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二章
聖婚
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王宮に帰ると、広大な宮廷のはずれにある石組みの家の前で、シンはララを背中から降ろした。
一見、臣下の住居のように見えるここがカリアの住まいだ。ここは晩年のカリアが一日の大半を過ごした実験室でもある。もちろん、王宮中央の奥に立派な王の部屋が用意されていたが、そこが使われることは滅多になかった。
シンはグッと小柄な姿に変化すると、ララと一緒にカリアの家の中に入ってゆく。
宮廷でもごく一部の臣下しか知らないおばあさまの家には、ポルドやレイチェルを始め、ごく近しい臣下数人がおばあさまの寝台を囲んでいた。ララが子どもの頃からずっとそばにいてくれた人々だ。
彼らはララの姿を見ると、ララのためにスペースを空けてくれた。
昔ララと一緒に寝ていた頃と同じごくつましい小さな寝台の中で、小柄な体がさらに小さくなったおばあさまが眠っている。そして、ララの気配でふと目を覚ました。
タリサに出かける前はまだ元気だった。こんなに急激に弱るなんて―――。
ララが言葉にならない悲鳴をこらえる。
「ララ、帰ってきたのかい?」
「うん、ただいま、おばあさま。今、薬を」
背負い袋の中から、タリサ村で仕込んだ薬を取り出そうとしてカリアに止められた。
「もういいんだよ、ララ……」
「うん、わかってる。でもほら、飲むと少し楽になるから……」
涙を見られたくなくて、ララは足元に下ろした背負い袋の中を意味もなくガサゴソとかき回した。
「ララ……」
「……うん、ちょっと待って、おばあさま」
「ララ、顔を見せておくれ」
ララは顔を上げられない。泣いているのがバレてしまう。
何度かそっと深呼吸をして、無理に笑顔を作って顔を上げた。
けれど、すぐその仮面はクシャクシャと崩れてしまう。
「おや、なにがそんなに悲しいのかい?」
カリアがララのいたずらを見つけた時の笑顔で言った。
この顔をされたら、ララはもう何も隠せない。
「お、お、お、おばあさま、まだ逝かないでぇ………」
「ふぁっふぁっ、おまえは子どもの頃からちっとも変わらないね」
乾いた暖かい手で頬を撫でられた。
「……ん? 何かいいことがあったね?」
「え……」
〈トトだ〉
シンにそう言われてギョッとした。
おばあさまの目が驚きに少し丸くなった。
「シ、シン!」
〈ララはトトに会って匂いが変わった……〉
「……そうかい。あの子は元気だったかい?」
シンの言葉が聞こえないはずのおばあさまが、嬉しそうに笑った。
ララとカリアを見守っているレイチェルたちが、何の話だというように顔を見合わせている。彼らにはシンの言葉は聞こえない。
「……立派な王子になっていて、臣下にも民にも慕われていた」
「そうかい」
耳まで赤くなってしまうララに、おばあさまがわかっているよというように穏やかに微笑んでいる。
「……私は戦争で夫を亡くし、病で息子と娘を相次いで亡くしたばかりの頃、シンの女王になったんだ。四十だった」
「しじゅう………」
初めて聞かされる女王の話に、その場にいたみんなが黙って耳を傾けた。
「先代は無能な王だったよ。この小さな島国の領土を拡大することに躍起になって、他国の神龍が及ばない闇国に乗り込んでは侵略を繰り返した。そして、シンの性質を知りながら、妃や愛妾を何人も抱えて子を作り、植民地に送り込もうとしたが、片端から亡くした。多くは流産してしまったが、稀に生まれても、みな大人になれなかった」
「…………」
カリアの目が、遠くを見つめるように細くなった。
