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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital

Chapter_02.それぞれの成長(5)転職成功!

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At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; 11:40AM JST June 25, 1998.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

それから一週間後。僕はサザン・ホスピタルの正面玄関にいた。
琉海大の先輩でもある整形外科の伊東先生が、外国籍の患者さん数人に対しこの病院についてガイダンスするのを側で見学し終えたところだった。
「勉!」
聞き覚えのある大声に僕は振り返った。スーツ姿の多恵子が封筒を片手に立っていた。
「あれ、多恵子」
そうか。今日は面接日だったっけ。
「……どうだった?」
「へっへっへ。ピース!」
彼女は誇らしげに右手でピースサインを作っていた。
「受かった?!」
「来週からとりあえず、オペ室の間接介助ナースってことで。実務経験あるから、間接介助しながら英会話覚えてってくださいねって。そのうち直接介助とか、病棟勤務とか、いろいろ考えてもらえるみたい」
そう。サザン・ホスピタルのオペは基本的にすべて英語で行われる。現在はそうでもないが、当時は患者さんのバイタルサイン(体温や脈拍などの生命徴候)も摂氏ではなく華氏を使っていた。多恵子は今でも華氏と摂氏の換算表を暗記していて、すぐに読み替えができる。慣れるまで本当に大変だったろう。
「良かったなー、それ、ベターなスタートじゃん」
「このたびはいろいろ、お世話になりました。今後ともよろしくお願いします」
多恵子はぴょこんと頭を下げた。本当に、律儀な奴だ。
「いえいえ、今回は多恵子の実力でしょう。俺も東風平こちんだ家にはお世話になりっぱなしだから、気にしないで」
「いつか、一緒に仕事ができるといいね」
彼女は微笑んだ。いい笑顔だ。この笑顔なら患者さんを安心して任せられる。
「ああ、残念ながら今は内科の研修が主だから、オペ室にはしばらく入れそうもないな。そのうち、いろいろまわるつもりだから、そのときはよろしくな」
「じゃあ、また稽古のときにでも」
多恵子はそういうと右手を振った。
「おう、気をつけて帰れよ」
僕も右手を軽く挙げて応えた。

この半年後、なんと多恵子はサザン・ホスピタルでは日本人初の直接介助ナースになった。
「たまたま、人手不足だっただけってば。それに、簡単なオペしか担当してないし」
彼女はそう謙遜するけど、断じてそんなことはない。直接介助は瞬時に的確な判断が必要で、ナースの出来次第でオペを左右することもあると言われているくらい重要な仕事だ。
多恵子は一見ノンカー(のんびり屋)に見えるが、実は相当な努力家なのである。このころから僕は、彼女のプロ意識に対して改めて敬意を抱くようになった。

僕が執刀医として多恵子とオペ室で一緒に働くようになるのは、それから更に二年先のことだ。そのことについては、いつか機会があれば述べることもあるだろう。
しかし、彼女がサザン・ホスピタルに就職することが僕の人生に深く影響してくるなんて、このときは全く予想もできなかった。約一年後、僕は彼女に対する印象を百八十度変えてしまうことになる。
というわけで、次章へTo be continued.
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