すてられた令嬢は、傷心の魔法騎士に溺愛される

みみぢあん

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41話 聖女エクレラージュ

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 暖かな聖なる力に包まれて、ソレイユはあまりの心地良さに… フゥ――ッ… とためいきをついて、瞳を閉じた。




『……ジュ…!』


 ―――――誰かに名前を呼ばれ、振り向くと… 愛しい人がたたずんでいた。

 春の穏やかな木漏こもれ日のような、柔らかな金の髪に、琥珀こはく色の瞳… 濃い緑色の騎士服に付けられた、黒くて地味な黒曜石こくようせきのボタンが、陽光を反射してキラリッ… と光る。


『ロワン様…』
 胸に愛しさがあふれて、心臓が壊れそうなほど激しく拍動はくどうする。

『やぁ、ラージュ! 今日の魔獣は危なかったね…? 一度に7頭も出るなんて、本当に驚いたな?! いつもは冷静な王太子殿下もさすがにあせっておられたぐらいだ』
 ニカッ… と笑いロアンは、魔獣退治用の大剣を止める金具を、カチカチと鳴らしながら歩いて来る。

『ふふふっ… そう言いながら、ロワン様は少しも動じていなかったでしょう?』

『イヤイヤ! 王太子殿下よりもあせっていたけど、部下たちが見ていたから、恐怖のさけび声を上げたくてもあげられなかったのさ』
 傷だらけの手のひらを顔の前でヒラヒラと振りながら、ロワンはラージュを笑わせるために、冗談めかして面白おかしく語る。

『ご冗談を! 勇猛果敢ゆうもうかかんなオルドナンス公爵様が、そんなはずはありませんでしょう?!』
 ラージュもロワンに合わせて、大袈裟おおげさに驚くふりをした。

『私としては、出来れば聖女殿の陰に、隠れていたかったよ』

『ふふっ…』
 そう言いながらロワン様は、誰よりも前へ出て戦う人だから… 私はいつも、心配でたまらないわ?! 本当に困った人!

 魔法騎士団の騎士団長のオルドナンス公爵は、誰よりも優しく、誰よりもほこり高い騎士なのだ。

 オルドナンス公爵領の、農民の子として産まれたラージュは… 子供の頃、神殿で受けた魔力判定で、聖なる力が宿る者として見いだされ、オルドナンス公爵家に保護される。

 公爵家から毎日、町の神殿へ通いラージュは聖女の修行をした。
 幼いうちから家族と離され、厳しい修行に耐えられたのは、ともに成長したオルドナンス公爵家の長男ロアンが、ずっとラージュに寄りそいはげましてくれたからだ。





『弟に公爵位を譲ったから、私はもう結婚の義務から解放された… 私がつかえるのはこの世でただ一人、聖女エクレラージュだけだ!』
 ラージュの前でひざまずき、神官服の長いすそを手に取りキスをして… ロアンは忠誠の誓いを口にした。

『でも、ロアン様!! 私は…っ!』
 嬉しくて… 悲しくて… 複雑な感情に支配されラージュの瞳から、涙がこぼれる。

 王国の宝でもある聖女となった者は、王族と結婚するのが、義務の1つだった。
 聖なる力(浄化の魔法力)は特殊で、他の魔力とは異なり、産まれた子供へ継がせることは出来ないが… 聖女の名声を王家に捧げるためである。

『君が王太子殿下と結婚し、王妃になっても… ラージュ、私の忠誠と愛は変わらないよ』
 
『ロアン様… 愛しています! 子供の時から、ずっとあなたを愛してきました!! たとえ王太子殿下と結婚しても、ロアン様を愛し続けると誓います!』
 ひざまずく愛しい人を抱き締め、ラージュは何度もキスをした。





 暗く青い… 青い炎に焼かれ… 目の前で騎士たちが、ラージュを守るために、次々と死んでゆく。


『さっき幻鳥げんちょうで助けを呼んだ、王太子殿下がすぐに来るはずだ! あまり知恵は無いが、イフリートは強敵だ…! 目につく人間はすべて殺さないと、ヤツの殺戮さつりくは止まらないだろう!』

『ロアン様…!』
 広いロアンの背中に守られて、ラージュは後ろへ後ろへと退しりぞく。

 青い炎でイフリートが最後の騎士を焼き殺し… 残りはロアンとラージュの2人だけとなった。


 グオォォォ――――!!! イフリートが野蛮な雄叫おたけびを上げる。

 元は深い森だった、その辺り一帯は… 獰猛どうもうな青い炎で焼き尽くされて、逃げ隠れする場所さえ無くなっていた。

 ロアンとラージュに向かって来るのは、時間の問題だった。


『ロアン様!』
 ああ… 私たちの最期の時が近づいているのね?!

 ラージュはロアンの広い背中に触れて、愛しい名前を呼んだ。

『どうやらここまでだな… 悪いなラージュ! 本当にすまない!』

『ロアン様、あなたと一緒なら怖くはありません! 私はどこまでもあなたに付いて行きます!』
 愛する人にラージュは、自分の意志は揺るがないと伝えた。

 チラリとロアンは振り向き… 琥珀こはく色の瞳を細め、眉尻まゆじりを下げて困り顔で笑う。

『愛しているよラージュ… すまない…!』
 足元から土がボコボコとせり上がり、ロアンとラージュの間をへだてるように、高い高い壁が出来上がって行く。

 ロアンの魔法がラージュを守るための防御壁ぼうぎょへきを作っているのだ。

『あっ!! 待って、ロアン様?! ロアン様!! 待って下さい! 嫌です、ロアン様―――ッ!! 嫌! 嫌ぁ―――っ! ロアン様―――っ!!!」

 ラージュを囲み、土の天井が出来上がり、空をおおわれた暗闇に向かってさけび声が響く。
 声の限りラージュはさけび、愛する人の名を呼んだ。

 何度も… 何度も… 気を失うまで何度も……





 ふと… 目覚めると、泣いた後のように目を真っ赤にした王太子アドリアンが、ラージュを抱きかかえていた。

『無事で良かった… エクレラージュ殿!』

『王太子殿下…?』
 王太子アドリアンの背後に、半分くずれた魔法の土壁が視界に入り… ラージュは自分が気を失う前のことを思い出す。


『殿下! ロアン様は… ロアン様は?!』

『わからない… 我々が来た時には全て燃え尽きてはいとなっていた… エクレラージュ殿… あなた以外は、何も残っていない… 木も草も… 人も…』
 白い灰が雪のように舞い、王太子の背後にあるロアンが作った土壁にふりつもっていた。

『…何も?』

『エクレラージュ殿、恐らくロアンは……』
 いくら頑丈がんじょうにロアンが土壁を作っても、イフリートが本気になれば簡単に突破とっぱされてしまう。
 ラージュを土壁の内側に隠し、ロアンは自分がおとりとなって引きつけ、知能が低いイフリートの目をラージュからそらした。

 ロアンはラージュを守り抜いたのだ。



「いやぁあああああ―――――――――――っ!!!!!!」
 声の限り叫んだ。

「ソレイユ?! ソレイユ?! しっかりしろ―――っ!!!」
 アンバレが『王太子殿下』のように、ソレイユを抱きかかえていた。

「あああ… あああ… うっ… ふううっ…ううっ…ううう…」
「一体、どうしたと言うのだ… ソレイユ?!」
「ロ…アン…様が… ロアン…様…が… 消えてし…まった…」


 肩を震わせ、ソレイユは子供のように声を上げて泣きながら… アンバレにしがみついた。




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