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Part3 The year of 2000
Chapter_10.Dr. Uemaの悲惨な一日 L.A.編(2)勉、患者さんに殴られる
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At UCLA, Los Angeles, California; November 23, 10:03AM PST, 2000.
At UCLA, Los Angeles, California; November 23, 2:05PM PST, 2000.= At Nishihara Town, Okinawa; November 24, 7:05AM JST, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
ERへ向う。しばらくヒマでメンバーと感謝祭のミートパイを摘んでいたけど、十時過ぎに救急車がメディカルセンター前で停車した。
ドアが開き患者が搬送されてくる。大柄な白人男性だ。自動車事故なの? よかった。この患者さんは意識がある。でも頚椎カラーしてるぞ。
“Move him on there. One, Two, Three!”
(患者さんを移動するよ。1、2、3!)
合図とともに患者さんをストレッチャーへ移動した。そのまま処置室へ駆け込む。僕はX-rayの操作に当たった。ERにはサザンと同型のポータブルのレントゲン装置がある。僕は整形外科医だ。取り扱いは慣れたものですよ。専用グラスを掛け、黄色い放射線防護服を着て、手早く機器を操作した。よし、頚椎四方向ね。レントゲン機器の音がカシャーンと響いた。
“O.K. Finished.”
(終わりました)
早速、出来上がったレントゲン写真を判定する。……うん、大丈夫そうだな。ほかのスタッフにも見せたけど、みんな、同じ判断だ。じゃ、最低限の手当てを済ませて、傷口を縫えばいいね。
そう思った矢先、血液検査の報告が入りました。え、何? この患者さん、HIVキャリア? で、俺が、縫うの? まじで?
HIVキャリアの患者さんを担当するのは初めてだ。でも、肝炎の患者さんならサザンで十人近く担当した経験があるし、ここでも二十人くらい、縫いました。手当ての基本を押さえれば大丈夫。落ち着こう。
そう思いながらも、内心、おっかなびっくり患者さんの元へとむかった。患者さんに向かって説明を開始する。
“We'll inject a local anesthetic under the skin to numb the area. O.K.?”
(ここから局所麻酔します。いいですね?)
こ、この患者さん、僕をぎろっと睨んでる、気が、する。あははは……。勉、え、笑顔だ、笑顔! よし!
自分に強く言い聞かせ、局所麻酔のため僕は注射器を手に取って語りかけた。
“It'll be a little hurts.”
(チクッとしますよ)
患部に、刺した。……終わりました。シリンジゆっくり抜いて、と。さて、縫わなきゃ。
抜いた注射器を手元のトレーに置いて、患部を縫う作業へ取り掛かろうと患者さんに背中を向けたときだった。
“Dr. Watch out!”
(先生、危ない!)
ナースの声に振り返ったときだ。
「うわー!」
一瞬、何が起こったのか、わからなかった。僕は思いっきり壁際へ殴り飛ばされ、頭が壁にぶつかる音と自分の眼鏡が床に落ちる音を同時に聞いた。痛みに耐えて頭を起こすと、周りのスタッフが必死で患者さんを抑え、別の部屋へ連れて行く様子が見える。
……あの、僕、何か悪いこと、した?
起き上がって体をさする。見ると、白衣の裾になにか刺さってる。あの患者さんに麻酔した注射針だ。つまり、HIVに感染した血液が、僕の白衣にべっとりついていたのだ!
「あははは!」
「……あのね多恵子、笑い事じゃないんだよ?」
午後二時。勤務が明け、傷の手当てを受け終わった僕は、メディカルセンターの公衆電話から多恵子の携帯に電話を掛けていた。沖縄は翌二十四日の朝七時。電話の向こうで、多恵子はずっと笑い転げている。
「だって、だって、あはは!」
何で、危ない目に遭ったっていうのに、ガールフレンドからこんなに笑われるんだろうな?
多恵子は明るい調子を崩さない。
「ごめん、ごめん。大丈夫だった?」
「大丈夫だから電話してるんでしょうが?」
思わずむくれてしまう。膨らませると殴られた右頬が痛い。
「でも、殴られたんでしょ?」
「右のほっぺたが青くなったよ。だから、ちょっとしゃべりづらい。頭と左の肩も思いっきり壁にぶつけられたし。眼鏡もおじゃんになるところだった」
「あら、かわいそうにねー。痛いの痛いの、遠いお山へ、飛んでけー! きゃははは!」
「……あのねー」
こいつ、本当に俺のこと心配してくれているのか? あー、畜生。優しく慰めてもらおうかなー、と甘い期待をした僕は、愚かでしたよ。
しかし、相変わらずおばかな会話しかしないよな、俺たちは? この調子だと、一晩一緒に……なんて、いつのことやら。
「そろそろ、クリスマスだね?」
僕の心中も知らず、彼女は無邪気に話しかけてくる。
「ああ、こっちはすごいぞー! もう、あちこちでバーゲン始まってる」
「そうか、勉はアメリカでクリスマスなんだ。いいなー!」
「一人ぼっちのクリスマスのどこがいいんだよ? どうせ勤務だよ、勤務! クリスマスはみんな休暇取りたがるんだから。サザンでも一緒だろ?」
「確かにそうね。まあ、お互い、頑張りましょう!」
「そうだな。じゃ、長くなるから、切るよ」
慰めてくれないんだったら、もう、いいよ。電話代がもったいない。そう思って切ろうとしたときだ。
「勉?」
「何?」
電話の向こうから強い口調で多恵子が話しかけてきた。
「あんた、塩持って歩きなさい。シママース! そっちに送ったよね? 車にも乗せておきなさいよ!」
「はいはい、わかりました。じゃあな」
「じゃあねー!」
僕は受話器を置いた。シママースね。多恵子があんなに強く言うんだから、用意しとくか。効果、あるのかな?
僕はアパートへ帰ると、多恵子の言うとおり、厄除け用に塩を持って歩こうと入れ物を探した。しかし、こんなときに限って適当な入れ物がない。
今日は同僚の感謝祭パーティーに呼ばれているんだったな。行く途中で、どこかの店先に寄ってみようっと。((3)へつづく)
At UCLA, Los Angeles, California; November 23, 2:05PM PST, 2000.= At Nishihara Town, Okinawa; November 24, 7:05AM JST, 2000.
The narrator of this story is Tsutomu Uema.
ERへ向う。しばらくヒマでメンバーと感謝祭のミートパイを摘んでいたけど、十時過ぎに救急車がメディカルセンター前で停車した。
ドアが開き患者が搬送されてくる。大柄な白人男性だ。自動車事故なの? よかった。この患者さんは意識がある。でも頚椎カラーしてるぞ。
“Move him on there. One, Two, Three!”
(患者さんを移動するよ。1、2、3!)
合図とともに患者さんをストレッチャーへ移動した。そのまま処置室へ駆け込む。僕はX-rayの操作に当たった。ERにはサザンと同型のポータブルのレントゲン装置がある。僕は整形外科医だ。取り扱いは慣れたものですよ。専用グラスを掛け、黄色い放射線防護服を着て、手早く機器を操作した。よし、頚椎四方向ね。レントゲン機器の音がカシャーンと響いた。
“O.K. Finished.”
(終わりました)
早速、出来上がったレントゲン写真を判定する。……うん、大丈夫そうだな。ほかのスタッフにも見せたけど、みんな、同じ判断だ。じゃ、最低限の手当てを済ませて、傷口を縫えばいいね。
そう思った矢先、血液検査の報告が入りました。え、何? この患者さん、HIVキャリア? で、俺が、縫うの? まじで?
HIVキャリアの患者さんを担当するのは初めてだ。でも、肝炎の患者さんならサザンで十人近く担当した経験があるし、ここでも二十人くらい、縫いました。手当ての基本を押さえれば大丈夫。落ち着こう。
そう思いながらも、内心、おっかなびっくり患者さんの元へとむかった。患者さんに向かって説明を開始する。
“We'll inject a local anesthetic under the skin to numb the area. O.K.?”
