モブがモブであるために

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42.衝撃の事実

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 状況はよくわからないが、言い合いにヒートアップした先輩たちが俺の腕を離したので、この隙に逃げてしまおうと辺りをぐるりと見渡した。
 そして絶望した。
 人間の限界を明らかに超えたスピードで、髪一筋乱さず篁先輩がこちらに近づいてきているのが見えたからだ。

「貴様ら、そこでなにをしている!」

 凛とした声で篁先輩が叫んだ。さすがの生徒会メンバーも口を閉じ、篁先輩を振り返った。

「今日は校舎内がやけに静かだと思えば、こんなところで群れていたとは。弱い者と外れ者はとかく徒党を組みたがるものだ」
「あ? こそこそ這い回るハイエナがなにか言ってんな?」

 篁先輩とノレンは安定の開口一番ガチギレである。二度目だから驚きはないが、かと言って慣れるものでは決してない。しかも今回はノレンだけではない。他の生徒会メンバーも、普段の険悪な仲を想起させる刺々しい雰囲気を発している。
 これだけの威圧感を放つ生徒会に、一人で立ち向かえる篁先輩の心は鋼鉄製どころじゃないと思う。物怖じの気配すらない篁先輩をちらりと見上げれば、ばっちりと目が合った。瞬間、先輩の目は据わり、眉がつり上がった。嫌な予感がする。なぜなら、先輩が巨木の軋むような音を立てて拳を握り込んだからだ。こんなところで大乱闘スマッシュ風紀委員会は勘弁していただきたい。

「うちの副委員長を拐かすとは、極刑もやむなし」

 過激がすぎる! 待って、初手でいきなりコトを大きくしないで!
 恐怖に怯えつつも、俺は慌てて口を開いた。大乱闘スマッシュ毅一郎が現実のものとなりつつあるからだ。

「いえ、別に俺は」
「またしても救出が遅れ、風紀委員長として面目次第もない」
「そうじゃな」
「今朝は校内でトラブルがあり君の警護につけなかったが、その隙を狙うとは実に生徒会らしい狡猾なやり口だ」
「ちが」
「だがもう安心していい。此奴らは私が一瞬で蹴散らしてみせる。私は君を必ず守ると誓ったのだ」

 そうだった、この人全然話聞かない人だった。
 とりあえずせめて文節まで喋らせてもらえないだろうか?
 俺が言葉を発する度に、被せるように篁先輩がスマッシュ方向に話題を持って行ってしまう。

「うちの副会長に手ぇ出してんのはそっちだろうが」

 そうこうしている内に、ノレンは大きく舌打ちして迎え撃つ気満々の体勢を取っていた。お願いだからやめてくれ、生徒会長VS風紀委員長の肉弾戦なんて死人が出るぞ……!
 誰か止めてくれ、と他の生徒会メンバーを見れば、頼りになる隠れ筋肉ダルマこと光希先輩が二人の間に立ちはだかった。そうだ、この人なら筋力も常識もあるし、きっと二人を収めてくれると信じていたのだが。

「言っただろうが、朝比奈蛍は生徒会にも風紀にも入んないの。勝手に話進めんなら俺だって黙ってないぞ」

 逢坂光希、参戦! ……じゃねぇよ、しっかりしろ俺、現実から目を逸らすな。
 違うんだ、俺は止めてほしいんだ。第三勢力を求めていたわけじゃないから! 美少女の顔を支える首を野太い音で鳴らさないでください!
 どうしよう、いよいよ大乱闘の様相を呈してきてしまった。
 他の先輩たちもみな剣呑な目つきで、口を開けばおそらく"参戦!"してしまうのが目に浮かぶ。
 いやそもそも話が違うじゃないか。呪いの契約は解約されたんじゃなかったのか? これは明らかにおかしい事態だ。解約どころかむしろ悪化している。俺は騙されたのか?
 張り詰めた緊迫の空気の中で、俺のポケットのスマホが突然鳴った。俺は画面を確認するとこれ幸いと

「あ、電話だ。しかも相手はこの間まで意識不明で今も入院中の従兄弟だ、これは急用に違いないぞ! あ、先輩方すみません、大事な電話なのでちょっと失礼します」

 と棒読み且つやたら説明的な独り言を大声で放ち、見事に修羅の場から逃げ出すことに成功したのだ。俺は今までの人生でこれほどまでに雪にありがとうと伝えたかったことはない。
 さも通話の声がお邪魔でしょうから、という体でゆっくり歩きながら距離を取りそのまま校舎内に逃げ込む作戦だ。今日だけはどうでもいいBL話にとことん付き合うからどうか長話をしてくれと祈りつつ通話ボタンを押した。

