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「ミスリルの指輪が欲しい」
シャルロッテの瞳は強く輝き、ただ俺だけを映していた。拳を白くなるまで強い力で握り、膝は震えている。
そんなシャルロッテの様子を見て俺は酷く恥じた。言葉の真意がわからないわけがないからだ。
全く気づかなかった。未だにあり得ないと思う。愚かにもシャルロッテはむしろ俺との婚姻が嫌だと思っていた。
けれど、今のシャルロッテの姿を見て、そんなことを思っていた自分は如何しようもない恥知らずだと腹が立つ。
ぶつけてきた気持ちに真摯に向き合うため、シャルロッテの水色に輝く瞳を真っ直ぐに見る。
艶やかな髪。長い睫毛。細くも潤んだ唇。本当にシャルロッテは美人だ。それに、シャルロッテの器量もいい。この一週間ともに色んなことを経験してきて、辛いこともあったが楽しかった。これからもこんな生活をやっていけるならば、どんなに素晴らしいだろうか。
だが……。
「すまないシャルロッテ。俺はお前の気持ちに答えることができない」
シャルロッテの瞳がぐにゃりと歪んだかと思えば大きな涙が溢れ出した。シャルロッテは口をヒクヒクとさせて嗚咽を漏らすも俺から目を離さない。
ああ。俺はまた人の期待を裏切って悲しませてしまった。本当に自分が嫌になる。だけどこれだけは譲れない。
「俺には好きな人がいるんだ。だからお前と婚姻することはできない」
元々婚約者だというのに俺は何を言ってるんだ。好きではないけれど、嫌嫌婚約していたと言っているようなものではないか。想いを告げてくれた人に言うべき言葉ではない。
「ど…どうして、なん……で」
シャルロッテが背一杯の小さなかすれた声を出した。
「その人は、絶望の淵にいた俺に寄り添ってくれた人なんだ。その人とは別れてしまったけれど、俺にはどうしても伝えなければいけない言葉がある。だから俺は今まで頑張ってこれた。だからここでその気持ちを捨てることはできない」
悲しむシャルロッテに追い打ちをかけるようにきっぱりとそう告げた。シャルロッテは自分の胸ぐらをぎゅっと握りしめて、今にも倒れそうな悲痛な表情になる。
罪悪感に押しつぶされそうになる。胸が張り裂けそうで息苦しい。
だけど、後悔はしていない。気持ちをぶつけてくれたシャルロッテに本心を告げないと誠実でないと思い込んでいるからだと気づく。
それはどれだけシャルロッテを傷つける事かも考慮しない独りよがり。
本当に俺は男として情けない。男どころか人としても情けない。本当に俺は小さな人間だ。
こんな俺を好きになったシャルロッテには感謝しかない。また独りよがりに過ぎないけれど、報いる方法は一つしか思い浮かばない。
「シャルロッテ。その条件は飲むよ。俺は負けたらシャルロッテと婚姻する。だけど、俺は絶対に負けない」
俺の言葉にシャルロッテは狼狽え目が泳いだ。
負けるつもりは毛頭ない。絶対に負けられない。本気で戦って倒す。俺がシャルロッテと幸せになる可能性をゼロだとわからせて、ちょっとの未練も残さないようにするために。
「私も……負けない!」
シャルロッテは涙で赤くなった目で強く鋭く俺の瞳に合わせ答えた。
*
朝目覚めて窓を開ける。早朝の冷たい空気が流れ込んでくる。
登り始めた太陽に商店を準備する商人達の汗がきらめく。そんな商人達の間には、たくさんの上下する人の頭があった。
この時間にして街道を埋め尽くす人々は、大きな壁に一つ開けられた門を目指してぞろぞろと歩いていた。
ギラギラと闘志を燃やす人、どうなるのか期待に胸を躍らせた人、困惑、不安、寂寥、様々な感情を抱えているからか、寒い早朝であるのに異様な熱気に包まれていた。
支度を終え宿を出て、俺もその群れに混ざる。
