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慰め
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奈緒子と寅は、2人並んでガタンガタンと電車に揺られていた。お互い何も喋らなかったが、あの場から、寅が奈緒子を連れ出してくれて、心底ホッとしていた。
家に帰る途中、奈緒子は何か思い付いたように、寅に「カラオケ行こう」と言ってきた。
「えっカラオケですか?僕、人前で歌うのは苦手で──!」
「じゃあ寅くんは歌わなくていいから。私が歌う。一緒に付いてきて。」
寅はカラオケが大嫌いだったが、こんな状態の奈緒子を一人にはしておけないので、渋々カラオケ店に入った。
奈緒子は部屋に入るなり、酒を大量に注文し、寅の全く知らない失恋ソングを予約し、熱唱し始めた。
酒に酔った奈緒子は、曲の間奏で、泣きながら、弘人とはるかを罵り始めた。
「あいつらなんなんだよ!私をバカにして!ジムの更衣室でヤッたとか気持ち悪いんだよ!──地獄に落ちろー!!」
大声で自分の気持ちを吐き出した奈緒子は、そのままソファに座り込み、声をあげて泣きじゃくった。
寅は、酒に酔って壊れている奈緒子を見て、どうしていいか分からなかったが、ぎこちない手つきで奈緒子の背中を手でさすった。
「奈緒子さん、辛かったですよね。でも、グラスの水2人にかけなかったんですね。あんな状況でも奈緒子さん、優しいんだなって思いました。」
「·····違うよ!本当はかけたかったの!怖じ気づいてかけれなかったのよ──!」
「きっと、それが優しいって言うんですよ。」
寅の言葉に、奈緒子はバッと顔を上げ、寅の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、寅くんは優しい私のこと好き?」
「────えぇ···?」
「私って魅力ない?セックスも下手で、服がダサくて、化粧っ気がない、冴えない女?」
「·······そんなことないと思いますけど。」
寅は恥ずかしさで下を向きながら、奈緒子の質問に答えた。
「奈緒子さんは、女性として魅力的だと思います。」
小さい声だったが、そう聞こえた。
奈緒子は嬉しくなり、寅に抱きついた。
「そう言ってくれるのは寅くんだけだよ。───ありがとう。」
涙を流しながら、子どものようにしがみつき、奈緒子はそのまま寝てしまった。
奈緒子が起きないので、寅は奈緒子をおんぶし、カラオケ店を出た。タクシーで家まで帰ろうかと思ったが、このまま奈緒子を背負って帰るのも悪くないなと思い、夜道を歩いて帰った。
寅はここ最近、奈緒子に出会ってから、日々が新しいことの連続だった。
話したこともない女性の家で茶を飲み、探偵の真似事をし、大嫌いだったカラオケに入って、泣き疲れて眠った女性をおんぶして家まで帰っている。
ルーティン化された毎日を好んでいたはずなのに、今では奈緒子に会えない日は、なんだかひどく色褪せて見えた。
相手は人妻だし、奈緒子は寅のことを意識していないことに気付いていたので、寅は、自分の気持ちに見て見ぬふりをすることにした。
◇
奈緒子が目を覚ますと、そこは自分の部屋じゃなく、寅の部屋だった。
昨日、カラオケ店で大泣きし、寅に抱きついたところまでは記憶がある。
助けてもらった挙げ句に酔っ払って号泣し、記憶をなくすなんて大恥もいいところだ。おまけに、奈緒子がベッドを占領し、寅はソファに寝ているではないか。大方、昨日奈緒子が潰れてしまい、家の鍵を出さなくて、仕方なく家に入れてくれたのだろう。
寅の寝顔を見ていると、なんだかひどく申し訳ないと同時に、愛しく思えてきた。面倒事に巻き込まれるのも、誰かから触られるのも、カラオケも嫌いなはずなのに、いつも奈緒子に寄り添ってくれた。
奈緒子は、子どものような顔で寝ている寅の、荒れていない柔らかそうな黒髪をそっと撫でた。
「ありがとう、寅君。私も戦わなきゃね。」
もう逃げない。そう心に決めた奈緒子は、そっと寅の部屋を出ていった。
