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【10】魔力色
しおりを挟むルナは、再びロウソクを売る事になった。再び秋が近づいてきてはいたが、まだ暑さが残っているため、中々ロウソクは売れない。見かねたエルンストが、お茶の葉の販売もルナに任せてくれた。
「あまり無理はしないように」
エルンストがお茶の葉とロウソクを仕入れに来たルナに声をかけた。そして店の奥に戻っていった。すると店番をしているリズが、台に両腕を載せて、ルナを見た。
「お父様の言う通りよ」
「有難う、リズ」
「――それで? 相手は誰なの?」
「……それは、その」
「どうして結婚しないの? 言えない相手なのかしら?」
「……」
ルナは言葉に窮した。ギルベルトの子供だと、公言して良いのか分からないでいたのだ。今更ながらに、身分差というものも意識していた。もしもギルベルトが帰還しても――もう姿を現さなかったら。その場合を考えると、言わない方が良いように思っていた。それは一つは打算的な考えからで、アルベルトをクライン伯爵家に取り上げられてしまうかもしれないという不安からでもある。もう一つは、ギルベルトの経歴に傷を付ける事になるかもしれないという不安だ。ギルベルトは信じろと言ってくれたが、結婚すると話していたわけでもないし、一般的に孤児では貴族に釣り合わない。その場合、未婚で孤児との間に子供がいるとなれば、ギルベルトには不利かも知れないと考えていた。
子供が生まれてから、ルナは色々な事を考えるようになったのだ。少しだけ大人びて見えるようにもなった。そんなルナを見て、リズが溜息をついた。
「娼婦をするなら、きちんと避妊薬を飲むべきだわ」
「してないよ」
「どうかしら。それで? 子供は昼間はどうしているの?」
「ルーカスとシスター・アンヌが見てくれているの」
「そう。孤児院にいるのね。孤児の子供で片親の子供、ね。孤児院で育った方が貴女の家よりも元気に育ちそうだし良いかもしれないわね」
「……」
「その……孤児院がおやすみの日は、私が面倒を見てあげても良いわ。子供は嫌いじゃないから」
「え?」
「っ、さっさと仕事に行ったらどうなの?」
リズがぷいっと顔を背けた。ルナは驚いたが破顔した。それから別れを告げて街角へと向かった。最近少し、リズが優しくなったのである。リズも、ルナの事を内心では心配しているのだ。
「ルナ。お茶を一つ」
するとベリルが通りかかった。ベリルは相変わらず、時々ルナから商品を購入してくれる。貴重な常連客だとルナは思っている。
「暫く仕事を休んでいたみたいだけど、何かあったの?」
「……新しい家族が生まれたの」
「そうだったんだ」
驚いた顔をした後、ベリルは祝福してくれた。
そうして――再び冬がやって来た。初雪が降ったその日、ルナは久しぶりにギルの残してくれた外套を見た。手に取る。最初は躊躇ったが、袖を通す事に決めた。アルベルトのためにも、風邪をひくわけには行かない。テーブルの上に置いた新聞を、続いてみた。ルナは、昨年よりもずっと沢山の文字を読めるようになった。そこには、『史上最速で討伐成功』と書かれていた。ギルベルトが指揮をし、屍竜を倒したという記事が、写真付きで載っていた。
「会えるかな……」
ルナは、この日も王宮の方角の道を見た。ギルベルトは、きっと来てくれる。すぐにではなく、それはいつの日にか、かもしれなかったし、あるいは偶然かもしれないが、王都には戻ってくるのだから、少なくともパレードでは顔を見る事が出来る。
数日後に行われたパレードを、ルナはアルベルトを抱いて見に行った。すると先頭をギルベルトが歩いていた。少しだけ大人びた顔つきになっていた。元々大人っぽかったとは思うのだが、ルナには、より精悍な顔つきになったように見えたのだ。一目見られた事に満足しながら、ルナはアルベルトを抱きしめる。
「お父さんだよ。格好良いでしょう?」
そう語りかけてから孤児院へと向かい、アルベルトを預けた。そして街角に立った。ギルベルトに貰った手袋をはめて。
数日後――その日は闇夜だった。
王宮の方の通りに人影が見えたが、ルナは気にせずロウソクを売っていた。ギルベルトはきっと来てくれると信じようとしていたが、どこかで諦めてもいたのだ。もうギルベルトが手の届かない存在であるとルナは考えるようになっていた。それでも、ずっと好きでいようと考えている。
「ルナ」
その時、声がした。耳触りの良いその声に、ルナは硬直した。そして、ゆっくりと顔を上げた。するとそこには――ギルベルトが立っていた。
