14 / 51
一章
2
フォレスに手伝ってもらいながら身支度を整え謁見の間に行くと、玉座には冷ややかに自分を見下ろす王がいた。無駄なあがきと知りつつ睨め付けずにはいられない。
そしてなぜか、ラウルは自分と同じ年頃の同じ龍王色を持つ王族の青年数人に混じって席につかされた。
ふん、なるほどな──。
このさもしい王家の策略にラウルは皮肉な笑みを漏らさずにはおれなかった。
シンの使者がラウルをこのうちの誰かと見間違えるなら、そのまま押し通すつもりというわけだ。
ラウルのように胡乱な者を送り込むより、しっかり抱き込んだ忠実な一族の方がいいに決まっている。小国といえども相手は王家だ。
ラウルを他王家に送り込むこの縁談はゴダール王家にとって諸刃の剣なのだ。
だが、ラウルはそれでも構わない。両国の関係などどうなっても知ったことではない。そこで黙ってなすがままに控えていた。
そこへ数人の従者を従えて恰幅のいい五十男が入ってきた。謁見の挨拶もそこそこに、明るい茶色の瞳は迷うことなくラウルをまっすぐ見つめると快活に言った。
「おお、ラウル殿下であられますな。噂通り、なんとご立派で美麗な方か! 私めはシンの国務大臣のポルドと申します。以後お見知り置きを」
そう言って、慇懃に頭を下げるポルドを見て思わず笑い出しそうになってしまった。
王の歯噛みがここまで聞こえてきそうだ。これで王の謀略は瞬時に潰えたというわけだ。
だがそれはそれとして、ラウルはこの状況に全くピンとこないのも変わらない。
「シンの女王陛下がなぜ私を……?」
「はい、我が女王は以前お見かけしたあなた様と是非とも生涯を共にしたいと」
質問の答えになっていない。
「どこかでお会いしたことが? 私には覚えがないのだが……」
会っているなら分かる。王族は目立つ。
「はい、我が君は兼ねてより、お忍び旅行がお好きでしてな。その際にお見かけしたと申されておいででしたが、私にも詳しいことは……。我が君も恥ずかしがって詳しいことは申さぬのです。我々臣下も女王の突然の申し出に困惑しております」
「そうでしょうとも」
「あ、いや、これは失礼いたしました。私も今日この場でラウル殿下にお目にかかり、我が君の心眼も確かなものだと確信いたしました!」
そんな子供騙しを信じられるかという言葉を飲み込んで、ラウルはここは様子を見ようと思った。
そして、王は謁見を早々に切り上げてポルド一行を下がらせると、急いで部屋を変えて閣僚会議に入った。龍王色の青年たちはゾロゾロと帰っていく。
会議のもっぱらのテーマは、シンとの国交による有益性だ。
シンはこの縁談を持ち込むに当たって数々の進物を寄越した。
その内容が実に豪奢なものだったが、ゴダールが目をつけたのはそこではなかった。
数々の宝物の中に、実に興味深い創薬レシピがあったのである。見たこともない新薬だ。
王族は総じて頑健だが、ゴダールには王家特有の持病があった。それは、心臓や脳の血管が梗塞を起こしやすいのである。多くは加齢によりもたらされるので、避けようもなく致し方ないものとしてこれまで見過ごされてきたが、稀に若いうちに発症してしまうこともあった。
シンが寄越した進物の中に、さりげなく、この病の予防薬のレシピとその現物が入っていたのだ。これには王家が色めき立った。
レシピの中には見たことも聞いたこともない原料が含まれていたが、シンと国交が開けば解決するだろう。
そして、どうやら医療大国らしいシンと繋がりを持てば、我が国の医療も飛躍的に進歩すると見たのだ。
健康は金になる。
これにはラウルでさえ唸った。この治療薬は庶民にも効果を期待できると専門家が言うのだ。
何気なく窓を見上げたとき、晴れた空に閃く一瞬の稲妻を見た。
──行けということかクロウ。
「ラウルさま……」
いつの間に入ってきたのか、他の女官とともにフォレスが茶器をラウルの前に置きながらそっと囁いた。そして、小さく折りたたんだ手紙をラウルの手に押し付けた。
「シェリル様の秘密が書かれています。あなた様のこの縁談がなければ、墓場まで持って行くつもりでした。そして、こうすることが正しいかどうかわからない。あなた様をもっと苦しめるかもしれない。でも、ラウル様、どうか、どうか生きてください。あなた様にはどうしても倒さなければならない敵がいる」
ラウルの耳元で素早く囁くと、フォレスは逃げるように去って行った。
その日の夜中、やっと閣議をまとめた王がラウルに笑顔で言った。