門を抜けると、人の塊の中から解放され、新鮮な空気が肺に入ってくる。目の前には四方10メートルくらいの石造りのステージ。ステージをCのように欠けた円状に配置された階段状の座席。座席の裏には屋台が立ち並ぶ。
俺は屋台にも目もくれず、ステージ前の受付で出場手続きを済ませ、その隣に設置された選手控室という名の即席の家に入る。
室内は、異様な熱気に包まれているのに異様に静かだった。雰囲気がおかしい。
体に生傷が絶えない男、所狭しと大きな体躯を持つ男、騎士のような男に魔術師のようなつばの大きな帽子をかぶった男が皆困惑した様子で、順に備え付けられたベンチに座っていた。そして、奥に座る一人に釘付けになっていた。
視線を辿るとそこには、シャルロッテが一人ベンチに手を組んで座っている姿があった。不思議にもシャルロッテと同じベンチに座るものがいない。
ここには、シャルロッテと婚姻したい人間との同室だ。誰かが話しかけてもおかしくない状況、野獣達と同じおりのようなものだというのに、人を近づけないような雰囲気をシャルロッテは放ち、誰も近づけていない。
俺が入ってきても気づかないくらい集中してるため近寄ることすら憚られるからだと理解する。どうやら、俺に拒絶されたことを引きずらず、本気でかかってくるようだ。
俺も負けるわけにはいかないと腰を下ろし、目を閉じて精神状態を高める。
それからひと時経った後、扉が開かれ、女性が入り込んできた。
「トーナメント表が決定しました! 選手の方は張り出した紙を見て、試合時間を確認してください」
静かだった室内がざわめきたち、男達は腰を上げた。俺も習って立ち上がり、外に出る列に加わる。
ふと、振り返るとシャルロッテが優雅な所作で立ち上がる姿を捉えた。しかし、その目は青い炎を宿し、光の矢のように鋭く輝く。
どこか満足感を感じて前を向く。そして、いよいよ武闘会が始まると自覚した。
シャルロッテの瞳は強く輝き、ただ俺だけを映していた。拳を白くなるまで強い力で握り、膝は震えている。
そんなシャルロッテの様子を見て俺は酷く恥じた。言葉の真意がわからないわけがないからだ。
全く気づかなかった。未だにあり得ないと思う。愚かにもシャルロッテはむしろ俺との婚姻が嫌だと思っていた。
けれど、今のシャルロッテの姿を見て、そんなことを思っていた自分は如何しようもない恥知らずだと腹が立つ。
ぶつけてきた気持ちに真摯に向き合うため、シャルロッテの水色に輝く瞳を真っ直ぐに見る。
艶やかな髪。長い睫毛。細くも潤んだ唇。本当にシャルロッテは美人だ。それに、シャルロッテの器量もいい。この一週間ともに色んなことを経験してきて、辛いこともあったが楽しかった。これからもこんな生活をやっていけるならば、どんなに素晴らしいだろうか。
だが……。
「すまないシャルロッテ。俺はお前の気持ちに答えることができない」
シャルロッテの瞳がぐにゃりと歪んだかと思えば大きな涙が溢れ出した。シャルロッテは口をヒクヒクとさせて嗚咽を漏らすも俺から目を離さない。
ああ。俺はまた人の期待を裏切って悲しませてしまった。本当に自分が嫌になる。だけどこれだけは譲れない。
「俺には好きな人がいるんだ。だからお前と婚姻することはできない」
元々婚約者だというのに俺は何を言ってるんだ。好きではないけれど、嫌嫌婚約していたと言っているようなものではないか。想いを告げてくれた人に言うべき言葉ではない。
「ど…どうして、なん……で」
シャルロッテが背一杯の小さなかすれた声を出した。
「その人は、絶望の淵にいた俺に寄り添ってくれた人なんだ。その人とは別れてしまったけれど、俺にはどうしても伝えなければいけない言葉がある。だから俺は今まで頑張ってこれた。だからここでその気持ちを捨てることはできない」