『お前はモブのくせに自意識高杉くんか』

 繋がるやいなや雪から罵声を浴びせられた。大体いつもこんな感じである。

「……なんの話?」
『蛍が昨日メッセージ送ってきたんだろ。総受け解約したら友達もいなくなるのかって』
「あ、あぁ! そう! 今まさにそれどうなってんのって聞きたくて」
『んなことあってたまるか。たった一人の契約解除でお前が今まで出会ってきた人たちの人生に改変が加えられる訳ないだろ。実際天界の人たちの力って元々あるものを増幅する程度だからな。解約したらこれから先お前の飯テロモテ発動が消えるだけ』
「……うん?」
『これまでに発動した分が無効になることもない。蛍は考えるの苦手なんだから、無理して考えようとするな。慣れないことするからそんな風に空回るんだ』
「え、あ、はい、すいません……なの?」
『っだぁーもう、お前がそんなだから俺は気が気じゃないんだよ! 隙見せんな。犯すぞバカ』

 そう言い捨てられて突然通話が切れた。
 雪の様子が最近おかしい。いや、様子がおかしいのは昔からそうだが、情緒面が不安定すぎやしないだろうか。もう一度ちゃんと脳内を検査してもらった方がいい気がする。
 いや、今はとりあえず目の前の問題に向き合おう。
 つまりなんだ、俺が心配していたような友人関係が丸ごと消えるようなことはない、と。どうやら取り越し苦労だったようだ。それは安心なのだが、問題は雪が言っていた「これまでに発動した分が無効になることもない」という部分だ。
 あらゆる可能性を模索して何度考えてみても、生徒会や風紀委員の人たちの俺への執着はこれからも続くというように解釈できるのだが……。

 嘘、ですよね……?
 
 いやだ、誰か嘘だと言ってくれ……! 俺の今までの苦労と苦悩はなんだったんだ! だったら悩んだって結局どうしようもなかったんじゃないか。許さないぞあの天界イケメンめ、思わせぶりな言い方しやがって!
 思いつく限りの呪詛の言葉を脳内で唱えていると、ふと辺りに影が差した。
 校舎に逃げ込む作戦は、早々に電話を切られてしまい、その内容の衝撃に思わず足を止めてしまったせいで失敗に終わっていた。中庭の真ん中で立ち尽くす俺に先ほどまで暖かな日差しが注いでいたはずだが、気づけば周りを高身長の壁に囲まれて影ができ、ひんやりと寒気すらする。
 高身長の壁――一部低い部分もあるが――とは言わずもがな、あの方たちで。

「おい……今の電話は誰からだ?」
「随分親しげに話してたね? どういう関係? ベッドでゆっくり聞かせてよ」
「大事な電話って、俺たちより大事なわけ?」
「蛍くん……ここの奴らだけでも面倒なのに。笑えないよ」
「Soy tu prometido y quiero saberlo todo sobre tus amistades.(伴侶である君の交友関係は全て知っておきたい。)誰?」
「すまない、恥ずかしながら悋気に負けて通話を盗み聞きしてしまった。しかし相手の君への悪口雑言、到底許せるものではない」

 ノレン、城之内先輩、光希先輩、皐希先輩、悠悟さん、篁先輩に矢継ぎ早に問いかけられ、しかも全員が薄暗い眼差しを俺に向けていて、目の前が真っ暗になる。
 なんという悪夢。終わりの見えない悪夢すぎる。夢なら早く醒めてくれと思うが、悲しいかな現実であり俺はこの世界で生きていかねばならないのだ。胃と精神の健康をすり減らしながら。

 一体俺がなにをしたって言うんだ! 嫌味なほどに晴れ渡った空を睨み叫びたかったが、喉がぐっと締まるだけに終わった。だって俺はモブだ。公衆の面前で空に向かって思いを叫ぶなんていう主人公みたいな振る舞いができるわけがない。
 そう、モブ。
 モブ……だったのに。
 相変わらず俺を取り囲んだ人たちはなにごとか言いながら詰め寄ってくるが、俺は聖徳太子じゃないので誰がなにを言っているのか既にわからなくなっている。いいですか、その程度のポテンシャルの俺なんですよ。主人公枠のあなたたちが気にするような奴じゃないんですよ? 思ってみてもやっぱり口には出せず、俺は諦めと絶望にゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 さようなら、俺のモブ人生……。

 慌てる周囲の騒音をよそに、閉じた瞼の裏に浮かぶのは、全ての元凶となった従兄弟の小憎らしい顔だった。
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