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二章
白龍シン
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私の王の影は白い。
光の当たらない影が昏いのは当たり前だが、その影の中に私が棲まうのでそうなってしまうのだ。だから、私が外に出ているときは、王には当たり前の影ができる。
王を背中に乗せて遠くへ遠征に行くとき、地面に落ちる王と私の影を見て、私はちゃんと存在しているのだと思って少し安心する。
私の老いた王は、いつも血潮の飛び交う戦場に出向く。
王にはたくさんの敵がいて、常に危険と隣り合わせだ。仕方がないので、私はその敵を鋭いトゲのついた尻尾でなぎ払い、鋭い鉤爪で切り裂いてゆく。おそらく、王が死ねば、私も滅びてしまうからだ。
最初の頃は、人が葦を鎌で刈り取るのと同じで、一度にごっそり刈り取れたときはなかなかに気持ちがよかった。でも、何度もそれが続くうちに、次第に憂鬱になった。人は葦と違って悲鳴と血を撒き散らしながら冷たくなってゆくからだ。脆い体は嘆きと悲しみの涙を流しながらすぐに動かなくなった。その上、葦と違って翌年同じ場所に生えてきたりしない。それを見ているのは嫌な気分だった。
そんな仕事の後は、王の影に深く潜って気分がよくなるのをひたすらに待った。気分が良くなった頃、王は再び自ら敵地に赴いた。また同じことの繰り返しだ。王には何度もこの仕事は嫌だと訴えたが、老いた耳には何も届かなかった。
私が次の王器をまだ見つけられないでいるのに、王の身体がそろそろ限界を迎えようとしていた。そんな時にカリアが生まれた。これでしばらく時間ができたと安心した。王の血が子に受け継がれたからだ。最初の王器と違って多少力は衰えるが、私は滅びずに済む。他国の龍は実に簡単に王とともに血を受け継がせられるというのに、私だけ何故こんなに困難なのかよくわからない。不公平じゃないかと思う。
「それはね、おまえの力が、人の免疫力に大きく影響するからだ」
ある日カリアが言った。私の声は聞こえないはずなのに、カリアは時々私の考えていることがわかるようだ。めんえきりょくとはなんだろう。前王にはこんなことはなかった。
老いさらばえても必死で生にしがみつき、私に何度も永遠の命が欲しいと懇願する前王の亡骸を、カリアは冷ややかに見送った。
カリアはいつも怒っていた。
カリアの怒りはカリアの中で深く静かに燃え盛り、滅多に表に出ることはなかったが、稀に顔を出せば苛烈を極めた。
前王を葬ると、カリアはすぐさま、国の政治を司る者を軒並み入れ替えた。生前王のそばで飽食の限りを尽くしていた多くの臣下を問答無用で処分し追放し、時には容赦なく処刑した。
そして、王宮の高価な調度品を売り捌き、その金を貧しい民に分け与え、城の半分を改造し、よくわからない器具を沢山仕入れて、身体の悪い者を受け入れる治療院にしてしまった。王宮にはたちまち、多くの医師や道具屋や職人が出入りするようになった。
カリアは面白い――
そして誰よりも美しかった。切れ長な灰色の目で冷ややかに見つめられると、誰もがこうべを垂れて彼女にかしずいた。
しかし、性急で激しい政権交代は多くの敵を作った。カリアは常に暗殺の危機にあったが、おそらく、半分は殺されてもいいと思っていたに違いない。だが、そんなことは私がさせない。危険な輩は全て私が排除した。カリアが死んでしまうのは、己が滅びるよりも怖かった。そして気づくと、長い年月のうちにカリアに手出しできるものは殆どいなくなっていた。皆無ではないが、昔よりましだ。
危険な時期が過ぎると、穏やかな日々が始まった。なんといっても、カリアは滅多に戦場に出なかった。それどころか、前王が苦心惨憺して奪ってきた他国の領土をみんなあっさり領主に返還し、元の小さなこの島だけに閉じこもったのだ。
