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Part3 The year of 2000
Chapter_11.Fly to me! (1)看護師が難病モノの映画を見ると~里香の悩み、多恵子の悩み
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At Chatan Town, Okinawa; November 27, 2000.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグです。
こんにちは。東風平多恵子です。
ロサンゼルスにいる勉がなんかとんでもない目に遭ったようなので、厄除けにシママースをオススメしたのです。が、持って歩く容器がないとかブーブーごねていますので、先ほど送りました。ええ、お手製のお守りを縫ってあげましたよ。シママースはビニール袋にしっかり包んで、ぴかぴかの五円玉も入れたし。
ついでなので、波之上宮(なぜかお母のオススメだった)、読谷の赤犬子宮(サンシンの神様だから拝んできなさいとお父に言われた)、首里の観音堂 (勉は旅に出ていてしかも丑の人だから)の三箇所にわざわざ足を運んで、拝んで、お守りを買って、一緒に入れておきました。
ボーイフレンドのために、ここまでちゃんとやる若者も珍しいと思わないね? 恩義被らんねー、すぐ荒神かい言い付きーんどー、勉!
北谷町の美浜といえば、最近アメリカンビレッジという名前で有名だ。直径50m級の大観覧車をはじめ、映画館、ショッピングセンターにD・I・Yセンター、ボーリング場、アメリカンレストラン、輸入雑貨店などなどが溢れかえっている。若者の遊び場として、全島のみならず本土からも観光客が絶えない。
滅多にここへは来ないのだけど、今日は久々にオフを合わせて里香と映画を見にきたのだ。一応、英会話のヒアリングの練習ですよ。
目当ての映画は“Autumn in New York”。ウィノナ・ライダーが出ている映画っていうから期待してたんだけど…、ナースであるあたしたちが見ると、難病ものってのはリアリティがなさすぎて、どうもノレないし、泣けない。結局、二人で「なんだかねー」とつぶやきながら映画館を後にしたのだった。
とある喫茶店に入った。店員さんが置き去ったケーキ皿のフォークを、里香は反対方向に持ち替える。彼女、左利きなんです。ペンは右なんだけど、他は全部左みたい。点滴も聴診器も左だから、彼女と回診組むときは器具を置く位置に気をつかう。
マロンケーキを一口頬張ると、左手を置いて里香はぽつんとこう言ったのだ。
「実はね、裕太が来月中旬から転科するんだ。整形に」
「うそ!」
思わずあたしは持っていたティーカップを落としそうになった。それくらい、びっくりした。転科はそんなに頻繁に起こることではない。内科から外科への転科は、むしろ珍しい。
「だって、照喜名先生って、照喜名内科医院の跡継ぎでしょう? 外科医なんかになっていいわけ?」
照喜名家だけの問題ではない。七月から始まったサザンでの専門医研修が、よりによって年末の忙しい時期にまた振り出しにもどってしまうのだ。まして、内科と外科はやってる事が全然違う。指導する側もされる側も、困難が付きまとうのは目に見えている。
「本人もすごく悩んでいたみたいだけどさ、ようやくお父様を説得できたみたいだよ」
同じく左手で、里香はアメリカンを口元へ運んだ。
今日の彼女は少々パールがかったメイクをしてて、オフホワイトの長袖シャツにキャメル色のパンツ姿。プラチナの細いネックレスのトップに輝くのは、なんと、照喜名先生から誕生日プレゼントにもらったという、お揃いのカルティエのラブリング! コーヒーカップを傾けるその姿は、まるで雑誌の切り抜きそのままだ。ショッピング中に声を掛けられるのは日常茶飯事。先日の東京旅行でも、表参道あたりを姉妹で仲良く歩いていたら三度もナンパされたらしい。だって、由希さんも負けず劣らず美人だもんねー。
「じゃあさ、照喜名医院はどうなるの?」
「下の弟の朝紀さんが内科医になるって。だから大丈夫みたい」
里香はあたしに顔を近づけ、ささやいた。
