友達夫婦~夫の浮気相手は私の親友でした~

きなこもち

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決心

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 奈緒子は部屋に帰り、携帯の拒否設定を解除した。弘人からの着信やメールが鬼のように残っていた。
『会って話そう。家に一度帰ってきて』
『あの男は誰?浮気してるの?』
 といった内容のオンパレードだった。
 奈緒子は昨日思いっきり泣いたせいか、頭は妙にスッキリしていた。

 再構築は無理だ。

 はるかが本当に妊娠しているのか、子どもの父親が弘人かどうかの真偽は、もはやどうでも良かった。
 仲良しの友達夫婦はもういない。

 奈緒子は弘人に電話をかけた。
「───もしもし?奈緒子?今どこに───」
「昨日はどうも。今度、弘人のお母さんに会うって言ってたよね?」
「········えっ?」
「私も一緒に行く。詳細はまた連絡して。」
 それだけ言うと、奈緒子はブチッと電話を切った。
 奈緒子は、弘人の母親が苦手だった。弘人の父親は、弘人が小さい頃に外で女を作って出ていったそうだ。それから、母親は女手一つで弘人を育てた。

 奈緒子も、本当の娘のように弘人の母と仲良くしたい、そういう気持ちで、初めて弘人の母親のアパートに挨拶に行った時のことだった。
 初対面で弘人の母親は、奈緒子を上から下まで見て、「まぁ地味な子選んだねぇ!」と言った。
「子どもは早く作りなよ。私は女の子がいい。でも、あなた気を付けてね。私みたいにならないように、弘人のことしっかり繋ぎとめておきなさい。」
 奈緒子は、なんて失礼な人なのだろうと思った。それから、正月に顔を出す度に、
「子どもはまだなの?奈緒子さん、問題あるんじゃない?」
 と言われ、顔を出すのが憂鬱になった。

 そんな人が、浮気相手が妊娠したと聞いた時の反応は予想できる。
 だから、これはいい機会だ。嫌いだった弘人の母親が、何故だか奈緒子の味方のような気がしてきて、奈緒子は心強くなった。

 はるかにも、電話をかけた。
「はるか?あなたの希望通り、私も弘人のお母さんに会いに行く。あとさ、赤ちゃんができたって証明できるもの持ってきてくれる?本当かどうか確認したいの。」
「もちろん、本当だよ!分かった。持っていくね。奈緒子に会えるの楽しみにしてる。」
 はるかは、明るい声でそういった。

 これで、下準備は整った。あとは、今後の自分のためにも、然るべきところに行こう。

 ◇

 弘人の母親の家に行く日の朝、アパートを出ようとした奈緒子は、ドアの前で寅に出くわした。
 カラオケの翌日以降、奈緒子は忙しく動き回っていた為、寅とは顔を合わせていなかった。
「あ·······奈緒子さん、お出掛けですか?」
「うん。ちょっと戦いに。私頑張るね。寅くん、応援してて。」
 寅は少し心配そうな顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「なんだか、奈緒子さん吹っ切れたような顔してます。無事終わったら、打ち上げしましょう。」
「あはは!打ち上げ?」
「はい。今度は僕が行きたい場所でお願いします。」
 奈緒子は「楽しみにしてるね。」と言い、弘人とはるかの待つ、奈緒子の自宅マンションへ向かった。

 マンションに着くと、既に弘人とはるかは駐車場で待っていた。はるかのカバンには、これみよがしにマタニティマークのキーホルダーがつけられていた。
「お待たせ。行きましょうか。」
 奈緒子は、何かをいいかけた弘人を無視して後部座席に座った。

「な、奈緒子─なんでそっちに····」
 奈緒子が助手席に座ると思っていたのか、弘人が納得がいかないというような顔をした。
「今日は2人が主役でしょ?はるか、どうぞ。足元に気をつけてね。」
 奈緒子はニッコリしながら、手でどうぞとはるかを促した。
「奈緒子、気を遣わせちゃってごめんね···じゃあお言葉に甘えて。」
 はるかも嬉しそうに、助手席に乗り込んだ。

 車が発進し、車内は重苦しい空気に包まれた。楽しげに、何周目には性別が分かるだの、ベビー用品を揃えなければいけない、だのと話しているはるかと、バックミラー越しにちらちらと奈緒子の様子を伺っている弘人、2人を全く無視して、外の景色を眺めている奈緒子は、端から見ても奇妙な関係性だった。

 弘人は、奈緒子にずっと聞きたかったことを問い質した。
「奈緒子····あの、この前ファミレスに来た男の人ってどういう関係?2回目だよね?」
「──寅くん?前に言ったでしょ?私の職場で本を借りにくる学生さん。今はお隣に住んでる。」
「······隣に住んでる!?何だよそれ、聞いてない。」
「言ってないもん。お昼を食べたり、カラオケに行ったりもした。でもそれ以上の関係じゃない。弘人とは違って、乱れた関係って分かってて女に手を出す人じゃないから。私もはるかとは違うから、いいなと思ってても露骨に誘ったりはしない。」
「───何だよそれ!!その学生が好きだっていうのか!?お前いくつだよ?恥ずかしくないのか?──」
 弘人の怒った様子に、奈緒子は笑いが出てしまった。
「ふふっあなたにそんなふうに言われると思わなかった。だから、私が勝手にいいなって思ってるだけよ。思うのは自由でしょ?好きだからすぐヤっちゃうっていうのは、人間じゃなくて動物なの。私は人間だから、理性があるのよ。」
 まだ言い返そうとする弘人を遮り、はるかがパチパチと拍手をした。
「奈緒子、私の知ってる奈緒子じゃないみたい!!奈緒子はいつもお人好しで、おどおどしてて、強いこと言えないタイプかと思ってた。奈緒子が変われたのは、私のおかげかな!感謝してよね。」
 今までの奈緒子なら、ここで何も言えずに黙るか、ひどく傷ついて泣いていたところだが、もはやはるかのそんな挑発などどうでも良かった。
「うん、はるかには感謝してる。この男が結婚する価値なんかない馬鹿だったってこと、早めに気付かせてくれたんだから。お腹の子が弘人の子なのか、他の男の子なのかは知らないけど、幸せにしてあげてね。親がクズとクズでも、子どもには関係ないからさ。」
「───弘人くんの子どもだって言ってるじゃない·····!」
 はるかが初めて怒りを露にしたので、奈緒子は小気味良かった。
「ふーん。どうだかね。いずれ分かるわよ。」
 内心、弘人の子の可能性もあるとは思っていたが、弘人がはるかに対して疑心暗鬼になればいいと思った。生まれる子どもには罪はないが、これくらいは言ってもバチは当たらないだろう。

 そうこうしているうちに、弘人の母親の住んでいるアパートに着いた。
 車を降り、2階の部屋へ、奈緒子が先に階段を登ろうとすると、弘人に手首を掴まれた。
「奈緒子!!俺、別れる気ないから·····!母さんに会いに来たのは、子どものこと報告に来ただけで、そういう···離婚とかって話じゃないんだ。」
「·····痛い、離してよ!」
 弘人が思いの外、力強く掴んだ為に手首が痛んだ。
 その時、外で言い争っている声が聞こえたのか、弘人の母親が玄関から出てきた。
「あなた達何してるのー?早く上がって来なさいよ。」
 弘人の母親の声が、奈緒子には天の助けに思えた。弘人の手を振り払い、足早に階段を駆け上がった。
「お義母さん、お久し振りです。今日は私も来てしまいました。」
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