君、変わったよね

天野蒼空

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君、変わったよね

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「君、変わったよね」

「どうしてそんな事を言うの?」

 彼がなぜそんなことを言うのか、私にはわからなかった。

 空に浮かんだ欠けた月が、私達のことを青白い光でじっと見下ろす。並んで歩く私達の間には、彼が押している自転車一台分の隙間が開いていて、冷たい風が通り過ぎる。そこを道の両脇に立つ民家の塀が、なぜだかいつもよりも高く感じた。

「だって、君は約束を破ったのだろう?」

 私は約束や規則というものはなるべく守るタイプだ。今だって、制服のスカートは膝丈のままだし、ブラウスの牡丹は一番上まで止めてあるし、リボンだって緩めていない。彼ともっと長く一緒にいたいと思っても、門限より遅くに帰ったこともない。

「だからなんのこと?」

 彼との約束というものにも見に覚えがない。それに、彼が言うことには約束という札がかけられていなくても、なるべく従っていたつもりだ。

「じゃあなんで周りの人が俺らの関係を知っているんだよ」

「でも、私、誰にも言っていないよ」

「君さ、わかっているのかな。誰にも言わないようにって、最初に言ったじゃないか」

 私はかばんの取っ手を強く握り直した。

「言っていないんだって」

 もう一度、さっきよりも少しだけ強い口調で言ってみる。

「バレたくなかったんだよ。わかる?」

「で、でも、もうほかの人が知ってしまったのだって仕方ないのだから、もう少しオープンになってもいいんじゃないかな?」

 今まで知り合いがいそうな場所では会わないようにしていた。付き合う前と人前では態度が変わらないよう、同じ学校なのに、同じクラスなのに、私は彼になるべく近づかないようにして、感づかれないよう努力もした。だから、二人きりで話せるのは彼がロードバイクのトレーニングをする帰りの時間と、私の塾から帰ってくる時間が同じ時だけ。

「だからさ、バレたらみんなから冷やかされるだろ。君は何も気にしないようなお気楽なタイプなんだろうけれど、俺は違うの」

 彼が眉をピクピクと動かす。イライラしているときの癖だ。

 付き合って三ヶ月。誰とも付き合ったことのなかった私は、彼から告白されたことが嬉しかったから彼に幻滅されたくなかった。告白するんじゃなかった、なんて後悔させたくないと言う気持ちでいつもいっぱいだったから、彼の言うことは私の中で絶対になっていった。

 なのに、何度も私は彼をこんな表情にさせてしまっていた。

「ごめん」

 私が言えることはそれしかなかった。

「で、どうするわけ?」

「どうするって、もう、仕方ないからさ……」

「仕方ない、じゃないんだよなあ」

 下唇を少し噛むと、ほんのり鉄の味が口の中に広がった。

「だって、噂は否定したほうが早く広がるものだよ。それに、もうバレてしまったのだから、二人でお出かけとか行かない?」

「やっぱりさ、君、変わったよね」

 彼はふふん、と鼻で笑った。

 ああ、この回答は間違いだったんだ。

「そうかな。わかんないや」

 だから私は笑ってごまかした。

「バレるのが嫌なの。わかる? デートなんて行けるわけ無いだろ。行き先で他のやつに会ってみろよ。もう言い逃れできなくなるぞ」

「でも、もう知られているのだったら諦めようよ。それに、いつもこうやって帰り道に話すだけじゃない。ね、どこか行ってみようよ」

「あのさ、俺が嫌だっていうのをするのがそんなにいいわけ?」

 やっぱり彼の言葉は絶対なのだ。彼がだめだと言ったらそれで終わり。今までも、これからも。

「ごめん。この話はなかったことにして」

「わかった。じゃあ、別れよっか」

「え」

 言葉が続けなかった。声にならない何かが、喉でぐるぐると渦を巻く。地面がぐにゃりと歪む。

「ああ、でもちょっとだけそこの公園で話すか。最後だし、ちょっとな」

 彼が指差すのは、初めてキスをした公園。初めて彼に触れられた公園。初めて彼に抱きしめられた公園。

「わかった」

 涙を見せないように、音がなりそうなほど奥歯を噛みしめる。泣いたら私の中のなにかが音を立てて崩れてしまうから。

 最後まで私は彼の言葉に従うことしかできなかった。





 あれから2週間が経った。私と彼は同じ教室の中にいるのに、2週間前と何も変わらなかった。いや、もっと言うなら3ヶ月前とも何も変わらなかった。

「彼女とかいないのかよ」

 他の男子聞かれて彼は少しだけ赤くなる。

「やめてあげなよ~。こいつまだ好きな子に告白できていないチキンなんだから」

「そうそう。隣の高校の子でさ、去年からずっと好きらしいよ」

 周りの取り巻きみたいな、髪の毛の色が明るい女子がそれに加勢する。

 やめて、そんな顔は見たくない。

 やめて、そんな話は聞きたくない。

 私は急いでトイレに駆け込んだ。個室の中に入ると、糸が切れたみたいに力が抜けた。開けっ放しの蛇口みたいに、涙が次から次へと流れてくる。


 彼が私に求めていたものは、愛なんてきれいなものじゃなかったんだ。
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