「しばらくの間は伊東先生が、ER (救急処置室)と行き来しながら指導に当たられるんだって。でも、まだ正式に決定じゃないから、誰にも言っちゃだめよ。上間先生にも内緒だからね」
伊東先生はもともとERのご出身だ。ERへ運び込まれる患者さんの大半が整形外科疾患ということもあって、ERと整形外科病棟を往復する毎日を送っていらっしゃる。たしか今年は救急専門医の研修指導も担当されているから、かなりご多忙なようだ。人事のことは良くわからないが、そのうち、UCLAから戻った勉も伊東先生と同じ道をたどるのだろう。勉はサザンの研修医時代からずっと、伊東先生を尊敬し続けてきた。むべなるかな。
「うん、わかってる」
あたしはクレープケーキを味わいながらつぶやいた。中の生クリームが冷たくておいしい。
「でさ、多恵子」
里香がコーヒーカップを置いて、うつむいた。いつもの元気がない。
「こないだ、裕太のお母さんに会ったって話、したよね?」
「とってもいい方なんでしょう?」
「裕太に似て、優しくって落ち着きがあって、こう、カルガモの赤ちゃんがほら、お母さんの翼に思わずもぐりこんじゃうような、そんな感じ。うちの母親とは大違い!」
たしかに里香のお母さんは里香以上にサバけた人だよねー。まるで、もぎたてのレタスみたいにパリッとした感じといえばお分かりいただけるだろうか。なにせ、ベテランの保険外交員ですから。ご主人を病気で早くになくされて後も、里香と由希さんを女手一つで育て上げたパワフルな今帰仁女性だ。強くて美しいその生き様は、整形の有馬先生と双璧をなすといっていい。
しかし、里香は話を途中で止めると、西海岸を眺めて、ため息をついた。
「結婚となると、ちょっと、なー」
「い?」
あまりの驚きに、あたしは頬張っていたクレープケーキを味わうことなく全部飲み込んでしまった。
「プロポーズ、されたの?」
「いや、まだ、そこまでは行ってないんだけど」
こっちを向き直って里香は左手をぶんぶん振った。
「やだ、里香ったら。驚かせないでよー!」
ああ、びっくりした。あたしはグラスの水を流し込んだ。しかし里香はといえば、再び窓際へ視線を向けてつぶやいたのだ。
「でも、裕太って本気みたいなんだよねー」
あたしは頭を抱えた。本気も何も、女の子の誕生日にカルティエのラブリングを贈ってなおかつデートのたびに嬉々として自分の薬指に着けてくる男の人って、そうそういないと思うよ。第一、それ、いくらすると思ってるの?
「だって里香、どうみても照喜名先生は女遊びするタイプじゃないでしょうが」
「いや、だからそうじゃなくって」
「何が?」
「裕太って、あたしが最初なんだよ? 今まで誰とも付き合ったことがないんだよ?」
なるほど。さも、ありなん。女難の相というか、宗家の嫡子で、しかも代々医業を営む家の出身ともなればそれは十分頷ける。恋愛経験に乏しい御曹司から熱烈なラブコールを受け続けるというのは、端から見れば実にうらやましいことだろうが、当事者ならではの苦労もあると言いたいのだろう。まして、里香は一つ年上だもんね。
「多恵子さ、あんた、不安にならない?」
「不安って?」
「上間先生と結婚するんでしょ?」
「……そうだねー」
「そうだねーって、あんた、ひとごとみたいに言わないでよ?」
「だって、二年も先なんだもん。まだ現実味ないよ」
((2)へつづく)
The narrator of this story is Taeko Kochinda.
多恵子さんのモノローグです。
こんにちは。東風平多恵子です。
ロサンゼルスにいる勉がなんかとんでもない目に遭ったようなので、厄除けにシママースをオススメしたのです。が、持って歩く容器がないとかブーブーごねていますので、先ほど送りました。ええ、お手製のお守りを縫ってあげましたよ。シママースはビニール袋にしっかり包んで、ぴかぴかの五円玉も入れたし。
ついでなので、波之上宮(なぜかお母のオススメだった)、読谷の赤犬子宮(サンシンの神様だから拝んできなさいとお父に言われた)、首里の観音堂 (勉は旅に出ていてしかも丑の人だから)の三箇所にわざわざ足を運んで、拝んで、お守りを買って、一緒に入れておきました。
ボーイフレンドのために、ここまでちゃんとやる若者も珍しいと思わないね? 恩義被らんねー、すぐ荒神かい言い付きーんどー、勉!
