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Part3 The year of 2000

Chapter_06.エイサーの夜(3)勉、フィラデルフィアへおもむく

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At Philadelphia, Pennsylvania and Manhattan, New York City, New York; June, 2000.
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village and Nishihara Town, Okinawa; June, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.

六月の後半、僕はCSA (臨床技能試験)受験のため、アメリカのフィラデルフィアへ向かった。アメリカ独立宣言の地として有名だし、よく観光のオススメポイントとか尋ねられるけど、試験のことが気がかりで、ホテルに閉じこもってあまり観光はしなかったな。
試験そのものは、スーパーローテーション中に学んだサザンの外来診察風景となんら変わりなかった。なにせ、うちはもともとアメリカ海軍病院ですから。臨床トレーニングを毎日やっているようなものです。
試験終了後は飛行機の関係ですぐにニューヨークへ行ったけど、そこでも二日弱しか過ごしていない。ただ、World Trade Centerには行った。展望台からきれいな風景が見渡せた。まさか、わずか一年後に同時多発テロなんてものがここで起こるなんて、そのときは予想だにしなかった。そのことを思うと、今も体の震えが止まらない。

ニューヨーク市内、マンハッタンのとあるネットカフェに入ってメールチェックすると、職場からのメールに混じって多恵子の携帯メールが十通近く来てた。それぞれに、「試験がんばって」「気候はどう? 寒くない?」「変なもの食べちゃダメだよ。水はミネラルウォーター買うんだよ!」「ニューヨークは夜遅くまで出歩いたら危険だから、良い子は歯磨きして早く寝なさい。おやすみ」などという文面がぎっしり書かれていた。

多恵子、いゃーわん女親ゐなぐぬうややみ? これでも二十七の男だぞ?
いや、ここまで僕を思いやってもらえるだけで、ありがたいといえば、ありがたいんですけど。

かといって、幼馴染に返事を書けといわれても、いざとなると何を書いていいんだか……。
当たり前だが、アメリカのコンピュータに日本語がインストールされているわけがない。返事をしたためるとなれば当然英語になる。これには参った。何度か“Hello”とか“How are you ?”とタイプしては、Backspaceキーを連打する羽目に陥った。
違う。ぬーがな、違とーん。やしが(でも)言葉が浮かばん。
……で、三十分ほど格闘した末、こう書いた。

      (^_-)d  (^-^)/~~

多恵子に送信してようやく落ち着いを取り戻した僕は、ネットカフェを出ると、マンハッタンの風に吹かれながら意気揚々とホテルへ引き上げた。

金の掛からないアメリカ土産はチョコレートに限る。僕は沖縄に帰ると、サザン・ホスピタルの医局と整形外科のナースステーションにチョコレートを置きまくった。直後、ナースの粟国あぐにさんの声がした。
「あ、上間先生、戻られたんだ?」
「粟国さん、僕のこと呼んだ?」
振り返ると、粟国さんは意味深げな微笑をたたえて僕を隣の部屋へ手招きした。そして、テーブルの上になにやら広げたのだ。それは多恵子の書いた英作文だった。非常にばかげた内容で、僕が送ったメールの文句をたらたら述べている。
「あのバカ!」
僕は大声で笑い出したいのをこらえるのに必死だった。お前、こんなバカなエッセイ書く前に、するべきことがあるだろ?
「考えてもみろよ。いつも顔あわせている奴にメールするのにさ、“Hello.”とか“How are you?”とか、書く? 書かないよな? 多恵子が来たら、こんな英作文書く前に、俺にちゃんと返事しろって伝えといて」
その場から撤収しようと、ドアのノブに手を掛けたら、言われた。
「上間先生、耳が赤いですよ」
僕はドアを開け、両耳を押さえてそのまま退室した。((4)へつづく)

多恵子の英作文は、アルファポリスに収録した「サザン・ホスピタル 短編集」で粟国里香がモノローグを担当する
「がーじゅーみやらび」7.英作文の課題
https://www.alphapolis.co.jp/novel/421941900/845496306/episode/4333766 に紹介しました。是非ご覧になって下さい。
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