戸棚の中の骨 2

三塚 章

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めしませチョコレート

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 バイト先のデパート出ると、知らない女の子が駆け寄ってきた。
「あ、あの……」
 ポンポンのついた分厚いポンチョに、赤いチェックのスカートに黒いタイツ。かわいい子だった。
 そんな子に話しかけられて、一番初めに僕が思ったのは、「なんだろう」でも「嬉しい」でもなく、(あれ、この子、どっかで見たことある)だった。
 けど、それがどこでの事か思い出せない。ひょっとしたら、気のせいかも知れない。
「あ、あの、これ、受け取って下さい!」
 女の子はツインテールの頭をぴょこんと下げ、赤いラッピングの箱を持った両手を突きだした。
「え?」
 僕はその勢いに押され、つい受け取ってしまった。
「では!」
 あっという間に女の子は背中をむけ、駆け去っていった。

「で、受け取って来ちゃったの」
 僕のアパートに遊びに来ていた恋人のエリナは、あきれたようにテーブル上の小箱を見ていた。
「だって、急に渡されたからさ」
「で、私という彼女がいることも言う暇がなかったと。でもさ、バレンタインにはだいぶ早くない?」
「確かに」
 今デパートのチョコ売り場には、ハートのバルーンだのなんだの、バレンタイン用の飾りつけがされているのは知っている。客の足を止めるため、童話をモチーフにしたチョコのオブジェも置かれ、フォトスポットになっていた。
 自分の働いている階とは違うからあまり足をむけることはないけれど。
 でもそれはどこの店でもやる時季を先取りした販促だ。
 実際のカレンダーは一月中旬。
「ねえ、これ開けていい?」
 一応女の子が僕にくれたものだから、彼女に開けさせるのは悪いような気がしないでもない。
 けど、まあいいだろう。
 「いいよ」と答えると、早速エリナは包装紙をはがし始めた。
 きれいに包装してあったからパッと見市販のものかと思ったけれど、手作りを自分でラッピングした物のようだ。
 トリュフというのか、チョコ玉が六個箱の中に納まっている。
「へぇー、美味しそう」
 さっそく彼女は手を伸ばした。
「おいおい、知らない人からもらったものだぞ」
「まさか。髪とか爪とか入ってるなんてそうそうないって」
 彼女はチョコを口に入れた。
「うわ、まっず」
 シンクまで行ってチョコを吐き出す。
「これ、焦げてるんじゃない?」
「だからやめとけっていったのに」
(それにしても、あの子、どっかで見た気がするんだよなあ)
 とにかく、またあの子が来たらちゃんと断ろう。僕はそう心に誓った。

 けれど、そうそううまいこと自体は収拾しなかった。
「あ、あの」
 バイトの帰りに、またその子が駆け寄ってきた。
「あの、あのチョコ、食べてくれましたか」
 まさか彼女にあげたとは言えない。
「え、いやまあ」
 少女はこっちをしばらくじっと見つめてくる。
「食べてくれませんでしたね」
 言い当てられて、僕はどきっとした。
 確かに嘘をつくのはうまくない自覚はあるけど、こんなにすぐにばれるなんて。
「あのチョコ、ちょっと失敗しちゃったみたいだから。あの、これ、また作ったので食べてください」
 箱を差し出してきた彼女の人差し指には、包帯が巻いてあった。
(『ツンデレッ娘(こ)が慣れない包丁で怪我をしながら、主人公のために料理を作る』なんてシチュエーションはもう古典だけど……)
 チョコを溶かすのにやけどでもしたのだろうか。そう考えるとすぐ返すこともできず、また受け取ってしまった。
 少女はにっこりと微笑むと、また駆け去っていった。

「で、またもらっちゃったと」
 彼女は箱を眺めながら言った。
「でもさ、バレンタインで一回あげれば十分なんじゃない?」
「そうだよね」
 彼女はパリパリと包みを開けた。またチョコ玉が六個転がっている。
「これ、前と少し色が変わっている。今度はおいしいかもよ」
 そう言ってエリナはチョコをテーブルに戻した。今度は食べる気は無いようだ。
「やっぱりやめとくよ。悪いけど、捨てるしかないな」
 心の中で謝りながら、僕はそのチョコをそっとゴミ箱に入れた。

 その日の夜だった。不自然な音を聞いた気がして、僕は目を覚ました。た追えば、何か紙屑が動いたような。
 台所あたりだろうか。かといって、わざわざすぐに起き上がって確認する気にはなれない。
 しばらくベッドの上でごろごろしていると、今度は確かに音がした。
 少し恐怖を覚えながら、僕は起き上がった。
 部屋の電気をつけ、台所に向かう。もちろん、台所は真っ暗だ。そっと壁に手を伸ばし、電気をつける。
 あの子だ。
 昼間、チョコくれた女の子が、シンクの前に立っている。
「え、え、なんでここに!」
「ひどい。やっぱり私が作ったチョコ、食べてくれなかったんですね」
(どうしよう。どうしたらいい?)
 シンクの下の収納には包丁がある。それを取られたら? 警察に電話するべきか? でも、下手に動いて相手を怒らせたら?
 じわりと額に汗がにじむ。
「私、デパートであなたを見て、それから、ずっとずっと……がんばって告白したのに……」
 そこで僕は彼女をどこで見たのかようやく思い出した。
 デパートのチョコフェア会場だ。お客様を楽しませるためのオブジェ。開いた本をかたどった台にのる、チョコでできた女の子の像。
 女の子は、人差し指の包帯をほどき始めた。
 そこには、指がなかった。何重にも巻かれた包帯の厚みで気づかなかったが、差し指の真ん中より先がない。
 そして、肉があるはずの断面は、茶色いペースト状になっている。
 僕が息をのんだせいで、口から変な音がした。
「最初にあげたのはちょっと失敗しちゃったから、今度は想いが伝わるように、指も入れたのに。それも捨てちゃうなんて」
  大きな少女の瞳が涙でうるむ。
 こぼれ落ちた涙が、頬をすべっていく。まるで水が砂の山を削るように、頬の肉が崩れ落ちていく。白い肌の下から、褐色の泥のような物がのぞく。
 モデルなんかじゃなかった。あのチョコの人形。あれが命を持ったのだ。じゃなければ、もっと別の生き物。人間でも、普通の動物でもない何物か。
(一体、こいつは何なんだ!)
 あっかんべをするように、少女の目の下が垂れ下がり眼球が飛び出す。唇が溶け落ち、、歯がむき出しになる。顔だけでなく、洋服の輪郭も崩れていった。
 ゴムマスクが溶けたらこんな感じだろうか。
 僕は、思わず床に尻餅をついた。恐怖で体が震え、立ちあがることができない。
 少女が覆いかぶさるように、倒れた僕の顔をのぞきこんだ。
 悲鳴が喉につかえ、息もままならない。
「私はただ食べてほしいだけなのに」
 茶色い粘り気のある液体が、僕の口に滴り落ちる。
 口の中いっぱいに、甘いものが流れ込んでくる。
 気管にまでチョコが入り込んできて、激しくむせた。
「ああ、うれしい。やっと食べてくれた」
 にっこり笑ったひょうしに、彼女の顔から左目がこぼれる。眼球が、僕の鼻の上にぼとりと落ちた。
 そこで、僕の意識は途切れた。

 次に目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。
 心配そうな顔でエリナがのぞき込んでくる。
「一体どういうシチュエーションなのよ。口にチョコつまらして気を失ってるって」
 あれから、大学を無断欠席した僕を心配して家にきたエリナに発見されたらしい。
 口の辺りをチョコまみれにして意識を失い倒れている、というなかなかシュールな状態だったようだ。よく喉が詰まって死ななかったものだと思ったが、運よく呼吸の幅は確保されていたみたいだ。
 床もチョコまみれだったそうで、あとで掃除をしないとならないらしい。
「どういうって言われても、僕にも何がなんだか……そうだ!」
 僕は慌てて身の回りを探した。
「なに?」
「ニュース、スマホのニュースみせて!」
 あいにく、自分のスマホは家にあるようだ。エリナが自分の物を貸してくれた。
『○×デパートでチョコのオブジェが盗まれる?』
 それはあまり大きく取り上げられるニュースではなく、すぐには出てこなかった。
 僕が気を失った夜、バイト先のデパートから消え失せたらしい。警察は盗難と見て捜査しているとのこと。だが、肝心の時間帯、監視カメラの不備で犯行の様子は写っていなかったらしい。
「どうしたの? すっごく蒼い顔してるけど。やっぱり、まだ気分悪い?」
「あ、うん。大丈夫だよ」
 半分茫然としながら、スマホを返す。
「それで。なんであんな事になってたわけ?」
 たぶん、あの夜にあったことを正直に言っても信じてもらえないだろう。こっちの頭がおかしくなったと思われるのがオチだ。
「いや、それがよく覚えていないんだ」
 僕は、そうごまかすしかなかった。
 これ以上追及されないように、慌てて話題を切り返る。
「それよりさ、今日一晩入院して様子を見ることになったんだよ。悪いけど、必要なもの、ウチから持ってきてくれないかな」
「いや、それはかまわないけど……」
 なんだか腑に落ちていないようだけど、エリナはうなずいてくれた。

 エリナは、彼のアパートの扉を開けた。そのとたん、甘ったるいチョコの臭いがする。
 下着類をバッグに詰め込んで、なんとなく彼の倒れていた台所に目をむけた。
(しかし、なんでチョコまみれで倒れてるって……あれ?)
 テーブルの上に、ちいさめのボウルが乗っていた。
 彼が倒れているのを見つけたときは、気が動転して気づかなかったらしい。
 のぞき込んでみると、ボウルの中に、お茶碗いっぱいほどのチョコが残っている。
(何だろこれ……手作りチョコ?)
 ひょっとして、彼は深夜チョコづくりをしようとしていたのか? それで転んで頭を打って気絶したとか。
(あれ? そういえば、床、キレイになってる? 誰か掃除したのかな?)
 なんにせよ、このチョコを放っておくわけにはいかないだろう。
 エリナはボウルにラップをかけようとした。
 視線を感じる。
(見られてる? どこから? ボウルの中から?)
 カチカチになったチョコの真ん中に、にごった魚の目のような、白い半透明のゼリー玉のような目が埋まっている。
「ひっ」
 片手に持ったラップがテーブルに落ちる。
 もう一度見てみると、もう目のような物はなかった。
「ああ、やだ。疲れてるんだ、きっと」
 エリナは今度こそラップをかけ、ボウルを冷蔵庫にしまいこんだ。
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