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「…‥お。…‥まお。ねえ、茉桜」
どこかでルイズリーの声がする。うるさいなあ。もう少し寝かせてくれたっていいじゃない。私、まだ眠いの。
「茉桜、起きてよ」
なんでそんな悲しそうな声をしているのよ。朝はまだなはずなのに。
「起きて、起きてよ。茉桜」
ゆっくりと目を開ける。目の前に金色の悲しそうな二つの瞳。
「どうしたの?」
「茉桜、起きてくれた。よかった、ほんとに」
ルイズリーは胸の上に飛び乗ってきた。体を起き上がらせようとしたが、びくともしなかった。重たい何かが私を押さえつけているかのようだ。
目に見える空の色は、終わりに近づく赤色。ゆったりと浮かぶ雲の色は空の色に染め上げられている。音はなく、静かに風が吹いている。背中に当たる土のぬくもりと湿り気、ざらりとした砂利の感触。当たり前のようなはずなのに、何かが欠けてしまったような違和感がした。
「私、どうしていたんだっけ」
悪魔にむかって殴りかかったことは覚えている。目の前に悪魔がいないということは、無事倒せたということだろう。しかし、その実感は一撃を与えた手の中にすら残っていなかった。その上、薄っすらと残っている悪魔との対峙の記憶は夢のようで、現実感がない。
だんだんと、体が動くようになってきた。ルイズリーは心配そうにしているが、地面に突き立てたステッキを頼りに、力の抜けそうな両足でどうにか立ち上がる。
「なんなの、これ」
そこに広がっていたのは、絶望そのもののような景色だった。
大地は灰色だった。燃え尽きた暖炉の灰のようだ。草木には昨日までの青々としていた面影はない。くすんだ色に変わり、そこに生気は感じられない。花はどこを見ても咲いていない。遠くに見える建物は、まるで何十年も前に廃れた廃都市のようだ。形は残っているが、崩れかけで今にも倒れそうなものもある。全てが息をしていなかった。これは死んだ街だ。足元に大きな影が落ちていた。徐々に夜の闇に包まれていく街は、どこからも音がしなかった。
「見たとおりだよ」
ルイズリーは淡々と言った。そこに感情があるとは思えなかった。
「見たとおりだよって、そんな…‥」
何も言葉が出てこなかった。
「あれだけ強い魔力で戦えば、そりゃ、街の一つだって滅んじゃうよ」
ハッとした。
「私が、戦ったから、なのね」
ルイズリーは返事をしなかった。その言葉だけが空気に溶けて、消えていった。なのに、形が残っているようで、妙に重たかった。
「ねえ、戻せないのかな。奇跡、だよね。戻すのも」
「できないわけじゃないよ、でも」
ルイズリーはそこで言いよどんだ。
「でも?」
「さっき、代償が必要って話はしていたのは覚えている?」
「悪魔が話していたね」
「つまりは、今の茉桜には足りないんだ」
「魔力…‥じゃなくてその代償が?」
すぐに察しがついてしまったのは良いことなのか悪いことなのかは判らない。でも、ルイズリーは悲しそうに頷いた。
「今までの魔法少女のうちの何人かも、同じようにして消えていったんだ。茉桜には、まだ残っていてほしかったな」
「ということは、方法はあるのね」
「自分そのものを代償にするんだ」
表情は悲しそうなのに、声はいつもと変わらなかった。その淡々とした声が教えてくれたとおりに、私は地面に魔法陣を描いた。
書き終わる頃には、頭上に星が輝いていた。いつもより輝いて見える星の灯が眩しかった。その灯りは硬くて遠いけれど、あたたかかった。
踏みしめるように、魔法陣の中央に立つ。星の灯がスポットライトのように私に降り注ぐ。胸を張って、杖を握り直す。
大きく一つ深呼吸し、空を見上げる。
「魔法少女なんていなければよかったのに」
私は誰に言うでもなく、独り、呟いた。
「茉桜、これでいいのかい?」
右隣から声がした。
「もちろんよ、ルイズリー。だって、こうするしかないでしょう」
私はその声の主に返事した。
「魔法少女は誰もが最後にそういうんだ。だから、僕は止めないよ」
頷く。大丈夫だよ、と言う代わりに笑ってみせた。
魔法少女であるときが一番私らしくいられたのかもしれない。一番自分を感じられていたような気がする。一番、安心できる居場所だったと思う。でも、何よりも言えるのは、私の存在が確かだったんだ。
だから、最後まで私らしくありたいんだ。
口から呪文が流れ出す。
終わりを感じると、胸の奥がハッカのアメを舐めたときのようにすうっとした。魔法少女でいたのは一年と少し、くらいだっただろうか。短かったような気もする。しかし、楽しかった。あの館はまた次の魔法少女が使うのだろうか。
さよなら、などと無粋な言葉は言わない。この街の奇跡のかけらになるから。
杖を高く掲げる。
薄ピンクの光の花びらが私を包み込む。
眩しい。そして、あたたかい。
視界が白くなって、やがて何も見えなくなった。
