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倉庫にて
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「こんなの……何に使うんだろう」
ミリアムは倉庫の奥で、首を傾げながら手にしたメモを見つめた。
そこには《魔物の牙》《竜胆石》《高級な布地》《銀糸》《裁縫道具》……と、
魔術の材料かと思えば、服飾の道具も混じっている。
どう見ても統一性がない。
用途の分からない素材がずらりと並んでいる。
通常であれば手に入れるのは困難なものも多い。
だが、サセックス家には多くの職人が雇われている。
倉庫には、彼らが使うための材料が山ほど積まれていた。
「あの……すみません、これありますか?」
ミリアムは倉庫番の初老の男性にメモを差し出した。
「……これ? うん、まぁ大体あるよ。でも、何に使うんだい?」
「レクス様に頼まれて」
「ああ、あのレクス様ね……。大変だねぇ」
男は同情するように目尻を下げた。
その反応にミリアムはもう慣れていた。彼の評判は屋敷中で悪い。
気性が荒く、癇癪持ち、扱いづらい——それが皆の認識だ。
「あの……でも、最近のレクス様はそんなに悪い方じゃないんですよ」
「……ミリアムちゃんは本当にいい子だね」
少し涙ぐむ男性。
ミリアムの言葉を必死で主人を庇う従者の言葉と捉えたようだ。
「い、いえ……本当に」
「……なんでこんな良い子が、よりによってあの子の専属なんだろうねぇ」
男は苦笑しながら肩をすくめた。
「本当に、変わられたんですよ。前よりずっと穏やかで……」
ミリアムは言い返したかったが、上手く言葉が出てこなかった。
「……そうかい、まあ、そうだといいけどね」
倉庫番はまるで子供の空想を受け流すように微笑むと、台車を押して奥へと消えた。
広く薄暗い倉庫の片隅で呟きながら、ミリアムは待った。
「レクス様。ほんとに、変わったんだけどな……」
そんなことを呟く。
確かに、彼は常人には理解できないような事を、聞いてきたり、口走ったりもする。
突然、意味不明な高笑いも上げる。
だが、以前のように癇癪を起こしたり、些細な事でイライラした様子は見せない。
寧ろ、精神的には非常に落ち着いていて、いつもご機嫌の様子。
ミリアムは彼のために何かをしていると思うと、不思議と胸の奥が温かくなった。
誰かに必要とされる喜び、誰かの役に立つ喜び。
その時、ふと昨日のことを思い出す。
「(……正直言ってあの女、欲しいな……)」
レクスの言葉が頭の中でよみがえる。
胸の奥がじわりと熱を持ち、顔がかぁっと赤くなる。
「ま、まさか……私のこと……? い、いやいや……!」
慌てて首を振る。だが、一度浮かんだ想像は簡単に消えてくれない。
彼は若い男。貴族の身分。
主と侍女のそういう噂は、決して珍しい話ではない。
むしろ、屋敷の女中仲間からはそういう話ばかり聞かされてきた。
「……もし、変なこと命令されたら、どうしよう……」
口に出してみると、胸がドキリと跳ねた。
恐ろしいはずなのに、なぜか嫌な気持ちだけではない。
むしろ、何か少しだけ期待しているような、ざわついた自分に気づいて、ミリアムは慌てて両頬を叩いた。
「私、何考えてるんだろう」
そんな呟きが、倉庫の冷気に溶けていった。
「レクス様、こちらが最後のご指定の品です」
ミリアムが台車を押しながら部屋へ入ってきた。
革、布、薬品、金属片……いろんな素材が山積みだ。
部屋には既に様々な素材が集められていた。
匂いも混ざって鼻を突くが、俺にとっては創造の香りだ。
「ご苦労。助かった」
俺は机から顔を上げ、軽く頷いた。
ようやく材料が揃った。これで試作に取りかかれる。
ふふ、もう誰も俺を止められない。
「いえ、大したことではありません」
「いや、よくやってくれた。感謝しているぞ」
俺はキメ顔で礼を言った。
「い、いえ……」