(ここから局所麻酔します。いいですね?)
こ、この患者さん、僕をぎろっと睨んでる、気が、する。あははは……。勉、え、笑顔だ、笑顔! よし!
自分に強く言い聞かせ、局所麻酔のため僕は注射器を手に取って語りかけた。
“It'll be a little hurts.”
(チクッとしますよ)
患部に、刺した。……終わりました。シリンジゆっくり抜いて、と。さて、縫わなきゃ。
抜いた注射器を手元のトレーに置いて、患部を縫う作業へ取り掛かろうと患者さんに背中を向けたときだった。
“Dr. Watch out!”
(先生、危ない!)
ナースの声に振り返ったときだ。
「うわー!」
一瞬、何が起こったのか、わからなかった。僕は思いっきり壁際へ殴り飛ばされ、頭が壁にぶつかる音と自分の眼鏡が床に落ちる音を同時に聞いた。痛みに耐えて頭を起こすと、周りのスタッフが必死で患者さんを抑え、別の部屋へ連れて行く様子が見える。
……あの、僕、何か悪いこと、した?
起き上がって体をさする。見ると、白衣の裾になにか刺さってる。あの患者さんに麻酔した注射針だ。つまり、HIVに感染した血液が、僕の白衣にべっとりついていたのだ!
「あははは!」
「……あのね多恵子、笑い事じゃないんだよ?」
午後二時。勤務が明け、傷の手当てを受け終わった僕は、メディカルセンターの公衆電話から多恵子の携帯に電話を掛けていた。沖縄は翌二十四日の朝七時。電話の向こうで、多恵子はずっと笑い転げている。
「だって、だって、あはは!」
何で、危ない目に遭ったっていうのに、ガールフレンドからこんなに笑われるんだろうな?
多恵子は明るい調子を崩さない。
「ごめん、ごめん。大丈夫だった?」
「大丈夫だから電話してるんでしょうが?」
思わずむくれてしまう。膨らませると殴られた右頬が痛い。
「でも、殴られたんでしょ?」
「右のほっぺたが青くなったよ。だから、ちょっとしゃべりづらい。頭と左の肩も思いっきり壁にぶつけられたし。眼鏡もおじゃんになるところだった」
「あら、かわいそうにねー。痛いの痛いの、遠いお山へ、飛んでけー! きゃははは!」
「……あのねー」
こいつ、本当に俺のこと心配してくれているのか? あー、畜生。優しく慰めてもらおうかなー、と甘い期待をした僕は、愚かでしたよ。
しかし、相変わらずおばかな会話しかしないよな、俺たちは? この調子だと、一晩一緒に……なんて、いつのことやら。
「そろそろ、クリスマスだね?」
僕の心中も知らず、彼女は無邪気に話しかけてくる。
「ああ、こっちはすごいぞー! もう、あちこちでバーゲン始まってる」
「そうか、勉はアメリカでクリスマスなんだ。いいなー!」
「一人ぼっちのクリスマスのどこがいいんだよ? どうせ勤務だよ、勤務! クリスマスはみんな休暇取りたがるんだから。サザンでも一緒だろ?」
「確かにそうね。まあ、お互い、頑張りましょう!」
「そうだな。じゃ、長くなるから、切るよ」
慰めてくれないんだったら、もう、いいよ。電話代がもったいない。そう思って切ろうとしたときだ。
「勉?」
「何?」
電話の向こうから強い口調で多恵子が話しかけてきた。
「あんた、塩持って歩きなさい。シママース! そっちに送ったよね? 車にも乗せておきなさいよ!」
「はいはい、わかりました。じゃあな」
「じゃあねー!」
僕は受話器を置いた。シママースね。多恵子があんなに強く言うんだから、用意しとくか。効果、あるのかな?
僕はアパートへ帰ると、多恵子の言うとおり、厄除け用に塩を持って歩こうと入れ物を探した。しかし、こんなときに限って適当な入れ物がない。
今日は同僚の感謝祭パーティーに呼ばれているんだったな。行く途中で、どこかの店先に寄ってみようっと。((3)へつづく)
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