ギフテッド――嘘つきな先生と両思いになるまで

ぬい

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【47】卒論

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 そんなある日、珍しくゼミで先生と話した。
 卒論の話である。

 その頃には、みんな何を書くか決めているどころか、三分の二くらい書いて、先生に見せていたりした。そこで進捗状況を途中発表することになったのである。

 私は――一文も書いておらず、内容も考えていなかったのだ! 非常に困った。小説ばっかり書いていたので、ほかに何もしていなかったのである。途中発表するネタがない。そこで、分厚い面の皮を、いつも以上に厚くした。

「いくつか構想中のものがあり、どれを提出するか迷っているので、まだお話できません」

 真っ赤な嘘である。しかし相談したい人や熱弁したい人がいっぱいいたので、誰も突っ込んでこなかった。そんな私に、鏡花院先生だけが、ゼミの後声をかけた。

「計画を留年に変更するの?」

 私は吹いた。笑って吹いたのではない。

「書いてる気配を感じないんだけど、気のせいかな?」
「……いやぁ忘れてて!」
「正直でよろしい。来週までに、何かひねりだして持ってきて。とりあえず、テーマ」

 こんな話をしてから帰宅した。

 そしてDVDを見た。なんだかこの頃、ゾンビ映画と地球滅亡系(隕石とか災害)とかの映画ばっかり見ていた記憶がある。多分先生に、書いて泣けるんなら、映画を見たりしても泣けるんじゃないかと言われたのがきっかけで、小説は二時間と決まったため、他の時間に映画を見ていたのだ。見てはいたものの、この日はさっぱり頭に入ってこない。

 卒論。テーマ!

 院試落ちた組は、春を諦めた人も多くて、古典の要約に最新論文を付け足して誤魔化す形にしている人が大多数であり、そんなの一年生で読んだよって思いながらゼミに出ていた私にとって、参考になりそうな人は数人しかいなかった。

 だって読んだやつはもうだいたい誰かが使っている。なので使ってないものを主題にしている人を思い出してみたのだが、皆本格派であり、文献研究ではあるが、なんかちょっと違う形だったのである。

 本物の文献研究とでもいえばいいのかもしれない。鏡花院先生のゼミは緩く、卒論内容も自由で、最悪精神分析関連でなくとも、心理学の本を要約すればどうにかなる感じではあった。

 つまり、興味があるものを要約すればいいのだが、私の興味あるものとはなんだ。

 一つは小説だが、作家の病跡学方面の考察をしている人は既にいる。
 ならばネットは?
 こちらもいたのだ。ネット上での交流に関する研究をテーマにしている人が。
 病気のネタも、自殺願望やら健忘症やらを使っている人がいる。

 何もかけるものがないので画面を見て、はっとした。

 ゾンビ! ゾンビだ! ゾンビで書こう!

 最初はそう思ったが、すぐに我に返った。
 哲学的ゾンビならまだしも、普通のゾンビを卒論で、なんか、違う!
 我に返った時には――何も文献等要約もせず、とりあえず卒論の規定最低字数を埋め終わっていた。

 書いている途中は、先に考えを書いて、後で探した本をつけたす気でいたのだが、腐敗した対象を見た時の人間の行動とやらを書いている段階で、明らかに腐敗部分に熱のこもった――論文じゃない描写が加わり始めたので、これはダメだと発見したのだ。

 こうしてとりあえずひとつ揃えたが、提出したらさすがの鏡花院先生もやり直しを命じる気がひしひしとしていた。

 そこで、もう少し別のものを書いてみることにした。
 終末願望についてをひとつ書き、それも最低字数まで行った時に却下した。
 黙示録論者じゃなくても、明日地球滅ばないかなぁと言っている人は多い。

 そういうテーマで書いていたはずが、気づくとユング関連ですらない、ただの錬金術とフリーメーソンのお話が出来上がっていたのである。なんだこれ。

 私は頭を抱えた。そして、先に文献を探して、そこから考えることにした。
 ということで、残っている災害に関して調べ始めたのである。
 古いのを要約して新しい理論を付け足せば良いのだ!

