Memorial Symponia〜メモリアル・シンフォニア〜

桜庭つむぎ

文字の大きさ
7 / 8

拒絶の断奏(スタッカート)

しおりを挟む
闇の霧が晴れた遊園地の中央で、ヴィクターは一人、背を向けて立っていた。
足元には粉々に砕け散った「記憶の欠片」が、光の塵となって消えゆくところだった。
「ヴィクター……無事なの?」
ロゼアが声をかけるが、彼はすぐには振り向かない。その肩が微かに上下し、荒い呼吸を整えているのが遠目にもわかった。やがて、彼はゆっくりとこちらを向いた。その顔には、先ほどの激情など微塵も感じさせない、いつもの冷徹な仮面が張り付いている。
「……五分だ」
「え?」
「私がこの場のノイズをねじ伏せるのにかかった時間だ。貴様らが無様に立ち尽くしていたせいで、余計な手間がかかった」
彼は歩み寄ると、ミリルの手元に奪い取っていたタクトを乱暴に放り投げた。ミリルはそれを慌てて受け止めるが、ヴィクターと視線を合わせることができない。先ほど手首を掴まれた時の、あの焼けるような熱さがまだ肌に残っている。
「ミリル。さっきの失態、どう説明する。闇の音に同調するなど、指揮者(コンダクター)として以前の問題だ」
「ごめ、んなさい……私、私……っ」
ミリルの瞳には涙が溜まり、声は今にも消え入りそうに震えていた。
「……あの音が、すごく悲しくて……。どうにかしなきゃって思ったのに、体が、動かなくなって……」
「言い訳は聞かん。貴様が『ノイズ』に呑まれれば、隣にいるロゼアもろとも破滅していた。自覚しろ、お前の弱さは、他人を殺す武器になるのだと」
「ちょっと、言い過ぎだよヴィクター! ミリルだって必死に——」
ロゼアが食ってかかろうとしたが、ヴィクターの冷ややかな眼光に言葉が詰まった。だが、彼女は引き下がらなかった。彼女が見たのは、怒るヴィクターではなく、震えるヴィクターだったからだ。
「……ねえ、ヴィクター。どうしてそんなに怖がってるの?」
その問いに、ヴィクターの眉が微かに動いた。
「あたしたちを突き飛ばしたとき、あんたの手、震えてた。……まるで、誰かがいなくなるのを怖がってるみたいに」
一瞬、現場に鋭い沈黙が流れた。ヴィクターの口角が、自嘲気味に僅かに上がる。
「……フン、想像力が豊かだな。私が恐れているのは、無能な教え子のせいで私の経歴に傷がつくことだけだ」
彼はそれ以上何も言わせないように背を向けると、長いコートを翻して歩き出した。
「戻るぞ。……ミリル、帰ったら基礎練習を倍に増やせ。その濁った音を完全に叩き出すまで、寝ることは許さん」
夕闇に溶けていくヴィクターの背中を見つめながら、ミリルは溢れた涙を乱暴に拭い、自分のタクトを強く握りしめた。ヴィクターが隠そうとした「怯え」と、路地裏でレオンが囁いた「ノイズの力」。
二つの異なる「音」が、彼女の心の中で不協和音を奏で始めていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

許すかどうかは、あなたたちが決めることじゃない。ましてや、わざとやったことをそう簡単に許すわけがないでしょう?

珠宮さくら
恋愛
婚約者を我がものにしようとした義妹と義母の策略によって、薬品で顔の半分が酷く爛れてしまったスクレピア。 それを知って見舞いに来るどころか、婚約を白紙にして義妹と婚約をかわした元婚約者と何もしてくれなかった父親、全員に復讐しようと心に誓う。 ※全3話。

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話

ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。 完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】私が愛されるのを見ていなさい

芹澤紗凪
恋愛
虐げられた少女の、最も残酷で最も華麗な復讐劇。(全6話の予定) 公爵家で、天使の仮面を被った義理の妹、ララフィーナに全てを奪われたディディアラ。 絶望の淵で、彼女は一族に伝わる「血縁者の姿と入れ替わる」という特殊能力に目覚める。 ディディアラは、憎き義妹と入れ替わることを決意。 完璧な令嬢として振る舞いながら、自分を陥れた者たちを内側から崩壊させていく。  立場と顔が入れ替わった二人の少女が織りなす、壮絶なダークファンタジー。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

処理中です...