記憶の中に僕は居ますか

遭綺

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聖域への襲来者たち

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玄関のドアが慌ただしく開く。
「やっと着いたぁ。わこー、ゆうひ君ー。来たよー」
「ホント久しぶりだわ。ねぇ、お二人さん」
夬皇達がいらっしゃいと言う間もなく、彼女達は聖域へと足を踏み込んで来た。
すでに凄いパワーで圧倒されている。
「い、いらっしゃい…。よくここまで来れたね」
「私を舐めて貰っちゃ困るわ。一度来た場所はちゃんと覚えているんだから」
そう言いながら、夬皇姉のキャスター付きのカバンがドアに引っかかっている。
「あ、お姉さん。カバンが」
勇緋は咄嗟に、彼女のカバンを引き入れる。
すると、
「ありがとう。ゆうひ君は、本当に紳士ね」
夬皇姉はそう優しい口調で彼の耳元で囁いて見せた。
耳が弱いので、彼は変な声を発してしまった。
「お、おい。あんまり勇緋を揶揄からかわないでくれよ」
「だって可愛いんだもの。ねぇ、お母さん」
「そうねぇ。ホントお似合いよ、二人とも」
夬皇と勇緋が二人並んでいる姿を見た彼女達はとても微笑ましい顔つきをしていた。
まさかの言葉に、二人はちょっぴり照れた。
それからすぐ、夬皇姉は携帯を取り出し、頬を赤くしている二人に向けると、写真を連射する音が響いた。
「…よし」
何か良い事があったのか、小さくガッツポーズをした夬皇姉。
突然の事に、勇緋と夬皇はただ呆然と立ち尽くすだけだった。
「と、とりあえず。どうぞ」
たどたどしい口調になりつつも、夬皇は彼女達をなんとかエスコートするのだった。

夬皇の姉と言う人物。名をりん。年齢は32歳。昨年、双子の男の子を出産し、現在は育児休暇中。
スラリとした体形で、周りからは美人で通っている。
夬皇の家系は美形が多いのか。
最近は母親と推しのライブが開催される度に地方に出向いているようであった。
その手に男前のアニメキャラクターのピンバッジやらグッズやらが沢山付いているカバンを引っ提げて。
所謂、彼女は腐女子であった。
自他共に認める結構な沼にハマっているようだ。

その隣に居る、貴婦人のような夬皇の母親。
彼女もまた年齢に見合わずとても若く見える。
なんと還暦をすでに迎えているらしい。
また、凛の影響を受けて、彼女もまた最近、腐女子見習いとなった模様である。

そんな腐の属性を持った人物たちが、この聖域にやって来たのだ。
とりあえず、一旦リビングで落ち着こう。

「荷物は適当にその辺に置いておいて」
広々と綺麗にしているリビングに足を踏み入れた彼女達は、感嘆の声を上げる。
「へぇー。結構、綺麗にしているのね」
少し嫌味っぽく凛がそう言うと、夬皇は 結構が余計だ とすぐに反論した。
「今日は久し振りに私が料理を作りましょうか?」
キッチンに足を踏み入れた夬皇母がそう尋ねる。
「そのつもりで食材だけ買っておきましたよ」
夬皇は飲み物を用意しながら応えた。
「あら。流石はワコちゃんねー」
すぐに夬皇は顔を赤らめた。
「母さん、ちゃん呼びはやめろって」
「良いじゃないの。別に室内なんだから」
「いや、そういう問題じゃないんだけど…」
「ほらほら、あとは私がやるから、凛と久し振りにお話でもしてらっしゃい」
「全く、調子が狂うなぁ。おーい、勇緋。これ、皆の飲み物な」
対面キッチンの棚に、四人分の飲み物が入ったコップを置いた。
「はいはい」
勇緋はすぐさま立ち上がって、その配膳を取りに行く。