そして、必死に私の身体を研究することに没頭した。私の唾液や体液、鱗や爪や角などが、人の病に効くからだ。年を重ねるごとにその研究はさらに深く広くなり、カリアもいつの間にか医師になっていて、同じ研究をする人々を周囲に集め、教え、また教わりながら、多くの国を渡り歩き、私の背中を必要とした。
前王のそばで散々聞いた人々の阿鼻叫喚は、人々の身体を癒す感謝と喜びの声に変わった。
カリアに請われるままに、私は私の身体の一部を提供し続けた。それは時々負担を伴ったが、以前のように気分が悪くなることはなかった。
鱗の欠けた身体で、カリアを背中に乗せた私の影が海に落ちている。私は私の王とともに確かに生きているのだと思った。
「シン……シン、ありがとうよ。愛しているよ……」
ああ、カリア、私もだ。
おまえとともに海を越え、大地を渡る風となって翔ぶ歓びをそういうなら、私もおまえを愛している――。
そんな時、ララを見つけた。
炎の中で光る真っ白な大きな輝きを、私はどうしても無視することができなかった。
吸い込まれるようにララに飛び込んだ時、次の王器なのだとわかった。
聖婚の衝動は激しかったが、カリアを失う気がして何度も耐えた。
その厳しい忍耐ですら、前王とともに人間を刈り取った昔の戦場の不快感よりもマシだった。
おそらく私は、幸せなのだ。
カリアの亡骸から私の一部を還してもらった時、ほんの少しだけ、カリアの中に私を残しておいた。カリアと一緒に私の一部も葬って欲しかった。
永く永く生きてきて、そんなことをするのは初めてだった。
小さなカリアの亡骸に、青白い私の影が落ちている。
カリアがララに、愛を知らないのは寂しいことだと言った。でも私はもう知っている。
おまえはたくさんの人々の心を虜にした。
そして、お前が連れてきたトトは、ララの心をすっかり虜にした。
カリア、愛を知り、与えた者よ。
今度生まれ変わったらきっと幸せに―――。
光の当たらない影が昏いのは当たり前だが、その影の中に私が棲まうのでそうなってしまうのだ。だから、私が外に出ているときは、王には当たり前の影ができる。
王を背中に乗せて遠くへ遠征に行くとき、地面に落ちる王と私の影を見て、私はちゃんと存在しているのだと思って少し安心する。
私の老いた王は、いつも血潮の飛び交う戦場に出向く。
王にはたくさんの敵がいて、常に危険と隣り合わせだ。仕方がないので、私はその敵を鋭いトゲのついた尻尾でなぎ払い、鋭い鉤爪で切り裂いてゆく。おそらく、王が死ねば、私も滅びてしまうからだ。
最初の頃は、人が葦を鎌で刈り取るのと同じで、一度にごっそり刈り取れたときはなかなかに気持ちがよかった。でも、何度もそれが続くうちに、次第に憂鬱になった。人は葦と違って悲鳴と血を撒き散らしながら冷たくなってゆくからだ。脆い体は嘆きと悲しみの涙を流しながらすぐに動かなくなった。その上、葦と違って翌年同じ場所に生えてきたりしない。それを見ているのは嫌な気分だった。
そんな仕事の後は、王の影に深く潜って気分がよくなるのをひたすらに待った。気分が良くなった頃、王は再び自ら敵地に赴いた。また同じことの繰り返しだ。王には何度もこの仕事は嫌だと訴えたが、老いた耳には何も届かなかった。
私が次の王器をまだ見つけられないでいるのに、王の身体がそろそろ限界を迎えようとしていた。そんな時にカリアが生まれた。これでしばらく時間ができたと安心した。王の血が子に受け継がれたからだ。最初の王器と違って多少力は衰えるが、私は滅びずに済む。他国の龍は実に簡単に王とともに血を受け継がせられるというのに、私だけ何故こんなに困難なのかよくわからない。不公平じゃないかと思う。
「それはね、おまえの力が、人の免疫力に大きく影響するからだ」
