記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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アディショナル・ホリデー

二人の住む家の玄関の扉が開く。
「あー、今日も楽しかったね!」
靴や服の入った紙袋を持って颯爽と廊下を歩く夬皇の後ろを、
ゆっくりとした足取りで付いて行く勇緋。

「ちょっと食べ過ぎた」

あれから二人は近所の定食屋・弘原海わだつみで夕飯を済ませたようだ。
常連になっているためか、結構サービスをしてくれる気前の良い店で、味もコスパも良い。
年配のご夫婦が切り盛りしていて、特に二人を何故か気にかけてくれている。

それから二人はリビングにある三人ぐらいが座れるソファに並んで腰かけた。
「お前さ、夕飯も相変わらずえげつない量食うんだな」
「えっ? 何のこと?」
「トンカツ定食であの巨大トンカツ5枚分食うのは夬皇ぐらいだよ」
「そう? 俺より大食いの人、沢山居ると思うけどなー」
当の夬皇は伸びをしながら、近くに雑に置いてあった漫画を手に取る。
「あ、そう言えばこの漫画の最新版、明日発売だったよね」
「もう予約してあるよ」
勇緋もテーブルに床に置いてあった別の漫画を手に取りながら言った。
「マジ? 神だわ」
「ちゃんと崇めてもらわないとな」
「一生付いていきます!」
そんな他愛もない話をしながら、しばらく二人は読書タイムに耽った。
「あ、そうだ。明日、車借りたいんだけど、良い?」
視線は漫画に向けたまま話す勇緋。
「行き帰りの迎えが約束出来るのなら、許してあげよう」
「助かる。ちゃんと漫画も買っておくからさ」
「うーん。まぁ…良いでしょう」
交渉は無事成立したようだ。
それから夬皇は漫画をソファに置いてから立ち上がり、キッチンへ向かう。
勇緋は無言のまま漫画を読み進めている。

しばらくして、彼が戻って来た。

「はい、これ」
夬皇はスッとマグカップを彼の前に差し出す。
温かいお茶の湯気が鼻をくすぐる。
「ありがとう」
一旦、本を近くのテーブルの上に置くと、ゆっくりとお茶を一口飲む。
「このまったり感、良いな」
そう言っている時、夬皇も彼の隣に腰掛ける。
「好きなモノに囲まれて、俺も幸せだよ」
お互いに、色違いのマグカップを手に持って並ぶ。

もうすぐ休日が終わってしまうのに、こののんびりした時間の過ごし方は至高と言えよう。

すると、夬皇は静かにマグカップをテーブルに置くと、そのまま勇緋の膝の上に頭を置いた。
身体をソファに投げ出し、完全に横になった大勢だ。
「お、おい。お茶こぼすよ」
バランスを崩すまいと、必死に体制を立て直す。
そんな状態もお構いなしに、夬皇はその手に再び漫画を持って読み始める。
本人はかなりくつろいだ表情を見せている。
勇緋も悪い気はしないので、飲み物をテーブルに置いてまた一緒に本を読み始める。

片手で本を読みながら、もう片方の手で柔らかな夬皇の髪を触ったり、
ポンポンと頭を撫でたりしてこの瞬間を楽しむ。
そして、視線を漫画から時々眼下に向けると、夬皇も視線を外している時があり、
ふと目が合ったりすると何故だか笑ってしまった。

楽しい時間はあっと言う間に過ぎて行く。
テーブルで寄り添うように並ぶマグカップからはいつの間にか湯気が消えていた。

「夬皇、そろそろ寝る準備しないと。明日、仕事が辛くなるよ?」
優しくトントンと彼の頭を叩いて注意喚起をする。
夬皇が現実逃避をしたい気持ちを抱きながら、嫌々時計を見ると22時を指そうとしていた。
「もうこんな時間? あー、仕事嫌だぁ! しかも明日は品出し量が多い日なんだよぉ!」
「その気持ちは痛い程わかるぞ」

次の日が仕事と言う絶望にも近い魔物がもうすぐそこにいる。
二人はその敵にまるで立ち向かうかのように、互いに寄り添う。

「だけど、夬皇君。そろそろお風呂へ行って下さい。片付けはしておきます」
「うわー。勇緋先生が降臨した…。一気に現実が。うう、めまいがする」
ほんわかした雰囲気が一気に凍り付いた気がした。

「ちゃんと稼いできて下さい」
彼の耳元で勇緋が優しく呟く。
「それ、全然嬉しくない」

それから夬皇は勇緋の膝の上から名残惜しそうに頭を離して、
座ったまま向かい合う体制となった。
「それじゃ、風呂行ってきます」
立ち上がる前に、勇緋の頬に軽くキスをしてから、彼は自分の部屋へと向かって行った。
一人ポツンと残った勇緋は、だんだんと彼の唇が触れたところが熱くなっているのか、頬に手を添えた。
「全く。片付け出来なくなるじゃんかよ」
束の間、その熱と余韻に浸る事にしたのだった。

それからしばらくして、勇緋はテキパキと片づけをなんとかこなし、マグカップを洗い終えた。

丁度カップをタオルで拭いている頃、奥の方から夬皇の声が聴こえて来た。
「勇緋、悪ぃ! シャンプー切れてた! 替え、取って来てくれない!」

「わかったよ。ちょっと待ってて」
彼はすぐさまそこへ向かう。
洗濯機横の棚からシャンプーの買い置きを取り出すと、そのまま風呂場の扉の前に置く。
「ここ、置いておくぞ。それとお前、バスタオルも忘れてるだろ? 出しておいたぞ」
そう言って勇緋はリビングに戻ろうとした。
その時だった。
風呂場の扉が開く音がしたのだ。

「助かるよ、サンキュ!」

思わず勇緋は振り向いてしまった。
そこには濡れた美しい裸体を晒す夬皇が居た。
何よりも、お揃いのネックレスが彼の上半身で輝いているのはとても神秘的に見えた。
そんな事を気に留めず、彼はシャンプーの替えを回収すると、再びお風呂タイムを楽しんでいたようだった。

余りの光景に、彼は自分の部屋に戻ると、そのままベッドに仰向けのまま身体を投げ出し、顔を両手で塞いだ。

「やっぱり俺って。幸せ者なんだな」
少し薄暗い部屋でそんな事を思いながら、目を閉じて幸福感を噛み締めていたのだった。
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