「私は、その先代の娘なんだ」
「え……? シンの王は代々聖王だと……」
「嘘だよ」
カリアはあっさり白状した。
「無能な先代の血を受け継いでいると思いたくなかったんだ。いつの間にかそれが嘘だってことも忘れていたがね」
「でも、シンの血を受け継ぐ子供は……」
「ああ、稀に例外もいると言ったろう? それが私だった。だが、その時はこの奇跡がその次の世代になにをもたらすのかわからず、私の存在に浮かれた王は、私が16になると早々に婿を取った。だけど、その結果、私の子供達は二人とも病に苦しんだ。息子は十代の終わりから体に悪性のできものが繰り返しできたし、娘は関節の骨が曲がる病に苦しんだ。二十歳を待たずに二人とも死んだ……。私が医師になろうと決めたのはそれからだ……」
みんながその不幸に息を飲む。
カリアが何度失敗しても、避妊薬の開発を諦めなかった理由がわかった気がする。
「だから本当のことを言うと、シンが選んだ聖王とまぐわう聖婚がどんなものなのかわからない。そして、私にはシンの王族病を治す治療薬すら見つけられなかった。すまない……」
「……そんなこと」
「そもそも、シンが……神龍が何かすら私にはよくわからない。私にとっては、生まれた時からそこにいる、老いた父が大事に大事に崇め奉ってきた神であり呪いだ」
おばあさまの言葉に、ララはそっとシンを見た。でも、人とは違う神龍の黄金の目は何も語らない。
「シン、おまえが生き物の治癒力を司る生き物だと言うことはわかっている。黒龍は鉱物を司り、赤龍は火を、青龍は水を、黄龍は大地の「精」をその身に宿す。いずれ人の生活に大きく関わる大切な要素だ。お前たちは一体何者だい?」
〈……………〉
シンがゆらゆらと白い龍の尻尾を動かしながら無表情にカリアを見つめる。
「なぜ王となる人の身体で浄化されなければ生きられないのだ?」
〈それは、人は何のために生きると問うのと同じだ、カリアよ……〉
「シン、お前は私と一緒に滅びる気はないかい?」
〈…………〉
「せめて……」
「おばあさま」
ララがカリアの痩せた手を取った。
「私はシンの女王になる。この王宮で育てられて、ずっとそう思って生きてきた」
「ララ、何も恩に感じることは……」
「違う。私はおばあさまのようになりたいんだ。大人になってきっとおばあさまみたいになるって幼い頃から決めていた。それが私の夢なんだ」
「ララ……」
話すことに疲れたのか、カリアが目を閉じた。
そしてもう一度目を開けて静かに言った。
「……私はね、父の決めた相手だったが、これでも夫を愛してたんだ。無口で不器用だったが、優しくて誠実なひとだった」
カリアの目が亡くした人を懐かしんでいる。
「愛する人を失うのは不幸なことだ。でも、愛を知らないのは寂しいことだ。だから、ララにも愛する人と生きる喜びを味あわせてやりたかった」
「おばあさま、私には愛する人がちゃんといるよ。おばあさまやこの王宮にいるみんなだ。それに、トトにも再会した」
「ララ………」
カリアが、万感を込めてゆっくり瞬きすると、ひとつ深呼吸した。
「研究に没頭するしか能のない私の晩年に、幸せで美しい時間をありがとうよ、ララ……。みなも至らない私に尽くしてくれて心から感謝している……」
部屋の中にいる人々の中から、こらえきれない嗚咽が漏れた。
こんな風に謙遜しているが、カリアが世の中に残した功績は大きい。
今では誰もがくすり屋で手にとる当たり前の薬の多くが、カリアやその弟子たちの開発したものなのである。
ララは子供の頃、カリアが実験動物を丁寧に処分するのを見ていたことがある。1匹1匹にありがとうよと葬るのを見て、ありがとうではなく、ごめんなさいではないのかと生意気にも意見したのだ。するとカリアは穏やかにこう言った。
