悪役転生〜主人公に全てを奪われて追放される踏み台悪役貴族に転生した〜

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(こいつは危険だ)

 レベッカは足元の炎を爆ぜさせ、爆風を利用して一気に距離を取った。

「なるほど、爆風を利用して移動するのか……あいつは雷だったからな」

 目の前の少年も同じように足元をボフッ、ボフッと爆発させながら滑るように移動する。

(……末恐ろしいガキだ……)
 
 サセックス家の神童――。
 幼少期から恐るべき才覚を見せつけ、貴族社会でも名の知られた天才児。
 だがその呼び名には、恵まれた家柄と才能ゆえに増長した傲慢さという問題児という皮肉な意味も含まれていた。

(……すぐに、私の手には負えなくなる……ッ!)

 そんなレクスを矯正するために呼ばれたのは、他でもないレベッカだった。
 名目上は公爵家との合同訓練。
 しかし当主ハロルドの本心は、自らの息子に敗北の痛みを教えることにあった。
 破格の報酬と多少の興味本位で、レベッカはこの依頼を受けた。

 レクスの噂を聞いた時、所詮は井の中の蛙だと高を括っていた。
 実際に顔を合わせたときも印象は変わらなかった。
 傲慢で鼻持ちならない、ただの貴族の坊ちゃん。
 昨日はその鼻っ柱を折ってやった――その程度の話だったはずだ。

(一度見ただけで真似るだと……?)

 今、目の前にいる少年は、レベッカの想定をはるかに超える速度で進化している。
 まるで眠っていた獣を起こしてしまったかのような、背筋を這い上がる焦燥感。

(手足の一本でも落としておくべきか……)

 この才能をここで潰すべきでは――そんな考えが脳裏をよぎる。

「ホバークラフトみたいだな……これ、結構楽しいぞ」

 彼の言動を理解することは難しい。
 だが、無邪気な顔で爆風移動を楽しんでいるその姿は、レベッカの目には、子供がナイフを振り回しているような危うさを感じた。
 そして、何より、その姿は異様な速さで成長していく怪物の姿のように見えた。

「ハロルドのおっさんには悪いが……コイツはここで潰す」

 レベッカは心の奥で、密かに覚悟を決めた。


――さっきから、レベッカの俺に対する視線がやけに熱い。

 まったく……分かりやすいな女だな。
 俺は少し呆れたようにため息をついた。
 そうさ、あの女は自分より強い男が好きだと言っていた。
 俺が彼女に惚れられるのも時間の問題だろう。
 だが正直に言って、気の強い女は好かん。
 すまないレベッカ。

 
 二人の間に、ふっと静寂が訪れた。
 紅蓮の炎を纏う二つの影が、訓練場の中央で睨み合う。
 吹き抜ける熱風が砂埃を巻き上げ、二人の髪を揺らす。
 観衆のざわめきが遠のき、まるで世界に二人しかいないような錯覚を覚える。

(——この距離なら——)

 レベッカは心の奥で小さく息を吸い、祈るように一瞬瞼を閉じた。 
 そして――その瞳を再び開いた瞬間、炎が弾ける。

(……次は、私からだ)
「行け——ッ!」

 レベッカは炎の衣から炎槍を射出する。
 魔装術によって生み出される魔術は、通常の術式と違い、発動までのタイムラグが極端に短い。
 全て無詠唱魔術のようなものだ。

「こうかッ!?」

 レクスは即座にその動きを模倣し、炎槍を撃ち返す。
 放たれた槍はレベッカの炎槍とぶつかり、爆ぜるような轟音が訓練場に響き渡る。

(こいつ——やっぱり一瞬で……! 真似やがった——ッ!)

 レベッカは目を見開き、激しく動揺する。
 だが、僅かな逡巡を見せることもなく、傭兵団の団長は次弾を放つ。
 炎槍が激しくぶつかり合い、空気が焼けつくような爆発音が連続で響いた。
 
 互いの炎槍が弾け飛び、砂塵と熱風が訓練場を包んだ。
 視界が一瞬だけ白熱の光に塗り潰される――だが、どちらも引かない。

「……ははっ、面白くなってきたじゃないか」
「……クソが」

 悪態と共に彼女は既に次の一手に移る。
 その胸の前で腕を交差させ、短く息を吸い――
 炎の衣が爆ぜ、轟音と共に彼女の背中から巨大な炎の翼が展開される。
 翼のはためきに合わせて、炎の礫が散弾のようにレクスに襲いかかる。

 眼前に迫る赤い壁。

——翼だと?

 咄嗟に炎を纏った腕でガードする。
 目眩しのように放たれた散弾に続くように、炎の槍が続く。

「……うッ!」

 肩口に鈍い衝撃。
 少しの被弾。驚きは一瞬だった。
 炎の鎧は健在。
 
 翼を羽ばたかせたレベッカは、空へと舞い上がる。
 羽ばたきと、爆風を推進力に変え、急加速と急旋回を繰り返しながら、四方八方から炎槍を射出する。
 その軌道はまるで猛禽の狩り。
 直線だけでなく、不規則に角度を変え、時折挟み込まれる目眩しの炎の散弾。

——翼だと……。

 思考より先に体が動いた。
 背中の奥が熱くなる。
 意識をそこに集中させると――少し不格好な形ではあるが、確かに炎の翼が生える。

(また……真似された……ッ!)

 レベッカは戦慄する。

「ふふ……悪くないな」
 
 レクスは翼を軽く羽ばたかせると、熱風と共に宙へと舞い上がる。
 すぐ様に展開される空中戦。交差する炎弾。
 炎と炎が空中で交錯し、まるで二羽の炎の鳥が互いの羽をぶつけ合うような光景だった。
 しかし、決着は付かず、地上戦に移行する。
 地上に舞い降りた、両者互いに、片翼で防ぎ、もう片方で撃ち返す――まるで二人とも最初からそれを前提にした戦法を用いるように。

(——速い……ッ! 速すぎる。こいつ……もう使いこなし始めている……!)

 レベッカは奥歯を噛みしめた。
 自分が長年かけて身につけた技が、ほんの数秒、長くても数十秒のうちに模倣され、さらには戦術に組み込まれていく。
 戦いの最中で次々と技を咀嚼し、噛み砕き、自分のものにして応用していく。
 【魔装術】の特性を把握し、技術の本質を体得しているようにも見える。

(また、真似された……ッ!)
(また……!)
(また……!)
(また……!)
(また、真似された……ッ!)

 攻防はしばらく続いた。
 繰り返される衝撃に、レベッカの胸が焼けるような焦りで満たされていく。
 中距離・遠距離の攻防の中、彼女が積み上げてきた技術と経験が、次々と盗まれていった。
 その一つ一つが、彼女の長年に渡る工夫と努力の賜物。

「クソが……ッ! クソが……ッ! クソが——ッ!」

 苛立つレベッカ。
 だが、彼女の冷静な判断力は失われていなかった。

(手の内をこれ以上見せるわけにはいかない……。未知の剣術を使う相手に、不用意な接近戦は危険すぎる……!)

 決断は一瞬だった。

「……速攻で終わらせる」

 レベッカは両腕を大きく振りかぶり、地面に魔力を叩きつける。
 次の瞬間、地面が裂け、訓練場全体を巻き込む巨大な炎の竜巻が立ち上った。
 轟々と唸る炎の渦が、レクスを飲み込もうと迫る。

「……なるほどな」
 
 その一言共に——眼前には同じ規模の炎の竜巻を生み出される。

「……ッ!」

 レベッカの心が一瞬ざわついた。
 だが、想定の範囲内。
 互いの竜巻がぶつかり合い、轟音と衝撃波吹き荒れる。
 レベッカは炎の斬撃を纏い、竜巻を切り裂くように突撃する。
 
 接近戦における危険リスクは承知の上。
 
 膠着した遠距離戦では勝機はない。
 ならば、接近戦で一気に叩き潰す——それが彼女の結論だった。

「なんだ、鬼ごっこには飽きたのか?」
「黙れ――ッ!」

 レベッカは怒声とともに炎剣を振るい、連撃を叩き込む。
 しかし、そのすべては容易に受け止められ、時にいなされる。

「これなら——ッ!」

 レベッカは握っていない掌に、二本目の炎剣を生成した。
 普段は使わない変則の二刀流。
 不意打ちで一気に畳み掛けるつもりだった——が。

(真似されたッ! また……またッ!)

 レクスのもう一方の掌にも、同じように炎剣が生成される。
 二本、三本と腕を増やし、体術や炎槍、炎礫を織り交ぜて攻撃を重ねても——すべてが即座に模倣され、返される。
 まるで、盗賊の前に全財産を並べさせられているような気分だった。 

(……打つ手が、ない……ッ!)

 レベッカの呼吸が荒くなる。
 焦燥と怒り、そして底知れない恐怖が胸を締め付ける。

「……もういいか。もう、だいたい分かった。……これの使い方がな」
「調子に乗るなよ……クソガキが」
「……ふふ。なら、止めてみせろ」
「まだだ……! 私は……まだ……ッ!」

 防戦一方の中、レベッカの炎の衣が斬り裂かれていく。
 次第に炎は削がれ、輝きを失い、最後には——完全に消えた。
 キン、と高い音が鳴り、レベッカの剣が空を舞う。
 ドスッと地面に突き刺さる音が、敗北の合図のように響いた。



「負けた……この私が……」

 膝をついたレベッカは、俯いたまま力なく呟く。
 観衆が静まり返り、戦いの結末を受け止めきれずにいた。

「……う、嘘だろ……」
「負けた……のか……?」
「……ガチで引くんだけど……」

 どよめきが広がる中、観衆の反応を楽しむような少年が一人、立っていた。


――くぅ……たまらん。この大番狂わせ感……
 
 この場にいる俺以外の誰もが予想だにしなかった結末。
 観衆の度肝を抜いた大逆転劇。
 衆目の視線を浴びて、俺は歓喜の海に沈んでいた。

 だが、お楽しみはこれからだ。

「……それで、レベッカ君。俺の勝ちのようだな?」

 そう言って俺は敗者の肩を叩いた。

「……ッ!」
「……それでだが、レベッカ君?」
「……レベッカ……君……だと……?」

 その呼び方に、レベッカは顔をしかめた。

「なぁ。一つ、君に聞きたいことがあるんだ」
「……なんだ?」
「君にとって、とはどんな男だったかな?」
(——こいつ——ッ!)

 瞬間、レベッカは悟った。
 突然おかしな口調で喋り始めた、彼が何を言わせたいのかを。
 しかも、観衆の前で——

「さぁ、答えたまえ……」
「……」

 沈黙。
 答えたら最後だと、直感が告げていた。
 
「……答えたまえ」
 
 観衆の視線が一斉にレベッカに集まる。

「……つ、よ……い……お、と、こ……」

 絞り出すように、震える声で言葉を吐き出す。
 心の中で、何かがブチブチと音を立てて切れていく。

「何? なんと言った? よく聞こえなかったな?」

 ——本当は聞こえていたが、俺はあえて聞こえなかったふりをした。

「……強い男だ……! 私より……強い男……—ッ!」
「ふふ、よろしい」
「ああ……」

 レベッカは目を閉じた。
 次に何を言われるか、もう分かっていた。

「……では、俺はどうなんだ? レベッカよ?」
(——死ぬほど言いたくない——)

 レベッカは歯を食いしばる。
 答えは決まっていた。
 逃げ道などない。

「……か、か……かか……」
「……何だって?」
「かッ……こ……いい………?」

 壊れた機械のような声。
 羞恥と屈辱が入り混じった、か細い声だった。

「……良く聞こえないな」
「か、格好……いい……?」
「さぁ、もっと大きな声でだ、レベッカ君!」
「カッコいい……ッ!?」
「聞こえないぞ、もっと大きな声で……ッ!」
「カッコいい……ッ!!」
「もっとオ———ッ!」
「カッコいい……ッ!!」
「もっとオ——ッ!
「カッコ……」
「…」
「」

 いくど繰り返される観衆の前に響き渡る声。
 寒気に浸る声と、やけっぱちな声が響く。

「ふふ……そうか、そうか。よろしい。はははッ!」
(……もういっそ私を殺してくれ……ッ!)
 
 肩でぜぇぜぇと息をするレベッカ。

「……分かればいいのだ、分かればな。なぁ、レベッカ。俺たちもいろいろあったが、これからは仲良くやろうじゃないか?」
「……ああ」
「さてと……ここにはもう用はないな。帰るぞ、ミリアムよ」
「あ、はい……(うわ……呼ばれちゃった。このすっごい気まずい空気の中で……!)」
「ああ、そうだレベッカよ」
「……何だ」
「重要なことを言い忘れていた。覚えておけ」
「……は?」
「俺の顔はな、のではない……良いのだ。忘れるなよ!」
「ああ……(こいつはなんでそんな事を気にするんだ)」
「努々、それを忘れるなッ!」

 かくして大金星を上げた俺は、ミリアムを連れて訓練場を離れた。
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