10 / 45
10.慰めのキス
しおりを挟む
病院に着くと、カレンが先に到着していた。沙羅をカレンに預けると、崚介は一時間ほど待たされた。
病室から出てきたカレンは、崚介を見つけると安心させるように微笑んだ。
「大きな怪我はなかった。彼女本当にすごいわね。経口接種じゃなく、アスモデウスを注射されて血中からもかなりの濃度で成分が検出された。普通なら死んでもおかしくない量だったわ」
「沙羅は」
「安心して。その割に症状も少ないから。しかも時間を追うごとに急速に分解されていってる。最初は疑ってたけど、組織が彼女を欲しがる理由がわかった気がするわ」
沙羅の話ではザックは彼女の体質をわかっていなかったようだ。何故ザックは沙羅に固執したのだろうか。
今はそれよりも気になることがあった。教えてもらえるのかわからなかったが、崚介は尋ねた。
「その……彼女は、ザックに」
濁した言葉を、カレンは正確に読み取った。そして首を振る。
「レイプの検査もしたけど、彼女の言う通り未遂だった。ちゃんとあなたに話していいって許可も取ってあるわよ」
「そうか」
崚介はほっとした。ネックレスは襲撃のせいで壊れたのだろう。
胸をなでおろす崚介を見て、カレンは真面目な顔をして言った。
「あなた本気なの? 彼女のこと」
「ばっ……俺はそういうんじゃ」
「五年前だって彼女が失踪して顔色変えてたじゃない」
崚介は思わず片手で口元を覆った。そんなにわかりやすいだろうか。
「彼女、今はシングルなんでしょ?」
「今の彼女は娘が第一だ」
崚介のことなど眼中にない。日本で再会したときも真っ先に逃げられた。麻薬ブローカーのリチャードだと思えばこそだが、沙羅の行動の理由はすべて幼い娘にある。適うはずがない。
「まぁいいわ。今夜は連れ帰っていいから」
「は? 連れ帰る?」
「ウィルからの伝言。あなたが護衛役だって。容体が急変しないとも限らないから、目を離さないでね」
「病院に泊まるんじゃないのか⁉︎」
「彼女にできる治療がもうないのよ。治療薬もほとんど効かないんだから、ここにいる意味はあまりないわ」
「だからって」
「不特定多数男性がいる場に残して行ってあなたはそれでいいの? さすがに無症状じゃないのよ」
「俺と二人の方が問題だろう!」
「あなた彼女を襲う気?」
「そういう話じゃない。だが俺だって男だし、彼女は魅力的だ」
つい先ほど沙羅への感情を指摘したばかりの相手に、よく任せようなどと言えるものだ。さすがに苛立って睨むようにカレンを見ると、カレンは少し悲しそうに目を伏せた。
「サラが、あなたといたいみたいなの」
「なんだって?」
「彼女、FBIも病院も信用できてない。多分私のこともね。未遂でもレイプされかけたのよ。たとえ納得の上でのことだとしても……その上、命まで狙われた」
「俺だってそんなに変わらないだろう」
「あなたと彼女には五年前の絆があるわ。――お願い。安心させてあげて」
そこまで言われて、崚介はNoを返すことができなかった。
もろもろの検査が終わり、病室に寝かされた。することがなくなり、考える隙ができると駄目だった。漠然とした不安が押し寄せて、カレンに「崚介は?」と尋ねた。
尋ねたあとで己の失言に気づいた。彼は潜入捜査中の身だ。あまりここに長居するべき人ではない。もう帰宅しているかも。そう思ったが、予想に反してカレンは崚介を連れてきた。検査結果が出てとりあえず問題はないから、帰宅していいとのことだった。
許可されても帰る場所がない。困惑していると、崚介が護衛役として連れて行ってくれるという。いいのだろうかと思ったが、FBIとしての決定のようなのでありがたく従うことにした。
病院は常に人の目があって落ち着かない。その分安全かもしれないが、万一組織の暗殺者が忍び込んでこないとも限らない。人が多ければ見分けがつかず、その分警戒が必要だ。それならば信頼できる人間の側かホテルなどの鍵がかかる完全個室がいい。
カレンに用意してもらった服や靴を身に着けて、崚介に連れられて行った先はFBIのオフィスからほど近いアパートメントだった。日本でいうところの1LDKで、全体的に物が少なく殺風景な部屋でテレビもない。ただリビングに大きなソファがあり、崚介はそこに沙羅を座らせた。
「大丈夫か」