ミリアムは照れたような顔で頬を掻いた。
やはり彼女のような少女には、俺のようなイケメンの微笑こそが最高の褒美なのだろう。
「今日はもう休んでいい。明日も来なくていい。偶には羽を伸ばせ」
「え? もうお休みを? まだお時間も早いですが……」
ミリアムが時刻を確認するが、まだ昼過ぎだ。
「ああ、構わん。俺はこれから人には見せられないものを作るのでな……ふふふ」
俺は少しもったいをつけて言う。
きっと彼女も興味津々だろう。
「そうなんですか?」
「そうだ、なんだか知りたいか?」
「あ、いえ全然、大丈夫です」
あっさりと引き下がるミリアムに俺は少しだけ落胆した。
だが、彼女にはまだ俺と言う男の本性知るには早すぎるだろう。
彼女にとって俺は唯の心優しい、微笑みの貴公子。
今はそれでいい。
「ああ、そうだ。大事なことを忘れていた」
「え? 大事なことですか?」
「ああ、お前との約束だ」
「約束……?」
「うむ。ミリアムよ、そこの壁際に立て」
ミリアムが戸惑いながらも壁際に立つ。
俺はゆっくりと歩み寄った。
その瞳が揺れている。
「な、何を……?」
彼女の声が震えた。
「お前は特別だ」
俺はそのまま、彼女の目を見つめながら——
ドン、と壁に手をついた。
「ひゃぁっ……!」
少し大きな悲鳴が聞こえた。
驚いたように目を見開くミリアムの赤い瞳。
「えっ……? な、何を……?」
ビクッと体を震わせ、硬直したミリアムと俺は数秒の間見つめ合った。
そんな時——
バンっと扉が勢いよく開き、誰かが飛び込んできた。
「何かあったの!? 今、悲鳴が聞こえたけどッ!」
「なんだ? アランか? なんだノックもせずに」
弟のアランが飛び込んできた。
血相を変えた様子。
次の瞬間、俺とミリアムの様子を見て固まる。
「……何、やってるの」
「何をやっているか……そうだな」
俺は少しだけ返答に困った。
この数日、屋敷の人間とそれなりに言葉を交わして気づいたことがあった。
どうやら、俺の話す言葉というのは、無意識のうちにレクスの思考回路がこの世界の言葉に翻訳しているようだ。
そこで生じる問題。
どうやら、鈴木守の世界にあった、いくつかの言葉や概念がこちらの世界には存在しないようだ。
度々言葉の変換エラーが起こり、コミュニケーションに齟齬が生じる。
壁ドンという言葉もそれにあたるようだ。
——一体、俺はこの世界の人間にどうやって、壁ドンを説明したら良いのだろうか。
少し考えたが俺は端的に答える。
「見て分からんか? 俺はミリアム褒美を与えていたのだ」
「ほ、褒美!? な、何をしようとしてたのッ!」
「しようとしてた? いや、既にもう終わった後だ」
「お、終わったって……! な、何が! それにこの匂い……変な匂いがするよッ!」
「む? ああ、少々こもっている。ミリアム、帰る前に窓を開けていってくれ」
「……あ、はい……」
ミリアムは少し顔を俯かせながら窓へ向かう。
俺は淡々と机に戻った。
「ああ、それと服が乱れているぞ」
「あ、はい……すみません」
ミリアムは少し慌てたように着衣を直す。
そんな彼女の様子を、アランは呆然と見つめていた。
「に、兄さん! ミリアムさんに何してたの!?」
「一体、何をそんなに取り乱しているというのだ?」
「答えてよ……ッ!」
「変なことではない。女が喜ぶことをしてやったまでだ」
「よ、喜ぶことって……! ……いつもそんなことしてるの!? ミリアムさんに!」
「今日が初めてだ。そうだろ、ミリアム」
「あ、えっと……は、はい……多分(な、なんの話? あのドンってやつのこと?)」
ミリアムは次々に窓を開けていく。
「……なんでッ! なんでッ!」
「なんで? 質問の意味が分からんぞ……?」
「……ッ! み、ミリアムさんは嫌がってたんじゃないの? 兄さんにそんな事ツ! されてッ!」
「そんな訳は無い。……なぁ、そうだろ?」
(どうしよう、ちょっと怖かったけど、なんかドキドキしたなんて言えない……ッ!)
ミリアムは答えずに無言で窓を開け続けた。
「ねぇ、ミリアムさん……ッ!」
「嫌なわけがないだろ。決まっている。俺のようなイケメンにアレをされると女は喜ぶのさ」
(……そういえば、イケメンってどういう意味なんだろう。レクス様の言っていることはよく分からないよ)
「……畜生」
アランはガックリと項垂れた。
「あ、あの……」
少しドギマギした様子のミリアムが、俺とアランの顔を交互に見ながら問いかける。
「おお、すまんな、もう、下がって良いぞ……」
「あ、はい……では……」
そう言って部屋から出て行こうとするミリアム。
「待ってミリアムさん」
「何か?」
「僕がいつか必ずあなたを救いますからね」
「え? あ、はい……(何なの……一体)」
ミリアムが去り。
アランは拳を握ったまま暫く佇んていたが、俺に何も告げることもなく暫くして部屋を出て言った。
「全く、騒がしいやつだ。俺に壁ドンされてミリアムが俺に惚れてしまうか心配だったのか?」
俺は軽く息をつき、再び机の上のメモに目を落とした。
ミリアムは倉庫の奥で、首を傾げながら手にしたメモを見つめた。
そこには《魔物の牙》《竜胆石》《高級な布地》《銀糸》《裁縫道具》……と、
魔術の材料かと思えば、服飾の道具も混じっている。
どう見ても統一性がない。
用途の分からない素材がずらりと並んでいる。
通常であれば手に入れるのは困難なものも多い。
だが、サセックス家には多くの職人が雇われている。
倉庫には、彼らが使うための材料が山ほど積まれていた。
「あの……すみません、これありますか?」
ミリアムは倉庫番の初老の男性にメモを差し出した。
「……これ? うん、まぁ大体あるよ。でも、何に使うんだい?」
「レクス様に頼まれて」
「ああ、あのレクス様ね……。大変だねぇ」
男は同情するように目尻を下げた。
その反応にミリアムはもう慣れていた。彼の評判は屋敷中で悪い。
気性が荒く、癇癪持ち、扱いづらい——それが皆の認識だ。
「あの……でも、最近のレクス様はそんなに悪い方じゃないんですよ」
「……ミリアムちゃんは本当にいい子だね」
少し涙ぐむ男性。
ミリアムの言葉を必死で主人を庇う従者の言葉と捉えたようだ。
「い、いえ……本当に」
「……なんでこんな良い子が、よりによってあの子の専属なんだろうねぇ」
男は苦笑しながら肩をすくめた。
「本当に、変わられたんですよ。前よりずっと穏やかで……」
ミリアムは言い返したかったが、上手く言葉が出てこなかった。
「……そうかい、まあ、そうだといいけどね」
倉庫番はまるで子供の空想を受け流すように微笑むと、台車を押して奥へと消えた。
広く薄暗い倉庫の片隅で呟きながら、ミリアムは待った。
「レクス様。ほんとに、変わったんだけどな……」
そんなことを呟く。
確かに、彼は常人には理解できないような事を、聞いてきたり、口走ったりもする。
突然、意味不明な高笑いも上げる。
だが、以前のように癇癪を起こしたり、些細な事でイライラした様子は見せない。
寧ろ、精神的には非常に落ち着いていて、いつもご機嫌の様子。
ミリアムは彼のために何かをしていると思うと、不思議と胸の奥が温かくなった。
誰かに必要とされる喜び、誰かの役に立つ喜び。
その時、ふと昨日のことを思い出す。
「(……正直言ってあの女、欲しいな……)」
レクスの言葉が頭の中でよみがえる。
胸の奥がじわりと熱を持ち、顔がかぁっと赤くなる。
「ま、まさか……私のこと……? い、いやいや……!」
慌てて首を振る。だが、一度浮かんだ想像は簡単に消えてくれない。
彼は若い男。貴族の身分。
主と侍女のそういう噂は、決して珍しい話ではない。
むしろ、屋敷の女中仲間からはそういう話ばかり聞かされてきた。
「……もし、変なこと命令されたら、どうしよう……」
口に出してみると、胸がドキリと跳ねた。
恐ろしいはずなのに、なぜか嫌な気持ちだけではない。
むしろ、何か少しだけ期待しているような、ざわついた自分に気づいて、ミリアムは慌てて両頬を叩いた。
「私、何考えてるんだろう」
そんな呟きが、倉庫の冷気に溶けていった。
「レクス様、こちらが最後のご指定の品です」
ミリアムが台車を押しながら部屋へ入ってきた。
革、布、薬品、金属片……いろんな素材が山積みだ。
部屋には既に様々な素材が集められていた。
匂いも混ざって鼻を突くが、俺にとっては創造の香りだ。
「ご苦労。助かった」
俺は机から顔を上げ、軽く頷いた。
ようやく材料が揃った。これで試作に取りかかれる。
ふふ、もう誰も俺を止められない。
「いえ、大したことではありません」
「いや、よくやってくれた。感謝しているぞ」
俺はキメ顔で礼を言った。
「い、いえ……」
ミリアムは照れたような顔で頬を掻いた。
やはり彼女のような少女には、俺のようなイケメンの微笑こそが最高の褒美なのだろう。
「今日はもう休んでいい。明日も来なくていい。偶には羽を伸ばせ」
「え? もうお休みを? まだお時間も早いですが……」
ミリアムが時刻を確認するが、まだ昼過ぎだ。
「ああ、構わん。俺はこれから人には見せられないものを作るのでな……ふふふ」
俺は少しもったいをつけて言う。
きっと彼女も興味津々だろう。
「そうなんですか?」
「そうだ、なんだか知りたいか?」
「あ、いえ全然、大丈夫です」
あっさりと引き下がるミリアムに俺は少しだけ落胆した。
だが、彼女にはまだ俺と言う男の本性知るには早すぎるだろう。
彼女にとって俺は唯の心優しい、微笑みの貴公子。
今はそれでいい。
「ああ、そうだ。大事なことを忘れていた」
「え? 大事なことですか?」
「ああ、お前との約束だ」
「約束……?」
「うむ。ミリアムよ、そこの壁際に立て」
ミリアムが戸惑いながらも壁際に立つ。
俺はゆっくりと歩み寄った。
その瞳が揺れている。
「な、何を……?」
彼女の声が震えた。
「お前は特別だ」
俺はそのまま、彼女の目を見つめながら——
ドン、と壁に手をついた。
「ひゃぁっ……!」
少し大きな悲鳴が聞こえた。
驚いたように目を見開くミリアムの赤い瞳。
「えっ……? な、何を……?」
ビクッと体を震わせ、硬直したミリアムと俺は数秒の間見つめ合った。
そんな時——
バンっと扉が勢いよく開き、誰かが飛び込んできた。
「何かあったの!? 今、悲鳴が聞こえたけどッ!」
「なんだ? アランか? なんだノックもせずに」
弟のアランが飛び込んできた。
血相を変えた様子。
次の瞬間、俺とミリアムの様子を見て固まる。
「……何、やってるの」
「何をやっているか……そうだな」
俺は少しだけ返答に困った。
この数日、屋敷の人間とそれなりに言葉を交わして気づいたことがあった。
どうやら、俺の話す言葉というのは、無意識のうちにレクスの思考回路がこの世界の言葉に翻訳しているようだ。
そこで生じる問題。
どうやら、鈴木守の世界にあった、いくつかの言葉や概念がこちらの世界には存在しないようだ。
度々言葉の変換エラーが起こり、コミュニケーションに齟齬が生じる。
壁ドンという言葉もそれにあたるようだ。
——一体、俺はこの世界の人間にどうやって、壁ドンを説明したら良いのだろうか。
少し考えたが俺は端的に答える。
「見て分からんか? 俺はミリアム褒美を与えていたのだ」
「ほ、褒美!? な、何をしようとしてたのッ!」
「しようとしてた? いや、既にもう終わった後だ」
「お、終わったって……! な、何が! それにこの匂い……変な匂いがするよッ!」
「む? ああ、少々こもっている。ミリアム、帰る前に窓を開けていってくれ」
「……あ、はい……」
ミリアムは少し顔を俯かせながら窓へ向かう。
俺は淡々と机に戻った。
「ああ、それと服が乱れているぞ」
「あ、はい……すみません」
ミリアムは少し慌てたように着衣を直す。
そんな彼女の様子を、アランは呆然と見つめていた。
「に、兄さん! ミリアムさんに何してたの!?」
「一体、何をそんなに取り乱しているというのだ?」
「答えてよ……ッ!」
「変なことではない。女が喜ぶことをしてやったまでだ」
「よ、喜ぶことって……! ……いつもそんなことしてるの!? ミリアムさんに!」
「今日が初めてだ。そうだろ、ミリアム」
「あ、えっと……は、はい……多分(な、なんの話? あのドンってやつのこと?)」
ミリアムは次々に窓を開けていく。
「……なんでッ! なんでッ!」
「なんで? 質問の意味が分からんぞ……?」
「……ッ! み、ミリアムさんは嫌がってたんじゃないの? 兄さんにそんな事ツ! されてッ!」
「そんな訳は無い。……なぁ、そうだろ?」
(どうしよう、ちょっと怖かったけど、なんかドキドキしたなんて言えない……ッ!)
ミリアムは答えずに無言で窓を開け続けた。
「ねぇ、ミリアムさん……ッ!」
「嫌なわけがないだろ。決まっている。俺のようなイケメンにアレをされると女は喜ぶのさ」
(……そういえば、イケメンってどういう意味なんだろう。レクス様の言っていることはよく分からないよ)
「……畜生」
アランはガックリと項垂れた。
「あ、あの……」
少しドギマギした様子のミリアムが、俺とアランの顔を交互に見ながら問いかける。
「おお、すまんな、もう、下がって良いぞ……」
「あ、はい……では……」
そう言って部屋から出て行こうとするミリアム。
「待ってミリアムさん」
「何か?」
「僕がいつか必ずあなたを救いますからね」
「え? あ、はい……(何なの……一体)」
ミリアムが去り。
アランは拳を握ったまま暫く佇んていたが、俺に何も告げることもなく暫くして部屋を出て言った。
「全く、騒がしいやつだ。俺に壁ドンされてミリアムが俺に惚れてしまうか心配だったのか?」
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