上 下
139 / 152
Part4 Starting Over

Chapter_06.Dr. Uemaは再始動しました(4)返歌そして幕引き

しおりを挟む
At the Southern Hospital, Nakagusuku Village, Okinawa; February 23, 9:18AM JST, 2001.
The narrator of this story is Taeko Kochinda.

「ごめん、さっきはごめんね」
あたしは、思わず勉を抱きしめた。
「叱るつもりじゃなかったんだよ。あたしが、ただの意地っ張りだった。あたしが仕事を理由にして、あんたの気持ちを汲み取るのを突っぱねてしまってた。……ごめんね!」
「……多恵子?」
勉の声が震えている。あたしは叫んでいた。
「最初っから、こんなやって、抱きしめてあげればよかったんだよね? あたしたち、もう、家族だもんね?」
「……初めてだな、多恵子が、家族って言ってくれたの」

勉の頬を涙がつたっている。あたしはそっと右手で彼の顎を支え、こっちを向けた。
「退院したら、一緒に住むんだよね?」
あたしが促すと、彼はあたしを見て、こう尋ねた。
「俺に、家族が、いるんだな?」
あたしは、しっかり頷いた。すると、彼の両手が、あたしの肩に回った。次の瞬間には、あたしの胸に顔をうずめ、切ない声を張り上げていた。
「多恵子! もう、離れちゃイヤだ! ずっと側にいて! ずっと! ずっといて! お願い! 一人はイヤだ! もう一人にしないで!」
彼はしゃくりあげながら、同じ言葉をずっと繰り返した。
「一人にしないで……お願い……」

あたしは、子供をあやすように彼の背中をポンポン叩いていた。
ロサンゼルスのアパートでも、こんなことがあったね?
あんたは、本当に、ずっと寂しかったんだね?

頭の中で、勉からもらった英文の手紙の一節がよみがえる。

I have a strong desire to throw a dead-center straight.
(僕が今すごく投げたいのは、ど真ん中のストレート)

Taeko, would you catch my ball?
(多恵子、僕のボールを受け止めてくれるかい?)

任せといてよ。いつだって、どーんと、受け止めてあげるから。

あたしは彼の耳に語りかけた。
「大丈夫だよ。ずっと、ずっと一緒だよ。これから、ずーっと」
彼はあたしの胸の中で、泣きながら何度も頷いていた。

やがて、勉が離れて顔を上げた。
「……泣き止んだね?」
あたしが冗談交じりに言うと、彼は手で涙を拭きながらこうつぶやいた。
「別に、泣いてないよ」
「おや、まあ。照れちゃって、かわいいねー」
すると、彼は黙ったまま、むくれてそっぽを向いた。
本当に、小さな子供みたいだ。あたしはくすくす笑いながら、彼にこう言ってみた。
「そうそう、あたしさ、返事の琉歌りゅうか、もってきたよ」
「やったー!」
明るい、弾けるような声。そして満面の笑み。
「ねえ、見せて! 見せて!」
「えー、でも、あたし、レベル低いからなー」
すると、なんと勉は駄々をこね、ほっぺたをぷーっと膨らましたのだ。
「ねー、見せてくれなきゃ、僕、泣いちゃうから」
思わず吹き出してしまった。
「はいはい、今、渡すから」
あたしは、ポケットから紙切れを出し、勉に渡した。それにはこう書いてある。

世間しけや花盛り 色ぢゅらさあても わん眺めぼしやながみぶしゃ 里が姿
(世間では色とりどりの花々が咲き乱れて美しいけれども、私は眺めていたい。あなたの姿を)

「うれー、いっぺー、いい歌やっさー!」
勉が大声をあげた。
「そう?」
「いや、もう、本当にいい歌! さすが師匠の娘だ! へえ! 見直した!」
「にふぇーでーびる」
あたしが頭を下げると、勉がはしゃいでいる。
「うれしいな、うれしいな! 一緒に住んだら毎日作ろうね! 琉歌!」

……へ?
あたしは勉を見た。喜色満面とは、まさしくこの表情を言うのだろう。一人でずっと、ずっと喋ってる。
「多恵子は才能があるから大丈夫だよ! 俺、いっぱい本持ってるから。もちろん『沖縄古語大辞典』もあるし、『琉歌全集』でしょ、『南島歌謡大成』でしょ、『工工四くんくんしー』(サンシンの楽譜)にも琉歌りゅうかは載ってるし、それから、島うた(琉球民謡)の本も結構あるから、好きに使っていいからね。それに、わからんところがあったら師匠に聞けばいいし」

ちょ、ちょっと待ってよ。あんた、毎日、琉歌りゅうか詠むつもりなの?
固まっているあたしに構わず、彼は楽しげにノートパソコンを片付けている。
「よーし、来るべき文化的な生活に向けて、リハビリ頑張ろーっと。多恵子さーん、一緒にリハビリルーム行こうねー! 介助して!」
勉がこっちに両手を伸ばしている。あたしは、彼が椅子から起き上がるのを介助しながらつぶやいた。
「ま、毎日、琉歌作るのは、ちょっと、つらい、かもねー?」
「大丈夫、大丈夫! 多恵子だったらできる! 松葉杖頂戴、ちゃんと自分で歩くから」
あたしが差し出す松葉杖をつきながら、彼は浮かれている。
「あー、うれしいな、退院したら、多恵子と一緒に住んで、サンシンちゅふぁーら(お腹いっぱい)弾いて、琉歌りゅうか三昧だー。人生バラ色やっさー!」

あたしは、頭を抱えた。
やっぱりこの男、絶対、変! あたし、これから毎日、品詞分解するわけ? 嘘でしょ? でーじなってる!

「多恵子、何してるの? リハビリしよう! リハビリ!」
ご機嫌な声に、あたしは返事をして一緒に部屋を出た。
彼は鼻歌を歌っている。曲は『さいんする節』だ。有名な琉球舞踊「高平良萬歳たかでーらまんざい」のフィナーレを飾る曲。もちろん、沖縄の伝統演劇である組踊「萬歳敵討まんざいてぃちうち」の大詰めに流れる曲でもある。
勉はご機嫌な様子で、鼻歌に乗せ松葉杖を動かしている。まるで、親の敵討ちを無事終え、舞台袖に去る兄・謝名ぬ子じゃなぬしー (しーは士族の身分階級のひとつ)に従う弟・慶運ちーうんのように、あたしは勉の後ろから歩いていた。彼の鼻歌に合わせて、こう口ずさみながら。

斯に有るかねるむぬ (このような‘ものがたり’を)
御目掛けうみかきたみ (お目にかけましたけど)
可笑をぅかしやばかり (おもしろかったでしょう?)
したりがちゃうんちゃうん やあちゃうんちゃうん

ということで、次章へTo be continuned.

その後、多恵子さんが琉歌作りにネタ切れを起こして与謝野晶子『みだれ髪』に手を出した話を別で書きました。よろしければご笑覧ください。
黒糖風味語訳『みだれ髪』https://novelup.plus/story/208567793
しおりを挟む

処理中です...