「——…というわけでラウル、シンへ行け。そして、シンの内情を報告することでお前の罪は不問といたそう。ところで、おまえを手厚く育てたベンジャミン・トゥルース伯爵は健勝か?」
――今度は叔父が人質というわけか。
王の厚顔無恥なその笑顔を見て、ラウルは心の底まで凍りついた。
そしてなぜか、ラウルは自分と同じ年頃の同じ龍王色を持つ王族の青年数人に混じって席につかされた。
ふん、なるほどな──。
このさもしい王家の策略にラウルは皮肉な笑みを漏らさずにはおれなかった。
シンの使者がラウルをこのうちの誰かと見間違えるなら、そのまま押し通すつもりというわけだ。
ラウルのように胡乱な者を送り込むより、しっかり抱き込んだ忠実な一族の方がいいに決まっている。小国といえども相手は王家だ。
ラウルを他王家に送り込むこの縁談はゴダール王家にとって諸刃の剣なのだ。
だが、ラウルはそれでも構わない。両国の関係などどうなっても知ったことではない。そこで黙ってなすがままに控えていた。
そこへ数人の従者を従えて恰幅のいい五十男が入ってきた。謁見の挨拶もそこそこに、明るい茶色の瞳は迷うことなくラウルをまっすぐ見つめると快活に言った。
「おお、ラウル殿下であられますな。噂通り、なんとご立派で美麗な方か! 私めはシンの国務大臣のポルドと申します。以後お見知り置きを」
そう言って、慇懃に頭を下げるポルドを見て思わず笑い出しそうになってしまった。
王の歯噛みがここまで聞こえてきそうだ。これで王の謀略は瞬時に潰えたというわけだ。
だがそれはそれとして、ラウルはこの状況に全くピンとこないのも変わらない。
「シンの女王陛下がなぜ私を……?」
「はい、我が女王は以前お見かけしたあなた様と是非とも生涯を共にしたいと」
質問の答えになっていない。
「どこかでお会いしたことが? 私には覚えがないのだが……」
会っているなら分かる。王族は目立つ。
「はい、我が君は兼ねてより、お忍び旅行がお好きでしてな。その際にお見かけしたと申されておいででしたが、私にも詳しいことは……。我が君も恥ずかしがって詳しいことは申さぬのです。我々臣下も女王の突然の申し出に困惑しております」
「そうでしょうとも」
「あ、いや、これは失礼いたしました。私も今日この場でラウル殿下にお目にかかり、我が君の心眼も確かなものだと確信いたしました!」
そんな子供騙しを信じられるかという言葉を飲み込んで、ラウルはここは様子を見ようと思った。
そして、王は謁見を早々に切り上げてポルド一行を下がらせると、急いで部屋を変えて閣僚会議に入った。龍王色の青年たちはゾロゾロと帰っていく。
会議のもっぱらのテーマは、シンとの国交による有益性だ。
シンはこの縁談を持ち込むに当たって数々の進物を寄越した。
その内容が実に豪奢なものだったが、ゴダールが目をつけたのはそこではなかった。
数々の宝物の中に、実に興味深い創薬レシピがあったのである。見たこともない新薬だ。
王族は総じて頑健だが、ゴダールには王家特有の持病があった。それは、心臓や脳の血管が梗塞を起こしやすいのである。多くは加齢によりもたらされるので、避けようもなく致し方ないものとしてこれまで見過ごされてきたが、稀に若いうちに発症してしまうこともあった。
シンが寄越した進物の中に、さりげなく、この病の予防薬のレシピとその現物が入っていたのだ。これには王家が色めき立った。
レシピの中には見たことも聞いたこともない原料が含まれていたが、シンと国交が開けば解決するだろう。
そして、どうやら医療大国らしいシンと繋がりを持てば、我が国の医療も飛躍的に進歩すると見たのだ。
健康は金になる。
これにはラウルでさえ唸った。この治療薬は庶民にも効果を期待できると専門家が言うのだ。
何気なく窓を見上げたとき、晴れた空に閃く一瞬の稲妻を見た。
──行けということかクロウ。
「ラウルさま……」
いつの間に入ってきたのか、他の女官とともにフォレスが茶器をラウルの前に置きながらそっと囁いた。そして、小さく折りたたんだ手紙をラウルの手に押し付けた。
「シェリル様の秘密が書かれています。あなた様のこの縁談がなければ、墓場まで持って行くつもりでした。そして、こうすることが正しいかどうかわからない。あなた様をもっと苦しめるかもしれない。でも、ラウル様、どうか、どうか生きてください。あなた様にはどうしても倒さなければならない敵がいる」
ラウルの耳元で素早く囁くと、フォレスは逃げるように去って行った。
その日の夜中、やっと閣議をまとめた王がラウルに笑顔で言った。