 その点を念じながら検索した結果、江戸時代の地震が引っかかった。

 違う! 古いってそういう意味じゃないのー!
 そうは思いつつも、江戸時代の災害についてずーっと調べていた。

 見事にはまり、当時の文化や生活形態、幕府について、被災後の人々、鯰絵、その辺を読みあさり、最終的にその頃の震災についての研究をしている人の論文に行き着いた。

 心理学全く関係なしの、災害のプロの論文である。某国立大のその先生に、何を考えていたのか、私はメールを打った。「電話しても良いですか?」と。

 馬鹿である。何を考えていたのだろうか! 多分大学で先生方に慣れきっていたので、教授に電話をするのは質問時に当然の行為だ程度の考えだったんだと思う。

 そしてその先生――快く電話をしてくれることになった。で、先生の研究テーマに関してと、論文に関してと、先生の共同研究者の話をひたすらお話し、最後はハンセン病の話題をしてから電話を切った。

 先生は非常に良い方で、卒論が出来たら送ってくれと言っていた。後に送ったが、卒論はこれ一本じゃなかった私である。あんなに教えてもらったのに!

 さて、これをテーマに、江戸時代の人々の災害やら難病(当時の梅毒とかハンセン病)やらの受け止め方を、対象関係論方面から論じた。規定枚数より0が一個多い! 文庫本じゃん! 長い分には良いと言われていたが、本当に良いのだろうか? しかしどこを削ることも不可能だ!

 何度も読み返していると、電話がかかってきた。うるさいから無視したかったが、災害の先生だったら出ようと思って画面を見てみたら、親だった。親から電話は滅多に来ない。私が電話嫌いだとしっているからだろう。

 緊急事態かも知れないので出たら、「元気ー?」とか言われてイラっとして「今卒論で忙しいから切るね!」と一言で打ち切った。

 ここでちょっと冷静になった。これまで調べてきたのは、全部過去だ。
 そして実家の親戚の家(伯父達ではない)に遊びに行っていて、私は被災してる。
 まだそんなに昔じゃないので、どうなったのかなぁと気になったのもあり調べた。
 その後、スマトラの地震に行き着いた。
 少し考えた末、私は友人に電話した。

「ねぇ、暇?」
『暇暇、飲み行く?』
「いやさぁ、プーケット行かない?」
『どこそれ?』
「タイ」
『いくいくー!』

 こうして就活も終わり、卒論も書き終わっていたサークルの友人(別の学科で、そっちも卒論が簡単)を誘い、最終的に、五人くらいで、私はプーケットに遊びに行った。親に一応話したら、卒論の息抜きに丁度良いねって言ってくれた。ありがとう!

 そしてみんながバナナボートに乗ってる間、ちと出かけてくると言い残し、私は会話本を頼りに、現地視察し、復興具合を確かめた。

 数年経っていたと思うが、全く復興していないところがいっぱいあったのだ。まさに瓦礫の山である。観察し、写真を撮り、持参した論文と現状を確認していたところ、不意に声をかけられた。

「日本人みたいだけど、卒業旅行?」
「いえ、卒業旅行は春休みに行きます! 卒論のために、被災地の今を見に来たんです!」

 と、反射的に答えてから、思わず私は引きつった笑みを浮かべてしまった。
 私がプーケットを選んだ理由の、素敵な論文の著者である、写真で見た若い先生が立ってたからである。

 そりゃ論文にくっついてた写真を頼りに現地に来たので、頻繁にそこにいるとサイトに書いてあったその人がいても、不思議なことは何もなかった。

 が、まさか遭遇するとは思っていなかったのである。

 ちょっと慌てていたら、私が持っていた論文を、著者が見つけた。なんか恥ずかしかった。その後場所を移して、色々と教えてもらった。

 そして、比較のために次は新潟の親戚の家に行くのだと言ったら、せっかくだからと、新潟のある大学のそっち方面の研究者の先生に、約束を取り付けてくださった!

