる。
「ピエール… あなたに遺産の一部をゆずるから、離婚していただけないかしら?」
「何…っ?! 一部だって?! 冗談じゃないぞ! 全部、僕のモノだ!」
かくしていた強欲な本性をピエールはさらす。
アデルは執務室へ入る時に持って来た帳簿を開き、ピエールが見えるようにローテーブルにおく。
「これはダイアモンド鉱山の採掘量と、利益に関する去年の帳簿です」
「ダイヤモンド鉱山だって?」
ピエールは帳簿の開いたページををジッ… と見つめる。
「ええ… お祖父様からいただいたけれど、離婚してくれるなら、あなたにあげても良いわ?」
良かった! ピエールは鉱山に興味をもったみたいだわ。
「……」
ピエールはだまって帳簿をパラパラとめくり、記入された数字を目で追う。
「嫌ならあなたは、何も手に入れられないし… それにシャルロットと一生、結婚できないわよ?」
私と結婚しているかぎり、シャルロットは愛人のままだわ。
「……」
チラリッ… と帳簿からアデルへとピエールは視線をうつす。
「侯爵家はこのままアデルを保護し続けるつもりだ… ケンカを売るなら買っても良いぞ? まぁ、その前に妻を殺そうとしたことがおもてに出て、醜聞まみれで没落するだろうけれど…」
クロヴィスはいっきにピエールを追いつめ始める。
「なっ…?!」
顔を強張らせてピエールは、クロヴィスを見た。
「アデルを殺そうとした襲撃犯の1人が、自分たちを雇ったのはストナル子爵だと証言したそうだ… たしか、あんたの大切な『愛する妻』とやらが、ストナル子爵家の令嬢だったよな?」
銃で受けためずらしい傷を持つ患者がいないか、襲撃事件の捜査をする王都騎士団は、王都じゅうの医者にかたっぱしから確認をとると、貧民街の診療所で逃げ出した襲撃犯が見つかった。
アデルが襲われた状況と経緯をクロヴィスから聞いた王都騎士団は、ストナル子爵を秘密裏につかまえ、バーンウッド伯爵の名を聞きだそうと尋問中である。
「そ… それが何だ?! 僕には関係ない話だ」
「だが妻のアデルが死んで1番、得するのは夫のあんただろう? このままだと、誰もが愛人シャルロットの兄と夫の伯爵が共謀して、妻を殺そうとしたと思うだろうな?」
「証拠があるのか?! そんなモノは無いはずだ!」
ピエールは反論すると… 侯爵が口をはさんだ。
「社交界に証拠は不要だ、噂の元があるだけで名門貴族を醜聞で没落させられる」
「ピエール… あなたはシャルロットを伯爵夫人の部屋に、むかえいれるべきではなかったのよ」
私はお祖父様が亡くなって喪中だから… 華やかな社交活動はできないけれど… かわりに侯爵夫人が夜会やお茶会に出席して、噂好きなおしゃべり貴婦人たちに、ピエールと愛人シャルロットの噂を流している。
「……っ」
悔しそうにピエールはアデルをにらむ。
「今のうちにアデルと離婚して、夫の権利を放棄すれば… 妹想いの兄のストナル子爵が、シャルロットのために独断でやったと言い逃れできるだろうな?」
「私と離婚してダイヤモンド鉱山とシャルロットを手に入れるか? …すべて失うか? ねぇ、ピエール? こんな簡単なこと… 考えなくてもわかるでしょう?」
「クソッ…!」
前もってアデルが弁護士のジャコブ卿に作らせておいた、ダイアモンド鉱山の譲渡契約書と離婚申請の書類に、ピエールは屈辱で手を震わせながら署名した。
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