悲しむシャルロッテに追い打ちをかけるようにきっぱりとそう告げた。シャルロッテは自分の胸ぐらをぎゅっと握りしめて、今にも倒れそうな悲痛な表情になる。
罪悪感に押しつぶされそうになる。胸が張り裂けそうで息苦しい。
だけど、後悔はしていない。気持ちをぶつけてくれたシャルロッテに本心を告げないと誠実でないと思い込んでいるからだと気づく。
それはどれだけシャルロッテを傷つける事かも考慮しない独りよがり。
本当に俺は男として情けない。男どころか人としても情けない。本当に俺は小さな人間だ。
こんな俺を好きになったシャルロッテには感謝しかない。また独りよがりに過ぎないけれど、報いる方法は一つしか思い浮かばない。
「シャルロッテ。その条件は飲むよ。俺は負けたらシャルロッテと婚姻する。だけど、俺は絶対に負けない」
俺の言葉にシャルロッテは狼狽え目が泳いだ。
負けるつもりは毛頭ない。絶対に負けられない。本気で戦って倒す。俺がシャルロッテと幸せになる可能性をゼロだとわからせて、ちょっとの未練も残さないようにするために。
「私も……負けない!」
シャルロッテは涙で赤くなった目で強く鋭く俺の瞳に合わせ答えた。
*
朝目覚めて窓を開ける。早朝の冷たい空気が流れ込んでくる。
登り始めた太陽に商店を準備する商人達の汗がきらめく。そんな商人達の間には、たくさんの上下する人の頭があった。
この時間にして街道を埋め尽くす人々は、大きな壁に一つ開けられた門を目指してぞろぞろと歩いていた。
ギラギラと闘志を燃やす人、どうなるのか期待に胸を躍らせた人、困惑、不安、寂寥、様々な感情を抱えているからか、寒い早朝であるのに異様な熱気に包まれていた。
支度を終え宿を出て、俺もその群れに混ざる。
門を抜けると、人の塊の中から解放され、新鮮な空気が肺に入ってくる。目の前には四方10メートルくらいの石造りのステージ。ステージをCのように欠けた円状に配置された階段状の座席。座席の裏には屋台が立ち並ぶ。
俺は屋台にも目もくれず、ステージ前の受付で出場手続きを済ませ、その隣に設置された選手控室という名の即席の家に入る。
室内は、異様な熱気に包まれているのに異様に静かだった。雰囲気がおかしい。
体に生傷が絶えない男、所狭しと大きな体躯を持つ男、騎士のような男に魔術師のようなつばの大きな帽子をかぶった男が皆困惑した様子で、順に備え付けられたベンチに座っていた。そして、奥に座る一人に釘付けになっていた。
視線を辿るとそこには、シャルロッテが一人ベンチに手を組んで座っている姿があった。不思議にもシャルロッテと同じベンチに座るものがいない。
ここには、シャルロッテと婚姻したい人間との同室だ。誰かが話しかけてもおかしくない状況、野獣達と同じおりのようなものだというのに、人を近づけないような雰囲気をシャルロッテは放ち、誰も近づけていない。
俺が入ってきても気づかないくらい集中してるため近寄ることすら憚られるからだと理解する。どうやら、俺に拒絶されたことを引きずらず、本気でかかってくるようだ。
俺も負けるわけにはいかないと腰を下ろし、目を閉じて精神状態を高める。
それからひと時経った後、扉が開かれ、女性が入り込んできた。
「トーナメント表が決定しました! 選手の方は張り出した紙を見て、試合時間を確認してください」
静かだった室内がざわめきたち、男達は腰を上げた。俺も習って立ち上がり、外に出る列に加わる。
ふと、振り返るとシャルロッテが優雅な所作で立ち上がる姿を捉えた。しかし、その目は青い炎を宿し、光の矢のように鋭く輝く。
どこか満足感を感じて前を向く。そして、いよいよ武闘会が始まると自覚した。
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