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目の前で大皿をかっ喰らいそうになる程皿を傾け、喉に料理を流し込んでいる少女が一人。周りの客はただ目を丸くして少女を見つめていた。
少女の前には色とりどりの山盛り料理の皿で埋め尽くされているというのに、少女と同じ机を囲む俺の前は茶色い木がむき出しになっているだけである。皮肉にも頬杖をつくのには何の配慮もいらなかった。
「なあ。一体君は誰なんだ?」
俺がそう尋ねても少女はただもぐもぐと口を動かすばかりで、何も喋ろうとしない。
頭が重くなる感覚に陥り、肘により負担がかかった気がした。
少女は皿から手を離し、ナフキンで口を拭いて、たたむこともせず、わずかに開いた皿の合間に乱雑に置いた。
この少女は突然現れた。そして、俺を見つけるとただ一言「腹が減った。連れて行け」とそれだけ言ったのだ。俺は呆然として、眺めていたが次第に我に返って、少女を下町の食堂に連れてきたのだ。
行動だけ振り返れば、未だに、我に返ってはないのかもしれない。何もわからず突然現れた少女を食事させに連れて行くなんて、頭がおかしいのではないかと思う。
しかし、少女の見た目がそうさせたのであれば納得がいく。少女は山吹色の綿毛のような柔らかそうな髪。そして風に揺れる髪からは、火花のような幻想的な光を放っているように見えた。
顔は透き通るように白い肌にクローバーの花のような淡い桃色の薄い唇。そして、藍色のこぼれ落ちそうな大きな瞳からはそこが深く全てを見通すような神秘的な雰囲気すら感じられた。
こんな、絶世の美少女と呼ぶに相応しい少女におかしくなるのも当然……と納得していたのだが、今の品のない姿を見て、何故連れてきたのかと酷く後悔していた。
「うん。美味い」
少女はごくりと、咀嚼物を喉に通すと満足そうな笑みをしてそう言った。
「うん。美味いじゃねえよ」
「この料理が美味くないとはお前の舌は肥えているのだな」
「肥えているかどうかの前に、俺はその料理を食べてないからな」
「それはかわいそうに」
一々、人の気持ちを逆なでする少女だ。俺はこれ以上長く話したくなくて、本題を口にする。
「で、一体君は誰なんだ?」
「はあ。何を言ってるんだ。私をお前は三日三晩抱いた仲じゃないか」
「俺がお前を? はっ、まさか」
「おい。なんだその感じ。酷く不愉快だ」
少女は不満そうにジト目で睨んでくるが、不愉快なのはこちらの方である。ここの食事も俺が代金を払っているのだ。飯を奢るだけで、恩を売った気は無いが、まともに取り合ってくれても良いだろう。
「ま、まあ。それはいいとして私が誰かだったよな?」
俺の不機嫌な様子を感じたのか少しうろたえて少女は言った。
「ああ」
「私が言ったことは嘘ではない。私は理の書だ」
突飛な話であったが、妙に納得した。例え、夜そこに用事があり、俺と鉢合わせたなどと現実的な理由でも納得はできなかっただろう。それほどに少女からは自然から外れた存在であると理解できるのだ。
理の書とは名前ばかりで理から離れた存在じゃないかと笑える。
「なんで笑ったんだ? また私が嘘ついたとでも思ってるのか?」
「いやいや、信じているよ」
「そう、簡単に納得されても困るのだが……」
俺も納得はしているが理解はしていない。何故、本が人になったのか。本とは飯を美味しそうに食うものなのか。一体、理の書とはなんなのだろうかと気になる。
だが、いずれ知る機会は訪れるだろう。それなら今は、ただ少しの腹いせをしても許されるだろう。そんな思いから口を開く。
「困るのなら、納得しておくよ」
「なんだ貴様! 性格悪いか! 性格悪いか!」
