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シアワセと幸せ
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私が館へ帰ってから最初に向かったところは図書館だった。普段は立ち入らない本の森の無言の威圧。だけれども怖がってたって始まらない。確かめるものだけ確かめておけばいい。妄想が妄想であることの確認だ。怯える必要なんて、ない。
「あるとすればこの辺かな……。」
分厚い本の背表紙。中身も想像できないようなタイトル。いつからそこにあるのかわからないような古くてボロボロの本と新しいどこも汚れていない本などがごちゃまぜに並ぶ棚の一角にその本はあった。
『薬品庫保管物一覧』
とても分厚く、大判な本。色褪せた背表紙とところどころ擦り切れた中の紙の様子から、随分と昔からここに置いてあるものなのだろう。そろりそろりと床に置き、目当ての薬を探す。
「これでもない……。これも違う。」
丁寧に、だけれども素早くページを捲りながら私はあるかどうかも分からない薬を探した。
やっぱりそんなものは無いんだ、と思い始めたのは、本の半分をすぎた頃。私の中に少しだけ余裕が生まれる。だけれども私はページを捲った。可能性を潰すため。自分の不安を消すため。どこかでそれを信じている自分を否定するため。
「え、あ、あった……。」
そのページに記されていたのは記憶を取り戻す薬。これを飲めば取り戻せるんだ、私の思い出。
思い出が取り戻せればきっと全てわかる。誰が思い出を消したのか。いや、誰の意思で思い出を消したのか。
あるってことが分かれば、あとはその薬を飲むだけなのだが、薬品庫、か。簡単に取り出せればいいのだけれども……。部屋に戻って使えそうなものがないかと数少ない私物を引っ掻き回す。
「こんなもの持ってたんじゃん。これを使えば……。」
することが決まれば後はやるだけ。思い立ったらすぐに。真っ直ぐに。
「失礼します……。」
医務室のドアを音が出ないように気をつけながらそっと開ける。少しだけ開けた隙間から、顔を覗かせる。
よし、誰もいない。
私はするりとドアの内側に入った。
「えっと、鍵はどこだ?」
周りを見ると机の上に無造作に置かれていた鍵があった。これが薬品庫の鍵だろうか。手に取って見るがわからない。薬品庫へ続くドアにその鍵をゆっくりと差し込み、回す。
──カチリ
「鍵、開いた……。」
こんなにもすんなりと行くと自分でも少し不安になるくらいだ。重たい木の扉をゆっくりと開けて中に入る。目当ての薬は多分奥の方にあるはず。足音を立てないように慎重に、でも素早く、私は薬を探した。
目的の薬を見つける前に私は一つの薬を見つけた。透明な小瓶に入った小さな錠剤。その色はまるで瓶に入った艶やかな赤い薔薇。ラベルには『思い出を消す薬』と書いてあった。そしてその隣に1冊の手のひらサイズのメモ帳があるのに気がついた。
「なにこれ。服用者一覧表……?」
捲っていくと最後のページにこう書かれてあった。
『蒼星の月十日
服用者 ミオ・ロゼッタリア・サクラ
ツカサ・ミリオレンス・トートルジアの命により服用。
備考。服用者が激しく抵抗した為、睡眠薬を併用。』
そしてその下に赤いペンで
『目覚めたあと用の手紙を用意しておく』
と、走り書きされていた。
これで確信した。私は私の意志で薬を飲んだんじゃないんだ。飲まされたんだ。今までの全ては、きっと嘘という砂糖でコーティングしたピーナッツみたいなものなんだ。私はきっと忘れたくなんてなかったはずだ。
そう分かると一つの小瓶をポケットに入れてすぐに自分の部屋に戻った。
その小瓶にはこんなラベルが貼ってあった。
『失くした記憶を戻す薬』
ベッドに腰掛けて小瓶の中の薬を見た。その薬はラピスラズリのような夜明け前の空の色をしていた。私はこの薬を飲んだらどうなるのかな。この館から追い出されるかな。そうやって考えたら、この薬を飲むのが少し怖くなった。だって、今の私にはここで過ごした思い出しかないから。
開けたままの窓から西日が差し込む。
空が幸せそうな赤で染まる。朱墨のような明るい色から始まるその空の赤。丹色、茜色、緋色、紅。西に行くにつれて、赤く、優しく、暖かく。
声が聞こえたような気がした。
「もう一度笑って話そう。」
コウの声。大丈夫、私は出来る。登らない太陽は存在しないから。
名前のない赤のグラデーションが優しく私を照らしていた。
ビンの蓋を開けて、私は考えた。この薬を飲んだら、私は「シアワセ」のことをどう思うようになるのだろう。ツカサやレイたちと過ごした一年と少しの間、満たされないものは何もなかったし、退屈する事も、悲しくなるようなこともなかった。この満たされた暮らしをシアワセというのならば、私がしようとしていることは自らシアワセを捨てる、つまり、ありえないことなのだ。
「それでもなぁ。」
口の中でそっと呟く。
「大切なものを失って手に入れたシアワセって本当にシアワセなのかな。」
大切なもの。私の思い出。思い出のないからっぽの人形を満たしていたものは何だったのだろうか。
きっと、答えは全てこれを飲めば分かるのだろう。私は薬を飲み込んだ。
