44 / 92
41話 聖女エクレラージュ
しおりを挟む暖かな聖なる力に包まれて、ソレイユはあまりの心地良さに… フゥ――ッ… とためいきをついて、瞳を閉じた。
『……ジュ…!』
―――――誰かに名前を呼ばれ、振り向くと… 愛しい人が佇んでいた。
春の穏やかな木漏れ日のような、柔らかな金の髪に、琥珀色の瞳… 濃い緑色の騎士服に付けられた、黒くて地味な黒曜石のボタンが、陽光を反射してキラリッ… と光る。
『ロワン様…』
胸に愛しさがあふれて、心臓が壊れそうなほど激しく拍動する。
『やぁ、ラージュ! 今日の魔獣は危なかったね…? 一度に7頭も出るなんて、本当に驚いたな?! いつもは冷静な王太子殿下もさすがに焦っておられたぐらいだ』
ニカッ… と笑いロアンは、魔獣退治用の大剣を止める金具を、カチカチと鳴らしながら歩いて来る。
『ふふふっ… そう言いながら、ロワン様は少しも動じていなかったでしょう?』
『イヤイヤ! 王太子殿下よりも焦っていたけど、部下たちが見ていたから、恐怖のさけび声を上げたくてもあげられなかったのさ』
傷だらけの手のひらを顔の前でヒラヒラと振りながら、ロワンはラージュを笑わせるために、冗談めかして面白おかしく語る。
『ご冗談を! 勇猛果敢なオルドナンス公爵様が、そんなはずはありませんでしょう?!』
ラージュもロワンに合わせて、大袈裟に驚くふりをした。
『私としては、出来れば聖女殿の陰に、隠れていたかったよ』
『ふふっ…』
そう言いながらロワン様は、誰よりも前へ出て戦う人だから… 私はいつも、心配でたまらないわ?! 本当に困った人!
魔法騎士団の騎士団長のオルドナンス公爵は、誰よりも優しく、誰よりも誇り高い騎士なのだ。
オルドナンス公爵領の、農民の子として産まれたラージュは… 子供の頃、神殿で受けた魔力判定で、聖なる力が宿る者として見いだされ、オルドナンス公爵家に保護される。
公爵家から毎日、町の神殿へ通いラージュは聖女の修行をした。
幼いうちから家族と離され、厳しい修行に耐えられたのは、ともに成長したオルドナンス公爵家の長男ロアンが、ずっとラージュに寄りそい励ましてくれたからだ。
『弟に公爵位を譲ったから、私はもう結婚の義務から解放された… 私が仕えるのはこの世でただ一人、聖女エクレラージュだけだ!』
ラージュの前でひざまずき、神官服の長い裾を手に取りキスをして… ロアンは忠誠の誓いを口にした。
『でも、ロアン様!! 私は…っ!』
嬉しくて… 悲しくて… 複雑な感情に支配されラージュの瞳から、涙がこぼれる。
王国の宝でもある聖女となった者は、王族と結婚するのが、義務の1つだった。
聖なる力(浄化の魔法力)は特殊で、他の魔力とは異なり、産まれた子供へ継がせることは出来ないが… 聖女の名声を王家に捧げるためである。
『君が王太子殿下と結婚し、王妃になっても… ラージュ、私の忠誠と愛は変わらないよ』
『ロアン様… 愛しています! 子供の時から、ずっとあなたを愛してきました!! たとえ王太子殿下と結婚しても、ロアン様を愛し続けると誓います!』
ひざまずく愛しい人を抱き締め、ラージュは何度もキスをした。
暗く青い… 青い炎に焼かれ… 目の前で騎士たちが、ラージュを守るために、次々と死んでゆく。
『さっき幻鳥で助けを呼んだ、王太子殿下がすぐに来るはずだ! あまり知恵は無いが、イフリートは強敵だ…! 目につく人間はすべて殺さないと、ヤツの殺戮は止まらないだろう!』
『ロアン様…!』
広いロアンの背中に守られて、ラージュは後ろへ後ろへと退く。
青い炎でイフリートが最後の騎士を焼き殺し… 残りはロアンとラージュの2人だけとなった。
グオォォォ――――!!! イフリートが野蛮な雄叫びを上げる。
元は深い森だった、その辺り一帯は… 獰猛な青い炎で焼き尽くされて、逃げ隠れする場所さえ無くなっていた。
ロアンとラージュに向かって来るのは、時間の問題だった。
『ロアン様!』
ああ… 私たちの最期の時が近づいているのね?!
