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第1章 声だけカワイイ俺は廃嫡される
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時間にしてほんの十数分。自室を離れたのはたったそれだけなのに、この疲労感はなんなのか。
ようやく落ち着ける場所に戻ってきた俺は、そのまま窓辺へと向かう。
途中、本や紙の束が山のように乗っている執務机が視界の端に映るが、残念ながらしばらく仕事をする気分になれそうにない。
今日中に片付けろと言われている仕事? 全部後回しだ、後回し。
「はあ……」
父はどうしてあの2人を結婚させようとしているのだろう。
ノウルライ家と縁を結ぶのは悪くない。が、相手が三男なら話は別だ。それなら裕福な他の子爵家や男爵家を選んだ方がずっといい。
ノウルライ側もヴァルハイドと繋がるメリットは……特にないよな? ヴァルハイドでなければならない理由なんて、少なくとも俺には思いつかない。
となれば……大方、いくらかの援助と引き換えに、持て余していた三男を押しつけられたのだろう。
向こうの方が爵位は上で、力もある。おまけに当人である姉とエリオットがあのように乗り気では、父も断り切れなかったというところか。
でも、たとえいくらかの援助があろうと、それは無限ではないわけで。
「あの店のドレスが欲しい」「このアクセサリーをつけて夜会に行くわ」と、金遣いが荒く、ふたこと目には「クラヴィス、何とかしなさい」が口癖の姉が早々に使い潰すことになるのは容易に想像できる。
今だって、止めようとしても「あなたの代わりに私は社交を頑張ってるのよ!?」と怒り出し、俺が金を工面するまで一向に引こうとしないのだから。実家で子爵夫人になった後なんて、もっとひどくなるに決まっている。
エリオットだって問題だ。
「三男で継ぐ爵位がないのに、文官や騎士を目指すわけでもなく遊び歩いている」「家の名を振りかざし、平民や下位貴族に横暴な行いを繰り返している」と、伝え聞く噂はこんなものばかり。
それでもこれまで大事にならなかったのは、実家であるノウルライ家が上手く火消ししていたからだろう。それを、これからはこちらでやらなくてはならなくなる。結婚を機に改心してくれればいいが……まあ、無理だよな。
俺はがくりと項垂れる。
俺が後継者から外れたことで、ヴァルハイドが危機に陥っている。
声が普通じゃないせいで、まさかこんなことになるなんて。
父に似たのも運がなかった。せめてもっと体の線が細く、小柄で、中性的な見た目だったら、同じ声でもまた少し違っていただろうに。
この紫黒の髪や、切れ長でやや三白眼気味の目は、冷たい印象を与える要因になっているし。背は高く、体は細身ながらもしっかり筋肉がついていて、俺はどう見ても男だ。なのに女声。これでは気味悪く思われても仕方がない。
『あなたが家族を壊したのよ?』
いつだったか、姉から言われた言葉が脳裏によぎり、思わず自嘲めいた笑いが漏れる。
たしかにそうだ。
俺が壊した。俺が、家族を。
伸ばした手が喉元に触れ、指が柔らかい皮膚に食い込む。
無意識のうちにやったことで、別に何かをしようとしたわけじゃない。
でもその瞬間、チリッと頭の中で何かが弾ける感覚がして、
なんだ……今の……?
自ずと手に力がこもる。
徐々に息苦しくなっていく中、また何かが、今度は先ほどよりも大きく弾けた――
…………。
……………………。
――はっ、と俺は目を見開く。
が、衝撃を受けている暇はなかった。
「なにしてんの」
地を這うような低い声とともに、腕を掴まれ、体が引っ張られる。
バランスを崩し倒れ込んだ先は、傍にあったソファの上。一瞬のうちに組み敷かれた俺は、覆いかぶさるようにして怖い顔でこちらを見下ろす黒髪の青年を見る。
「……ゼオ」
しかめっ面のまま俺の首元を確認していた目の前の従者と、視線がぶつかる。
……怒ってるな。
そして、なんか誤解されてるっぽい。いや、たしかに紛らわしい真似をした俺が悪いんだけど。
でも、出来れば大目に見てくれると助かる。だって――おかげで思い出したから。
ゼオ、と俺はもう一度彼の名を呼ぶ。
「俺、この家を出ようと思うんだけど」
ゼオはぱちりと瞬きすると、すぐに、にまーっと笑って言った。
「いいね。……その話、詳しくきかせて?」
ようやく落ち着ける場所に戻ってきた俺は、そのまま窓辺へと向かう。
途中、本や紙の束が山のように乗っている執務机が視界の端に映るが、残念ながらしばらく仕事をする気分になれそうにない。
今日中に片付けろと言われている仕事? 全部後回しだ、後回し。
「はあ……」
父はどうしてあの2人を結婚させようとしているのだろう。
ノウルライ家と縁を結ぶのは悪くない。が、相手が三男なら話は別だ。それなら裕福な他の子爵家や男爵家を選んだ方がずっといい。
ノウルライ側もヴァルハイドと繋がるメリットは……特にないよな? ヴァルハイドでなければならない理由なんて、少なくとも俺には思いつかない。
となれば……大方、いくらかの援助と引き換えに、持て余していた三男を押しつけられたのだろう。
向こうの方が爵位は上で、力もある。おまけに当人である姉とエリオットがあのように乗り気では、父も断り切れなかったというところか。
でも、たとえいくらかの援助があろうと、それは無限ではないわけで。
「あの店のドレスが欲しい」「このアクセサリーをつけて夜会に行くわ」と、金遣いが荒く、ふたこと目には「クラヴィス、何とかしなさい」が口癖の姉が早々に使い潰すことになるのは容易に想像できる。
今だって、止めようとしても「あなたの代わりに私は社交を頑張ってるのよ!?」と怒り出し、俺が金を工面するまで一向に引こうとしないのだから。実家で子爵夫人になった後なんて、もっとひどくなるに決まっている。
エリオットだって問題だ。
「三男で継ぐ爵位がないのに、文官や騎士を目指すわけでもなく遊び歩いている」「家の名を振りかざし、平民や下位貴族に横暴な行いを繰り返している」と、伝え聞く噂はこんなものばかり。
それでもこれまで大事にならなかったのは、実家であるノウルライ家が上手く火消ししていたからだろう。それを、これからはこちらでやらなくてはならなくなる。結婚を機に改心してくれればいいが……まあ、無理だよな。
俺はがくりと項垂れる。
俺が後継者から外れたことで、ヴァルハイドが危機に陥っている。
声が普通じゃないせいで、まさかこんなことになるなんて。
父に似たのも運がなかった。せめてもっと体の線が細く、小柄で、中性的な見た目だったら、同じ声でもまた少し違っていただろうに。
この紫黒の髪や、切れ長でやや三白眼気味の目は、冷たい印象を与える要因になっているし。背は高く、体は細身ながらもしっかり筋肉がついていて、俺はどう見ても男だ。なのに女声。これでは気味悪く思われても仕方がない。
『あなたが家族を壊したのよ?』
いつだったか、姉から言われた言葉が脳裏によぎり、思わず自嘲めいた笑いが漏れる。
たしかにそうだ。
俺が壊した。俺が、家族を。
伸ばした手が喉元に触れ、指が柔らかい皮膚に食い込む。
無意識のうちにやったことで、別に何かをしようとしたわけじゃない。
でもその瞬間、チリッと頭の中で何かが弾ける感覚がして、
なんだ……今の……?
自ずと手に力がこもる。
徐々に息苦しくなっていく中、また何かが、今度は先ほどよりも大きく弾けた――
…………。
……………………。
――はっ、と俺は目を見開く。
が、衝撃を受けている暇はなかった。
「なにしてんの」
地を這うような低い声とともに、腕を掴まれ、体が引っ張られる。
バランスを崩し倒れ込んだ先は、傍にあったソファの上。一瞬のうちに組み敷かれた俺は、覆いかぶさるようにして怖い顔でこちらを見下ろす黒髪の青年を見る。
「……ゼオ」
しかめっ面のまま俺の首元を確認していた目の前の従者と、視線がぶつかる。
……怒ってるな。
そして、なんか誤解されてるっぽい。いや、たしかに紛らわしい真似をした俺が悪いんだけど。
でも、出来れば大目に見てくれると助かる。だって――おかげで思い出したから。
ゼオ、と俺はもう一度彼の名を呼ぶ。
「俺、この家を出ようと思うんだけど」
ゼオはぱちりと瞬きすると、すぐに、にまーっと笑って言った。
「いいね。……その話、詳しくきかせて?」
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