あれ……?天井が見える。体が重いな。ああ、なんでだろう。重くて少し苦しいけど、あったかいんだ。なぜか涙が溢れてくる。
すうっと意識が遠のいて、暗い水底に沈んでいくように私は眠りについた。
「あるとすればこの辺かな……。」
分厚い本の背表紙。中身も想像できないようなタイトル。いつからそこにあるのかわからないような古くてボロボロの本と新しいどこも汚れていない本などがごちゃまぜに並ぶ棚の一角にその本はあった。
『薬品庫保管物一覧』
とても分厚く、大判な本。色褪せた背表紙とところどころ擦り切れた中の紙の様子から、随分と昔からここに置いてあるものなのだろう。そろりそろりと床に置き、目当ての薬を探す。
「これでもない……。これも違う。」
丁寧に、だけれども素早くページを捲りながら私はあるかどうかも分からない薬を探した。
やっぱりそんなものは無いんだ、と思い始めたのは、本の半分をすぎた頃。私の中に少しだけ余裕が生まれる。だけれども私はページを捲った。可能性を潰すため。自分の不安を消すため。どこかでそれを信じている自分を否定するため。
「え、あ、あった……。」
そのページに記されていたのは記憶を取り戻す薬。これを飲めば取り戻せるんだ、私の思い出。
思い出が取り戻せればきっと全てわかる。誰が思い出を消したのか。いや、誰の意思で思い出を消したのか。
あるってことが分かれば、あとはその薬を飲むだけなのだが、薬品庫、か。簡単に取り出せればいいのだけれども……。部屋に戻って使えそうなものがないかと数少ない私物を引っ掻き回す。
「こんなもの持ってたんじゃん。これを使えば……。」
することが決まれば後はやるだけ。思い立ったらすぐに。真っ直ぐに。
「失礼します……。」
医務室のドアを音が出ないように気をつけながらそっと開ける。少しだけ開けた隙間から、顔を覗かせる。
よし、誰もいない。
私はするりとドアの内側に入った。
「えっと、鍵はどこだ?」
周りを見ると机の上に無造作に置かれていた鍵があった。これが薬品庫の鍵だろうか。手に取って見るがわからない。薬品庫へ続くドアにその鍵をゆっくりと差し込み、回す。
──カチリ
「鍵、開いた……。」
こんなにもすんなりと行くと自分でも少し不安になるくらいだ。重たい木の扉をゆっくりと開けて中に入る。目当ての薬は多分奥の方にあるはず。足音を立てないように慎重に、でも素早く、私は薬を探した。
目的の薬を見つける前に私は一つの薬を見つけた。透明な小瓶に入った小さな錠剤。その色はまるで瓶に入った艶やかな赤い薔薇。ラベルには『思い出を消す薬』と書いてあった。そしてその隣に1冊の手のひらサイズのメモ帳があるのに気がついた。
「なにこれ。服用者一覧表……?」
捲っていくと最後のページにこう書かれてあった。
『蒼星の月十日
服用者 ミオ・ロゼッタリア・サクラ
ツカサ・ミリオレンス・トートルジアの命により服用。
備考。服用者が激しく抵抗した為、睡眠薬を併用。』
そしてその下に赤いペンで
『目覚めたあと用の手紙を用意しておく』
と、走り書きされていた。
これで確信した。私は私の意志で薬を飲んだんじゃないんだ。飲まされたんだ。今までの全ては、きっと嘘という砂糖でコーティングしたピーナッツみたいなものなんだ。私はきっと忘れたくなんてなかったはずだ。
そう分かると一つの小瓶をポケットに入れてすぐに自分の部屋に戻った。
その小瓶にはこんなラベルが貼ってあった。
『失くした記憶を戻す薬』
ベッドに腰掛けて小瓶の中の薬を見た。その薬はラピスラズリのような夜明け前の空の色をしていた。私はこの薬を飲んだらどうなるのかな。この館から追い出されるかな。そうやって考えたら、この薬を飲むのが少し怖くなった。だって、今の私にはここで過ごした思い出しかないから。
開けたままの窓から西日が差し込む。
空が幸せそうな赤で染まる。朱墨のような明るい色から始まるその空の赤。丹色、茜色、緋色、紅。西に行くにつれて、赤く、優しく、暖かく。
声が聞こえたような気がした。
「もう一度笑って話そう。」
コウの声。大丈夫、私は出来る。登らない太陽は存在しないから。
名前のない赤のグラデーションが優しく私を照らしていた。
ビンの蓋を開けて、私は考えた。この薬を飲んだら、私は「シアワセ」のことをどう思うようになるのだろう。ツカサやレイたちと過ごした一年と少しの間、満たされないものは何もなかったし、退屈する事も、悲しくなるようなこともなかった。この満たされた暮らしをシアワセというのならば、私がしようとしていることは自らシアワセを捨てる、つまり、ありえないことなのだ。
「それでもなぁ。」
口の中でそっと呟く。
「大切なものを失って手に入れたシアワセって本当にシアワセなのかな。」
大切なもの。私の思い出。思い出のないからっぽの人形を満たしていたものは何だったのだろうか。
きっと、答えは全てこれを飲めば分かるのだろう。私は薬を飲み込んだ。
あれ……?天井が見える。体が重いな。ああ、なんでだろう。重くて少し苦しいけど、あったかいんだ。なぜか涙が溢れてくる。
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