ラージュはロアンの広い背中に触れて、愛しい名前を呼んだ。
『どうやらここまでだな… 悪いなラージュ! 本当にすまない!』
『ロアン様、あなたと一緒なら怖くはありません! 私はどこまでもあなたに付いて行きます!』
愛する人にラージュは、自分の意志は揺るがないと伝えた。
チラリとロアンは振り向き… 琥珀色の瞳を細め、眉尻を下げて困り顔で笑う。
『愛しているよラージュ… すまない…!』
足元から土がボコボコとせり上がり、ロアンとラージュの間を隔てるように、高い高い壁が出来上がって行く。
ロアンの魔法がラージュを守るための防御壁を作っているのだ。
『あっ!! 待って、ロアン様?! ロアン様!! 待って下さい! 嫌です、ロアン様―――ッ!! 嫌! 嫌ぁ―――っ! ロアン様―――っ!!!」
ラージュを囲み、土の天井が出来上がり、空を覆われた暗闇に向かってさけび声が響く。
声の限りラージュはさけび、愛する人の名を呼んだ。
何度も… 何度も… 気を失うまで何度も……
ふと… 目覚めると、泣いた後のように目を真っ赤にした王太子アドリアンが、ラージュを抱きかかえていた。
『無事で良かった… エクレラージュ殿!』
『王太子殿下…?』
王太子アドリアンの背後に、半分崩れた魔法の土壁が視界に入り… ラージュは自分が気を失う前のことを思い出す。
『殿下! ロアン様は… ロアン様は?!』
『わからない… 我々が来た時には全て燃え尽きて灰となっていた… エクレラージュ殿… あなた以外は、何も残っていない… 木も草も… 人も…』
白い灰が雪のように舞い、王太子の背後にあるロアンが作った土壁にふりつもっていた。
『…何も?』
『エクレラージュ殿、恐らくロアンは……』
いくら頑丈にロアンが土壁を作っても、イフリートが本気になれば簡単に突破されてしまう。
ラージュを土壁の内側に隠し、ロアンは自分が囮となって引きつけ、知能が低いイフリートの目をラージュからそらした。
ロアンはラージュを守り抜いたのだ。
「いやぁあああああ―――――――――――っ!!!!!!」
声の限り叫んだ。
「ソレイユ?! ソレイユ?! しっかりしろ―――っ!!!」
アンバレが『王太子殿下』のように、ソレイユを抱きかかえていた。
「あああ… あああ… うっ… ふううっ…ううっ…ううう…」
「一体、どうしたと言うのだ… ソレイユ?!」
「ロ…アン…様が… ロアン…様…が… 消えてし…まった…」
肩を震わせ、ソレイユは子供のように声を上げて泣きながら… アンバレにしがみついた。
93
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女になり損なった刺繍令嬢は逃亡先で幸福を知る。
みやこ嬢
恋愛
「ルーナ嬢、神聖なる聖女選定の場で不正を働くとは何事だ!」
魔法国アルケイミアでは魔力の多い貴族令嬢の中から聖女を選出し、王子の妃とするという古くからの習わしがある。
ところが、最終試験まで残ったクレモント侯爵家令嬢ルーナは不正を疑われて聖女候補から外されてしまう。聖女になり損なった失意のルーナは義兄から襲われたり高齢宰相の後妻に差し出されそうになるが、身を守るために侍女ティカと共に逃げ出した。
あてのない旅に出たルーナは、身を寄せた隣国シュベルトの街で運命的な出会いをする。
【2024年3月16日完結、全58話】
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
婚約破棄された聖女様たちは、それぞれ自由と幸せを掴む
青の雀
ファンタジー
捨て子だったキャサリンは、孤児院に育てられたが、5歳の頃洗礼を受けた際に聖女認定されてしまう。
12歳の時、公爵家に養女に出され、王太子殿下の婚約者に治まるが、平民で孤児であったため毛嫌いされ、王太子は禁忌の聖女召喚を行ってしまう。
邪魔になったキャサリンは、偽聖女の汚名を着せられ、処刑される寸前、転移魔法と浮遊魔法を使い、逃げ出してしまう。
、
誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが
迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。
魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。
貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。
魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!
そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。
重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。
たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。
なんだこれ…………
「最高…………」
もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!
金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!
そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!
私、魅了魔法なんて使ってません! なのに冷徹魔道士様の視線が熱すぎるんですけど
紗幸
恋愛
社畜女子だったユイは、気づけば異世界に召喚されていた。
慣れない魔法の世界と貴族社会の中で右往左往しながらも、なんとか穏やかに暮らし始めたある日。
なぜか王立魔道士団の団長カイルが、やたらと家に顔を出すようになる。
氷のように冷静で、美しく、周囲の誰もが一目置く男。
そんな彼が、ある日突然ユイの前で言い放った。
「……俺にかけた魅了魔法を解け」
私、そんな魔法かけてないんですけど!?
穏やかなはずの日々に彼の存在が、ユイの心を少しずつ波立たせていく。
まったりとした日常の中に、時折起こる小さな事件。
人との絆、魔法の力、そして胸の奥に芽生え始めた“想い”
異世界で、ユイは少しずつ——この世界で生きる力と、誰かを想う心を知っていく。
※タイトルのシーンは7話辺りからになります。
ゆったりと話が進みますが、よろしければお付き合いください。
※カクヨム様にも投稿しています。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~
榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。
ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。
別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら?
ー全50話ー
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる