夢幻怪浪

三塚 章

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おかしないきもの

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 夏休みが終わり、小学校の校舎に子供達の声が戻ってきた。教師である俺は、夏休み中も用事で学校に行くこともあったが、その時の静かな校舎と今のにぎやかなのとではまるで別の場所のように見える。
 携帯やスマホで連絡が取れるようになっても、やっぱり実際に顔を合わすのとは違うのだろう、休み明け初日、生徒たちは一日中落ち着かなかった。
「先生!」
 放課後、廊下を歩いているとタケル君が声をかけてきた。
 帰る前にちょっと声をかけてみた、という感じで、ランドセルを背負って黄色い帽子をかぶっている。
「授業で言っていた深海魚の話なんだけど……」
 そういえば、自由研究で飼っている金魚の観察をした子がいて、その流れで休み時間の雑談として深海魚の話をした。頭にある発光器を虫に見せて、おびき寄せた小魚を食べる魚の話だ。
 結構興味を持った子が多くて、「へー」とか「すごい!」とかいう声がちらほらと聞こえていた。
「ああいうことする動物って、海の外にもいるの?」
「さあ、どうかな。あんまり聞いたことないけど」
 一瞬、モズのはやにえを思い出したけど、あれは仕留めた獲物を枝にさして保存してあるだけだから、疑似餌とは違う。
 そして僕はふと友達から聞いた話を思いだし、話してあげることにした。

 これは僕の友達から聞いたんだけど、その子は夏休みに一人、森で虫取りをしていたんだって。そうしたら、ガサガサ動いている茂みを見つけたんだ。
 葉っぱの間から、何か薄茶色の物が動いているのが見えて、その子は子犬かウサギがいると思ったそうだ。さあ、その山に野生のウサギがいるかどうかは先生も知らない。その子も誰かのペットが逃げたと思ったのかもね。
 それで捕まえたくなって、両手でそれを押さえつけた。
 でも、それが子犬でもウサギでもないことは、触ったときに毛がなくてひんやりしていたからすぐに分かった。
 それは、人の右手だったんだ。
 左手首から上が、指でがさがさ動きまくっていたんだ。蜘蛛(くも)みたいにね。
 びっくりしてその手を放り投げて、逃げ出そうとしたところで、誰かにグッと腰を抱えられたそうだよ。明らかに人間ではない長い腕が、ベルトみたいに腰に巻き付いていたんだ。びっくりした友達は、思いっきり爪をたてて腕をひっかいたって。
 なんとか振り払って逃げ出して、途中で振り返ってみた。
 そこにいるのは、マヨネーズみたいな色をした怪人だったって。しわしわで、下っ腹が出ていて、右手がもうすぐ地面につきそうなほど長かったって。
 それでね、左手首がなかった。つまり、その怪人には外した手を動かす能力があったんだね。
 その怪人は左手を餌にみせて、その友達がそっちに夢中になっている間に、捕まえようとしたんだ。
 もし捕まったら食べられていたかも知れないって、友達は蒼い顔をして言ってたよ。

 結構薄気味の悪い話なので、怖がっているかと思ったら、タケル君はまるで感心しているようだった。
(まいったな。まさか本気にしちゃったのかな)
 もちろん、話のような生き物がいるはずはない。僕自体、この話は友人の作り話だと思っている。さすがに子供相手に嘘を教えたままなのはまずいだろう。
「いや、タケル君、あの話はたぶんその友達の作り話……」 
「なあんだ、僕の他にもみつけた人がいるんだぁ」
 タケル君は、言葉を遮るように言うと、ランドセルをおろした。そして、中から口を結んだ巾着袋を取り出す。デニムの厚い布でできた頑丈そうな物だ。大きさはそう――人の手首が入るくらいか。
「せっかく、変わった生き物をみつけたと思ったのに……」
 その袋は、生き物でも入っているように暴れていた。
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