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魔法の鏡
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誰でもかわいくなれるなんて、そんなの嘘に決まっている。ブスはいつまでたってもブスのままだし、美人は努力しなくたって美人なのだ。そこに理由なんてない。きっと、もとから決まっている。
ショーウィンドウに並んだピンク色の可愛いワンピース。肩はふんわりとした形、丸襟の淵には小鳥の刺繍、太めのアンティークなベルトが全体を引き締めている。裾にレースがあしらわれ、何枚もの布を使われたスカート部分はまるでドレスのようにふんわりとしている。
そろいで飾られた靴と鞄は、ベルトに合わせたアンティーク調になっている。
「かわいいなあ」
あそこに飾られてあるようなかわいい服を着て街を歩けたらどんなに楽しいだろうか。
でも、その考えはガラスにうっすら映った自分の姿に否定された。
骨と皮に近いほどやせ細った腕と足。そばかすだらけの頬と線のように細い目は見ているだけでみじめになる。それに、夜の空みたいに黒い髪。ほかの娘と違って、明るい色でもないし、ふわふわとしたカールもしていない。その髪は腰まで伸びていて、雑に一つに結われていた。
時計台の前の大通りには、ずらりと店が並んでいる。この街に来たばかりの私はまだどんな店が並んでいるかも知らないけれど、こうやってショーウィンドウを眺めているだけで楽しい気分になった。
気の向くままに、足をすすめる。気がつけば、華やかな通りはどこかへ行ってしまい、目の前には色あせた看板の出ている古書店の前に来ていた。残念だけど、古本に興味はない。回れ右をして帰ろうとして気がついた。
「ここ、どこだろう」
土地勘のない私は、どうやら迷子になってしまったらしい。仕方ない。店に入って誰かに教えてもらおう。
恐る恐るモスグリーンのドアを開ける。ドアベルの柔らかい音が静かな店内に響いた。
そこにあったのは、本の山。私の背丈よりも高い本棚にはびっしりと本が並べられている。その背表紙に書かれている文字は、殆どが異国の言葉で書かれてあって読めなかった。色あせた小口や擦り切れかけた背表紙が無言でその本が経験した歳を語っていた。本は本棚に入り切らないらしく、床の上にも積み上げられていた。
本と本の間をかき分けながら慎重に進む。その先に見えてきたのは、鮮やかな色のランプの灯りだった。本の森を抜けきったところに広がっていたのは、棚に並んだアンティークな品々や異国のお面、芸術的な食器。それらは一見チグハグに見えるのに、並べた人の技量だろうか。不思議と、統一感を感じさせられ、隣り合ったものに違和感はなかった。
「いらっしゃい、お嬢さん。なにか探しているのかい?」
声をかけてきたのは青い目の背の高い青年。仕立てのよさそうなシャツとズボン。チョッキについている金色の鎖は、懐中時計だろうか。きりりとした爽やかな顔つきと短く整えられた鳶色の髪。
「あの、ええっと、道に迷ってしまって」
「そっか、買い物に来てくれたわけじゃないんだ」
「ここは何のお店なの?」
「古今東西、いろんなものを集めたんだ」
「古本だけなのかと思っていたらそうではないのね」
「そう。古本も色んなものを集めたよ。昔の人や異国の知識とか考えって、学ぶものが多いんだ。でも、お嬢さんが気になるのは雑貨のほうかな?きれいなデザインのものを集めたんだ。きっと気に入るものがあるはず。さ、せっかくだから、見ていって」
言われるままに、雑貨の置いてある棚の前へ足をすすめる。
「これは雪の女王の庭に生えたバラの木からとったバラのドライフラワーだよ」
ガラスの瓶の中に閉じ込められたバラを指さして彼はそういった。
「こっちは金の糸が紡げる糸車。こっちは貝殻で作られたトランプ。」
不思議なもの、綺麗なもの、棚にはごちゃ混ぜに置いてある。
「これは何?」
目についたのは小さな手鏡。蔦の這ったようなデザインの縁は真鍮でできているようで、くすんだ金色。そのてっぺんには一つだけ、露に濡れたぶどうのような鮮やかな紫色の宝石が、綺麗にカットされ、はめ込まれていた。
「お嬢さん、お目が高い。それは『魔法の鏡』だよ」
「魔法の鏡?」
思わず聞き返してしまう。
「そう。白雪姫は知ってるかい?あの話に出てくる鏡が割れたときのかけらを混ぜてあるんだよ。なんでも、それを使った人はだれでも綺麗になれるらしいんだ」
「綺麗に?」
本当だろうか。鏡を覗き込んで考える。映っているのはブサイクな私。
「試しに一週間、使ってみない?」
一週間、か。綺麗になれる鏡。この鏡を使ったら、あのショーウィンドウに飾られていたワンピースを着ることができるかもしれない。
でも。
「いえ、大丈夫です。それで、道を聞きたいのですが」
「時計台なら右に行って、突き当りを左、三つ目の角を右だよ」
店員はつっけんどんにそう言った。私はお礼を言って帰ることにした。
だって、悪いお妃が綺麗になったのって、呪いを使ったからだよね。いつブサイクな私に戻るかわからずに、ビクビクしながら綺麗でいるなんて、そんなの嫌だね。第一、呪いなんて使ったら心まで腐ってしまう。
「あーあ、逃げられちゃったか」
女の子が出ていった後、一人きりの店内。今回は割とうまくいったと思ったのだけどな。
「魔法の鏡ってところでやめておけばよかったのよ」
「そうそう。白雪姫の話なんて持ち出すから逃げられたのよ」
「あの子、心は綺麗だって見たらわかったわ。それを見抜けなかったんだから諦めな」
口々に好き勝手なことを話しているのはこの棚に並ぶ雑貨たち。ここに並んでいるのはどれも魔法や呪いのかかった、変わったもの。だから喋るし、たまにものを飛ばしてくる。
「俺だって腹減っているんだけどなあ」
唇の間からニョキッと尖った白い歯が出る。
「次はうまくやるさ」
そう言って立ち上がった。
ショーウィンドウに並んだピンク色の可愛いワンピース。肩はふんわりとした形、丸襟の淵には小鳥の刺繍、太めのアンティークなベルトが全体を引き締めている。裾にレースがあしらわれ、何枚もの布を使われたスカート部分はまるでドレスのようにふんわりとしている。
そろいで飾られた靴と鞄は、ベルトに合わせたアンティーク調になっている。
「かわいいなあ」
あそこに飾られてあるようなかわいい服を着て街を歩けたらどんなに楽しいだろうか。
でも、その考えはガラスにうっすら映った自分の姿に否定された。
骨と皮に近いほどやせ細った腕と足。そばかすだらけの頬と線のように細い目は見ているだけでみじめになる。それに、夜の空みたいに黒い髪。ほかの娘と違って、明るい色でもないし、ふわふわとしたカールもしていない。その髪は腰まで伸びていて、雑に一つに結われていた。
時計台の前の大通りには、ずらりと店が並んでいる。この街に来たばかりの私はまだどんな店が並んでいるかも知らないけれど、こうやってショーウィンドウを眺めているだけで楽しい気分になった。
気の向くままに、足をすすめる。気がつけば、華やかな通りはどこかへ行ってしまい、目の前には色あせた看板の出ている古書店の前に来ていた。残念だけど、古本に興味はない。回れ右をして帰ろうとして気がついた。
「ここ、どこだろう」
土地勘のない私は、どうやら迷子になってしまったらしい。仕方ない。店に入って誰かに教えてもらおう。
恐る恐るモスグリーンのドアを開ける。ドアベルの柔らかい音が静かな店内に響いた。
そこにあったのは、本の山。私の背丈よりも高い本棚にはびっしりと本が並べられている。その背表紙に書かれている文字は、殆どが異国の言葉で書かれてあって読めなかった。色あせた小口や擦り切れかけた背表紙が無言でその本が経験した歳を語っていた。本は本棚に入り切らないらしく、床の上にも積み上げられていた。
本と本の間をかき分けながら慎重に進む。その先に見えてきたのは、鮮やかな色のランプの灯りだった。本の森を抜けきったところに広がっていたのは、棚に並んだアンティークな品々や異国のお面、芸術的な食器。それらは一見チグハグに見えるのに、並べた人の技量だろうか。不思議と、統一感を感じさせられ、隣り合ったものに違和感はなかった。
「いらっしゃい、お嬢さん。なにか探しているのかい?」
声をかけてきたのは青い目の背の高い青年。仕立てのよさそうなシャツとズボン。チョッキについている金色の鎖は、懐中時計だろうか。きりりとした爽やかな顔つきと短く整えられた鳶色の髪。
「あの、ええっと、道に迷ってしまって」
「そっか、買い物に来てくれたわけじゃないんだ」
「ここは何のお店なの?」
「古今東西、いろんなものを集めたんだ」
「古本だけなのかと思っていたらそうではないのね」
「そう。古本も色んなものを集めたよ。昔の人や異国の知識とか考えって、学ぶものが多いんだ。でも、お嬢さんが気になるのは雑貨のほうかな?きれいなデザインのものを集めたんだ。きっと気に入るものがあるはず。さ、せっかくだから、見ていって」
言われるままに、雑貨の置いてある棚の前へ足をすすめる。
「これは雪の女王の庭に生えたバラの木からとったバラのドライフラワーだよ」
ガラスの瓶の中に閉じ込められたバラを指さして彼はそういった。
「こっちは金の糸が紡げる糸車。こっちは貝殻で作られたトランプ。」
不思議なもの、綺麗なもの、棚にはごちゃ混ぜに置いてある。
「これは何?」
目についたのは小さな手鏡。蔦の這ったようなデザインの縁は真鍮でできているようで、くすんだ金色。そのてっぺんには一つだけ、露に濡れたぶどうのような鮮やかな紫色の宝石が、綺麗にカットされ、はめ込まれていた。
「お嬢さん、お目が高い。それは『魔法の鏡』だよ」
「魔法の鏡?」
思わず聞き返してしまう。
「そう。白雪姫は知ってるかい?あの話に出てくる鏡が割れたときのかけらを混ぜてあるんだよ。なんでも、それを使った人はだれでも綺麗になれるらしいんだ」
「綺麗に?」
本当だろうか。鏡を覗き込んで考える。映っているのはブサイクな私。
「試しに一週間、使ってみない?」
一週間、か。綺麗になれる鏡。この鏡を使ったら、あのショーウィンドウに飾られていたワンピースを着ることができるかもしれない。
でも。
「いえ、大丈夫です。それで、道を聞きたいのですが」
「時計台なら右に行って、突き当りを左、三つ目の角を右だよ」
店員はつっけんどんにそう言った。私はお礼を言って帰ることにした。
だって、悪いお妃が綺麗になったのって、呪いを使ったからだよね。いつブサイクな私に戻るかわからずに、ビクビクしながら綺麗でいるなんて、そんなの嫌だね。第一、呪いなんて使ったら心まで腐ってしまう。
「あーあ、逃げられちゃったか」
女の子が出ていった後、一人きりの店内。今回は割とうまくいったと思ったのだけどな。
「魔法の鏡ってところでやめておけばよかったのよ」
「そうそう。白雪姫の話なんて持ち出すから逃げられたのよ」
「あの子、心は綺麗だって見たらわかったわ。それを見抜けなかったんだから諦めな」
口々に好き勝手なことを話しているのはこの棚に並ぶ雑貨たち。ここに並んでいるのはどれも魔法や呪いのかかった、変わったもの。だから喋るし、たまにものを飛ばしてくる。
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唇の間からニョキッと尖った白い歯が出る。
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そう言って立ち上がった。
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