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裏切りの始まり
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秋月弘人は、都内のジムのインストラクターをしている。元々体を動かすことが好きだったが、足の怪我をしたことで、熱中していたサッカーは断念せざるを得なくなった。そこから、怪我をしない体作りに興味を持ち、今は筋肉トレーニングやストレッチの仕方をジムに通う会員に指導する、個人インストラクターの仕事についていた。
弘人は甘い容姿と、話しやすい雰囲気でトレーニングを進める為、女性会員からは人気が高かった。しかし、ジムの規定として、個人の会員とインストラクターが会ったり、連絡先を交換することは禁止されていた。また、弘人は奈緒子と結婚していたので、時々女性からの誘いはあったが、応じる気にはなれなかった。
弘人は、純粋で優しい奈緒子のことが好きだった。普段は大人しいのに、好きな話しになると少し興奮気味に話し出し、自分にだけ飛びっきりの笑顔を見せてくれるのが嬉しかった。
弘人は奈緒子と、いつまでも仲良く年を重ねていくのだと当然のように思っていた。
ある日、先輩のインストラクターである卓也が、休みで家でくつろいでいた弘人に電話をかけてきた。
「あ、弘人?お疲れ様ー!俺のお得意さんがさ、一緒に飲まないかって!お前も来いよ。」
「先輩、僕今日休みですし、特定の会員さんと会うのはダメじゃ」
弘人が言い終わらないうちに、卓也は電話を切ってしまった。弘人はしぶしぶ、卓也が指定したバーに向かった。
バーに入ると、卓也と話し込んでいる中年の男性会員と、隣にもう1人、髪の長い女性がいた。
「弘人!こちらの女性は、今度うちのジムに入会してくれることになった桜井さんだ。担当はお前をご指名だ。いいなぁ、こんな美人に使命してもらえて。」
卓也がうらやましそうに言った。桜井と紹介された女性は、改めて自己紹介をした。
「初めまして。桜井はるかといいます。秋月さんのトレーニングが、初心者でも始めやすいって聞いて、指名させてもらいました。よろしくね。」
弘人は、「こちらこそよろしくお願いします。」と言って頭を下げた。桜井という女性は、弘人が今まで見た中でも、最も美人だった。
桜井は、週に2回ジムに通い、トレーニング合間の休憩時間に他愛もない雑談をした。桜井は知的で、ユーモアがあった。それでいて、映画はホラーが一番好きというのがすごく意外だった。
「桜井さん、ホラー好きなんですね!僕もホラー映画好きなんですけど、妻はホラーダメで。唯一そこだけは好みが合わないんです。」
「あら、そうなの?私はホラー映画が実は一番好き。奥様がダメなら、今度私と一緒に行く?」
冗談で言っているのか、本気で言っているのか、弘人には分からなかったが、そう言われて悪い気はしなかった。
「あはは。でも、桜井さんそんなにお綺麗だから、一緒に行く彼氏さんいるんじゃないですか?」
プライベートなことを聞きすぎただろうか?弘人はなんとなく、桜井に彼氏がいるのかどうかが気になり、そのような聞き方をした。
「彼氏は残念ながらいないのよ。でも、好きな人はいる。その人は奥さんがいるから、私は相手にされないでしょうね。」
桜井が、じっと弘人の目を見てきた。その含みのある目に、弘人はもしや、と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
「そうなんだ。桜井さんみたいな女性から好かれる男がうらやましいですね。」
弘人は、本心からそう言った。トレーニングが終わり、桜井は着替える為、更衣室へ入っていった。他のトレーナーは外出していて、同じフロアのジムの中は2人っきりだった。しばらくすると、更衣室の中から桜井の声がした。
「秋月さん!ちょっと見てもらえない?ロッカーの鍵が開かなくて····」
弘人は、ロッカーの鍵に不具合が出ているのだと思い、失礼しますと言って更衣室に入った。普段は清掃の時以外は女子更衣室に入らないが、今回は特別だった。
弘人がロッカーを確認すると、難なく鍵は開いた。