崚介が冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを受け取って、沙羅は頷く。
「うん。熱のせいでちょっとだるいけれど」
笑ってみせたが、崚介は心配そうに沙羅の隣に腰を下ろした。
「本当に熱だけで済んでるのか」
「ちゃんと調べてもらったよ」
「不調があったらすぐ言えよ」
「意外に世話焼きなんだな。なんなら自分で調べるか? 私の体が発情しているか」
そう言って着ていた上着を左肩だけはだけさせた。と言ってももちろん中にブラウスを着ている。
「おっ……君、そんなこと言うキャラだったか⁉︎」
「さあね。ドラッグのせいにしておいて」
軽口を装って笑ってみせる。上着を戻しながら、うっかり誘うようなことを口走った自分に呆れた。
沙羅は無意識にため息をついた。すると目敏く気づいた崚介が眉を寄せ、そして目を伏せた。
「その、この間のことはすまなかった」
「何の話?」
沙羅は本当になんのことかわからなかった。
「君に触れたこと」
崚介が気まずそうに言う。沙羅はといえば拍子抜けした気分だった。
「私があとで怪我をしないように気づかってくれたんだろう。違う?」
「いや。その通りなんだが……君の意に反して触れたことに違いない。俺もあいつらと同類だ」
「あなたは私のためにそうした。ザックとは全然ちが」
言いかけたとき急に不快感が蘇った。ザックに触れられたときの感触がリアルに思い出されて、肌が粟立つ。沙羅は自分の両腕を抱いた。
「沙羅?」
急に言葉を切った沙羅に、崚介が心配そうな表情を向ける。
「どうした。具合が悪くなったか」
「そうじゃないよ。そうじゃない、けど」
「けど?」
「感触が、肌に残っている気がして」
沙羅が白状すると、崚介が顔色を変えた。
「まさか何もされてないっていうのは」
「レイプは未遂だった」
ただ女性としては「何もされていない」と言えるほどじゃない。
「裸を見られて、触られもした。覚悟していたつもりだったけれど、こんなに不快感が残るなんて」
崚介が戸惑ったのがわかった。当然だ。同性ではなく親密な関係でもない。性的な話題はまともな神経の持ち主ならかなり神経を使う。
彼が安易な慰めを口にしないことがかえって嬉しかった。
沙羅は自分から崚介に触れた。柄じゃないことはわかっていたけれど、甘えたくなって崚介の肩に額をつける。
「私、娘を産んで以来そういうことは、誰とも」
そんな自分がハニートラップだなんて分不相応だった。それを思い知った。
崚介が遠慮がちに沙羅の肩を抱く。沙羅が抵抗しないとわかると、そのまま壊れ物でも扱うように優しく胸に誘導されて抱きしめられた。慰めのハグだ。
胸元につけたコロンの香り。その中にかすかに崚介の汗の匂いを感じ取って、どうしようもなく安心した。泣きたくなるのをこらえて彼に縋りつく。
「君は今も『彼』を愛してるのか」
崚介が言う彼とはきっと怜の父親のことだ。沙羅は答えられなかった。
「君は頑張った。今は捜査官じゃないんだ。もう無理しなくていい」
「ザックに触れられたり、舐められたりした感触がまだ残ってる。ヴァージンでもないくせにと思うだろうけれど、でも」
「そんな風に思ったりしない」
顔を上げると、崚介の瞳に自分が映っていた。吸い込まれそうな青い瞳。布越しに触れる体が熱い。それはどちらの熱なのか、どちらの鼓動なのか。
空気が引き寄せられるような気がした。ゆっくりと距離が縮まる。互いの吐息が唇にかかった。唇が触れると思った。けれど。
スマホの着信音が鳴った。
互いにはっとして我に返った。
「あ……と。電話、だ」
「う、うん」
言わなくてもわかることを言って、崚介は沙羅から離れた。
沙羅は自分の顔を両手で挟むように触れてみた。頬が熱い。ドラッグのせいで熱があるのだから当然といえば当然だが、それだけではないような気がした。
少し電話で話したあと、崚介は先ほどまでの空気が嘘のように固い声で告げた。
「ナーヴェから招集がかかった。すまないが出かけてくる」
「まさかもう」
「いや。君と一緒にいることはバレてないようだ。タイミングがいいのは、おそらくザックの件だろう」
崚介が立ち上がって上着を羽織る。
「ここは本名で借りている部屋だから組織には知られていない。安心してここで休んでいろ。部屋のものは好きに使ってくれ。もうすぐFBIの応援も到着するから。これが君用の端末だ。応援が来たらこれに連絡が入るが、鍵は開けなくていい」