「詫びるだけではとても済まないほど、私は多くの動物を殺してきた。だから、ありがとうなのだよ。それにね、ララや。済まないという言葉は、案外誰も喜ばせないものだ」
確かにそうかもしれない。
私たちは誰もが、とても購いきれないほど多くの命の上に生きているのだ。だから、謝るよりも感謝しろというカリアのその言葉は、ララの深いところに響いた。
「おばあさま、おばあさま………」
ララはカリアの手を握りしめながら泣いた。
でも、ありがとうという言葉は、なんて短いのだろう。こんな短いあっけない言葉では、この気持ちの全てを決して言い表せないのだ。
「おばあさま、私はこの気持ちを、どうやっておばあさまに伝えればいいのかわからない………」
「ふふ、ちゃんと伝わっているよ……」
カリアの乾いた手が、溢れるララの涙をそっと拭った。
その手を両手で握りしめながら、ララはこらえきれない嗚咽を漏らした。
「おばあさま……」
「女王陛下!!」
「カリア様!!!」
臣下たちが次々にベッドに押し寄せた。
「ああ、私は幸せ者だね………」
そしてカリアは、ゆっくり目を閉じた。
夕暮れの明かりが沈むとともに、カリアの長い長い人生が幕を閉じた―――。
日暮れとともに薄暗くなる部屋の中で、みながカリアの寝台の周りでこうべを垂れて泣いている。
カリアの顔は穏やかで、夢の中で何か微笑ましいものを見てふと笑みをこぼしたような顔で眠っていた。
そのカリアの小さな亡骸に、シンがするすると音もなく近づき、その額にそっと鼻先を寄せた。
すると、カリアのその額が青白く輝きを放ち始めた。
ララやみなが驚いて、シンとカリアから離れてその様子を息を飲んで見守った。
そうするうちにもカリアの内側から、こぼれるように、溢れるように青白い輝きが増し、それは徐々にシンの身体にまといつき、押しつつみ、いつしか一体となって、白龍の身体を強く輝かせた。
その白い輝きは見る見るうちに膨れ上がり、さらに大きく輝きを増し、シンはその光を吸収しながら身体を大きく膨らませてゆく。
見守るララたちは、その幻想的な様子に圧倒され、いつしか部屋の隅まで推されていった。
パチパチキラキラと光の音が弾け、シンを中心にまばゆい光が部屋中を満たした。部屋いっぱいに大きくなったシンが、ララの目の前に立ちはだかった。
ゆらゆらと立ち上り蠢く光の筋が、シンの体を神秘的に輝かせている。
〈ララ……。我を受け入れよ。さすれば我はそなたの一部となり、そなたは我の一部となってこの星と繋がって生きるのだ……〉
「シン……」
シンの黄金の目を見つめながら、ララが言った。
「もとより覚悟の上だ。好きにするがいい」
その場にいた臣下が、声もなくララとシンを見守っている。
ララがなぜかふと、ラウルの笑顔を思い浮かべた瞬間、青白く輝き部屋いっぱいに膨れ上がったシンが、ララを頭から食らうようにざっと降ってきた。
「ララ様!!」
レイチェルが思わず歩み寄ろうとして、他の臣下に止められた。
ララは真っ白な光の奔流に包み込まれた。
白い清らかな光が全身をその奔流の中で洗い流し、呑み込み、熱くもなく冷たくもない激流がララを翻弄した。
ざあああああ―――
そこは上も下もない真っ白な世界だった。その衝撃で消し飛んでしまいそうだ。
「うわああ――ッ」
焼け付くような衝撃がララの全身を駆け巡ってゆく。痛いのか熱いのか冷たいのか苦しいのか、あるいは身を焦がすほどの悦びなのかもしれない。天高く吸い込まれているのか、底のない穴に落ちてゆくのかよくわからない。ただただ何かがものすごい速さで自分の中を流れてゆくのを感じる。
………誰かが深く嘆いている声がする。
カリア……カリア……人とはなんと儚いのだ――…
シン――…?
おまえは、おばあさまを喪ったことを嘆いているのか―――…。
――――
―――
――
…
一見、臣下の住居のように見えるここがカリアの住まいだ。ここは晩年のカリアが一日の大半を過ごした実験室でもある。もちろん、王宮中央の奥に立派な王の部屋が用意されていたが、そこが使われることは滅多になかった。
シンはグッと小柄な姿に変化すると、ララと一緒にカリアの家の中に入ってゆく。
宮廷でもごく一部の臣下しか知らないおばあさまの家には、ポルドやレイチェルを始め、ごく近しい臣下数人がおばあさまの寝台を囲んでいた。ララが子どもの頃からずっとそばにいてくれた人々だ。
彼らはララの姿を見ると、ララのためにスペースを空けてくれた。
昔ララと一緒に寝ていた頃と同じごくつましい小さな寝台の中で、小柄な体がさらに小さくなったおばあさまが眠っている。そして、ララの気配でふと目を覚ました。
タリサに出かける前はまだ元気だった。こんなに急激に弱るなんて―――。
ララが言葉にならない悲鳴をこらえる。
「ララ、帰ってきたのかい?」
「うん、ただいま、おばあさま。今、薬を」
背負い袋の中から、タリサ村で仕込んだ薬を取り出そうとしてカリアに止められた。
「もういいんだよ、ララ……」
「うん、わかってる。でもほら、飲むと少し楽になるから……」
涙を見られたくなくて、ララは足元に下ろした背負い袋の中を意味もなくガサゴソとかき回した。
「ララ……」
「……うん、ちょっと待って、おばあさま」
「ララ、顔を見せておくれ」
ララは顔を上げられない。泣いているのがバレてしまう。
何度かそっと深呼吸をして、無理に笑顔を作って顔を上げた。
けれど、すぐその仮面はクシャクシャと崩れてしまう。
「おや、なにがそんなに悲しいのかい?」
カリアがララのいたずらを見つけた時の笑顔で言った。
この顔をされたら、ララはもう何も隠せない。
「お、お、お、おばあさま、まだ逝かないでぇ………」
「ふぁっふぁっ、おまえは子どもの頃からちっとも変わらないね」
乾いた暖かい手で頬を撫でられた。
「……ん? 何かいいことがあったね?」
「え……」
〈トトだ〉
シンにそう言われてギョッとした。
おばあさまの目が驚きに少し丸くなった。
「シ、シン!」
〈ララはトトに会って匂いが変わった……〉
「……そうかい。あの子は元気だったかい?」
シンの言葉が聞こえないはずのおばあさまが、嬉しそうに笑った。
ララとカリアを見守っているレイチェルたちが、何の話だというように顔を見合わせている。彼らにはシンの言葉は聞こえない。
「……立派な王子になっていて、臣下にも民にも慕われていた」
「そうかい」
耳まで赤くなってしまうララに、おばあさまがわかっているよというように穏やかに微笑んでいる。
「……私は戦争で夫を亡くし、病で息子と娘を相次いで亡くしたばかりの頃、シンの女王になったんだ。四十だった」
「しじゅう………」
初めて聞かされる女王の話に、その場にいたみんなが黙って耳を傾けた。
「先代は無能な王だったよ。この小さな島国の領土を拡大することに躍起になって、他国の神龍が及ばない闇国に乗り込んでは侵略を繰り返した。そして、シンの性質を知りながら、妃や愛妾を何人も抱えて子を作り、植民地に送り込もうとしたが、片端から亡くした。多くは流産してしまったが、稀に生まれても、みな大人になれなかった」
「…………」
カリアの目が、遠くを見つめるように細くなった。
「私は、その先代の娘なんだ」
「え……? シンの王は代々聖王だと……」
「嘘だよ」
カリアはあっさり白状した。
「無能な先代の血を受け継いでいると思いたくなかったんだ。いつの間にかそれが嘘だってことも忘れていたがね」
「でも、シンの血を受け継ぐ子供は……」
「ああ、稀に例外もいると言ったろう? それが私だった。だが、その時はこの奇跡がその次の世代になにをもたらすのかわからず、私の存在に浮かれた王は、私が16になると早々に婿を取った。だけど、その結果、私の子供達は二人とも病に苦しんだ。息子は十代の終わりから体に悪性のできものが繰り返しできたし、娘は関節の骨が曲がる病に苦しんだ。二十歳を待たずに二人とも死んだ……。私が医師になろうと決めたのはそれからだ……」
みんながその不幸に息を飲む。
カリアが何度失敗しても、避妊薬の開発を諦めなかった理由がわかった気がする。
「だから本当のことを言うと、シンが選んだ聖王とまぐわう聖婚がどんなものなのかわからない。そして、私にはシンの王族病を治す治療薬すら見つけられなかった。すまない……」
「……そんなこと」
「そもそも、シンが……神龍が何かすら私にはよくわからない。私にとっては、生まれた時からそこにいる、老いた父が大事に大事に崇め奉ってきた神であり呪いだ」
おばあさまの言葉に、ララはそっとシンを見た。でも、人とは違う神龍の黄金の目は何も語らない。
「シン、おまえが生き物の治癒力を司る生き物だと言うことはわかっている。黒龍は鉱物を司り、赤龍は火を、青龍は水を、黄龍は大地の「精」をその身に宿す。いずれ人の生活に大きく関わる大切な要素だ。お前たちは一体何者だい?」
〈……………〉
シンがゆらゆらと白い龍の尻尾を動かしながら無表情にカリアを見つめる。
「なぜ王となる人の身体で浄化されなければ生きられないのだ?」
〈それは、人は何のために生きると問うのと同じだ、カリアよ……〉
「シン、お前は私と一緒に滅びる気はないかい?」
〈…………〉
「せめて……」
「おばあさま」
ララがカリアの痩せた手を取った。
「私はシンの女王になる。この王宮で育てられて、ずっとそう思って生きてきた」
「ララ、何も恩に感じることは……」
「違う。私はおばあさまのようになりたいんだ。大人になってきっとおばあさまみたいになるって幼い頃から決めていた。それが私の夢なんだ」
「ララ……」
話すことに疲れたのか、カリアが目を閉じた。
そしてもう一度目を開けて静かに言った。
「……私はね、父の決めた相手だったが、これでも夫を愛してたんだ。無口で不器用だったが、優しくて誠実なひとだった」
カリアの目が亡くした人を懐かしんでいる。
「愛する人を失うのは不幸なことだ。でも、愛を知らないのは寂しいことだ。だから、ララにも愛する人と生きる喜びを味あわせてやりたかった」
「おばあさま、私には愛する人がちゃんといるよ。おばあさまやこの王宮にいるみんなだ。それに、トトにも再会した」
「ララ………」
カリアが、万感を込めてゆっくり瞬きすると、ひとつ深呼吸した。
「研究に没頭するしか能のない私の晩年に、幸せで美しい時間をありがとうよ、ララ……。みなも至らない私に尽くしてくれて心から感謝している……」
部屋の中にいる人々の中から、こらえきれない嗚咽が漏れた。
こんな風に謙遜しているが、カリアが世の中に残した功績は大きい。
今では誰もがくすり屋で手にとる当たり前の薬の多くが、カリアやその弟子たちの開発したものなのである。
ララは子供の頃、カリアが実験動物を丁寧に処分するのを見ていたことがある。1匹1匹にありがとうよと葬るのを見て、ありがとうではなく、ごめんなさいではないのかと生意気にも意見したのだ。するとカリアは穏やかにこう言った。
「詫びるだけではとても済まないほど、私は多くの動物を殺してきた。だから、ありがとうなのだよ。それにね、ララや。済まないという言葉は、案外誰も喜ばせないものだ」