語呂の悪い、やかましいツッコミに耳を塞ぐ。そんな俺に腹を立てたのか少女は耳元で大声で叫ぶ。
「お前は本当に私を書いた糞女によく似ているな! いいか! よく聞け! 私はあの女が知る付喪神のような存在だ! 神なのだ! 崇めろ! 敬え!」
「あ~もう、うるさい」
「誰がうるさくさせているんだ!」
決して、俺ではないとは言い切れないので黙らせるため謝っておくことにする。
「悪かったよ」
「い、いや、そんなすぐに謝られても困るっていうか。私、一万年ぶりの人の触れ合いっていうか。そもそも触れ合いはないけど知識だけはあるっていうか。ちょっとこういうの憧れてて、楽しいからもう少しだけ続けてもいいっていうか……」
はあ、とんでもなくめんどくさい。困った少女だ。付喪神とは何かもわからないし、どこまで本当か嘘かもわからない。だけど、微かに楽しんでいる自分がいるのは本当だ。
そう思えば自然と声が出た。
「めんどくさい」
「め、めんどくさいとはにゃんだぁ!」
少女の声は自然と上がってしまっていて、怒っていないことが明白である。どころか、口をにやけさせて呂律が回っていない。
少女の様子があまりにもおかしくて笑ってしまう。
「ははははは!」
「何笑ってるんだ!」
こんな、中身のないスッカスカの会話に笑うなんていつぶりか。自分は笑い方をどうやら忘れていないようだ。これで、安心してアイリに笑って言葉を告げられる。
「これから宜しくな。ツクモ」
「え?」
ツクモは呆気にとられポカンと口を開けている。
「何か名前があったか?」
「い、いや無い! ツクモか……ツクモか……。良い名だな!」
そう言ってツクモは無邪気にニッと歯を見せて笑った。俺は立ち上がり、そんなツクモの柔らかい山吹色の髪をぐしゃぐしゃに撫で、声をかける。
「自分の名前を良い名って言うなよ。それじゃあ、明日も変わらず早い。寝に帰ろう」
「お、おみゃえがつけたんだろ!」
ツクモは照れを隠すためか俺の背中をポカポカと叩いてきた。
少女の前には色とりどりの山盛り料理の皿で埋め尽くされているというのに、少女と同じ机を囲む俺の前は茶色い木がむき出しになっているだけである。皮肉にも頬杖をつくのには何の配慮もいらなかった。
「なあ。一体君は誰なんだ?」
俺がそう尋ねても少女はただもぐもぐと口を動かすばかりで、何も喋ろうとしない。
頭が重くなる感覚に陥り、肘により負担がかかった気がした。
少女は皿から手を離し、ナフキンで口を拭いて、たたむこともせず、わずかに開いた皿の合間に乱雑に置いた。
この少女は突然現れた。そして、俺を見つけるとただ一言「腹が減った。連れて行け」とそれだけ言ったのだ。俺は呆然として、眺めていたが次第に我に返って、少女を下町の食堂に連れてきたのだ。
行動だけ振り返れば、未だに、我に返ってはないのかもしれない。何もわからず突然現れた少女を食事させに連れて行くなんて、頭がおかしいのではないかと思う。
しかし、少女の見た目がそうさせたのであれば納得がいく。少女は山吹色の綿毛のような柔らかそうな髪。そして風に揺れる髪からは、火花のような幻想的な光を放っているように見えた。
顔は透き通るように白い肌にクローバーの花のような淡い桃色の薄い唇。そして、藍色のこぼれ落ちそうな大きな瞳からはそこが深く全てを見通すような神秘的な雰囲気すら感じられた。
こんな、絶世の美少女と呼ぶに相応しい少女におかしくなるのも当然……と納得していたのだが、今の品のない姿を見て、何故連れてきたのかと酷く後悔していた。
「うん。美味い」
少女はごくりと、咀嚼物を喉に通すと満足そうな笑みをしてそう言った。
「うん。美味いじゃねえよ」
「この料理が美味くないとはお前の舌は肥えているのだな」