「ありがとう。崚介も気をつけて」
崚介が少しはにかんで、沙羅の頬にキスをした。ほとんど触れない、友情のキスだ。名残惜しい様子も見せず崚介は出かけていった。
シャワーを浴び寝室のベッドに倒れ込むと、崚介の匂いがした。おさまりかけた動悸がまた少し早くなる。体の奥が疼く。
下腹部に手を伸ばし下着の中に触れると、そこはかなり潤っていた。ザックに触れられたときは大して濡れていなかったが、アスモデウスの作用で後からそうなったのは気づいていた。
薬物耐性の高い体質や元々性的なことに淡白なのも相まって、すぐにおさまると思っていた。なのに彼に抱きしめられた感触が恋しい。抱かれたい。多少乱暴になっても構わない。ザックに触れられた不快感を塗り潰してほしかった。
沙羅はたまらなくなって、体液を掬った指でクリトリスに触れた。
「んっ……」
かなり敏感になっている。他人のベッドでこんなこといけないとわかっているのに、体は快楽を求めてしまう。アスモデウスのせいか、それとも。
沙羅に触れる彼の指はどんなだったろうか。彼がここに触れたら、どんな快感をあたえてくれるだろう。
「は、あ……」
深い快楽が欲しくなる。指を中に滑り込ませた。彼の指ならばもっと太いはず。もう一本指を入れると水音が大きくなった。
監禁されているとき、何度も自慰をする演技をした。カメラや監視の視線に気を付けていたから実は中まで指を入れていたことは多くない。ドラッグは効いていなかったし、濡れていなかったからだ。演技のためには実際に体が興奮している方が都合がよかったが、いくら陰核や乳首を刺激してもそうなれなかった。結局は下着をつけたまま肝心な部分を見えないようにして、それらしい動きと喘ぎ声で誤魔化すしかなかった。
それが今はどうだ。ドラッグが効いているとはいえこんなに濡らして、体だけでなく心が興奮しているようだ。彼の力強い腕を、セクシーな腰を思い出さずにはいられない。娘を授かった夜のことを。
「リッ…………んんっ」
枕に顔を埋めながら、沙羅は果てた。体は絶頂を迎えたけれど、どこか満たされない。奥が疼いて、指で届かない部分がもどかしい。
ドラッグを言い訳にして沙羅はなおも指を動かした。
病室から出てきたカレンは、崚介を見つけると安心させるように微笑んだ。
「大きな怪我はなかった。彼女本当にすごいわね。経口接種じゃなく、アスモデウスを注射されて血中からもかなりの濃度で成分が検出された。普通なら死んでもおかしくない量だったわ」
「沙羅は」
「安心して。その割に症状も少ないから。しかも時間を追うごとに急速に分解されていってる。最初は疑ってたけど、組織が彼女を欲しがる理由がわかった気がするわ」
沙羅の話ではザックは彼女の体質をわかっていなかったようだ。何故ザックは沙羅に固執したのだろうか。
今はそれよりも気になることがあった。教えてもらえるのかわからなかったが、崚介は尋ねた。
「その……彼女は、ザックに」
濁した言葉を、カレンは正確に読み取った。そして首を振る。
「レイプの検査もしたけど、彼女の言う通り未遂だった。ちゃんとあなたに話していいって許可も取ってあるわよ」
「そうか」
崚介はほっとした。ネックレスは襲撃のせいで壊れたのだろう。
胸をなでおろす崚介を見て、カレンは真面目な顔をして言った。
「あなた本気なの? 彼女のこと」
「ばっ……俺はそういうんじゃ」
「五年前だって彼女が失踪して顔色変えてたじゃない」
崚介は思わず片手で口元を覆った。そんなにわかりやすいだろうか。
「彼女、今はシングルなんでしょ?」
「今の彼女は娘が第一だ」
崚介のことなど眼中にない。日本で再会したときも真っ先に逃げられた。麻薬ブローカーのリチャードだと思えばこそだが、沙羅の行動の理由はすべて幼い娘にある。適うはずがない。
「まぁいいわ。今夜は連れ帰っていいから」
「は? 連れ帰る?」
「ウィルからの伝言。あなたが護衛役だって。容体が急変しないとも限らないから、目を離さないでね」
「病院に泊まるんじゃないのか⁉︎」
「彼女にできる治療がもうないのよ。治療薬もほとんど効かないんだから、ここにいる意味はあまりないわ」
「だからって」
「不特定多数男性がいる場に残して行ってあなたはそれでいいの? さすがに無症状じゃないのよ」
「俺と二人の方が問題だろう!」