ある日カリアが言った。私の声は聞こえないはずなのに、カリアは時々私の考えていることがわかるようだ。めんえきりょくとはなんだろう。前王にはこんなことはなかった。
老いさらばえても必死で生にしがみつき、私に何度も永遠の命が欲しいと懇願する前王の亡骸を、カリアは冷ややかに見送った。
カリアはいつも怒っていた。
カリアの怒りはカリアの中で深く静かに燃え盛り、滅多に表に出ることはなかったが、稀に顔を出せば苛烈を極めた。
前王を葬ると、カリアはすぐさま、国の政治を司る者を軒並み入れ替えた。生前王のそばで飽食の限りを尽くしていた多くの臣下を問答無用で処分し追放し、時には容赦なく処刑した。
そして、王宮の高価な調度品を売り捌き、その金を貧しい民に分け与え、城の半分を改造し、よくわからない器具を沢山仕入れて、身体の悪い者を受け入れる治療院にしてしまった。王宮にはたちまち、多くの医師や道具屋や職人が出入りするようになった。
カリアは面白い――
そして誰よりも美しかった。切れ長な灰色の目で冷ややかに見つめられると、誰もがこうべを垂れて彼女にかしずいた。
しかし、性急で激しい政権交代は多くの敵を作った。カリアは常に暗殺の危機にあったが、おそらく、半分は殺されてもいいと思っていたに違いない。だが、そんなことは私がさせない。危険な輩は全て私が排除した。カリアが死んでしまうのは、己が滅びるよりも怖かった。そして気づくと、長い年月のうちにカリアに手出しできるものは殆どいなくなっていた。皆無ではないが、昔よりましだ。
危険な時期が過ぎると、穏やかな日々が始まった。なんといっても、カリアは滅多に戦場に出なかった。それどころか、前王が苦心惨憺して奪ってきた他国の領土をみんなあっさり領主に返還し、元の小さなこの島だけに閉じこもったのだ。
そして、必死に私の身体を研究することに没頭した。私の唾液や体液、鱗や爪や角などが、人の病に効くからだ。年を重ねるごとにその研究はさらに深く広くなり、カリアもいつの間にか医師になっていて、同じ研究をする人々を周囲に集め、教え、また教わりながら、多くの国を渡り歩き、私の背中を必要とした。
前王のそばで散々聞いた人々の阿鼻叫喚は、人々の身体を癒す感謝と喜びの声に変わった。
カリアに請われるままに、私は私の身体の一部を提供し続けた。それは時々負担を伴ったが、以前のように気分が悪くなることはなかった。
鱗の欠けた身体で、カリアを背中に乗せた私の影が海に落ちている。私は私の王とともに確かに生きているのだと思った。
「シン……シン、ありがとうよ。愛しているよ……」
ああ、カリア、私もだ。
おまえとともに海を越え、大地を渡る風となって翔ぶ歓びをそういうなら、私もおまえを愛している――。
そんな時、ララを見つけた。
炎の中で光る真っ白な大きな輝きを、私はどうしても無視することができなかった。
吸い込まれるようにララに飛び込んだ時、次の王器なのだとわかった。
聖婚の衝動は激しかったが、カリアを失う気がして何度も耐えた。
その厳しい忍耐ですら、前王とともに人間を刈り取った昔の戦場の不快感よりもマシだった。
おそらく私は、幸せなのだ。
カリアの亡骸から私の一部を還してもらった時、ほんの少しだけ、カリアの中に私を残しておいた。カリアと一緒に私の一部も葬って欲しかった。
永く永く生きてきて、そんなことをするのは初めてだった。
小さなカリアの亡骸に、青白い私の影が落ちている。
カリアがララに、愛を知らないのは寂しいことだと言った。でも私はもう知っている。
おまえはたくさんの人々の心を虜にした。
そして、お前が連れてきたトトは、ララの心をすっかり虜にした。
カリア、愛を知り、与えた者よ。
今度生まれ変わったらきっと幸せに―――。
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