その自然な流れを見ていた彼女達は静かに笑みを見せていた。

一足先にテーブルに付いていた凛に勇緋はお茶の入ったコップを差し出す。
「お姉さん、どうぞ」
「ありがとう。お構いなくで良いのに」
「いえいえ。それよりも、今日は東京からいらしたのですよね?」
「そうね。でも新幹線でここまで一時間くらいでしょ。意外と近いわよね」
「あれ。今日、お子さんは?」
「勿論、旦那に預けて来たわ。普段全然子育てしようとしないから、苦労すれば良いのよ♪」
そう言って、凛はお茶をお淑やかに飲んだ。
「それよりも、お姉さんのカバン。以前よりグレードアップしてませんか?」
「わかる? そうなのよ、最近が凄くてね。財布がかなり破壊されているのよ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「平気よ。ちゃんと、推し用の口座があるの。旦那には内緒のね」
「は、はぁ…」
淡々と話を続ける凛に、勇緋は戸惑いの声を上げてしまった。
「それよりも、ゆうひ君。前よりイケメン感が増しているんだけど! 何かあったの?」
「えっ、お、俺がですか?」
「そう! カッコ可愛くなってる」
そう言って彼女は勇緋の両頬に手を添え、頬の感触を確かめ始めたのだ。
「あっ、ちょ、ちょっと!」
激しめのスキンシップに勇緋は慣れていないのかドキマギしてしまった。
それをキッチンから見ていた夬皇は気が気でなかった。
急いで、勇緋達が居るテーブルへ向かう。

「私もゆうひ君みたいな子が弟だったら良かったなぁ」
彼の両頬から手を離して、再び椅子に背中を預けた凛。
「いや、お姉さんには夬皇と言う立派な弟が居ますけど?」
「ワコが? 駄目よ、あの子は。自分勝手なんだもん」
凜がそう言うとすぐ、

「あのさ、全部聴こえてますけど?」

夬皇がやれやれとした表情を抱きながら、テーブルに戻って来た。
「あら、そこに居たの?」
姉の言葉を聞きながら、彼は勇緋の隣に座る。
「全く。姉ちゃんさ、あんまり勇緋にベタベタ触らないでくれる?」
「なにそれ。嫉妬?」
「ち、違うし!」
「フフッ。夬皇、もう少し嘘は上手くつけるようになった方が良いわよ」
凛は丁寧な口調で彼をなだめつつ、再び自らの携帯のカメラを二人に向ける。
「あ、あのー。さっきから何を撮ってるんです?」
勇緋は核心を突いた質問を投げかける。
「いいの、いいの。気にしないで。とりあえず、ゆうひ君。夬皇の肩に頭乗っけてもらえる?」
「えっ?」
「ほらほら。早く」
「始まったよ。姉ちゃんの妄想が」
「五月蠅いわよ。あんたも、もっと萌える表情して頂戴」
「は?」
「普段の感じで、目線はこっちね」
急に凛の演技指導が入り始めたのだ。
「二人で居る時とかしてないの?」
彼女の言葉に、二人は動きを止めた。
そう言えば、結構な頻度でしているな、と。
基本的にリビングで一緒に漫画を読む時はだいたいその体制に近い。
「ホント、二人とも隠し事って出来ないタイプでしょ」
「そんな事、ないです」
勇緋は視線を逸らせながら応えた。夬皇もただ静かに頷くだけだった。
「フフッ。はい、そろそろ写真撮らせて頂戴」
彼女のカメラのファインダーは二人を決して逃がさない。
「勇緋。ここまで来たら、やるしかないよ」
「まぁ、それでお姉さんが悦ぶのなら、頑張ります」

二人は意を決したのか、普段と同じように、夬皇にもたれ掛かる様に勇緋が彼の肩に頭を預けたのだった。
「ど、どうですか?」
勇緋は気になるのか、すぐに尋ねてみた。
すぐに彼女の携帯からカメラの連射する音が聞こえて来た。
「素晴らしい。たまらん!」
彼女はすでに椅子から立ち上がって、色々な角度で写真を撮りまくる。
「やばっ、めっちゃ萌える! お母さん、後で送っておくね!」
どうやら、彼女の琴線に触れる写真を収める事が出来たようだ。

今日はとても長い夜になりそうな気配がもうすでにしている。
ちなみに夬皇は明日普通に仕事に行く事を、彼女達は知らなかった。

(明日の仕事に絶対影響出るな、こりゃ)
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