「桜井さん、鍵開きましたよ····」
弘人が振り向こうとすると、すぐ近くに桜井の顔があった。
「はるかって呼んで。さっきの話だけど、私の好きな人ってね、弘人さんあなたなの。」
弘人は固まってしまい、はるかから目が離せなくなってしまった。
「困る?」
はるかはそう言うと、弘人の首に手を回し、キスをしてきた。弘人は驚いたが、心の底では、はるかからの、この行為を望んでいた自分に気づき、すぐに火が着いたようにお互いを貪り合った。
してはいけない場所で、してはいけないことをしているという背徳感が、より2人を興奮させ、行為は次第にエスカレートしていった。その後、しばらく2人は更衣室から出てこなかった。
それからは、なし崩し的に、弘人とはるかの会瀬は続いた。弘人は、奈緒子への罪悪感はもちろんあったが、奈緒子と真逆のはるかの魅力に抗えなくなっていた。
奈緒子は、嘘がつけない。言葉遊びもしないし、駆け引きもしない。いい意味で純粋で、裏表がない人間だ。一方、はるかは、何を考えているか読めないことがあり、連絡をいきなり絶ったり、かと思えば急に会いたいと連絡してくることもあった。
また、男女の行為にもはっきりと差があった。受け身な奈緒子に比べ、はるかは積極的で、テクニックがあった。そういう意味で、はるかは刺激的であり、弘人が家で奈緒子を抱く回数は、明らかに減っていった。
「奥さん、あなたを満足させてくれないのね。」
はるかはどこか嬉しそうな表情で笑っていた。
それからしばらくして、はるかが奈緒子と学生の頃の親友ということを聞かされ、弘人は真っ青になった。
「え・・・どういうこと??奈緒子の友達は『山内』だったろ?」
「親が離婚してね。名字が変わったのよ。それにしても、弘人はひどいわね。いくら私が変わったからって、顔を見ても思い出しもしないなんて。」
弘人には、はるかの狙いが分からなかった。最初から奈緒子の夫である弘人を落とすために近付いてきたのだとしたら、執念じみたものを感じ、弘人は背筋が凍る思いがした。
「安心して。私はあなたをただ愛してるだけ。奈緒子に言うつもりはないわ。あなたは、ただ今まで通り、私と会ってくれればいい。」
引き返すには、弘人ははるかに深入りしすぎていた。もう戻れないところまできてしまった。弘人ははるかを抱きながら、ぼんやりとそう考えていた。
弘人は甘い容姿と、話しやすい雰囲気でトレーニングを進める為、女性会員からは人気が高かった。しかし、ジムの規定として、個人の会員とインストラクターが会ったり、連絡先を交換することは禁止されていた。また、弘人は奈緒子と結婚していたので、時々女性からの誘いはあったが、応じる気にはなれなかった。
弘人は、純粋で優しい奈緒子のことが好きだった。普段は大人しいのに、好きな話しになると少し興奮気味に話し出し、自分にだけ飛びっきりの笑顔を見せてくれるのが嬉しかった。
弘人は奈緒子と、いつまでも仲良く年を重ねていくのだと当然のように思っていた。
ある日、先輩のインストラクターである卓也が、休みで家でくつろいでいた弘人に電話をかけてきた。
「あ、弘人?お疲れ様ー!俺のお得意さんがさ、一緒に飲まないかって!お前も来いよ。」
「先輩、僕今日休みですし、特定の会員さんと会うのはダメじゃ」
弘人が言い終わらないうちに、卓也は電話を切ってしまった。弘人はしぶしぶ、卓也が指定したバーに向かった。
バーに入ると、卓也と話し込んでいる中年の男性会員と、隣にもう1人、髪の長い女性がいた。
「弘人!こちらの女性は、今度うちのジムに入会してくれることになった桜井さんだ。担当はお前をご指名だ。いいなぁ、こんな美人に使命してもらえて。」
卓也がうらやましそうに言った。桜井と紹介された女性は、改めて自己紹介をした。
「初めまして。桜井はるかといいます。秋月さんのトレーニングが、初心者でも始めやすいって聞いて、指名させてもらいました。よろしくね。」
弘人は、「こちらこそよろしくお願いします。」と言って頭を下げた。桜井という女性は、弘人が今まで見た中でも、最も美人だった。
