悪役転生〜主人公に全てを奪われて追放される踏み台悪役貴族に転生した〜

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魔装術

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 何故なのかは分からない。
 あのまま続けていれば、魔術戦においても追い詰められたかもしれない。
 だが、それでも彼女の優位は揺るがない。

(お前でもこれには届かない)

 レベッカは、祈るようにその剣を構えた。
 そして、練りこまれていく膨大な魔力。
 その濃密な魔力は空間を歪曲させるような錯覚さえ覚えさせる。

「燃え立つ炎よ、我が身を包み、我が敵を滅ぼし、守護すべきを護り、紅蓮の鎧となれ――さぁ、今こそ我が身を灼け!」

 長い詠唱。そして——

「【炎魔術付与エンチャント・フレイム】」

 詠唱の完了と同時に、彼女の足元が爆ぜた。
 神々しい光が視界を焼き、まるで天から火が降ってきたかのように。
 炎は渦を巻きながらレベッカの身体を包み込み、鮮烈な紅蓮の衣と化す。
 だが——その炎は、彼女の美しい髪も肌も、纏う衣服すらも、燃え盛る火炎の奔流の中で一切焦げることはなかった。

「……これが、あんたの見たかったもんだろ……?」

 その炎は最強の鎧であり、同時に最強の鉾である。

 【魔装術】
 伝説の救世主が編み出し、一握りの王族だけが口伝で受け継いだとされる、失われた技術。
 膨大な魔力を身体に宿し、武術と融合させるその技は、世界最強の戦闘術と称された。
 使い手は少なく、物語の中でもレベッカと主人公ローラン、そして開発者本人の魂を宿したラスボス救世主メシアだけ。
 ローランですら物語終盤にようやく習得した技だ。
 対して、目の前のレクス・サセックスは――この技の存在すら知らない。
 だからこそ、レクス・サセックスはローランに敗北する運命にあった。

「……魔装術か」
「ああ、それで……どうだい?」

 レベッカは勝ち誇ったように笑う。
 燃え盛る炎の衣を身に纏う、彼女はまるで地上に降臨した、女神のようだった。
 炎と剣、そして彼女――すべてが調和し、時が止まったかのように見えた。

「……美しさ、さえ感じる」
「そうかい。そうかい。あはははッ! なぁ、それで……天才サマは……この状態の私を見て、まだ勝てる気でいるのかい?」

 俺の感想に気を良くしたのか、レベッカは一瞬だけ、あどけない少女のような顔を見せた。

——ッ!

 そして彼女が無造作に剣を振るうと、ゴウ——という轟音とともに炎の斬撃がシャツの左右を掠め、大地を黒く焦がした。
 灼熱の斬線。
 一歩でも動いていたら腕を飛ばされていた。

 そして、眼前に剣先が迫り、喉元に突きつけられる。
 炎が顎下を撫で、熱で髪の先がチリ、と音を立てた。

「言っちゃなんだが……この状態の私とまともに戦える奴を、私は知らない。……そして、この技を使えるのは、多分この世界で、私一人だけだ」
「だろうな」

 俺は顔を伏せ、短く呟く。
 俺の姿は一見、敗北を悟った男のように見えたかもしれない。

「素直に負けを認めろ天才サマよぉ。……ふふ。あんた震えてんじゃないか?」
「ああ、そうだな」

 その言葉を否定できなかった。その時の声は震えていた。

「……まぁ、あんたは確かに天才かもな……。だが、世間知らずだ。才能だけじゃ超えられない壁ってのもあるのさ……」

 炎を指先で弄びながら、レベッカは諭すように語る。

「ああ、そうかもな」
「なんだ? 少しは分かったのかい? あはははッ! まぁ、でも、あんまり気落ちすんな……あんたはまだ若い。これから努力すりゃ、まだ伸びしろだってな……」

 そう少し柔らかな口調で喋るレベッカに、

「それは今は、あいつも使えない……」

 俺は顔を上げて答えた。

「はぁ?」
「お前はまだ教えていないからな」
「お前、何言ってんだ?」
「ここで、あいつより先に……俺が覚えさせてもらう事にするさ」
「……なんの話だ? それに覚えるだと?」
「それさえあれば、俺はもう、この世界で怖いもの無しだ。――悪いな、レベッカ。ああ、そうさ、震えてるさ。それを使った時の俺の美しさを想像してな」

 背後に飛び退き、距離を取ると、剣を両手で握り、祈るような姿勢を取る。

(——なんだ、唯の<猿真似>か?——)

 レベッカは一瞬、鼻で笑いかけた。
 だが――その瞬間、空気が震えた。

(——だが、なんだこの魔力——)

 彼の身体から立ち上る魔力の質と量に、レベッカは瞠目する。
 それは、さきほど自分が展開したものと酷似していた。

(——これでは、まるで——)

