眠りの森の魔女

天花粉

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眠りの森の魔女 ※

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 岬を登って廃墟に近づくにつれ、イバラはますます幾重にも絡まり、濃い魔力だまり特有の重苦しい空気になってきた。麓では小指くらいの太さだった蔓は、捻れながら腕ぐらいに太くなっている。鋭いトゲもそれにつれて長く太く延び、気を抜けばいつでも致命傷を与えようと、鋭い切っ先があちこちから狙っている。思った以上に厄介な要塞だ。魔女の森とはよく言ったものだ。
 フル装備のプレートメイルでもつけなければこれ以上は無理かと思いながら、捨てるに捨てられず、布に包んで持っていたクロネッカーの魔剣で何気なくイバラを払うと、驚いたことにどういうわけかパツンとあっけなく蔓が切れた。

「お?」

 試しに何度か剣を振るうと、蔓は面白いようにパツンパツンと切れてしまう。そうなると、幾重にも絡み合い、互いに引っ張りあっている蔓の性質が逆に仇になり、切れたところから左右に開いて、通り道を作ってしまったのだ。しかし、剣の寿命はどうもここまでだったらしく、とうとうバラバラに壊れて地面に落ちた。

「うわ、とうとうお別れか……」

 廃墟までまだ数百メートルほど登っていかなければならないが、なんとなく、誘われるようにそのまま一歩二歩と奥に向かって進んでいった。イバラはかろうじて、リュック一人なら通れる隙間が開いている。行けるところまで行ってみるかと足を進めた。そして気づくと、魔女の森の最深部である廃墟の敷地内に足を踏み入れていた。イバラは敷地内にまで深く潜り込んでいる。

……か……い……
「え?」

 ふいに誰かの声を聞いてハッと振り返った一瞬、ざわっと数人分の気配がしてすぐに消えた。

「……っ」

 しかしもちろん誰もいない。黒い異形のイバラに覆いつくされた建物の残骸が広がるばかりだ。
 もしかしたら、かつてここで暮らしていた過去の亡霊なのかもしれない。濃い魔力溜まりには時々こういうことがある。しかし、不思議に恐ろしいとは感じなかった。それよりもリュックは、なぜか唐突に強い思いに囚われて廃墟の真ん中で立ち尽くしてしまった。

「……え? なんだこれ……」

 気づくと頬に涙が零れていた。
 自分でもよくわからないまま、乱暴に頬を拭い、気を取り直して周囲を見回す。
 廃墟にはすでに屋根さえなかったが、真っ黒に絡み合うイバラは、かろうじて残った床を這い、壁を伝い、地下室へと続く階段から這い出していた。どうやらここが出所らしい。道理で屋敷の中の方が外よりも濃いはずだ。うじゃうじゃと絡み合うイバラは、階段を完全に塞いでいた。
 さて、どうやってここへ降りようかと思っていると、パラパラと小雨が降ってきた。先ほど晴れ間を見せていた雲が再び集まってきたらしい。この寒さで雨に濡れるのは堪らない。雪になればまだましなのにと思い、ふと、雪に変えてみようかと思った。全部は無理だが、この廃墟一帯ぐらいならうまくすれば雨を凍らせることができるかも知れない。何かしようと思ったわけではない。気まぐれな思い付きだ。
 リュックは皮の手袋を外してポケットにしまうと、手を合わせて集中した。大きな魔法を使うときは、魔法道具の微調整など却って必要ない。思いきり開放すればいいのだ。そうすれば魔力酔いの反動は却って起きない。
 頭の中で周囲の冷気が自分に集まるイメージを描く。

「───……」

 リュックのシルバーブロンドの髪がふわりと舞い上がり、イメージが形になる。そのために必要な魔法エネルギーが身体の中で膨らみ放出されてゆく。
 やがてリュックを中心に、小さな冷気が集まり渦を巻く。それは足元から全身をぐるぐると這い上がりながらどんどん膨らみ、やがて空に向かって突き出した腕を伝って一気に空に駆け上がる。それは高く高くまっすぐ白い矢のように空気を引き裂いてゆく。その白い冷気の矢が、岬から望む一番低い雲の塊に呑み込まれたとたん、灰色の雲の底が一瞬青白くパアァッと光って消えると、やがて、パラパラと降っていた雨がふわりと白い雪に変わった。
 まるで花弁のようにひらひらと舞う大粒の雪は、廃墟に静かに降りかかる。

「やった……」

 リュックにも、正直まさかこれほどうまくいくとは思わなかった。
 しばらく、空を見上げながらひらひらと舞い散る雪を見つめていた。

──雪が降る空をずっと見上げていると、吸い込まれそうになるわ。

 そんな言葉が脳裏をよぎった。いったい誰の言葉なのだっけ。
 
 パチッ。

「……?」

 すると突然、周囲の真っ黒なイバラの蔓が細かく震えだし、パチンパツンという音を立てながら徐々に弾け始めた。一か所でそれが始まると、それは徐々に全体に広がっていったのである。

「え……?」

 バチンブツンと廃墟全体のイバラが、あちこちで騒がしい音を立てながら千切れてゆく。
 リュックが唖然と見守っている間にも、イバラは屋敷の一か所に向かって千切れながら、どんどんシュルシュルと蔓を後退させて縮んでゆく。あっという間に、一帯を覆っていた黒いイバラは逃げるようにきれいさっぱり地下室へと消えてしまったのである。
 あれほど頑固に岬一帯に広がろうとしていたイバラは、嘘のように一気に消失してしまった。時間にすれば、ほんの数十分ほどの出来事だった。

「……!?」

 まるで意図していなかった効果に、リュックも何がどうなっているのかわからない。そもそも、リュックの魔法のせいかどうかもわからない。さっきは凍らせようとして利かなかったのだ。だが今は、まるでそこには最初から何もなかったように、雪が降りかかる廃墟だけが残ったのである。
 驚きながらも、リュックはイバラが最後に消えた、廃墟の地下室に続く石の階段を恐るおそる降りていった。根元が残っていないかどうか確かめねばならない。

 そこは妙に凝った造りの、思った以上に広い地下室だった。どうやら以前は全体を大理石に覆われていたらしい。あちこちにひび割れた大理石の残骸が残っていた。元はどうやら広い浴場だったのだろう。大きな浴槽が床に四角く切られている。壁には大きな何かのシミが残っているが、ここで一番目を引いたのは、底の真ん中が割れた浴槽の割れ目に、半ば埋もれている、丸い大きななにかの黒い塊だった。人ひとりぐらいなら楽に入れそうな大きさだ。最後に残ったわずかなイバラが、その塊を抱えるように絡みついていた。

「……なんだこれ?」

 リュックがイバラを避けて触れてみると、柔らかい何かの繭のようだった。
 と、絡みついたイバラが力尽きたようにポロポロと崩れて消えた。
 両手でポンポンと外側を確かめるように叩いてみたが、ぽわんぽわんと心もとなく押し返してくるだけだ。思い切って両手で掴んでその繭を破いてみると、綿の塊が裂けるようにサクッと大きく割けて、中で人が眠っているのが見えた。

「え……?」

 驚いて、さらに大きく裂けめを広げると、そこには黒い綿に埋もれるように、若い娘がひとり眠っていたのだ。
 二十歳ぐらいに見えるその娘は、小さな顔をわずかに右に傾け、すぅすぅと小さな寝息を立てている。長い睫毛が閉じられ、細い鼻梁の下には形のいい唇がわずかに開いている。
 リュックは一瞬、自分が眠っているのかと思った。なぜならその娘は、今朝の夢の中で見た黒髪の娘だったからだ。
 今まで何度も見ては忘れていた夢の断片が、一気に蘇った。
 自分の見ているものが信じられない。
 久しぶりに大きな魔力を思い切り解放したばかりのリュックは、性の恍惚に近い激しい衝動の名残をまだ身体中に留めていた。そのせいで、目を覚ましたまま夢を見ているのだろうか。呼びかけようとしたが、彼女の名前がどうしても思い出せない。

「おい、君……、生きているのか……?」

 華奢な肩をつかんで軽くゆすぶってみたが、娘は目を覚ます気配がない。
 包まれている柔らかい繭から出そうとして、形のいい裸の胸が零れた。娘は全裸だった。

「……!」

 リュックは自分のマントを脱いで娘の裸体を包むと、膝の上に抱き上げた。柔らかな繭は上等の寝台のように、音もなくリュックをふわりと受け止めた。それは、娘の黒い髪に絡みついて一体化しているように見える。

「髪でできた繭……?」

 安らかに眠っているように見える娘の頬をそっと指先で撫でた。彼女の顔を半ば隠している長い黒髪をそっとかき分けた。リュックはこの状況を少しも怖いと感じなかった。あの夢が、リュックをここに導いてくれたのだと思った。娘はリュックが夢の中で見た、少し変わった鋼鉄のヘアスティックを握りしめていたのだ。
 運命のひとだ。本当にいたのだ。
 夢の中の彼女は、リュックのキスに何度も柔らかく応えてくれた。そのキスで高ぶるほどに、彼女の手がリュックの下腹部で痛いほど硬く屹立する肉茎を淫らにまさぐっていた。
 気づけば彼女にそっと口づけていた。
 柔らかな胸に触れながら、マントの中に手を滑らせ彼女のぬくもりと心臓の鼓動を掌で感じていた。
 と、長い睫毛が震えて彼女が目を開いたのがわかった。

「っ!?」

 さすがに固まった。唇を離して彼女の反応を待った。抵抗されるならこれ以上踏み込むべきではないと、どこか頭の遠い片隅で理性の声がする。いやそれよりも、リュックの強い魔力が彼女を痛めつけるかも知れないのだ。
 ──が、結局リュックは自分の手綱を引くことができなかった。
 なぜなら、彼女の髪と同じ黒曜石の不思議な瞳は、リュックを認めると細い腕を伸ばして自ら彼を求めたからである。
 なすがままに再び深く口づけながら自分の服をもどかしく脱ぎ捨て、リュックは名前も知らない彼女に覆いかぶさった。これは何かの罠で、次の瞬間には殺されているかもしれないという懸念も、彼女はもしかしたら魔力溜まりで異形化した美しい魔物かもしれないという理性も、淫らに悶える彼女の喘ぎと乱れた息遣いで全て消し飛んだ。なによりも彼女は、リュックの夢の中から現実に零れ出した運命の女なのだから。
 彼女の秘所は、それが当たり前のようにリュックの愛撫に応えてトロトロと快楽の蜜を溢れさせた。

「ンッア──…」

 リュックの下腹部で痛いほど疼く欲望の中心を濡れた割れ目に挿入した。ぬぷりと絡みつく媚肉の感触に、背中にゾクゾクと快楽の鳥肌が駆け上がった。夢の中では決して味わえなかった、生々しい激しい快感がリュックを狂わせる。

「ああっ──……」

 彼女の高い喘ぎにリュックはもうどうしようもなく己を止める術を失っていた。これほど思い切りぶつけても、彼女はリュックの魔力に音を上げることがなかったのだ。
 根元まで深く何度も抽送を繰り返した。薔薇色に上気した頬と汗ばんだ額が、彼女の興奮と快感をリュックに伝えている。
 彼女の髪とつながった繭がゆさゆさと揺れ、少しづつ千切れてゆく。

「ああ、あぅ、いいっ──…」

 彼女の濡れた媚肉が熱く蕩け絡みつく。リュックの限界はすぐそこまできている。

「あっ、あ、ぅああ──…」
「*****──っ」

 彼女が掠れた声で何か言った。半ば正気を飛ばした頭で、必死に彼女の言葉を拾おうとした。

「え、何?」
「ンッ、アア……****」

 だが彼女の不思議な言葉は、リュックの中で意味を結ばない。この激しい快感だけが今の二人の意味を作っているのだ。




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