また来ると誓った

天野蒼空

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「酒井律樹は中村菜穂のことを愛します」

 そのセリフだけスムーズに流れると、もう二度と律樹りつきは動くことがなかった。
 わかりたくないけれど、分かってしまった。

 「そっか。寿命か」

 メーカーの人にも言われた。廉価モデルだから錆に弱いと。一般耐久年数は10年だったから、そんなにひどい使い方でもなかったとも思うけれど。

 灯台はエレベーターがないのが憎い。初めて律樹と一緒に来た時と同じことを、別の形で思うなんて。
 ずりずりとボディを引きずりながら螺旋階段を下りていく。
 そして、一緒に入ることのなかった海へと向かう。

 砂浜に腰かけた私は、律樹りつきを寝かせて、そっと外側のサビを指先で擦る。ザラりとした感触。176回一緒にこの場所に来ていたのに、初めて触った律樹りつき
 律樹りつきとはかけ離れた冷たさに、硬さに、ずっとなぞっていた思い出のきらめきが輝きを失い、見たくもなかった現実が顔を出してくる。もう私は、あの時のような可愛らしさも、夢を見るような瞳も持ち合わせていない。30歳のおばさんだ。22歳のピチピチした女の子なんかじゃないのだ。
 それに、律樹りつきはもういない。私の腕に収まるほどの小さな陶器の壺の中にいるから。

 とても、残念なことに。
 それが、現実というものなのだ。

「りつき」

 唇の先で、愛する人の名前を呼ぶ。返事なんて、帰ってくるわけがない。律樹りつきからも、律樹りつきからも。

 律樹りつきと思い出の繰り返しを終えることが出来たら、きっと後悔なく私を終えることが出来るだろうと思っていた。でも、違った。
 胸の奥にこびりついた思い出は、確かなものとして繰り返されるたびにその色をはっきりと光らせていた。忘れたくないという思いは、愛する気持ちは、大きくなり、やがてそれが生きる意味になっていった。
 こめかみのあたりを指でこすると、小さな突起があった。その周りの錆を爪と鞄の中から出したドライバーでどうにかこじ開ける。汗ばむくらい力を入れて取り出したのは、小さなメモリーカード。律樹りつきとの思い出を元に作られた、律樹りつきの動き方が綴られている。

 スマートフォンを操作して、新しいボディの購入手続きに進む。
 製品番号から同じ型番のモデルを選択。購入ページのアカウント情報から前の購入と同じオプションを選択。
 表情の変化に対応できるモデル。コストの事もあるので食事はとらないモデル。瞬き、口の動きを行動やセリフに合わせられるように設定を完了した状態での出荷にする。データはあるので大丈夫だろう。
 
 メモリーカードが無事だから、ボディを新しくしても続けることに変わりはない。季節が変わっても続けたように、景色が変わっても続けたように、ボディが変わることなんてほんの些細な事なのだ。
 網膜に映るのはこの律樹であっても、私が一緒に過ごしているのは律樹りつきだから。

 だから私はまた、この日を繰り返す。
 どれだけワガママだと思われたって、それでいい。

 愛する律樹りつきがいなくなった日々を埋めるように。

 愛する律樹りつきを忘れないようにするために。

 同じ日をなぞって、同じ思い出の上をなぞって。丁寧に、丁寧に。一言一句、間違えることないように繰り返す。



 そうして私は誓いを果たし続ける。
 愛を確かなもにに重ね続けるのだ。
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