「ギル……」
ずっと会いたかった。そのはずなのだが――上手く言葉が出てこない。ギルは、ルナを見ると、穏やかに笑った。
「今日は売れたか?」
「あのね、ロウソクとお茶の葉っぱも、売るのを任せてもらえるようになったんだよ」
「そうか」
「……ギル。怪我は無い?」
「俺は平気だ。いいや、平気でも無い、か。ルナに会えなくて死にそうだった。ルナは、その……俺を待っていてくれたか?」
「待ってたよ!」
ルナは思わずギルに抱きついた。両腕でルナをギルが抱きとめる。そのぬくもりに、ルナの瞳から涙が零れ落ちた。
「本当に悪かった。急な出立だった。手紙を託すのが精一杯だったんだ」
「……最近やっと全部読めるようになったんだよ」
「そうだったのか? なんて書いてあった?」
「『愛してる』って書いてあった。『待っていろ』って書いてあったよ!」
「ああ。愛してる。それに、待っていてくれて嬉しい」
ギュッとルナを抱きしめて、ギルがルナの肩の上に顎を乗せた。ポロポロと涙を零してからルナが続ける。
「子供が生まれたんだよ」
「――何?」
「アルベルトという名前にしたんだよ。アルって呼んでる」
「アルベルト、か。夏の生まれか」
「どうして分かったの?」
「俺の子供だろう? 計算した」
十月十日で生まれるという知識を、ルナはシスター・アンヌに聞いた事を思い出した。ギルベルトは自分の子供であると、疑う様子も無い。それを見て、ルナは少し安堵した。ギルが信じてくれているのが無性に嬉しかった。
「どこにいるんだ?」
「仕事中は孤児院に預けているの」
「そうか。今から迎えに行くのか?」
「うん」
「俺も行っても良いか?」
「うん……うん!」
ルナが頷いて体を離す。そして涙を拭った。ギルは微笑すると、ルナの手を握る。そして二人は歩き始めた。粉雪が舞っている。銀色の月が照らす道を二人は進む。
「一番大変な時期に、そばにいられなくて悪かったな。産んでくれて有難うな」
「……ギル、大変だったんでしょう? 屍竜の討伐。怪我が無くて良かった」
「まぁな。だが、お前に会いたいあまり、新しい魔術式を開発してしまった。予定より半年ほど、これでも討伐は早まったんだ――というのは、言い訳にしかならないか」
困ったように笑ったギルを見て、ルナが首を振る。こうして隣にギルがいるだけで、幸せだった。二人で孤児院に向かうと、出迎えたルーカスが驚愕した顔をした。それからアルベルトをルナに渡す。抱き抱えたルナは、アルベルトをギルに見せた。するとギルが息を呑んだ。
「この子は――」
「ギルの子供だよ!」
「それは間違いない。生まれ持っている魔力を俺は色で識別できる。明らかにクライン伯爵家の血筋の魔力色をしている。そうでなくとも、ルナの子供ならば、俺の子供だ。そうじゃない。それだけじゃないんだ」
ギルは少し焦るような表情に変わり、改めてルナを見た。
「ルナ。お前の両親は? 孤児だといったが、両親の名前は?」
「分からないの」
困惑してルナは、ルーカスに視線を向ける。するとルーカスも頷いた。
「ルナはある日、貧民街の小屋の中にいるのを、街の者が見つけて孤児院に連絡してきて、それで発見されたんです」
ルーカスがギルにそう説明した。するとギルが難しい顔をした。
「この子は、二種類の魔力色を持っているんだ。一つはクライン伯爵家の色だが――もう一つ……大陸魔導戦争で最後の当主が亡くなり断絶したとされている、前騎士団長だった王弟殿下の……」
「え?」
「王国騎士団では、全騎士の魔力色が記録されているんだが――記録で見た、王弟殿下……つまり、カルミネイト公爵の魔力色にそっくりなんだ」
「どういう事?」
「――ルナの父親が判明したかもしれないという事だな」
ギルが言うと、ルーカスが呆気に取られた顔に変わった。ルナだけが状況を飲み込めない。その夜は、小屋には戻らなかった。孤児院に、クライン伯爵家の馬車がやって来たのである。子供を取られてしまうかもしれないという不安で、アルベルトを強くルナは抱きしめていたが、その肩にそっとギルが触れた。
「安心しろ、ルナ。何も心配はいらない」
「アルベルトを連れて行かないで」
「連れて行く。ルナと一緒に」
「え? 私も……?」
「当然だ。俺の妻になるのは嫌か?」
苦笑したギルに対して、ルナは首を横に振った。こうして御者が開けた馬車に乗り込み、ルナは初めて、クライン伯爵家の王都邸宅へと足を踏み入れる事となった。
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