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Part3 The year of 2000

Chapter_11.Fly to me! (2) 宗家(むーとぅやー)の嫁の立ち位置

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At Chatan Town, Okinawa; November 27, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

あたしはカップの紅茶を飲むと、新たにポットから注いだ。
正直、今は働いてお金を貯めることしか頭にない。どうしても一度、実家から離れて生活してみたいのだ。でも、一人暮らしを経験しようと思ったら家賃とか生活費を考えなくっちゃ。家事の練習ってやつもしておかないとなー。
あーあ。考え出すと気が滅入っちゃう。これが、マリッジ・ブルー? 
「上間先生はいいよねー、こういっちゃ何だけど、しがらみが少ないし」
あたしの胸中に目もくれず、里香は空のコーヒーカップを両手に持ったままぼそっとつぶやいた。
宗家むーとぅやーってほら、いろいろあるっていうじゃない。親戚づきあいとか細かくってさ。結婚しても仕事続けるって言ったら、嫌味もいっぱい言われるみたいだし」

ウェイトレスがコーヒーサーバーを持って、こっちへやってきた。
「おかわり、いかがですか?」
「あたし、アメリカンだったんですけど。それ、いただいちゃっても構いませんか?」
「どうぞどうぞ」
手際よくブレンドが注がれる横で、里香がまたつぶやく。
「うちの母親が大反対なのよねー。宗家むーとぅやーに嫁いで女の子ばっかり生まれてさ、離婚されたお友達がいるんだってさ」
「ひっどーい! 何それ? 今時すっごく非科学的な言いがかりじゃない!」
あたしは怒りを爆発させてしまった。赤ちゃんの性別を決める要素が男性の精子側にあるってことは、小学生でも知っている常識でしょうが。
コーヒーがカップに満たされ、里香はウェイトレスに目礼しながら続けた。
「だよねー。馬鹿馬鹿しいけど、男腹とか女腹っての、まだ信じているお年寄りが多いらしいよ。しかもそのお友達って、浮気されちゃったらしくてさ。相手の女性に男の子ができたんだって。で、離婚だって。最悪だよねー」

あまりの展開に、あいた口がふさがらない。でも、似たような事例は結構、耳にする。長男を失い、その後は二度と男の子を授からなかったあたしのおかあだって、東風平こちんだの親族から心ない言葉の暴力をずっと受け続けてきた。
これもまた、この島の現実である。全世界が注目するサミットを無事に終え、二十一世紀を迎えようっていうのに、まだこんな男尊女卑のばかげた考えがこの島には巣くっているのだ。

「あたし、まずイギリス行きたいんだよねー。いっぱい旅行もしたいし、妹が踊る舞台とか、お芝居とか、見に行くの大好きだしさー。でも、宗家むーとぅやーに嫁いだら、多恵子とこうやって映画を見に行けるかどうかもわからないんだよ?」
宗家むーとぅやーの女性は、かなり自由を制限されてしまう。親族のまとめ役として年中行事を司らなくてはならないからだ。ほぼ毎月のように夫の親族と顔を合わせ、一方的に難癖をつけられ嫌味を言われっぱなしだなんて、確かに気の毒な役回りである。
コーヒーカップに角砂糖を落としながら、彼女はつぶやいた。
「裕太は本当にいい人なんだけどねー」

里香の迷いは、わかる。照喜名てるきな先生ほど優しさと気品を持ち合わせた男性はそうそういらっしゃらないだろう。おまけに、華奢な見た目によらず先生はスポーツマン、それも剣道初段だ。
先日、里香がプールバーで酔っ払いの男性グループに絡まれたとき、居合わせた照喜名先生がキューを片手に飛んできて里香を後ろにかばって即座に身構えた。あまりにも颯爽としたその振る舞いは、どこをどう伝わったのかサザン中で評判になってしまい、今やこの二人の仲を知らない者はない。その事が、さらに里香の迷いを深くしている。

勉が照喜名先生と同じ立場だったら、あたしはどうしただろう?
あの電話ボックスで、YESと返事しただろうか?
里香ほどの深い悩みを抱えたことのないあたしは、幸せ者なのかもしれない。

車で里香を浦添まで送った帰り、上空から爆音が響いた。降りてみると、米軍機が嘉手納飛行場方面へ着陸態勢に入っているのが見える。

四年前だっけな。日米地位協定の見直しと基地の整理縮小を問う県民投票なんてのがあったのは。
多くの人々が、基地反対の意思表示をしたのに。
多くの女性たちが、戦争反対を訴え続けているのに。
この島も、産む性である女性が蔑まれ負担を強いられる世の中の仕組みも、全然変わっていない。((3)へつづく)
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