「あなた彼女を襲う気?」
「そういう話じゃない。だが俺だって男だし、彼女は魅力的だ」
つい先ほど沙羅への感情を指摘したばかりの相手に、よく任せようなどと言えるものだ。さすがに苛立って睨むようにカレンを見ると、カレンは少し悲しそうに目を伏せた。
「サラが、あなたといたいみたいなの」
「なんだって?」
「彼女、FBIも病院も信用できてない。多分私のこともね。未遂でもレイプされかけたのよ。たとえ納得の上でのことだとしても……その上、命まで狙われた」
「俺だってそんなに変わらないだろう」
「あなたと彼女には五年前の絆があるわ。――お願い。安心させてあげて」
そこまで言われて、崚介はNoを返すことができなかった。
もろもろの検査が終わり、病室に寝かされた。することがなくなり、考える隙ができると駄目だった。漠然とした不安が押し寄せて、カレンに「崚介は?」と尋ねた。
尋ねたあとで己の失言に気づいた。彼は潜入捜査中の身だ。あまりここに長居するべき人ではない。もう帰宅しているかも。そう思ったが、予想に反してカレンは崚介を連れてきた。検査結果が出てとりあえず問題はないから、帰宅していいとのことだった。
許可されても帰る場所がない。困惑していると、崚介が護衛役として連れて行ってくれるという。いいのだろうかと思ったが、FBIとしての決定のようなのでありがたく従うことにした。
病院は常に人の目があって落ち着かない。その分安全かもしれないが、万一組織の暗殺者が忍び込んでこないとも限らない。人が多ければ見分けがつかず、その分警戒が必要だ。それならば信頼できる人間の側かホテルなどの鍵がかかる完全個室がいい。
カレンに用意してもらった服や靴を身に着けて、崚介に連れられて行った先はFBIのオフィスからほど近いアパートメントだった。日本でいうところの1LDKで、全体的に物が少なく殺風景な部屋でテレビもない。ただリビングに大きなソファがあり、崚介はそこに沙羅を座らせた。
「大丈夫か」
崚介が冷蔵庫から取り出したミネラルウォーターを受け取って、沙羅は頷く。
「うん。熱のせいでちょっとだるいけれど」
笑ってみせたが、崚介は心配そうに沙羅の隣に腰を下ろした。
「本当に熱だけで済んでるのか」
「ちゃんと調べてもらったよ」
「不調があったらすぐ言えよ」
「意外に世話焼きなんだな。なんなら自分で調べるか? 私の体が発情しているか」
そう言って着ていた上着を左肩だけはだけさせた。と言ってももちろん中にブラウスを着ている。
「おっ……君、そんなこと言うキャラだったか⁉︎」
「さあね。ドラッグのせいにしておいて」
軽口を装って笑ってみせる。上着を戻しながら、うっかり誘うようなことを口走った自分に呆れた。
沙羅は無意識にため息をついた。すると目敏く気づいた崚介が眉を寄せ、そして目を伏せた。
「その、この間のことはすまなかった」
「何の話?」
沙羅は本当になんのことかわからなかった。
「君に触れたこと」
崚介が気まずそうに言う。沙羅はといえば拍子抜けした気分だった。
「私があとで怪我をしないように気づかってくれたんだろう。違う?」
「いや。その通りなんだが……君の意に反して触れたことに違いない。俺もあいつらと同類だ」
「あなたは私のためにそうした。ザックとは全然ちが」
言いかけたとき急に不快感が蘇った。ザックに触れられたときの感触がリアルに思い出されて、肌が粟立つ。沙羅は自分の両腕を抱いた。
「沙羅?」
急に言葉を切った沙羅に、崚介が心配そうな表情を向ける。
「どうした。具合が悪くなったか」
「そうじゃないよ。そうじゃない、けど」
「けど?」
「感触が、肌に残っている気がして」
沙羅が白状すると、崚介が顔色を変えた。
「まさか何もされてないっていうのは」
「レイプは未遂だった」
ただ女性としては「何もされていない」と言えるほどじゃない。
「裸を見られて、触られもした。覚悟していたつもりだったけれど、こんなに不快感が残るなんて」
崚介が戸惑ったのがわかった。当然だ。同性ではなく親密な関係でもない。性的な話題はまともな神経の持ち主ならかなり神経を使う。
彼が安易な慰めを口にしないことがかえって嬉しかった。
沙羅は自分から崚介に触れた。柄じゃないことはわかっていたけれど、甘えたくなって崚介の肩に額をつける。
「私、娘を産んで以来そういうことは、誰とも」
