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八畳ほどの和室には、祭壇が設けられていた。祭壇には、小さな仏像が安置されている。そのほか、鈴や経など、祭具がいくつか並べられている。部屋にしみこんだ香(こう)の香りがわずかにした。
霊能者として依頼人と会うとき、早苗はこの部屋を使うことにしていた。この祭壇のものものしさが自分に威厳を与えてくれるからか、依頼人から悩みを聞き出しやすくなるからだ。
「こちらへどうぞ」
早苗にうながされるまま、依頼人のナルミが部屋に入ってきた。濃いメイクをした、痩せた女性だった。普通の民家におかれた場違いな祭壇に、彼女は少し驚いたようだった。
「それで、お話を聞きたい故人は?」
ナルミが座布団に座るのを待って、早苗は聞いた。視力が弱い者がよくやるように、目を細めて軽く身をのりだし、依頼人を見据えながら。
早苗は、少し名の知られた霊能力者だった。死んだ者の霊を呼び出し、その話を聞き、生きている者に伝える。
目の前に座るナルミも、死に分かれた家族のメッセージを聞きたいと依頼してきた。
「私の、私の娘です」
うつむいた依頼人の目には、涙が溜まっていた。
「娘は体が弱く、ふせりがちで……その日も早くに床について。本当に、それまでなんともなかったのです。でも、朝起きたときには、もう……」
語るナルミの声は震えていた。
ひそめられた早苗の眉の間のシワが、いっそう深くなった。痛ましいことだというように。
「もし、夜のうちに私が気づいていたら、助かったかも知れないのに。私が寝ている間に、娘は苦しんでいたに違いない。きっと、助けてくれなかった私を恨んでいるわ」
その話を聞いている間にも、早苗の目は細められたままだ。
「だから、娘に会いたくて、謝りたくて……」
早苗はやさしい微笑みを浮かべた。そしてそっと手を伸ばし、膝の上で硬く握りしめられたナルミの両手を包み込んだ。
「安心して、娘さんはあなたを恨んではいないわ」
そして、目で祭壇の方を指さす。
「ほら、あそこで娘さんが笑っていらっしゃいますよ」
「え?」
驚いた表情で、ナルミは顔を上げた。そして祭壇の方を見つめる。
だが、おそらくナルミに娘の姿は見えないだろう。
「本当? 本当に?」
ナルミは、膝で少し祭壇の方ににじり寄った。
「娘さんは……レオナさんは、お礼をしたいと言っていますよ。お母さんに、ありがとうって……」
早苗の家を出ると、ナルミは涙をハンカチでふいた。その目からもう、新しい涙はわいて来なかった。
「まったく、あの早苗とかいう奴、とんだ嘘つきだ。意味ありげに目なんて細めちゃってさ!」
思わずといった感じで、「ハハッ」と笑い声をあげた。
「レオナが病死ですって!」
(あれは餓死だ。だって、ろくに食べさせなかったのは私だもんね)
せっかく新しい恋人ができたのに、病弱なジャマ者がいたのでは、幸せになれない。だから、うまいこと娘を殺そうと思った。
もともとレオナの体が弱いのは本当だったから、うまく衰弱させて、病死にみせかけようという計画をたてた。そして実際、それはうまくいった。
病院以外で亡くなったため、家に警察もきたけれど、疑われることもなかった。
(もっとも、なんとなく怪しいと思ったけど、色々めんどうだったから事件にしなかっただけかも)
それにしても、我ながらうまくやったと思う。
娘の衰弱を精神的にも早めるため、「いつまで生きているの?」とか「産むんじゃなかった」とか言葉で虐待したけれど、証拠があるわけではない。
娘には余計な事を言わないようによく脅しておいて、医師の「もう少し栄養を」の言葉には「どうしても食欲がなく食べてくれない」とごまかした。
だらだらとごねて入院をさせないようにした。
「それなのに、私のことを恨んでないんだってさ」
優しい子なら、それでも産みの親を許す、ということもあるかもしれない。けれど、レオナはいつもこっちを睨みつけていた。恨みがましく。
だから、私を恨んでいないなんてありえない。
呪いなんて信じていないけど、最近ちょっとイヤなことが続いたし、なにより思ったより近場に有名な霊能力者がいると聞いたので、試しに行ってみたのだけれど、とんだ期待外れだ。やっぱり、本物の霊能力者なんているわけがない。
(まあ、そんなもんだよね)
ハハハ、とナルミは笑った。
客が去ってから、早苗はため息をついた。
「まったく、とんでもない母親ねぇ」
あの時、祭壇に現れた娘の霊は、はっきりこう言っていた。
『私は、お母さんに殺されたの。いっぱい、いっぱい、いじめられたの』
(そのとき思わずしかめっつらしちゃったよ……ナルミさんは私が同情してあんな顔したと思ってくれたみたいだけど)
『けど、「怒ってない」って言って』
そして、こう続けた。
『そうじゃないと、お返しできないの』
暗い、文字通りこの世の者ではない瞳で、レオナは母親を睨みつけた。
「そりゃあ、恨まれてるって知って、神社やお寺で除霊されたら復讐できないものねえ。警戒されたら、スキも生まれないだろうし」
なにも、依頼人に忠告する必要はないと思った。
あの娘も、恨みを晴らせば成仏できるだろうし、なにもこっちは苦労して子供を無残に殺した母親を救う義務はないのだから。
(それにしても……)
あのナルミさんという人、そうとう素行(そこう)がよくないようだ。
生霊や、水子の霊を、もやもやと体中にまとわりつかせていた。黒い粘土のかたまりを、顔といわず体といわず貼り付けているようだった。
(目を凝らさないと、その霊が邪魔で顔が見えないくらいだったわ)
これから、あの依頼人にどんなことが起こるのか。考えると、恐ろしい。だから、早苗は考えないことにした。
霊能者として依頼人と会うとき、早苗はこの部屋を使うことにしていた。この祭壇のものものしさが自分に威厳を与えてくれるからか、依頼人から悩みを聞き出しやすくなるからだ。
「こちらへどうぞ」
早苗にうながされるまま、依頼人のナルミが部屋に入ってきた。濃いメイクをした、痩せた女性だった。普通の民家におかれた場違いな祭壇に、彼女は少し驚いたようだった。
「それで、お話を聞きたい故人は?」
ナルミが座布団に座るのを待って、早苗は聞いた。視力が弱い者がよくやるように、目を細めて軽く身をのりだし、依頼人を見据えながら。
早苗は、少し名の知られた霊能力者だった。死んだ者の霊を呼び出し、その話を聞き、生きている者に伝える。
目の前に座るナルミも、死に分かれた家族のメッセージを聞きたいと依頼してきた。
「私の、私の娘です」
うつむいた依頼人の目には、涙が溜まっていた。
「娘は体が弱く、ふせりがちで……その日も早くに床について。本当に、それまでなんともなかったのです。でも、朝起きたときには、もう……」
語るナルミの声は震えていた。
ひそめられた早苗の眉の間のシワが、いっそう深くなった。痛ましいことだというように。
「もし、夜のうちに私が気づいていたら、助かったかも知れないのに。私が寝ている間に、娘は苦しんでいたに違いない。きっと、助けてくれなかった私を恨んでいるわ」
その話を聞いている間にも、早苗の目は細められたままだ。
「だから、娘に会いたくて、謝りたくて……」
早苗はやさしい微笑みを浮かべた。そしてそっと手を伸ばし、膝の上で硬く握りしめられたナルミの両手を包み込んだ。
「安心して、娘さんはあなたを恨んではいないわ」
そして、目で祭壇の方を指さす。
「ほら、あそこで娘さんが笑っていらっしゃいますよ」
「え?」
驚いた表情で、ナルミは顔を上げた。そして祭壇の方を見つめる。
だが、おそらくナルミに娘の姿は見えないだろう。
「本当? 本当に?」
ナルミは、膝で少し祭壇の方ににじり寄った。
「娘さんは……レオナさんは、お礼をしたいと言っていますよ。お母さんに、ありがとうって……」
早苗の家を出ると、ナルミは涙をハンカチでふいた。その目からもう、新しい涙はわいて来なかった。
「まったく、あの早苗とかいう奴、とんだ嘘つきだ。意味ありげに目なんて細めちゃってさ!」
思わずといった感じで、「ハハッ」と笑い声をあげた。
「レオナが病死ですって!」
(あれは餓死だ。だって、ろくに食べさせなかったのは私だもんね)
せっかく新しい恋人ができたのに、病弱なジャマ者がいたのでは、幸せになれない。だから、うまいこと娘を殺そうと思った。
もともとレオナの体が弱いのは本当だったから、うまく衰弱させて、病死にみせかけようという計画をたてた。そして実際、それはうまくいった。
病院以外で亡くなったため、家に警察もきたけれど、疑われることもなかった。
(もっとも、なんとなく怪しいと思ったけど、色々めんどうだったから事件にしなかっただけかも)
それにしても、我ながらうまくやったと思う。
娘の衰弱を精神的にも早めるため、「いつまで生きているの?」とか「産むんじゃなかった」とか言葉で虐待したけれど、証拠があるわけではない。
娘には余計な事を言わないようによく脅しておいて、医師の「もう少し栄養を」の言葉には「どうしても食欲がなく食べてくれない」とごまかした。
だらだらとごねて入院をさせないようにした。
「それなのに、私のことを恨んでないんだってさ」
優しい子なら、それでも産みの親を許す、ということもあるかもしれない。けれど、レオナはいつもこっちを睨みつけていた。恨みがましく。
だから、私を恨んでいないなんてありえない。
呪いなんて信じていないけど、最近ちょっとイヤなことが続いたし、なにより思ったより近場に有名な霊能力者がいると聞いたので、試しに行ってみたのだけれど、とんだ期待外れだ。やっぱり、本物の霊能力者なんているわけがない。
(まあ、そんなもんだよね)
ハハハ、とナルミは笑った。
客が去ってから、早苗はため息をついた。
「まったく、とんでもない母親ねぇ」
あの時、祭壇に現れた娘の霊は、はっきりこう言っていた。
『私は、お母さんに殺されたの。いっぱい、いっぱい、いじめられたの』
(そのとき思わずしかめっつらしちゃったよ……ナルミさんは私が同情してあんな顔したと思ってくれたみたいだけど)
『けど、「怒ってない」って言って』
そして、こう続けた。
『そうじゃないと、お返しできないの』
暗い、文字通りこの世の者ではない瞳で、レオナは母親を睨みつけた。
「そりゃあ、恨まれてるって知って、神社やお寺で除霊されたら復讐できないものねえ。警戒されたら、スキも生まれないだろうし」
なにも、依頼人に忠告する必要はないと思った。
あの娘も、恨みを晴らせば成仏できるだろうし、なにもこっちは苦労して子供を無残に殺した母親を救う義務はないのだから。
(それにしても……)
あのナルミさんという人、そうとう素行(そこう)がよくないようだ。
生霊や、水子の霊を、もやもやと体中にまとわりつかせていた。黒い粘土のかたまりを、顔といわず体といわず貼り付けているようだった。
(目を凝らさないと、その霊が邪魔で顔が見えないくらいだったわ)
これから、あの依頼人にどんなことが起こるのか。考えると、恐ろしい。だから、早苗は考えないことにした。
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