記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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ディナーは優しき故郷で

11月に入り、寒さも少しずつ厳しくなって来た。
相変わらず二人は忙しく仕事に勤しんでいた。
あれからなかなか休日が合わず、長い時間一緒に居る事は出来ずに居た。
だが、ほんの数時間でも二人で過ごす時間はとても楽しかった。

そんな11月も下旬に差し掛かった時。
夬皇が勤務シフトで土曜日休みを勝ち取ったらしく、久し振りに二人とも一日フリーの日が出来た。
リビングにあるカレンダーには、その日に大きく赤丸を付けた。
そして、その前日となる週末金曜日の夜。
仕事帰りに二人は駅で合流して、常連になった定食屋・弘原海わだつみへ向かった。
その週は余りの激務に、流石の夬皇シェフも料理の腕を振るう元気がなかったようだ。

定食屋の暖簾をくぐり、引き戸を開ける。
「こんばんは!」
二人揃って頑張って声を出して挨拶をすると、店の奥からご夫婦の快活な声が聴こえて来た。
いつもの特等席に案内される。
畳座敷の席で、厨房が良く見える場所だ。
金曜日ともあり、店は賑わっていた。
「いらっしゃい、二人とも。金曜日に来るなんて珍しいわね」
女将さんが水とおしぼりを持ってやって来た。その声を聴くと何故だか安心する。
「今週はちょっと、お互い忙しくて。家のシェフが今日は腕を振るってくれないのでココに逃げて来ました」
勇緋はおしぼりで手を拭きながら応えた。
「そうだったの。それは大変だったね」
「あー、疲れたよぉ。おばちゃん、いつもの奴、頂戴!」
夬皇はテーブルに頭を付けてぐったりしながらも、注文する声は元気そうだった。
「はいよー。勇緋ちゃんもいつもので良いのかい?」
「はい。お願いします」
それから女将さんは慌ただしく店中を走り回っていた。
ご主人も厨房でテキパキと料理を作っている。
「夬皇、まずは6連勤お疲れ様」
「ありがとう。ホント、この時期にインフルエンザとか焦った」
彼と同じ部署の後輩社員が例の風邪でまさかの出勤停止となり、急遽穴埋めとして
夬皇に白羽の矢が立った。
休日をこよなく愛する彼は断腸の思いでその役目を引き受けたらしく、休日出勤が決まった日の朝は少し泣いていたのではないかと見紛う程、元気がなかったのを覚えている。
その頑張りに免じ、先程、車の中でよしよしと頭を撫でてあげると、少し元気になったようだった。
何故だか自分も嬉しくなった。

それからしばらくして、
「お待たせ! いらっしゃい、二人とも」
ご主人が忙しい中、二人の元に料理を運んで来てくれたようだ。
「おっちゃん! 会いたかったよぉ」
「何だい、ワコ坊。今日は随分弱って。さてはちゃんと飯、食ってねぇな?」
そう言って、夬皇の前に出された料理はあの彼専用のトンカツ定食であった。
しかもいつもと違ってカツが1枚多い6枚となっていた。
その料理が運ばれる時、いつも店内がざわつくのはご愛嬌である。
「おっちゃん。コレ!」
目をキラキラさせながら、夬皇はご主人を見つめる。
「今日はサービス。ちゃんと食い切れよ?」
「…ううっ。おっちゃん、大好き!」
「ハハハ。大袈裟だな。ほら、ユウ坊も。ご飯大盛りにしておいたから」
「いつも、すみません」
まるで家の子がすみませんと言う親の気持ちになった勇緋。
そんな彼の定番メニューはサバの味噌煮定食であった。
渋いチョイスである。

この温かい雰囲気と料理は、二人の精神安定剤となっていた。
そして二人はいただきますと言って、目の前の料理に挑むのだった。

それからしばらくして。
先に食べ終わった勇緋は目の前で、物凄い速さで夬皇の中に消えていく料理を眺めていた。
もうカツがあと1枚の所まで来ていた。
「ホント。お前の食いっぷりは見ていて気持ち良いよ」
当の本人は食べる事に集中しているのか、何の返答もなかった。
しばらく勇緋は無言のまま、大切なヒトがフードファイトをしている姿を鑑賞するのだった。

そして数分後。
夬皇の箸が置かれた。あれだけあった料理は全て消えていた。
「うっし。今日も完食したぞー」
彼にとってここでの食事は戦いなのだろうか。
あの充足感に満ちた顔は一体何なのだろうか。
一気に元気になったようだ。
その頃を見計らって、女将さんがやって来た。
「あらま。今回も完食したのね。凄いわね、夬皇ちゃんは」
「違いますよ。ココの料理が旨すぎるからですよ」
「もーホント、上手なんだから」
そんな話をしながら、テキパキと目の前の皿が下げられていく。

二人は少し休憩をしてから、席を立つ。
会計を済ませて、少し雑談をする。
「女将さん、ご主人。ご馳走様でした」
勇緋は財布をカバンにしまいながらそう言った。
「いつもありがとね」
「また来るよー」
「おうよ。またいつでもおいで」
ご夫婦が揃って手を振って見送ってくれた。
二人の心と身体は完全復活を遂げた。

それから車に乗り込む二人。
「やっぱり、この店は最強だな」
「ホント。俺達の故郷だよ」
温かい気持ちを抱きながら、夬皇はハンドルを握る。
そんな時であった。
夬皇の左腕に付けているスマートウォッチが震え始めたのだ。
「この感じは、まさか!」
すぐさま、ポケットの中から携帯を取り出した。誰かからの電話のようだ。
画面を見てすぐ、夬皇は動きを止めた。
「電話か? と言うか、夬皇、出なくて良いのか?」
「出るけど。何だか、イヤーな予感がするよ」
渋々彼は画面をタッチして、耳に携帯を当てる。
「もしもし」

【ワコ! 久し振りー】

相手の声が大きいのか、助手席にいる勇緋の耳にもその声が聴こえるくらいだった。
と言うか女の人の声だ。誰だ。
「急にどうしたの?」
当の夬皇は当然のように話を始めている。
【実はさ。明日なんだけど、推しのライブがあるから、泊まらせて貰うね】
「は? ちょっと、待って。明日?」
【今回は特別ゲストも居るから楽しみにしてて。それじゃ】
「お、おい! 待てって!」
それから電話はブツリと切れた。
夬皇はそのままダラリと携帯を握りしめた手を落とす。
「夬皇、今の電話って」
彼の問いに、夬皇は一度深呼吸をしてから、言葉を続ける。

「ヤバい事が起きた。姉ちゃんと、恐らく、母親が来る。
しかも明日、俺達の聖域に」
「…え?」

二人はその事実に凍り付く。
勇緋は既に知っている。
彼女達は途轍もなく、強力なあの力を持つ者である事を。
果たして勇緋と夬皇はこの局面に立ち向かう事が出来るのか。
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