桜井は、週に2回ジムに通い、トレーニング合間の休憩時間に他愛もない雑談をした。桜井は知的で、ユーモアがあった。それでいて、映画はホラーが一番好きというのがすごく意外だった。
「桜井さん、ホラー好きなんですね!僕もホラー映画好きなんですけど、妻はホラーダメで。唯一そこだけは好みが合わないんです。」
「あら、そうなの?私はホラー映画が実は一番好き。奥様がダメなら、今度私と一緒に行く?」
冗談で言っているのか、本気で言っているのか、弘人には分からなかったが、そう言われて悪い気はしなかった。
「あはは。でも、桜井さんそんなにお綺麗だから、一緒に行く彼氏さんいるんじゃないですか?」
プライベートなことを聞きすぎただろうか?弘人はなんとなく、桜井に彼氏がいるのかどうかが気になり、そのような聞き方をした。
「彼氏は残念ながらいないのよ。でも、好きな人はいる。その人は奥さんがいるから、私は相手にされないでしょうね。」
桜井が、じっと弘人の目を見てきた。その含みのある目に、弘人はもしや、と思ったが、すぐにその考えを打ち消した。
「そうなんだ。桜井さんみたいな女性から好かれる男がうらやましいですね。」
弘人は、本心からそう言った。トレーニングが終わり、桜井は着替える為、更衣室へ入っていった。他のトレーナーは外出していて、同じフロアのジムの中は2人っきりだった。しばらくすると、更衣室の中から桜井の声がした。
「秋月さん!ちょっと見てもらえない?ロッカーの鍵が開かなくて····」
弘人は、ロッカーの鍵に不具合が出ているのだと思い、失礼しますと言って更衣室に入った。普段は清掃の時以外は女子更衣室に入らないが、今回は特別だった。
弘人がロッカーを確認すると、難なく鍵は開いた。
「桜井さん、鍵開きましたよ····」
弘人が振り向こうとすると、すぐ近くに桜井の顔があった。
「はるかって呼んで。さっきの話だけど、私の好きな人ってね、弘人さんあなたなの。」
弘人は固まってしまい、はるかから目が離せなくなってしまった。
「困る?」
はるかはそう言うと、弘人の首に手を回し、キスをしてきた。弘人は驚いたが、心の底では、はるかからの、この行為を望んでいた自分に気づき、すぐに火が着いたようにお互いを貪り合った。
してはいけない場所で、してはいけないことをしているという背徳感が、より2人を興奮させ、行為は次第にエスカレートしていった。その後、しばらく2人は更衣室から出てこなかった。
それからは、なし崩し的に、弘人とはるかの会瀬は続いた。弘人は、奈緒子への罪悪感はもちろんあったが、奈緒子と真逆のはるかの魅力に抗えなくなっていた。
奈緒子は、嘘がつけない。言葉遊びもしないし、駆け引きもしない。いい意味で純粋で、裏表がない人間だ。一方、はるかは、何を考えているか読めないことがあり、連絡をいきなり絶ったり、かと思えば急に会いたいと連絡してくることもあった。
また、男女の行為にもはっきりと差があった。受け身な奈緒子に比べ、はるかは積極的で、テクニックがあった。そういう意味で、はるかは刺激的であり、弘人が家で奈緒子を抱く回数は、明らかに減っていった。
「奥さん、あなたを満足させてくれないのね。」
はるかはどこか嬉しそうな表情で笑っていた。
それからしばらくして、はるかが奈緒子と学生の頃の親友ということを聞かされ、弘人は真っ青になった。
「え・・・どういうこと??奈緒子の友達は『山内』だったろ?」
「親が離婚してね。名字が変わったのよ。それにしても、弘人はひどいわね。いくら私が変わったからって、顔を見ても思い出しもしないなんて。」
弘人には、はるかの狙いが分からなかった。最初から奈緒子の夫である弘人を落とすために近付いてきたのだとしたら、執念じみたものを感じ、弘人は背筋が凍る思いがした。
「安心して。私はあなたをただ愛してるだけ。奈緒子に言うつもりはないわ。あなたは、ただ今まで通り、私と会ってくれればいい。」
引き返すには、弘人ははるかに深入りしすぎていた。もう戻れないところまできてしまった。弘人ははるかを抱きながら、ぼんやりとそう考えていた。
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