確かにそうかもしれない。
私たちは誰もが、とても購いきれないほど多くの命の上に生きているのだ。だから、謝るよりも感謝しろというカリアのその言葉は、ララの深いところに響いた。
「おばあさま、おばあさま………」
ララはカリアの手を握りしめながら泣いた。
でも、ありがとうという言葉は、なんて短いのだろう。こんな短いあっけない言葉では、この気持ちの全てを決して言い表せないのだ。
「おばあさま、私はこの気持ちを、どうやっておばあさまに伝えればいいのかわからない………」
「ふふ、ちゃんと伝わっているよ……」
カリアの乾いた手が、溢れるララの涙をそっと拭った。
その手を両手で握りしめながら、ララはこらえきれない嗚咽を漏らした。
「おばあさま……」
「女王陛下!!」
「カリア様!!!」
臣下たちが次々にベッドに押し寄せた。
「ああ、私は幸せ者だね………」
そしてカリアは、ゆっくり目を閉じた。
夕暮れの明かりが沈むとともに、カリアの長い長い人生が幕を閉じた―――。
日暮れとともに薄暗くなる部屋の中で、みながカリアの寝台の周りでこうべを垂れて泣いている。
カリアの顔は穏やかで、夢の中で何か微笑ましいものを見てふと笑みをこぼしたような顔で眠っていた。
そのカリアの小さな亡骸に、シンがするすると音もなく近づき、その額にそっと鼻先を寄せた。
すると、カリアのその額が青白く輝きを放ち始めた。
ララやみなが驚いて、シンとカリアから離れてその様子を息を飲んで見守った。
そうするうちにもカリアの内側から、こぼれるように、溢れるように青白い輝きが増し、それは徐々にシンの身体にまといつき、押しつつみ、いつしか一体となって、白龍の身体を強く輝かせた。
その白い輝きは見る見るうちに膨れ上がり、さらに大きく輝きを増し、シンはその光を吸収しながら身体を大きく膨らませてゆく。
見守るララたちは、その幻想的な様子に圧倒され、いつしか部屋の隅まで推されていった。
パチパチキラキラと光の音が弾け、シンを中心にまばゆい光が部屋中を満たした。部屋いっぱいに大きくなったシンが、ララの目の前に立ちはだかった。
ゆらゆらと立ち上り蠢く光の筋が、シンの体を神秘的に輝かせている。
〈ララ……。我を受け入れよ。さすれば我はそなたの一部となり、そなたは我の一部となってこの星と繋がって生きるのだ……〉
「シン……」
シンの黄金の目を見つめながら、ララが言った。
「もとより覚悟の上だ。好きにするがいい」
その場にいた臣下が、声もなくララとシンを見守っている。
ララがなぜかふと、ラウルの笑顔を思い浮かべた瞬間、青白く輝き部屋いっぱいに膨れ上がったシンが、ララを頭から食らうようにざっと降ってきた。
「ララ様!!」
レイチェルが思わず歩み寄ろうとして、他の臣下に止められた。
ララは真っ白な光の奔流に包み込まれた。
白い清らかな光が全身をその奔流の中で洗い流し、呑み込み、熱くもなく冷たくもない激流がララを翻弄した。
ざあああああ―――
そこは上も下もない真っ白な世界だった。その衝撃で消し飛んでしまいそうだ。
「うわああ――ッ」
焼け付くような衝撃がララの全身を駆け巡ってゆく。痛いのか熱いのか冷たいのか苦しいのか、あるいは身を焦がすほどの悦びなのかもしれない。天高く吸い込まれているのか、底のない穴に落ちてゆくのかよくわからない。ただただ何かがものすごい速さで自分の中を流れてゆくのを感じる。
………誰かが深く嘆いている声がする。
カリア……カリア……人とはなんと儚いのだ――…
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