「文献だけじゃなく実際に復興にも興味がわいたらいつでも来てね」

 そう言って連絡先をくれたその人に、私は何度も手を振った。

 その後は遊びほうけて、空も海も楽しみ、エステ三昧を楽しみ帰国した。みんなとは空港で分かれて、私は単身新潟へ! そこで、復興の話を聞いた。さらに、余計なことを二つ聞いてしまった。

 原発についてと、被災直後の人の行動について!
 悩みながら親戚の家でお刺身を食べ、和食大好きと思ったあと、東京に戻った。

 ……まずは、最初の計画通り、プーケットを例にしたスマトラと、日本の新潟の復興について比較しながら、なんで人間はちょっと前に大騒ぎした地震をわすれちゃうのかみたいな見解を取り入れつつ、どういう流れだったかは忘れたが、防衛機制関連でなにか書いたのだったと思う。同一視だったかもしれない。忘れた。これをかきながら、次に書く事、というか調べることで頭がいっぱいだったのだ。

 そう、原子力! 私は原子力災害について調べまくり、とりあえず日本で結果出してるある大学の基準値によるとチェルノブイリ以降数値が云々というのを見て、しかしチェルノブイリ側を考察している英国の論文を見ると、あっちはなんか草とかいっぱい生えてきているのだという力説を見た。

 何の因果か、この時私は、原子力災害にすごく詳しくなっちゃったのである。後で役立つから良かった! さて、ロシアに行くかちょっと迷った。しかし、季節はもう冬! ウォッカが好きな私ではあるが、果たしてロシアの寒さに耐えられるのか? 雪国出身だから多分耐えられるけど!

 と、悩みながら、久方ぶりにサークルに顔を出した。卒業旅行の行き先を決めるためだ。友人とかではなく、サークルでも行く事になっていたのである。そこで、「ロシアってさぁ、どう思う?」って私は聞いてみた。そうしたら、あんまりこれまで絡んだことのなかった同級生の男の子が言う。

「ロシアっていうか――ウクライナ? から、俺の叔母さんお嫁さんに来たんだ。ちょいちょい帰国してるし、ロシアも行ってるんじゃないかなぁ」

 な、なんということだ!
 そこで私はその男の子にお願いして、叔母さんと電話させてもらった。
 その叔母さんのご家族、なんと直球でチェルノブイリ関連の関係者だった!

 政府対応やら支援やら、目に見えない恐怖やら甲状腺やら避難やら色々聞いた。
 なお、草がはえていて動物もいると教えてもらった。

 こうして原子力災害について一本書いた。
  心理学要素は、支援は心的支援もした方が良いであろうの一文くらいしかなかった!
 何の論文だ!

 さらに私は新潟の大学の人に教えてもらった、災害直後の人々の行動についても書かなければならないと確信していたので、そちらを調べまくった。同時に、災害対策について気づくと学んでいた。結果として、なにをそろえておけば良いかと、災害が起きたらどうすれば良いかと、何も知らずに被災しちゃった人はどんな行動をするのかをまとめ、最終的に風説の流布についてみたいな論文が完成した!

 とりあえず書きたい事は全部書いたので、それぞれの枚数を確認した。全部規定枚数より0が一個多いのだ! どうしよう! ゾンビと終末願望以外、枚数が文庫本レベルなのだ! もう嫌だ! でも書いた! どこも削れないの! と、思い、そうだった、卒論で悩んだら、先生に相談するのだったと、やっと思い出した。

 このようにして、私は久しぶりに、なんの用事もないのに大学へと向かった。
 用事はあるのだが、ゼミ以外という意味だ。
 そして先生の講義が終わるのを、お部屋の外で待っていた。

 すると出てきた先生が、しばらく淡々とした感じで私を見ていた。無言だった。



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