北谷町の美浜といえば、最近アメリカンビレッジという名前で有名だ。直径50m級の大観覧車をはじめ、映画館、ショッピングセンターにD・I・Yセンター、ボーリング場、アメリカンレストラン、輸入雑貨店などなどが溢れかえっている。若者の遊び場として、全島のみならず本土からも観光客が絶えない。
滅多にここへは来ないのだけど、今日は久々にオフを合わせて里香と映画を見にきたのだ。一応、英会話のヒアリングの練習ですよ。
目当ての映画は“Autumn in New York”。ウィノナ・ライダーが出ている映画っていうから期待してたんだけど…、ナースであるあたしたちが見ると、難病ものってのはリアリティがなさすぎて、どうもノレないし、泣けない。結局、二人で「なんだかねー」とつぶやきながら映画館を後にしたのだった。
とある喫茶店に入った。店員さんが置き去ったケーキ皿のフォークを、里香は反対方向に持ち替える。彼女、左利きなんです。ペンは右なんだけど、他は全部左みたい。点滴も聴診器も左だから、彼女と回診組むときは器具を置く位置に気をつかう。
マロンケーキを一口頬張ると、左手を置いて里香はぽつんとこう言ったのだ。
「実はね、裕太が来月中旬から転科するんだ。整形に」
「うそ!」
思わずあたしは持っていたティーカップを落としそうになった。それくらい、びっくりした。転科はそんなに頻繁に起こることではない。内科から外科への転科は、むしろ珍しい。
「だって、照喜名先生って、照喜名内科医院の跡継ぎでしょう? 外科医なんかになっていいわけ?」
照喜名家だけの問題ではない。七月から始まったサザンでの専門医研修が、よりによって年末の忙しい時期にまた振り出しにもどってしまうのだ。まして、内科と外科はやってる事が全然違う。指導する側もされる側も、困難が付きまとうのは目に見えている。
「本人もすごく悩んでいたみたいだけどさ、ようやくお父様を説得できたみたいだよ」
同じく左手で、里香はアメリカンを口元へ運んだ。
今日の彼女は少々パールがかったメイクをしてて、オフホワイトの長袖シャツにキャメル色のパンツ姿。プラチナの細いネックレスのトップに輝くのは、なんと、照喜名先生から誕生日プレゼントにもらったという、お揃いのカルティエのラブリング! コーヒーカップを傾けるその姿は、まるで雑誌の切り抜きそのままだ。ショッピング中に声を掛けられるのは日常茶飯事。先日の東京旅行でも、表参道あたりを姉妹で仲良く歩いていたら三度もナンパされたらしい。だって、由希さんも負けず劣らず美人だもんねー。
「じゃあさ、照喜名医院はどうなるの?」
「下の弟の朝紀さんが内科医になるって。だから大丈夫みたい」
里香はあたしに顔を近づけ、ささやいた。
「しばらくの間は伊東先生が、ER (救急処置室)と行き来しながら指導に当たられるんだって。でも、まだ正式に決定じゃないから、誰にも言っちゃだめよ。上間先生にも内緒だからね」
伊東先生はもともとERのご出身だ。ERへ運び込まれる患者さんの大半が整形外科疾患ということもあって、ERと整形外科病棟を往復する毎日を送っていらっしゃる。たしか今年は救急専門医の研修指導も担当されているから、かなりご多忙なようだ。人事のことは良くわからないが、そのうち、UCLAから戻った勉も伊東先生と同じ道をたどるのだろう。勉はサザンの研修医時代からずっと、伊東先生を尊敬し続けてきた。むべなるかな。
「うん、わかってる」
あたしはクレープケーキを味わいながらつぶやいた。中の生クリームが冷たくておいしい。
「でさ、多恵子」
里香がコーヒーカップを置いて、うつむいた。いつもの元気がない。
「こないだ、裕太のお母さんに会ったって話、したよね?」
「とってもいい方なんでしょう?」
「裕太に似て、優しくって落ち着きがあって、こう、カルガモの赤ちゃんがほら、お母さんの翼に思わずもぐりこんじゃうような、そんな感じ。うちの母親とは大違い!」
たしかに里香のお母さんは里香以上にサバけた人だよねー。まるで、もぎたてのレタスみたいにパリッとした感じといえばお分かりいただけるだろうか。なにせ、ベテランの保険外交員ですから。ご主人を病気で早くになくされて後も、里香と由希さんを女手一つで育て上げたパワフルな今帰仁女性だ。強くて美しいその生き様は、整形の有馬先生と双璧をなすといっていい。
しかし、里香は話を途中で止めると、西海岸を眺めて、ため息をついた。
「結婚となると、ちょっと、なー」
「い?」
あまりの驚きに、あたしは頬張っていたクレープケーキを味わうことなく全部飲み込んでしまった。
「プロポーズ、されたの?」
「いや、まだ、そこまでは行ってないんだけど」
こっちを向き直って里香は左手をぶんぶん振った。
「やだ、里香ったら。驚かせないでよー!」
ああ、びっくりした。あたしはグラスの水を流し込んだ。しかし里香はといえば、再び窓際へ視線を向けてつぶやいたのだ。
「でも、裕太って本気みたいなんだよねー」
あたしは頭を抱えた。本気も何も、女の子の誕生日にカルティエのラブリングを贈ってなおかつデートのたびに嬉々として自分の薬指に着けてくる男の人って、そうそういないと思うよ。第一、それ、いくらすると思ってるの?
「だって里香、どうみても照喜名先生は女遊びするタイプじゃないでしょうが」
「いや、だからそうじゃなくって」
「何が?」
「裕太って、あたしが最初なんだよ? 今まで誰とも付き合ったことがないんだよ?」
なるほど。さも、ありなん。女難の相というか、宗家の嫡子で、しかも代々医業を営む家の出身ともなればそれは十分頷ける。恋愛経験に乏しい御曹司から熱烈なラブコールを受け続けるというのは、端から見れば実にうらやましいことだろうが、当事者ならではの苦労もあると言いたいのだろう。まして、里香は一つ年上だもんね。
「多恵子さ、あんた、不安にならない?」
「不安って?」
「上間先生と結婚するんでしょ?」
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