 空間が震える錯覚。芯が揺さぶられる脅威。自分のそれと同質の流れだと、彼女の直感が告げる。

「燃え立つ炎よ、我が身を包み、我が敵を滅ぼし、守護すべきを護り、紅蓮の鎧となれ――さぁ、今こそ我が身を灼け!」 

 強い既視感デジャヴュを感じる長い詠唱。耳を疑うような言葉の羅列。

「【炎魔術付与エンチャント・フレイム】」 

 詠唱の完了と同時に、目の前の少年の足元が爆ぜた。 
 神々しい光が視界を焼き、まるで天から火が降ってきたかのように。

 そして——

「ふふ……あはははッ!」

 耳障りで、不愉快な高笑いが聞こえた。


 ――技を盗む事。それは、すなわち技術を模倣することだ。

 一つの技というものは、本来、無数の失敗と、わずかな成功の積み重ねの果てに形を成す。
 汗と年月が染み込んだ、職人たちの努力の結晶。
 だが昔から言われてきた。「職人は技を盗め」と。
 弟子は師の背を見て、手の動きを真似、そこに自分なりの工夫を重ねる。
 模倣とは、単なる真似ではない。
 それは本物へと最短で近づくための、極めて洗練された学びの術だ。
 技を見る眼と、真似る力さえあれば、人は時間を飛び越える。


「おい、アレって……」
 「おいおい、なんであ、あのガキがアレを……」
 「あれは、あれはッ! 姐さんの。姐さん……だけのっ!」
 
  傭兵団内部でも魔装術を使おうとするものはいた。
  教えを乞うものもいた。
  しかし、魔装術に至るための付与魔術を展開出来たものは誰一人としていなかった。


——できた。やはり……

 俺の前世――鈴木守という男は、泥棒だった。

 ただの泥棒じゃない。

 それは、それは……非常に、非常に、誠に、誠にハイセンスな泥棒だったのだ。

 俺は金のために盗みを働くような、チンケな悪党じゃなかった。
 俺が盗んだのは、俺が欲しただ。
 俺が動けば、メディアは大騒ぎ。
 世界中の警察が血眼になって俺を追いかけ回す。
 テレビもネットも俺の話題で持ちきり。
 ファンだか野次馬だかわからない追っかけまで出る始末だった。

 そう、俺は――一種のみたいな存在だった。

 いや、俺は——世界的な超有名人スーパースターとも言えた。

 そんな俺が盗んだものは、金銀財宝のみならず、知識やアイディア。果ては美女のハートなど多岐に渡った。
  俺は模倣する技術技を盗む技術を極める事により、様々な技術を加速度的に習得していった。
  それは、料理、歌唱、ダンス、ハッキング、高級家具の修繕までと、際限などなかった。


「……ああ、そうだ。一つ訂正しよう、レベッカ。俺は――俺自身が怖い。この、底なしの才能がな……! 怖すぎるだろ……」

 本心からそう思った。
 だが、実際、今の状況は幸運の重なりに支えられていた。
 一番の理由としてレベッカが得意とする魔術が炎属性だったこと。
 もしこれがまったく別系統の魔術だったなら、一朝一夕に真似ることなど不可能だっただろう。

 類似した分野の技術は、習得の障壁がぐっと下がる。
 だが――それでも、魔装術の模倣は常軌を逸している。
 この肉体、レクス・サセックスは魔術に対する適性が極めて高い。
 幼いころからの英才教育による知識の蓄積もある。
 そして何より、前世・鈴木守の盗む技術。
 この三つが噛み合い、奇跡のような結果を生んだ。

——幸運というよりは、運命とさえ思える。

 俺はレベッカの魔力の流れと詠唱、展開された魔術現象を瞬時に観察・分析した。
 その一連の過程プロセスは――観察、理解、そして再構築。
 目指したのはただ一つ、

——結果は……及第点といったところか。

 彼女のそれと比べれば、確かに未熟で粗い。
 
(——今の一瞬で、私の魔術を……?)

 レベッカの瞳に驚愕が走る。
 二年半——。
 付与魔術の習得に、彼女が費やした時間だ。
 幼い頃に両親を亡くし、腹違いの弟と共に冒険者の男に拾われた彼女は力を求めて修練を積み、やがて最強の傭兵団を率いる長となった。

 やがて、彼女が《聖櫃(アーク)》と呼ばれる秘宝に眠る救世主の手記を見つけ、【魔装術】の手がかりを掴んだ。
 肌も髪も焦がしながら付与魔術を習得した日々――それは決して生易しいものではなかった。

(こんな奴が……! こんな奴が、こんな一瞬で……!)

 胸の奥で渦巻くのは、否応なく湧き上がる——嫉妬。

「……熱い……これは……こんなに熱いものなのか? 何か焦げている……ッ! 俺の髪か?」
(……熱い?)

 レベッカは目を細め、じっと観察した。

「……アフロになったらどうしよう。いや、アフロの俺もきっと格好いい……だがクールな二枚目路線が崩れる……これは由々しき事態だ……」

 ブツブツと呟く少年の様子に――レベッカの表情に、僅かに余裕が戻る。

(……やはり、そう簡単に扱える代物じゃない……)

 彼女には覚えがあった。
 習得当初、炎を纏った自分の身体を制御できず、何度も火傷を負った日々を。

「試してやるよ……化けの皮が剥がれるか、それとも本物か……」

 そう呟きながら、レベッカは隙を突くように一気に踏み込み、剣を振り下ろした。
「……この私が採点してやる! 猿真似で、これが防げるかッ!」

 炎を纏った剣がうなりを上げて迫る――が、
 ボフッ、と炎が揺らぐ音。
 しかし——その一撃は、同じく炎を纏った俺の剣によって、しっかりと受け止められた。

「さあ、教えてくれよ……レベッカ。これの使い方を」
「……ッ!」

 レベッカの瞳が大きく見開かれた。
 彼女はこの瞬間、目の前の少年をとして改めて評価せざるを得なかった。
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