「肥えているかどうかの前に、俺はその料理を食べてないからな」
「それはかわいそうに」
一々、人の気持ちを逆なでする少女だ。俺はこれ以上長く話したくなくて、本題を口にする。
「で、一体君は誰なんだ?」
「はあ。何を言ってるんだ。私をお前は三日三晩抱いた仲じゃないか」
「俺がお前を? はっ、まさか」
「おい。なんだその感じ。酷く不愉快だ」
少女は不満そうにジト目で睨んでくるが、不愉快なのはこちらの方である。ここの食事も俺が代金を払っているのだ。飯を奢るだけで、恩を売った気は無いが、まともに取り合ってくれても良いだろう。
「ま、まあ。それはいいとして私が誰かだったよな?」
俺の不機嫌な様子を感じたのか少しうろたえて少女は言った。
「ああ」
「私が言ったことは嘘ではない。私は理の書だ」
突飛な話であったが、妙に納得した。例え、夜そこに用事があり、俺と鉢合わせたなどと現実的な理由でも納得はできなかっただろう。それほどに少女からは自然から外れた存在であると理解できるのだ。
理の書とは名前ばかりで理から離れた存在じゃないかと笑える。
「なんで笑ったんだ? また私が嘘ついたとでも思ってるのか?」
「いやいや、信じているよ」
「そう、簡単に納得されても困るのだが……」
俺も納得はしているが理解はしていない。何故、本が人になったのか。本とは飯を美味しそうに食うものなのか。一体、理の書とはなんなのだろうかと気になる。
だが、いずれ知る機会は訪れるだろう。それなら今は、ただ少しの腹いせをしても許されるだろう。そんな思いから口を開く。
「困るのなら、納得しておくよ」
「なんだ貴様! 性格悪いか! 性格悪いか!」
語呂の悪い、やかましいツッコミに耳を塞ぐ。そんな俺に腹を立てたのか少女は耳元で大声で叫ぶ。
「お前は本当に私を書いた糞女によく似ているな! いいか! よく聞け! 私はあの女が知る付喪神のような存在だ! 神なのだ! 崇めろ! 敬え!」
「あ~もう、うるさい」
「誰がうるさくさせているんだ!」
決して、俺ではないとは言い切れないので黙らせるため謝っておくことにする。
「悪かったよ」
「い、いや、そんなすぐに謝られても困るっていうか。私、一万年ぶりの人の触れ合いっていうか。そもそも触れ合いはないけど知識だけはあるっていうか。ちょっとこういうの憧れてて、楽しいからもう少しだけ続けてもいいっていうか……」
はあ、とんでもなくめんどくさい。困った少女だ。付喪神とは何かもわからないし、どこまで本当か嘘かもわからない。だけど、微かに楽しんでいる自分がいるのは本当だ。
そう思えば自然と声が出た。
「めんどくさい」
「め、めんどくさいとはにゃんだぁ!」
少女の声は自然と上がってしまっていて、怒っていないことが明白である。どころか、口をにやけさせて呂律が回っていない。
少女の様子があまりにもおかしくて笑ってしまう。
「ははははは!」
「何笑ってるんだ!」
こんな、中身のないスッカスカの会話に笑うなんていつぶりか。自分は笑い方をどうやら忘れていないようだ。これで、安心してアイリに笑って言葉を告げられる。
「これから宜しくな。ツクモ」
「え?」
ツクモは呆気にとられポカンと口を開けている。
「何か名前があったか?」
「い、いや無い! ツクモか……ツクモか……。良い名だな!」
そう言ってツクモは無邪気にニッと歯を見せて笑った。俺は立ち上がり、そんなツクモの柔らかい山吹色の髪をぐしゃぐしゃに撫で、声をかける。
「自分の名前を良い名って言うなよ。それじゃあ、明日も変わらず早い。寝に帰ろう」
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