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Part3 The year of 2000

Chapter_09.白ヤギの遠吠え(1)白ヤギ、電話口で鳴く

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At UCLA and Westwood, Los Angeles, California; November 2, 1:10PM PST, 2000. 
= At Nishihara Town, Okinawa; November 3, 6:10AM JST, 2000.
At Westwood, Los Angeles, California; November 17, 8:26PM PST, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
元々はナンバリングなしでしたが再収録に際し章番号付加しました。

みなさん、こんにちは。上間勉です。ロサンゼルス生活もなんとか無事に三ヶ月目を迎えようとしております。
前回は野菜を食べていないという話でしたが、あれからハロウィンに向けて、飽きるほどかぼちゃ料理を食べるはめになった。先日、家主のお孫さん(女の子二人。上の子がDianaで、下の子がAlexisといいます)がパンプキン・パイを差し入れしてくれたんですが……激甘でした。うぇっぷ。

アメリカは十月二十九日の日曜日にサマータイムが終わり、翌日三十日、時刻が一時間遅くなった。要するにカリフォルニア州では、PDT(Pacific Daylight Time)からPST(Pacific Standard Time)の適用になったわけです。
その日の朝、僕は腕時計や家中の時計を一時間遅らせる作業に追われた。パソコンだけがマトモだった。起きる時間が一時間遅くなったのはうれしいが、仕事を上がる時間も一時間遅くなる。初めての経験で、すっげー変な気分。サマータイムそのものは終戦直後の一時期に沖縄でもやってたらしいんですが(琉球政府の樹立前ってことは、沖縄民政府時代になるのかな?)、定着しなかったみたいですね。もっとも、沖縄には沖縄時間ウチナータイムっていう別の時間帯があるから、必要なかったのかも……あ、これは冗談ですよ、冗談。

僕らレジデントの勤務サイクルは、‘long (callとも呼ばれる)’ ‘free’ ‘short’の3日で1サイクルだ。longは昼12時から翌日の朝7時までの19時間。freeが当直明けの日。次の日がshortで朝7時から昼12時までの5時間を担当する。3または4サイクルごとにshortの日がオフに振り替えになったり、スケジュールの見直し等が発生するが、それでもかなり激務だといっていいだろう。
日本とは違って、時間が来ると次の担当医への申し送りが比較的きっちりできるのが、救いといえば救いかな。もっとも、同じアメリカでも、shortのあとにオフが自動的につく4日1サイクルの州もあるらしい。うらやましい限りだ。

こないだハロウィンが終わったばかりだというのに、今度の火曜日に大統領選挙を控えてアメリカ中が再びお祭り騒ぎみたいになってる。選挙も祭りになっちまうのか。奇妙な国だ。一応、ここは僕の二十五パーセントの祖国なんだよね。複雑な心境ですわ。
さて、僕の今日の昼ご飯ですが……、ええ。さっきshortを終わってさっさと帰ってきました。今日は家で食べたかったんです。
で、ダイニングテーブルに並んでいるのは、ニンジン一本、セロリ一本、きゅうり一本、ルッコラ数枚。すべて生のまま、丸かじりです。気分はウサギさんです。
最近、ハンバーガーとかメキシカンフーズとか、そんなのばっかり食ってる。もちろん、近くのスーパーではサラダとか野菜ジュースとか売られてるけど、どうも物足りない。特に緑黄色野菜の量が必然的に足りない。だから生でかじりたくなってしまったのです。
あー、元気出ねーなー。いいや、睡眠とって、あとで何かまともなの、食おっと。ご馳走様くゎっちーさびたん

オレンジジュースをごくごくっとのどに流し込んで、気がついた。そっか、そういえばまだ、多恵子にメール返してなかったな。どうも、サマータイム終わってから、調子を崩しっぱなしだ。いかんなー。寝る前に返事打っとくか。
僕はノートパソコンを開いた。頭をポリポリ掻いてみる。ああ、文章が思いつかん。やしが (でも)、ぬーがな書かんねー、多恵子んかいまたわじらりーんどー。


 上間勉@LAです。
 今日のお昼はニンジンとセロリときゅうりとルッコラでした。
 気分は草食動物。頭が回りません。
 哀れな僕に何かお恵み下さい。

ひでえ文章だ。ま、いいか。送信ボタンをクリックすると、僕は服を着たままベッドに倒れこんだ。あー、この脱力感、どうしたものかねぇ。シャワー浴びる気もしねえや。

パソコンがカリカリ音を立てて自動メールチェックを始め、しゃべった。

“You've got a mail !”
(メールがひとつ届きました)

あれ、一通来たぜ? たーやが?
僕は飛び起きてノートパソコンの画面を注視した。え、多恵子? 今、沖縄は十一月三日の朝六時になったところだな。てことは文化の日だろ? じゃ、祝祭日出勤か?
僕はメールを開いた。

 多恵子@沖縄です。白ヤギさん、お元気ですか?

そうか、俺は白ヤギだったな。はいはい、生きてるよ。

 サザンに廃棄書類がいっぱいあります。食べますか?

ぬ様なむぬや、まらん!

 イヤなら、んべーって鳴いてください。
 そちらの15時くらいまで、携帯に電話OKです。

なんじゃそりゃ? こっちから電話しろ、だと?
僕は受話器を取った。メールのやり取りが主だけど、最近は週に一度、お互いに時間を決めて電話するようにしているのだ。えーっと、日本の国番号は0081だったよな?

電話のコール音が数回あって、懐かしい声がした。
「もしもし?」
僕は咳払いをし、深く息を吸った。
「ンベェーエ、エ、エ!」
「きゃははは!」
多恵子の爆笑する声が耳元で割れんばかりに響いている。おいおい、君が鳴けっていうからだろ?
「よかったー。勉、元気そうだね?」
「まあね。今、こっちは大統領選挙でお祭り騒ぎだよ」
「すごいみたいだねー。よくテレビでも中継入るよ」
「そっちはどんな感じなの?」
たわいも無い会話だけど、本当に不思議だ。さっきまでの脱力感はどこへやら、多恵子はいつも僕を明るくしてくれる。一週間前に聞いたはずのこの声も、半年振りくらいに聞こえる。会いたいな。顔が見たい、思い切り抱きしめたい。
……い、いかん。まだ、こっち来てから二ヶ月ちょっとじゃないか! こんな弱気になって、今からカウントダウンしてどうする? ((2)へつづく)
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