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もらいもの
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秋の山道は、落ち葉が降り積もっていて、歩くごとにつま先が少し沈む感じがした。すぐ前を、トンボがスイっと横切って行った。
当時、山で遊ぶときはいつもは親友のトシと一緒に遊んでいたのだけれど、その日は一人だけだった。たしか、トシが夏カゼを引いていたんだと思う。
なんだか冒険をしたくなって、僕は頂上に続く道を外れて歩き始めた。山と行っても低い物だし、遠くへ行かなければすぐ道へ戻って来れるはずだから、怖いとは思わなかった。
かさかさと落ち葉を蹴散らして進む。頭上の葉は、すっかり黄色くなっていた。
少し額に汗が浮かび始めたころ、遠くに低い木が見えた。
近づいてみるとそれは柿の木で、普通の物よりも一回り大きく、つやつやと実がたくさん成っている。
(おいしそう!)
けれど、もう落ちてしまったのか、それとも誰かに取られたのか、僕の手が届く下の枝にはもう実が残っていなかった。
柿の木は折れやすいから、登って取ろうとするのは危ないだろう。
木の周りをうろうろしてると、背後でがさがさ音がした。
振り返ると、枝切ばさみを担いだ、作務衣(さむえ)姿のおじさんが坂を登ってくる。
時々近所で見かけることがあるおじさんだ。確か××さんという名前だ。まだ若いのに、白髪が多く、背がひょろりと高く、なんだか浮世離れした雰囲気の人だ。
「僕、その柿欲しいのかい?」
僕は黙ってうなずいた。
「どれ、二、三個取ってあげようか」
そういって、××さんは枝切ばさみを構えた。
「ほんと?」
僕がわくわくして見ているなか、柿が枝切りばさみに挟まれて下ろされてきた。
裾を両手で持ち上げ、ハンモック状態にしたシャツに、××さんは柿を入れてくれる。陽にあたたまった柿は、なんだか血が通っているようだった。
××さんは、腰をかがめて僕の顔をのぞきこんだ。
「そうそう、私から柿をもらったって言ってもいいけど、この木がある場所は教えちゃいけないよ」
ちょっと不思議に思ったが、考えてみればこれだけ見事な柿の木なのだ。生えている場所が知られたら、あっという間に取られ尽くしてしまうだろう。
「うん!」
僕は元気よくそう約束すると山を下りた。
夕食後、母がその柿をむいてくれた。とびきり甘くておいしかった。
木の場所について聞かれたらどうごまかそう、と少しドキドキしていたのだが、幸い母はその事について何も言わなかった。ただ、「誰かにもらったの? ××さん? じゃあ、あとでお礼を言わなくちゃ」と言っただけだった。
その夜、僕は何だかお腹がチクチクして目が覚めた。
もう明け方が近いらしく、窓から差し込んだ光が、部屋を青白く照らし出していた。僕を挟んで寝ている両親の、静かな寝息が聞こえてくる。
お腹の違和感はひどくなるばかりで、僕は思わず布団に上体を起こした。
そのチクチクは、胃から食道、口へと逆流してくる。胃の中からサソリがはい上がってくるように。体の内部が傷ついていくのが分かる。小石のように硬くて小さい物が口にせり上がってくる。
ケッケッ、とえずくと、咳と一緒に何か白い物が飛び出した。
掛布団の上にポトリと落ちたのは、人の歯だった。朝の光を受け、ねっとりと白く光っている。その歯のすみに、米粒ほどの柿の果肉がくっついていた。
震える舌で歯列をなぞってみたけれど、おかしなところはない。やっぱり、誰かの歯が飛び出してきたのだ。
そう考え付くと怖くなって、僕は泣き叫んだ。
「どうしたの?」
心配そうに母が体を起こした。
「なんだぁ? 夢でも見たのか」
父が立ち上がって、電気の紐を引っ張った。
パチパチと音を立て、蛍光灯がついて、部屋は完全に明るくなる。
「今、今、歯、は……」
僕は、布団の上を指さした。
しかし、紺色の布地の上には、ただ柿のカケラがあるだけだ。
両親は、そのカケラに気づかず顔を見合わせて微笑んだ。
「寝ぼけたんだろう。まだ早いから、もう一度寝なさい」
父は僕の頭をぽんぽんと叩くと、また電気を消した。
それからしばらくして、××さんは警察につかまった。夏ごろ、訪ねてきた女性を殺し、あの柿の木の根元に埋めたとそうだ。
それを聞いて僕は吐きそうになった。
だって、僕が食べた柿は死体を栄養にして育ったものだったのだから。
何より、あの歯の正体が分かってしまったかも知れない。あれは、きっと、被害者の怨念の一部……
当時、山で遊ぶときはいつもは親友のトシと一緒に遊んでいたのだけれど、その日は一人だけだった。たしか、トシが夏カゼを引いていたんだと思う。
なんだか冒険をしたくなって、僕は頂上に続く道を外れて歩き始めた。山と行っても低い物だし、遠くへ行かなければすぐ道へ戻って来れるはずだから、怖いとは思わなかった。
かさかさと落ち葉を蹴散らして進む。頭上の葉は、すっかり黄色くなっていた。
少し額に汗が浮かび始めたころ、遠くに低い木が見えた。
近づいてみるとそれは柿の木で、普通の物よりも一回り大きく、つやつやと実がたくさん成っている。
(おいしそう!)
けれど、もう落ちてしまったのか、それとも誰かに取られたのか、僕の手が届く下の枝にはもう実が残っていなかった。
柿の木は折れやすいから、登って取ろうとするのは危ないだろう。
木の周りをうろうろしてると、背後でがさがさ音がした。
振り返ると、枝切ばさみを担いだ、作務衣(さむえ)姿のおじさんが坂を登ってくる。
時々近所で見かけることがあるおじさんだ。確か××さんという名前だ。まだ若いのに、白髪が多く、背がひょろりと高く、なんだか浮世離れした雰囲気の人だ。
「僕、その柿欲しいのかい?」
僕は黙ってうなずいた。
「どれ、二、三個取ってあげようか」
そういって、××さんは枝切ばさみを構えた。
「ほんと?」
僕がわくわくして見ているなか、柿が枝切りばさみに挟まれて下ろされてきた。
裾を両手で持ち上げ、ハンモック状態にしたシャツに、××さんは柿を入れてくれる。陽にあたたまった柿は、なんだか血が通っているようだった。
××さんは、腰をかがめて僕の顔をのぞきこんだ。
「そうそう、私から柿をもらったって言ってもいいけど、この木がある場所は教えちゃいけないよ」
ちょっと不思議に思ったが、考えてみればこれだけ見事な柿の木なのだ。生えている場所が知られたら、あっという間に取られ尽くしてしまうだろう。
「うん!」
僕は元気よくそう約束すると山を下りた。
夕食後、母がその柿をむいてくれた。とびきり甘くておいしかった。
木の場所について聞かれたらどうごまかそう、と少しドキドキしていたのだが、幸い母はその事について何も言わなかった。ただ、「誰かにもらったの? ××さん? じゃあ、あとでお礼を言わなくちゃ」と言っただけだった。
その夜、僕は何だかお腹がチクチクして目が覚めた。
もう明け方が近いらしく、窓から差し込んだ光が、部屋を青白く照らし出していた。僕を挟んで寝ている両親の、静かな寝息が聞こえてくる。
お腹の違和感はひどくなるばかりで、僕は思わず布団に上体を起こした。
そのチクチクは、胃から食道、口へと逆流してくる。胃の中からサソリがはい上がってくるように。体の内部が傷ついていくのが分かる。小石のように硬くて小さい物が口にせり上がってくる。
ケッケッ、とえずくと、咳と一緒に何か白い物が飛び出した。
掛布団の上にポトリと落ちたのは、人の歯だった。朝の光を受け、ねっとりと白く光っている。その歯のすみに、米粒ほどの柿の果肉がくっついていた。
震える舌で歯列をなぞってみたけれど、おかしなところはない。やっぱり、誰かの歯が飛び出してきたのだ。
そう考え付くと怖くなって、僕は泣き叫んだ。
「どうしたの?」
心配そうに母が体を起こした。
「なんだぁ? 夢でも見たのか」
父が立ち上がって、電気の紐を引っ張った。
パチパチと音を立て、蛍光灯がついて、部屋は完全に明るくなる。
「今、今、歯、は……」
僕は、布団の上を指さした。
しかし、紺色の布地の上には、ただ柿のカケラがあるだけだ。
両親は、そのカケラに気づかず顔を見合わせて微笑んだ。
「寝ぼけたんだろう。まだ早いから、もう一度寝なさい」
父は僕の頭をぽんぽんと叩くと、また電気を消した。
それからしばらくして、××さんは警察につかまった。夏ごろ、訪ねてきた女性を殺し、あの柿の木の根元に埋めたとそうだ。
それを聞いて僕は吐きそうになった。
だって、僕が食べた柿は死体を栄養にして育ったものだったのだから。
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