アスモデウスの悪戯

ミナト碧依

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11.レヴィアタン

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 翌日食料を調達して戻ってきた崚介りょうすけの顔を、なかなか直視できなかった。
 崚介も少しぎこちなかった。昨夜電話が鳴らなければ。それを思い出しているのだろうか。それでも二人で朝食を取っていると次第に緊張が和らいで、普通に会話ができるようになる。
「ザックのことだが、やはり死んだそうだ」
 朝食のあとで崚介が切り出した。予想していたことだが、悔しさが込み上げる。ナーヴェを摘発する糸口が一つ、失われてしまった。
「それで犯人は」
「わからない。ナーヴェとしては君の仕業ということになっている。それでまた君の捕獲命令が出た。その件で招集されたんだ。だが何人かは君の犯人説自体疑問に思っている。それだけ不自然な状況だった」
「真犯人は内部犯の可能性が高いと思うか」
「ああ。それも幹部の誰かだろう。もしかしたらレヴィアタンかもしれない」
「レヴィアタン……ボスか」
 レヴィアタンはナーヴェのトップであるその人のことを指す通称だ。ナーヴェのボスは構成員にもその正体が明かされておらず、当然名前も一部の幹部を除いて知る者はいない。そのため通称で呼ぶ。
 レヴィアタンというのは七つの大罪のひとつ『嫉妬』を司る悪魔の名だ。かつてナーヴェの幹部たちはそれぞれ七体の悪魔の名から通称を取っていたという。しかし二十年ほど前、今のレヴィアタンがほかの幹部を殺害し強引にボスの座をもぎ取った。以来、幹部が悪魔の名を冠することはなくなった。
 新しいセックスドラッグに『アスモデウス』の名がついたということは、レヴィアタンの指示以外にあり得ない。それだけこのドラッグを重要視しているのだろう。
「あり得るな。ナンバー2のザックが力をつけるのを恐れたか。元々、私の件はザックの指示だったんだよな?」
「ああ。それが今じゃレヴィアタンの命令だったかのように扱われている。だがその理由について、レヴィアタンは明るみにするつもりがないんだろう。ザック殺害の犯人が君だとされているのも、今回の君の捜索理由にするためだと俺は考えている」
「理由だけなら、捕縛と言わず殺害命令でもおかしくないものな」
 ザックには体質のことはともかく、ドラッグの作用が出ていないことがばれていた。それがレヴィアタンの耳に入ったとしても不思議はない。
「じゃあ、戻らないといけないな。さすがに二度もリチャードに連れられて行ったら不自然だろうか。ほかに適当な人物はいる?」
 そう言うと、崚介は怒ったように沙羅さらを見た。
「馬鹿を言うな。君が、君の命が本命だった可能性だって否定できない。そんなところにもう君をやれるもんか」
「でも」
「これはFBIの決定だ。君をナーヴェには戻さない。ザックを殺した犯人が君も狙っていたのだとしたら、死なせに行くようなものだ。そんな危険は冒せない」
「そんな」
 沙羅は途方に暮れた。これではなんのために娘を置いて渡米したのか。この先何をしたらいいのか。
「逃げなければよかったなどと思わないでくれよ」
「崚介」
 顔を上げると、思いのほか悲しそうな視線とぶつかった。反論しかけていた口が声を発することを諦める。
「FBIにとっての最悪は君を失うことだ。君はそうならないために最善を尽くした。あとは俺たちの仕事だ」
 崚介は沙羅を守ろうとしている。昨夜だってそうだ。潜入捜査官である崚介自らが迎えにくるなんてリスクでしかない。それでも彼は約束を果たしてくれた。
「私も捜査に協力させてくれないか」
「それは願ってもないことだが、まだ君の自由な外出については許可が下りない」
「それはっ」
 できないことばかりが増えていく。焦りから声を荒げそうになったが、沙羅は口を噤んだ。ナーヴェは今も沙羅を探しているのだ。この状況で、沙羅は足手まといにしかならない。
「しばらくはカレンが君の体質のことを調査したいと言っている。後遺症がないかの経過観察の意味もある。移動には護衛が伴うことになるが」
 軟禁状態にされないよう、掛け合ってくれたのだろう。FBIとしては最大の譲歩の筈だ。
「滞在にはこの部屋を使ってくれ。オフィスからも近いし、俺はほとんどこっちに戻らないから」
「ありがとう。感謝するよ」
 そのあとは崚介に連れられてFBIの持つラボに向かった。崚介とはそこで別れ、彼は潜入捜査に戻る。次に会えるのはいつかわからない。置いて行かれる子どものような気持になった。
 大人の沙羅が、納得していてもそう思うのだ。突然母親に姿を消されたれいは、今頃どうしているだろうと胸が痛んだ。
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