夢幻怪浪

三塚 章

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清岩

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「ねえ、お願いがあるんだけど」
 レナはスマホのスピーカーモードにしてマナミに話かけた。
 レナの周りにはアスカとユウコがにやにやと話を聞いている。
 駅前に建っているビルの三階にあるファストフード店。そこのソファに三人は陣取っていた。隅で、小学生くらいの少女が小さくなって座っているのが場違いな感じだった。
 テーブルには食い荒らされたポテトやチキンが散らばっている。
 店内はそこそこ混みあっていて、聞かれてはまずい会話をしても、返って他の騒音に紛れて人の耳には入らないだろう。
『お願いって……でも、この間三万貸したよね』
 聞こえてくるマナミの言葉には恐怖が混じっていた。
「話は最後まで聞けよクソ、ブスが!」
 女子中学生にはふさわしくないレナの言葉に、他の二人がドッと笑い声をあげた。
 レナは、すぐに媚びるような猫なで声になった。
「あのさあ、駅の前にある清岩(きよいわ)、知ってるでしょ?」
 レナは、窓から駅の広場を見下ろした。
 広場の隅に、船の形の黒い岩があった。町の人達の待ち合わせ場所として親しまれている物だ。誰かが作ったオブジェではなく、昔からあった物が、どかすには重過ぎるという理由で残った物らしい。子供が登らないように周りに柵が取り付けられているが、そんな物がなくてもイタズラをする子供はいないだろう。どういうわけか、この岩を粗末に扱うとバチが当たるといわれているからだ。
『そ、その岩がどうしたの?』
「あの岩の周りを三回回って、三回叩くと幽霊に呪われるっていう噂、知ってる?」
 もちろんマナミもその話を知っていた。小学校時代から囁かれていた噂。
「最近、たまたまその話が出たら、気になっちゃってさ。確かめてほしいんだ」
『え……』
 三人はそこでまたドッと笑い声を立てた。
 ユウコがバカにしたような口調で言う。
「大丈夫だよ、あんなのただの噂だって! それに何もなかったらかっこいいよ! 呪いに勝ったみたいで!」
 アスカもそれに調子を合わせた。
「そうそう、それに妹もお姉ちゃんのこともっと好きになるんじゃないかな~」
 その言葉を受けて、レナがスマートフォンを女の子の方に近づけた。
「お姉ちゃん……」
『マナカ? どうしてマナカが、妹がそこにいるの?』
 焦りと怒り、殺意さえ混じった声でマナミが言ったが、レナ達はニヤニヤと馬鹿にした笑みを浮かべているだけだ。
「別に? たまたま見かけたから一緒にいるだけだよ~」
 実はマナカが小学校を出るところを待ち構えて無理に連れてきたのだが、レナはシレツとそういった。
「それにしても、妹さんかわいいね。お姉ちゃんとはすごい違い!」
 ユウコが嫌味を言う。
 しばらく、マナミは何も言わなかった。妹が人質に取られるとは思わなかったのだろう。もしここで断ったら、妹がどんな目に遭わされるかわからない。マナミと同じようにトイレに閉じ込められ、水をかけられるのか、それともひどく殴られるのか。
「ほら、分かったら早く駅にきなよ。見ててやるからさ。それとも、あんたの代わりに妹痛めつけてやろうか?」
『……分かった』
 それを聞くと、レナは通話を切った。
「さて! 来るかな~」
 ユウコが窓に貼りつく。レナとアスカもそれに続いた。マナカはただうつむいている。
 しばらくして、レナが「来た!」と声を上げた。
 広場の隅から、辺りを見回しながらマナミがやってくる。
「見て見て、かなりビビッてる!」
「笑えるんだけど!」
 レナとアスカがそれぞれスマホを使って録画を始めた。幽霊でも出たら撮ってやろうという考えだった。
 撮られていることも知らず、マナミは石の周りを回り始める。一周……二週……
「そういえばさあ、どうしてあの岩って呪われるって言われてるの?」
 窓の外をのぞきながら、アスカがいった。
「さあ?」
 レナとユウコも首をかしげる。
「私、知ってるよ」
 今まで怖いお姉ちゃん達にかこまれて怯えていたマナカが急に口を開いた。
「昔ね、このあたりに、きれいな女の人が住んでたんだよ。清(きよ)っていう。その女の人はきれいだったから、お金持ちの男の人がその人のことを好きになったんだよ。でも、そのことが他の女の人は気にいらなかったの」
 いつのまにか、レナ達は黙ってマナカの話を聞いていた。
 外では、マナカが岩のまわりを三周し終わったようだった。
「でね、清は、あの岩の近くで他の女の人達につかまったの。そして、髪を引っ張られたり、突き飛ばされたりしてるうちに、頭をあの岩にぶつけて死んじゃったの」
 レナ達は、無言でマナカの話を聞き入っている。店内のざわめきがやたら大きく感じた。
 暗くてよく見えないが、マナミはそっと腕を持ち上げたようだった。そして岩をゆっくりと叩いた。まずは一回。
「でもねえ、それでも女の人達は許さなかったの。清の顔を刃物で切ったんだよ。何度も、何度も、ぼろぼろになるまで。ぼろぼろになった顔を見れば、お金持ちの男の人も、清の事を嫌いになるだろうって。そして、他の女の人の誰かを好きになるだろうって」
 そして二回。
 残酷な話のせいか、レナ達は蒼ざめてどこか怯えているような顔をしている。
「だからあの岩でずっと清は町の女の人を恨んでいるんだよ。特に、いじめっ子は大嫌いなんだよ」
「……ば、バカみたい! ただの昔話でしょ!」
 わざと大きな声でレナは言った。
 その間にマナミが、最後の一回を叩き終わった。
 岩から、黒い煙のような物が湧きたったが、レナ達にも、岩のすぐそばにいたマナミでさえも目でとらえることはできなかった。
「何も起こらないみたいだし、帰ろ!!」
 レナ達は「つまらない」「時間の無駄だった」などと文句をいいながら、ぞろぞろと店を出ていった。
 一人になったあとも、マナカはその場から動かなかった。
 自分の目の前に立つ黒い煙のような物をジッと見つめていた。その目の中で、黒い霧がふわりと広がっていった。

 それから、マナミの身に特に悪いことは起きなかった。レナ達が撮ったスマホの録画データにも、怪しい物は映っていなかったと聞く。
 逆に、不幸が降りかかったのはレナ達の方だった。アスカとユウコは、道を歩いているときにトラックに突っ込まれた。そして、レナは通り魔に刺された。胴だけでなく、顔もめった刺しにされていたという。
 マナミは、内心ざまをみろ、と思った。
 マナミがレナ達にいじめられていたのは皆知っていたので、「マナミが呪い殺した」という噂がたったが、それも気にならないほどの喜びだった。
「よかったね、お姉ちゃん」
 マナカが言った。
「人が死んでるんだよ、そういうことは言っちゃダメ」
 マナミは妹をたしなめた。きれいごとというのは大事だ。
「きっと清さんが助けてくれたんだよ。自分みたいにいじめられていたお姉ちゃんのことを」
(そうなのだろうか……)
 でも確かにそう考えれば、幽霊を呼び出したマナミではなくレナ達に不幸が訪れたのにも説明がつく。
 それに、三周して三回叩く、なんて簡単なことだ。でも、少なくともマナミはレナ達以外、清に呪われたという話は聞いたことはない。
 岩の伝説ができたのがいつかは知らないが、その時から現代まで、誰一人としてその儀式をする人はいなかったのだろうか? それは考えにくいだろう。
 だとすると、幽霊を呼び出すには岩をまわって叩く以外にも、「いじめられていて、いじめっ子を殺したいほど憎んでいる」という条件が必要だったのかも知れない。
「でも、ナイフで刺されるなんて、怖いねお姉ちゃん」
 言葉のわりに、大して怖くもなさそうにマナカは言った。
 その冷めた表情に、マナミは背筋が寒くなった。あの事件があってからあと、妹の様子がおかしく思えるのは気のせいだろうか? 
(呼び出された清の幽霊は、レナ達を殺したあとどこにいったのだろう?)
 そのことを深く考えると、とんでもない答えを導きだしてしまいそうで、マナミはそこで考えるのをやめた。
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