どこかでルイズリーの声がする。うるさいなあ。もう少し寝かせてくれたっていいじゃない。私、まだ眠いの。
「茉桜、起きてよ」
なんでそんな悲しそうな声をしているのよ。朝はまだなはずなのに。
「起きて、起きてよ。茉桜」
ゆっくりと目を開ける。目の前に金色の悲しそうな二つの瞳。
「どうしたの?」
「茉桜、起きてくれた。よかった、ほんとに」
ルイズリーは胸の上に飛び乗ってきた。体を起き上がらせようとしたが、びくともしなかった。重たい何かが私を押さえつけているかのようだ。
目に見える空の色は、終わりに近づく赤色。ゆったりと浮かぶ雲の色は空の色に染め上げられている。音はなく、静かに風が吹いている。背中に当たる土のぬくもりと湿り気、ざらりとした砂利の感触。当たり前のようなはずなのに、何かが欠けてしまったような違和感がした。
「私、どうしていたんだっけ」
悪魔にむかって殴りかかったことは覚えている。目の前に悪魔がいないということは、無事倒せたということだろう。しかし、その実感は一撃を与えた手の中にすら残っていなかった。その上、薄っすらと残っている悪魔との対峙の記憶は夢のようで、現実感がない。
だんだんと、体が動くようになってきた。ルイズリーは心配そうにしているが、地面に突き立てたステッキを頼りに、力の抜けそうな両足でどうにか立ち上がる。
「なんなの、これ」
そこに広がっていたのは、絶望そのもののような景色だった。
大地は灰色だった。燃え尽きた暖炉の灰のようだ。草木には昨日までの青々としていた面影はない。くすんだ色に変わり、そこに生気は感じられない。花はどこを見ても咲いていない。遠くに見える建物は、まるで何十年も前に廃れた廃都市のようだ。形は残っているが、崩れかけで今にも倒れそうなものもある。全てが息をしていなかった。これは死んだ街だ。足元に大きな影が落ちていた。徐々に夜の闇に包まれていく街は、どこからも音がしなかった。
「見たとおりだよ」
ルイズリーは淡々と言った。そこに感情があるとは思えなかった。
「見たとおりだよって、そんな…‥」
何も言葉が出てこなかった。
「あれだけ強い魔力で戦えば、そりゃ、街の一つだって滅んじゃうよ」
ハッとした。
「私が、戦ったから、なのね」
ルイズリーは返事をしなかった。その言葉だけが空気に溶けて、消えていった。なのに、形が残っているようで、妙に重たかった。
「ねえ、戻せないのかな。奇跡、だよね。戻すのも」
「できないわけじゃないよ、でも」
ルイズリーはそこで言いよどんだ。
「でも?」
「さっき、代償が必要って話はしていたのは覚えている?」
「悪魔が話していたね」
「つまりは、今の茉桜には足りないんだ」
「魔力…‥じゃなくてその代償が?」
すぐに察しがついてしまったのは良いことなのか悪いことなのかは判らない。でも、ルイズリーは悲しそうに頷いた。
「今までの魔法少女のうちの何人かも、同じようにして消えていったんだ。茉桜には、まだ残っていてほしかったな」
「ということは、方法はあるのね」
「自分そのものを代償にするんだ」
表情は悲しそうなのに、声はいつもと変わらなかった。その淡々とした声が教えてくれたとおりに、私は地面に魔法陣を描いた。
書き終わる頃には、頭上に星が輝いていた。いつもより輝いて見える星の灯が眩しかった。その灯りは硬くて遠いけれど、あたたかかった。
踏みしめるように、魔法陣の中央に立つ。星の灯がスポットライトのように私に降り注ぐ。胸を張って、杖を握り直す。
大きく一つ深呼吸し、空を見上げる。
「魔法少女なんていなければよかったのに」
私は誰に言うでもなく、独り、呟いた。
「茉桜、これでいいのかい?」
右隣から声がした。
「もちろんよ、ルイズリー。だって、こうするしかないでしょう」
私はその声の主に返事した。
「魔法少女は誰もが最後にそういうんだ。だから、僕は止めないよ」
頷く。大丈夫だよ、と言う代わりに笑ってみせた。
魔法少女であるときが一番私らしくいられたのかもしれない。一番自分を感じられていたような気がする。一番、安心できる居場所だったと思う。でも、何よりも言えるのは、私の存在が確かだったんだ。
だから、最後まで私らしくありたいんだ。
口から呪文が流れ出す。
終わりを感じると、胸の奥がハッカのアメを舐めたときのようにすうっとした。魔法少女でいたのは一年と少し、くらいだっただろうか。短かったような気もする。しかし、楽しかった。あの館はまた次の魔法少女が使うのだろうか。
さよなら、などと無粋な言葉は言わない。この街の奇跡のかけらになるから。
杖を高く掲げる。
薄ピンクの光の花びらが私を包み込む。
眩しい。そして、あたたかい。
視界が白くなって、やがて何も見えなくなった。
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