「——…というわけでラウル、シンへ行け。そして、シンの内情を報告することでお前の罪は不問といたそう。ところで、おまえを手厚く育てたベンジャミン・トゥルース伯爵は健勝か?」
――今度は叔父が人質というわけか。
王の厚顔無恥なその笑顔を見て、ラウルは心の底まで凍りついた。
あなたにおすすめの小説
コワモテ軍人な旦那様は彼女にゾッコンなのです~新婚若奥様はいきなり大ピンチ~
4月2日コミカライズ配信♡二階堂まや
恋愛
政治家の令嬢イリーナは社交界の《白薔薇》と称される程の美貌を持ち、不自由無く華やかな生活を送っていた。
彼女は王立陸軍大尉ディートハルトに一目惚れするものの、国内で政治家と軍人は長年対立していた。加えて軍人は質実剛健を良しとしており、彼女の趣味嗜好とはまるで正反対であった。
そのためイリーナは華やかな生活を手放すことを決め、ディートハルトと無事に夫婦として結ばれる。
幸せな結婚生活を謳歌していたものの、ある日彼女は兄と弟から夜会に参加して欲しいと頼まれる。
そして夜会終了後、ディートハルトに華美な装いをしているところを見られてしまって……?
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。
一夜の過ちで懐妊したら、幼なじみの冷酷皇帝に溺愛されました
由香
恋愛
没落貴族の娘・柳月鈴は、宮廷で医官見習いとして働いていた。
ある夜、皇帝即位の宴で酒に酔い、幼なじみだった皇帝・李景珩と再会する。
遠い存在になったはずの彼。
けれど、その夜をきっかけに月鈴の運命は大きく動き出す。
冷酷と恐れられる皇帝が、なぜか彼女だけには甘すぎて――。
世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない
二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。
ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。
当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。
だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。
――君の××××、触らせてもらえないだろうか?
借金まみれで高級娼館で働くことになった子爵令嬢、密かに好きだった幼馴染に買われる
しおの
恋愛
乙女ゲームの世界に転生した主人公。しかしゲームにはほぼ登場しないモブだった。
いつの間にか父がこさえた借金を返すため、高級娼館で働くことに……
しかしそこに現れたのは幼馴染で……?
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる
奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。
だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。
「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」
どう尋ねる兄の真意は……
男嫌いな王女と、帰ってきた筆頭魔術師様の『執着的指導』 ~魔道具は大人の玩具じゃありません~
花虎
恋愛
魔術大国カリューノスの現国王の末っ子である第一王女エレノアは、その見た目から妖精姫と呼ばれ、可愛がられていた。
だが、10歳の頃男の家庭教師に誘拐されかけたことをきっかけに大人の男嫌いとなってしまう。そんなエレノアの遊び相手として送り込まれた美少女がいた。……けれどその正体は、兄王子の親友だった。
エレノアは彼を気に入り、嫌がるのもかまわずいたずらまがいにちょっかいをかけていた。けれど、いつの間にか彼はエレノアの前から去り、エレノアも誘拐の恐ろしい記憶を封印すると共に少年を忘れていく。
そんなエレノアの前に、可愛がっていた男の子が八年越しに大人になって再び現れた。
「やっと、あなたに復讐できる」
歪んだ復讐心と執着で魔道具を使ってエレノアに快楽責めを仕掛けてくる美形の宮廷魔術師リアン。
彼の真意は一体どこにあるのか……わからないままエレノアは彼に惹かれていく。
過去の出来事で男嫌いとなり引きこもりになってしまった王女(18)×王女に執着するヤンデレ天才宮廷魔術師(21)のラブコメです。
※ムーンライトノベルにも掲載しております。