そんな自分がハニートラップだなんて分不相応だった。それを思い知った。
崚介が遠慮がちに沙羅の肩を抱く。沙羅が抵抗しないとわかると、そのまま壊れ物でも扱うように優しく胸に誘導されて抱きしめられた。慰めのハグだ。
胸元につけたコロンの香り。その中にかすかに崚介の汗の匂いを感じ取って、どうしようもなく安心した。泣きたくなるのをこらえて彼に縋りつく。
「君は今も『彼』を愛してるのか」
崚介が言う彼とはきっと怜の父親のことだ。沙羅は答えられなかった。
「君は頑張った。今は捜査官じゃないんだ。もう無理しなくていい」
「ザックに触れられたり、舐められたりした感触がまだ残ってる。ヴァージンでもないくせにと思うだろうけれど、でも」
「そんな風に思ったりしない」
顔を上げると、崚介の瞳に自分が映っていた。吸い込まれそうな青い瞳。布越しに触れる体が熱い。それはどちらの熱なのか、どちらの鼓動なのか。
空気が引き寄せられるような気がした。ゆっくりと距離が縮まる。互いの吐息が唇にかかった。唇が触れると思った。けれど。
スマホの着信音が鳴った。
互いにはっとして我に返った。
「あ……と。電話、だ」
「う、うん」
言わなくてもわかることを言って、崚介は沙羅から離れた。
沙羅は自分の顔を両手で挟むように触れてみた。頬が熱い。ドラッグのせいで熱があるのだから当然といえば当然だが、それだけではないような気がした。
少し電話で話したあと、崚介は先ほどまでの空気が嘘のように固い声で告げた。
「ナーヴェから招集がかかった。すまないが出かけてくる」
「まさかもう」
「いや。君と一緒にいることはバレてないようだ。タイミングがいいのは、おそらくザックの件だろう」
崚介が立ち上がって上着を羽織る。
「ここは本名で借りている部屋だから組織には知られていない。安心してここで休んでいろ。部屋のものは好きに使ってくれ。もうすぐFBIの応援も到着するから。これが君用の端末だ。応援が来たらこれに連絡が入るが、鍵は開けなくていい」
「ありがとう。崚介も気をつけて」
崚介が少しはにかんで、沙羅の頬にキスをした。ほとんど触れない、友情のキスだ。名残惜しい様子も見せず崚介は出かけていった。
シャワーを浴び寝室のベッドに倒れ込むと、崚介の匂いがした。おさまりかけた動悸がまた少し早くなる。体の奥が疼く。
下腹部に手を伸ばし下着の中に触れると、そこはかなり潤っていた。ザックに触れられたときは大して濡れていなかったが、アスモデウスの作用で後からそうなったのは気づいていた。
薬物耐性の高い体質や元々性的なことに淡白なのも相まって、すぐにおさまると思っていた。なのに彼に抱きしめられた感触が恋しい。抱かれたい。多少乱暴になっても構わない。ザックに触れられた不快感を塗り潰してほしかった。
沙羅はたまらなくなって、体液を掬った指でクリトリスに触れた。
「んっ……」
かなり敏感になっている。他人のベッドでこんなこといけないとわかっているのに、体は快楽を求めてしまう。アスモデウスのせいか、それとも。
沙羅に触れる彼の指はどんなだったろうか。彼がここに触れたら、どんな快感をあたえてくれるだろう。
「は、あ……」
深い快楽が欲しくなる。指を中に滑り込ませた。彼の指ならばもっと太いはず。もう一本指を入れると水音が大きくなった。
監禁されているとき、何度も自慰をする演技をした。カメラや監視の視線に気を付けていたから実は中まで指を入れていたことは多くない。ドラッグは効いていなかったし、濡れていなかったからだ。演技のためには実際に体が興奮している方が都合がよかったが、いくら陰核や乳首を刺激してもそうなれなかった。結局は下着をつけたまま肝心な部分を見えないようにして、それらしい動きと喘ぎ声で誤魔化すしかなかった。
それが今はどうだ。ドラッグが効いているとはいえこんなに濡らして、体だけでなく心が興奮しているようだ。彼の力強い腕を、セクシーな腰を思い出さずにはいられない。娘を授かった夜のことを。
「リッ…………んんっ」
枕に顔を埋めながら、沙羅は果てた。体は絶頂を迎えたけれど、どこか満たされない。奥が疼いて、指で届かない部分がもどかしい。
ドラッグを言い訳にして沙羅はなおも指を動かした。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる