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Part2 Rasidensy Days of the Southern Hospital
Chapter_02.それぞれの成長(4)多恵子、転職を考える~勉、多恵子をテストする
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At Nishihara Town Okinawa; from 13:12PM to 13:18PM JST June 19, 1998.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
梅雨明けの日の午後。半休を取れた僕は東風平家の車庫に車を止めようとした。なにやら騒がしい。
「あい、スーサー(ヒヨドリ)だ」
僕は車から降りた。ちょうど車庫の近くに生えているパパイヤをスーサーが食い散らかしていた。見る限り、全部やられていた。
「げっ、此処ぬパパヤー、ちゅらーさ(見事に)全部うち食ーりて居しが!」
そこへ、坂道をばたばた駆け降り叫ぶ甲高い声が聞こえた。
「こら、スーサー! お前、現行犯逮捕だー!」
多恵子の声に驚き、スーサーは羽をばたつかせ鳴きながら逃げた。当たり前だ。
「あい、勉、来てたんだ」
「……多恵子、お前、いくつか?」
僕は呆れていた。どうもこいつには女を感じない。
「あんたと同じ年さぁ。二十四歳」
「俺は二十五だよ。そっか、汝は早生まれだったな。でも、その年でスーサーと本気で追いかけっこするなよー。まったく、Tシャツに安物ジーパン、髪振り乱してノーメイク、女子高生かお前は?」
僕の言葉に多恵子はカチンときたようだ。
「ここは、うちの家だよ! 休みの日にくつろいで何が悪い?」
君と言い争いに来たんじゃありません。僕は話題を変えた。
「どうでもいいけど、今日は誰もいないの?」
「あー、そういえば、お父とおとお母かあはさっき法事に行くって言ってた」
多恵子はそういうと、玄関の鍵を開けて僕を手招きした。
「あと三十分くらいで戻るはずよ。入って待っとく? 今、冷たい麦茶淹れるよ」
「じゃあ、お邪魔しまーす。」
僕は素直に中へ入った。だって、殺人的な暑さなんだもん! 天気は曇りだけど、三十分外にいたら、間違いなく熱射病で救急車を呼ぶぞって気温だ。医者が救急車呼んでどうする?
「お前、今日は非番なのか?」
多恵子は、たしか四年前から近くの外科医院にオペ看として勤務している。
「今日はポケベル当番でーす。だから家から動けん」
「へえ、呼び出しとかあるんだ?」
「めったにないけどね。あっても勉よりはましでしょ? 普段は九時五時だし、OLみたいなもんよ」
実にうらやましい。俺、最近は夜も詰めてばっかりだ。
「はい、麦茶どーぞ」
僕は多恵子からグラスを受け取った。冷たい麦茶が渇いたのどに心地いい。多恵子は僕のそばに座り込んだ。
「勉、サザン・ホスピタルってどんな感じ?」
「うーん、設備のこと? それとも人間関係?」
「あたしさ、最近思うんだけど、……なんか、今の職場って、確かに自分の時間が確保できて、いいのかもしれないけど、自分が成長しないような気がしてきた」
そう言いながら、多恵子は自分のグラスの氷をストローでつついている。麦茶の中で白い氷が浮いたり沈んだりしていた。
成長ねぇ。なるほど。
「たしかにサザン・ホスピタルは総合病院だからな、容赦なくいろんなところに回されるね。いろんな奴いるし、いろんな患者さんいるし」
「うちの医院でオペできない患者さんは、どうせサザンに回されるわけだし、病棟といってもほとんど常連さんばっかりだったりしてさ」
「民間の医院は、そうなりがちらしいね」
僕は少し躊躇したが、思い切って話すことにした。
「でもな多恵子、お前にだから言うけど、これ内緒だぞ」
「何?」
「実は、サザンの看護師は入れ替わりが激しいんだ。特に日本人は。基本的にスタッフや患者さんと英語でコミュニケーションが取れなくて、挫折して辞めるケースが多くてな。みんな生活習慣や考え方がバラバラだから、すれ違うこともあるらしい」
「ふーん」
「こっちは困ってる。コミュニケーションを図ろうにも信頼のおけるナースが少ないんだ。中には英会話の練習がわりにナースやってるバカもいるしな。日本人の患者さんと全然口利かない奴がいてさ。もう最悪」
「うわ、それってナース失格じゃん」
多恵子は自分の同僚に対するように憤慨していた。
「ドクターやセラピストは世界中からいい人たちが集まってるし、設備も最新式のものがそろっているってのに、肝心なナースがこんなんじゃ先が思いやられるよ」
「あんた研修医なのに、サザン・ホスピタルの行く末まで心配してるの?」
「俺はアメリカの医師免許とった後もそのまま残留するつもりだよ。今のところ、いい先輩に恵まれているし、福利厚生はバッチリだから。海外研修制度もあるしね。サザンだったら費用全部持ってくれる」
「そっか。福利厚生は魅力だね。」
多恵子は一気にグラスの麦茶を飲みほした。
「一度、採用面接に行ってみようかなぁ」
「お前、本気か? 英語、しゃべれるのか?」
「あたし中級だよ。こないだTOEIC600点あったよ」
うそ! 初耳だぜ? 僕の口から思わず英語が飛び出した。
“Is that true? It’s the first time I’ve heard that you can speak English.”
(ホント? 君が英語しゃべれるって初耳だけど)
“Is that right? Oh, yes, I didn’t tell you because we don’t have to speak English. Make sense?”
(あら、そう? そうか、あたしたちって英語で会話する必要ないから今まで言ってなかったわ。納得?)
……しゃべってる。多恵子が、英語をしゃべってる。僕の彼女に関する英語の記憶はかっぱっぱー事件で止まっていたから、これはかなりの衝撃だった。
え、大学のときにもホテルのラウンジで会話してただろうって? そうだっけ。淹れたてのコーヒーを頭からかけられそうになった記憶しかないけど?
「……なんか俺たち中学生みたいだな」
「だからねー、勉とは机が隣同士だったしね。なつかしー」
一瞬、僕の頭の中を小豆ごはんのおにぎりが横切っていった。そういえば、そんなこともあったっけ。
「ま、不意打ちでそれだけ話せりゃなんとかなるかもしれん。レベルがどうこうより、要は、コミュニケーション能力の問題だから。なんなら人事部に話つけとく? 書類くらいもらってくるよ」
「お願いしていい? よかったら面接の質問とか、情報頂戴」
「わかった。明日にでも持ってくるよ」
「ありがとう。“貴方が情け情けどぅ頼まりる”」
思わず僕は飲みかけた麦茶を吹き出しそうになった。
「あぎじゃびよーい、此処にん居てーさや、意味勘違そーるフラーが」
「へ? なんかあたし、変なこと言った?」
わかってない。こいつは全然、わかってない。僕はつぶやくしかなかった。
「先が思いやられるやっさー」 ((5)へ続く)
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
梅雨明けの日の午後。半休を取れた僕は東風平家の車庫に車を止めようとした。なにやら騒がしい。
「あい、スーサー(ヒヨドリ)だ」
僕は車から降りた。ちょうど車庫の近くに生えているパパイヤをスーサーが食い散らかしていた。見る限り、全部やられていた。
「げっ、此処ぬパパヤー、ちゅらーさ(見事に)全部うち食ーりて居しが!」
そこへ、坂道をばたばた駆け降り叫ぶ甲高い声が聞こえた。
「こら、スーサー! お前、現行犯逮捕だー!」
多恵子の声に驚き、スーサーは羽をばたつかせ鳴きながら逃げた。当たり前だ。
「あい、勉、来てたんだ」
「……多恵子、お前、いくつか?」
僕は呆れていた。どうもこいつには女を感じない。
「あんたと同じ年さぁ。二十四歳」
「俺は二十五だよ。そっか、汝は早生まれだったな。でも、その年でスーサーと本気で追いかけっこするなよー。まったく、Tシャツに安物ジーパン、髪振り乱してノーメイク、女子高生かお前は?」
僕の言葉に多恵子はカチンときたようだ。
「ここは、うちの家だよ! 休みの日にくつろいで何が悪い?」
君と言い争いに来たんじゃありません。僕は話題を変えた。
「どうでもいいけど、今日は誰もいないの?」
「あー、そういえば、お父とおとお母かあはさっき法事に行くって言ってた」
多恵子はそういうと、玄関の鍵を開けて僕を手招きした。
「あと三十分くらいで戻るはずよ。入って待っとく? 今、冷たい麦茶淹れるよ」
「じゃあ、お邪魔しまーす。」
僕は素直に中へ入った。だって、殺人的な暑さなんだもん! 天気は曇りだけど、三十分外にいたら、間違いなく熱射病で救急車を呼ぶぞって気温だ。医者が救急車呼んでどうする?
「お前、今日は非番なのか?」
多恵子は、たしか四年前から近くの外科医院にオペ看として勤務している。
「今日はポケベル当番でーす。だから家から動けん」
「へえ、呼び出しとかあるんだ?」
「めったにないけどね。あっても勉よりはましでしょ? 普段は九時五時だし、OLみたいなもんよ」
実にうらやましい。俺、最近は夜も詰めてばっかりだ。
「はい、麦茶どーぞ」
僕は多恵子からグラスを受け取った。冷たい麦茶が渇いたのどに心地いい。多恵子は僕のそばに座り込んだ。
「勉、サザン・ホスピタルってどんな感じ?」
「うーん、設備のこと? それとも人間関係?」
「あたしさ、最近思うんだけど、……なんか、今の職場って、確かに自分の時間が確保できて、いいのかもしれないけど、自分が成長しないような気がしてきた」
そう言いながら、多恵子は自分のグラスの氷をストローでつついている。麦茶の中で白い氷が浮いたり沈んだりしていた。
成長ねぇ。なるほど。
「たしかにサザン・ホスピタルは総合病院だからな、容赦なくいろんなところに回されるね。いろんな奴いるし、いろんな患者さんいるし」
「うちの医院でオペできない患者さんは、どうせサザンに回されるわけだし、病棟といってもほとんど常連さんばっかりだったりしてさ」
「民間の医院は、そうなりがちらしいね」
僕は少し躊躇したが、思い切って話すことにした。
「でもな多恵子、お前にだから言うけど、これ内緒だぞ」
「何?」
「実は、サザンの看護師は入れ替わりが激しいんだ。特に日本人は。基本的にスタッフや患者さんと英語でコミュニケーションが取れなくて、挫折して辞めるケースが多くてな。みんな生活習慣や考え方がバラバラだから、すれ違うこともあるらしい」
「ふーん」
「こっちは困ってる。コミュニケーションを図ろうにも信頼のおけるナースが少ないんだ。中には英会話の練習がわりにナースやってるバカもいるしな。日本人の患者さんと全然口利かない奴がいてさ。もう最悪」
「うわ、それってナース失格じゃん」
多恵子は自分の同僚に対するように憤慨していた。
「ドクターやセラピストは世界中からいい人たちが集まってるし、設備も最新式のものがそろっているってのに、肝心なナースがこんなんじゃ先が思いやられるよ」
「あんた研修医なのに、サザン・ホスピタルの行く末まで心配してるの?」
「俺はアメリカの医師免許とった後もそのまま残留するつもりだよ。今のところ、いい先輩に恵まれているし、福利厚生はバッチリだから。海外研修制度もあるしね。サザンだったら費用全部持ってくれる」
「そっか。福利厚生は魅力だね。」
多恵子は一気にグラスの麦茶を飲みほした。
「一度、採用面接に行ってみようかなぁ」
「お前、本気か? 英語、しゃべれるのか?」
「あたし中級だよ。こないだTOEIC600点あったよ」
うそ! 初耳だぜ? 僕の口から思わず英語が飛び出した。
“Is that true? It’s the first time I’ve heard that you can speak English.”
(ホント? 君が英語しゃべれるって初耳だけど)
“Is that right? Oh, yes, I didn’t tell you because we don’t have to speak English. Make sense?”
(あら、そう? そうか、あたしたちって英語で会話する必要ないから今まで言ってなかったわ。納得?)
……しゃべってる。多恵子が、英語をしゃべってる。僕の彼女に関する英語の記憶はかっぱっぱー事件で止まっていたから、これはかなりの衝撃だった。
え、大学のときにもホテルのラウンジで会話してただろうって? そうだっけ。淹れたてのコーヒーを頭からかけられそうになった記憶しかないけど?
「……なんか俺たち中学生みたいだな」
「だからねー、勉とは机が隣同士だったしね。なつかしー」
一瞬、僕の頭の中を小豆ごはんのおにぎりが横切っていった。そういえば、そんなこともあったっけ。
「ま、不意打ちでそれだけ話せりゃなんとかなるかもしれん。レベルがどうこうより、要は、コミュニケーション能力の問題だから。なんなら人事部に話つけとく? 書類くらいもらってくるよ」
「お願いしていい? よかったら面接の質問とか、情報頂戴」
「わかった。明日にでも持ってくるよ」
「ありがとう。“貴方が情け情けどぅ頼まりる”」
思わず僕は飲みかけた麦茶を吹き出しそうになった。
「あぎじゃびよーい、此処にん居てーさや、意味勘違そーるフラーが」
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