家に帰る途中、奈緒子は何か思い付いたように、寅に「カラオケ行こう」と言ってきた。
「えっカラオケですか?僕、人前で歌うのは苦手で──!」
「じゃあ寅くんは歌わなくていいから。私が歌う。一緒に付いてきて。」
寅はカラオケが大嫌いだったが、こんな状態の奈緒子を一人にはしておけないので、渋々カラオケ店に入った。
奈緒子は部屋に入るなり、酒を大量に注文し、寅の全く知らない失恋ソングを予約し、熱唱し始めた。
酒に酔った奈緒子は、曲の間奏で、泣きながら、弘人とはるかを罵り始めた。
「あいつらなんなんだよ!私をバカにして!ジムの更衣室でヤッたとか気持ち悪いんだよ!──地獄に落ちろー!!」
大声で自分の気持ちを吐き出した奈緒子は、そのままソファに座り込み、声をあげて泣きじゃくった。
寅は、酒に酔って壊れている奈緒子を見て、どうしていいか分からなかったが、ぎこちない手つきで奈緒子の背中を手でさすった。
「奈緒子さん、辛かったですよね。でも、グラスの水2人にかけなかったんですね。あんな状況でも奈緒子さん、優しいんだなって思いました。」
「·····違うよ!本当はかけたかったの!怖じ気づいてかけれなかったのよ──!」
「きっと、それが優しいって言うんですよ。」
寅の言葉に、奈緒子はバッと顔を上げ、寅の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、寅くんは優しい私のこと好き?」
「────えぇ···?」
「私って魅力ない?セックスも下手で、服がダサくて、化粧っ気がない、冴えない女?」
「·······そんなことないと思いますけど。」
寅は恥ずかしさで下を向きながら、奈緒子の質問に答えた。
「奈緒子さんは、女性として魅力的だと思います。」
小さい声だったが、そう聞こえた。
奈緒子は嬉しくなり、寅に抱きついた。
「そう言ってくれるのは寅くんだけだよ。───ありがとう。」
涙を流しながら、子どものようにしがみつき、奈緒子はそのまま寝てしまった。
奈緒子が起きないので、寅は奈緒子をおんぶし、カラオケ店を出た。タクシーで家まで帰ろうかと思ったが、このまま奈緒子を背負って帰るのも悪くないなと思い、夜道を歩いて帰った。
寅はここ最近、奈緒子に出会ってから、日々が新しいことの連続だった。
話したこともない女性の家で茶を飲み、探偵の真似事をし、大嫌いだったカラオケに入って、泣き疲れて眠った女性をおんぶして家まで帰っている。
ルーティン化された毎日を好んでいたはずなのに、今では奈緒子に会えない日は、なんだかひどく色褪せて見えた。
相手は人妻だし、奈緒子は寅のことを意識していないことに気付いていたので、寅は、自分の気持ちに見て見ぬふりをすることにした。
◇
奈緒子が目を覚ますと、そこは自分の部屋じゃなく、寅の部屋だった。
昨日、カラオケ店で大泣きし、寅に抱きついたところまでは記憶がある。
助けてもらった挙げ句に酔っ払って号泣し、記憶をなくすなんて大恥もいいところだ。おまけに、奈緒子がベッドを占領し、寅はソファに寝ているではないか。大方、昨日奈緒子が潰れてしまい、家の鍵を出さなくて、仕方なく家に入れてくれたのだろう。
寅の寝顔を見ていると、なんだかひどく申し訳ないと同時に、愛しく思えてきた。面倒事に巻き込まれるのも、誰かから触られるのも、カラオケも嫌いなはずなのに、いつも奈緒子に寄り添ってくれた。
奈緒子は、子どものような顔で寝ている寅の、荒れていない柔らかそうな黒髪をそっと撫でた。
「ありがとう、寅君。私も戦わなきゃね。」
もう逃げない。そう心に決めた奈緒子は、そっと寅の部屋を出ていった。
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◆◇◆◇◆◇◆
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よろしくお願いします。
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