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四月二十八日

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四月二十八日・水曜日。昨日以来まともに口を聞いていない奏の歌を聴きに、今日も音楽室下にいる。隣には美咲。
「そっかぁ…。奏ちゃん、口聞いてくれないのかぁ。よっぽどショックだったんだろうね」
奏の歌を聴きつつ、俺は昨日のことを美咲に話していた。
「まあ…、冷たくされてもしかたないと思う」
「だけど、どうしようもないよね」
奏もそうだったが、美咲も二十五日の日曜日に耳たぶおかっぱを揃えていた。ストレートパーマやヘアカラーも三ヶ月ぶりに入れ、一層のサラサラヘアになっている。眉上二センチ以上で短く精確に切り揃えられた前髪が愛らしかった。
「美咲…」
俺は、そんな美咲を後ろ抱っこする。何かにすがっていたい気持ちだった。
「湊くん」
美咲の背中ファスナーを見つめ、そして俺はそのうなじにキスした。花見のときに気になった剃り跡のジョリッとした感覚と頸椎の感触は、この際気にならなかった。
「いいよ。湊くんは今の湊くんのままで。誰も責められないよ」
お腹を抱く俺の腕に、美咲の冷たい手が添えられる。
「美咲…。でも俺、何も奏にしてやれなくて」
「しかたないよ湊くん。しかたない」
お腹にギュッとしがみついた俺の腕を、美咲の呼吸が柔らかく押し返す。
「湊くんだって、奏ちゃんのこと大事に思ってることは変わりないんでしょう?」
俺は美咲の襟足の先でうなずいた。
「その気持ちは、きっと奏ちゃんもわかってると思うよ。いじめっ子は秀馬くんたちがやっつけてくれたんでしょ?ならもう大丈夫だよ」
美咲は俺の腕をポンポンと叩いた。
「ねえ湊くん。明日さ、気分転換に私と遊びに行かない?」
「明日か…。いいぞ。行くか」
「あのクリスマスイブの日に湊くんと行った水族館、私また行ってみたいな」
水族館か。あの日俺は、前日に出会った「おかっぱちゃん」を頭に残したまま美咲とデートしたんだっけ。そしてその夜、奏と再会した。そのときに、また戻りたい。
「よし、行こう。待ち合わせはあのときと同じ、駅前に十一時でいいか」
「うんっ」
美咲の後ろ耳たぶおかっぱが、こっくりとうなずく。

明日美咲と水族館へ行くと言われた奏は、一言「そう、行ってきたら」と言うだけだった。美咲がらみで家に一人きりにさせられるのだから、またナントカ賞を要求されるかと思っていたが、冷ややかな対応に力が抜ける。奏とは、もうこのままなのか。
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