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Part3 The year of 2000

Chapter_08.子守唄(2)多恵子、津田千秋たちとお茶する

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At Naha City, Okinawa; 2:00PM JST, September 30, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

あたしたちは近くの大衆食堂でぜんざいを食べた。沖縄のぜんざいは、冷やしぜんざいというよりどちらかというと本土の金時に近いニュアンスだ。シロップは全然かけず、ぜんざいの上には鬼のように氷が乗せてある。
「おいしーねー」
シャリシャリとした冷たい氷の感触と豆の自然な甘さが、舌に心地いい。
「夏はこれが一番ですねー」
ナカダさんもひたすら氷の山に取り組んでいる。ブラジル育ちのナカダさんは、豆料理がとにかく大好きなのだ。だから体格がガッチリしているんだね? そう思っていたら、近くで素っ頓狂な声が響いた。
「あー、ずるい! 先に食べてるー!」
声の主を見て、あたしは、驚きを隠せなかった。
津田千秋だった。

「もう半年経ちましたよね?」
ナカダさんは千秋の横顔をみながらニコニコしている。
「みんな、知ってますよ。だから、多恵子さんもてっきり知ってると思ってた」
ソフトクリームに舌鼓を打ちながら、あっけらかんとして千秋が答える。そうなんだよねー。あたし、鈍いらしいんです。おとうのところに勉がサンシン習っているのも十年くらい経ってから気がついたし、勉が、あたしに近づこうとした男性を誰彼問わず睨んでいたなんてのも、ちょっと前に里香から聞いたばかりだ。ええ、いまは彼女と照喜名てるきな先生が勉の代わりに睨んでくれています。感謝。
そんなことを考えてたら、携帯からaikoの ‘ボーイフレンド’ が流れた。勉からのメールだ。今、午後二時だから、向こうは前日の夜十時。あれ? 今日は夜勤じゃないのかな?
「ちょっと、ごめんね」
二人に軽く会釈してメールを開くと、短くこう書かれていた。

 上間勉@LA%ただいま休憩中です。
 多恵子へ。
 そいつが今度ナンパしてきたら、問答無用で殴っていいからな。取り急ぎ。

「どうしたの? 上間先生?」
着信音でバレバレだからしょうがない。興味津々顔の二人に携帯の画面を振りかざして、つぶやく。
「殴っていいって書いているけど、患者さんを殴っていいわけないよねー?」
え? 患者さんを投げ飛ばした前歴を持つあたしが言っても、説得力ないって? そんなツッコミはまあ、置いといてくださいな。
「えー、多恵子さん、患者さんにナンパされたの?」
「いや、さっき、こんな人に会ってさ」
あたしは、カカズ君の名刺を二人に見せた。プリクラの写真を見て、ナカダさんが吹き出した。
「ああ、この人! わかります! 僕も上間先生に座布団一枚!」

ざ、ざぶとんいちまい?
あたしの頭の中で、チャッチャカ ツチャチャチャ と『笑点』のテーマソングが流れ、山田君よろしく真っ赤な着物を着て座布団を運んでいる金髪頭が出てきて、締めくくりのパフッという音とともに、転んだ。
勉、あんた、妙に似合ってるよ。沖縄帰ってきたら、真っ赤な着物探さんとね?

「ナカダさん、それを言うなら一票だよ、一票。選挙の言葉だから」
横で千秋がナカダさんの日本語を訂正している。単に賛成だと言いたかったみたい。でも、賛成って、殴ってもいいわけ? 疑問に思っているあたしに、ナカダさんがこう説明してくれた。
「彼、バイクの自損事故で救急車で運ばれてきて、すっごく態度悪かったんですよ。だから上間先生、怒鳴ってました」
ああ、なるほどね。やっぱり彼、遊び人あしばーなんだ。納得。

ナカダさんがトイレに立ったとき、千秋があたしの隣の席にやってきた。
「多恵子さんにだから言うけど、あたしたち、じき、お別れなんだ」
そう言って、寂しそうに微笑んだ。
「お別れって、別れちゃうの?」
驚きを隠せなかった。だって、ナカダさん、あんなに優しさ一杯って顔しているのに?

千秋は自分のおさげ髪に手をやりながら、こうつぶやいた。
「ナカダさん、将来はブラジルに帰るって。一緒に来て欲しいって言われたけど、断っちゃった。だって、あたしにはおじぃとおばぁがいるし。両親がいなくなってから、おじぃとおばぁが、あたしをずっとかわいがってくれたんだ。だから、遠くになんか行けないよ?」
千秋の目に、一瞬光るものが見えた。が、彼女はぶんぶん首を振ると、あたしを見て笑いかけた。
「でも、人を好きになるっていいよね? 失恋もりっぱな恋愛だよね? あたし、最後までずっと胸を張って、ナカダさんと付き合うつもりだよ」

気がつくと、ナカダさんがレジで支払いを済ませていた。あたしは恐縮して頭を下げた。
「いいですよ今日は。これから僕たち、映画なんです」
「じゃ、上間先生によろしくねー! ばいばい!」
先ほどとは打って変わって、茶目っ気たっぷりの笑顔の千秋が、ナカダさんの腕にぶら下がって仲良く映画館の方向へ去っていった。

あたしは手元の携帯に視線を落とした。
勉は、二年経ったら帰ってくるのだ。だから、待っていられる。
だけど、恋が終わると判っていて、それでも前向きでいられるなんて。
最後の最後まで胸を張って、好きでいようと思うなんて。

千秋、あなたはあたしより一つ年下だけど、あたしなんかよりずっと、ずっと立派な大人の女性だよ。 ((3)へつづく)
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