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サトちゃん
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「ねえ、夏だしさ、肝試しに行かない?」
言い出したのは、レイコの方だった。
「ほら、ここなんかどう?」
レイコが差し出したスマホには、廃墟の団地が映し出されていた。
「それに、この辺りジュン君が昔住んでた所でしょ? 前に話してくれたじゃない」
「そうだけど、よく覚えてたね」
「だって、ジュンのことだもの」
その言葉に、ジュンは少し眉をしかめた。
あなたのことならなんでも知っていて当然、というノリに、なんだか少し気味悪く感じた。
もう長い付き合いだから倦怠期という物だろうか、最近だんだんとレイコの言動が鼻につくようになってきた。
それに、近場に住んでいたから思い出したくない記憶だってある。
「ね、ね、おもしろそうでしょ? 行ってみよう?」
その数日後。あまり乗り気ではなかったが、結局断り切れずにレイコはジュンと一緒にアパートの前にいた。
マンションの広い敷地に入ると、周りの民家が立てる音や話し声も聞こえなくなり、まるで無人の街に入り込んだような気がした。空気はジメジメとしていて、汗で服が肌に貼りつき不愉快だった。レイコの懐中電灯が、コンクリートの裂け目から伸びる草を照らし出す。ジージーとどこかで虫が鳴いている。
「うわ、なんか気味が悪いね」
レイコが大げさに言う。
気味が悪いもなにも、肝試しを言い出したのは自分じゃないか、と×は心の中で文句を言った。
何棟かある団地の、一番近い棟に二人は近づいていった。
エントランスの横には錆びたポストが並び、その奥に上へ続く階段が見える。
「そういえば、ネットで見たんだけど、このあたりにサトちゃんが出るんだって」
レイコは、言いながらコツコツと足音をたて、階段を上がっていく。さすがにハイヒールではないが、彼女の靴には硬い高めのヒールがついていた。
(普通、廃墟を歩くのにそんな歩き辛そうなのを履いてくるか? 足場が悪いだろうに)
一度相手の事が嫌になると、今までなら気にもしなかっただろうことまで欠点に思えてくるものだ。
そんなジュンのイラダチにも気づかず、レイコはしゃべり続けていた。
「この辺りにね、いつも一人で遊んでいたカギッ子がいたんだって。『サトちゃん』っていう名前の」
一昔前、ほとんどの家庭では母親が子供の帰りを家で待っていたものだ。
そんな中、共働きの家の子は、家に帰っても独りぼっちでつまらない。だから外で遊ぼうとする。
けれど、他の子は学校から帰ってきたばかりで、母親におやつをもらったり、習い事に行ったりで、付き合ってくれない。だからペンダントのように家の鍵を胸にぶら下げて外をうろつくハメになる。
「でね、一人でふらふらしている所を中年の男に声をかけられたんですって。『お母さんが事故に遭って、病院に運ばれた。あなたに会いたがっているから急いできてほしい』って」
話しながら、レイコは目的地があるようにスタスタと歩いていく。
「それが嘘だったんだ?」
「そう、子供をおびき寄せるための嘘」
レイコは、三階に来ると階段から廊下へ入っていった。
左手に、錆びたドアが並んでいる。右は転落防止の塀があり、その上には夜空が見えた。風は吹いているものの生暖かく、心地よいとはいえない。
「で、その子は人気(ひとけ)のない場所に連れていかれて刺されて殺されちゃったの」
レイコは、三階の一番奥で立ち止まった。
「そんな事件があってから、ここで『サトちゃん』って三回呼ぶと、返事が返ってくるんだって」
そういうと、レイコは両手をメガホン代わりに『サトちゃん』『サトちゃん』と大声をあげた。
「あのさ」
最後の一回を阻止するように、ジュンが口を開いた。
「それ、俺が知っている噂とちょっと違うんだけど」
ジュンはレイコに一歩近づいた。
「違うって?」
レイコはきょとんと首をかしげる。
ジュンにはそれが幼稚っぽく愚かしい動作に思えた。
「俺が知っているバージョンでは、犯人は中年男じゃなくて、そのサトちゃんの二つ上くらいの少年だった」
また一歩、レイコは近づく。
その行動に不穏な物を感じ取ったのか、警戒するようにレイコは顔をしかめた。
「ちょうどそのころ女の子に興味が湧くころでね。サトちゃんを人気(ひとけ)のない場所におびき出したまではよかったんだけど、そこで騒がれた。だから首を絞めて殺したんだ。刺殺じゃない」
ジュンはレイコに手を伸ばした。背を向け逃げ出そうとする女の肩をとらえる。
自分でも驚きのあまりなんて言っているのか分からないのだろう、レイコがまるで助けを求めるように、『サトちゃん!』と叫んだのが滑稽だった。
両手でレイコの首を思い切り締めあげる。
レイコの手から懐中電灯が転げ落ちた。
「なんでここまで詳しいと思う? その犯人は俺だからさ」
レイコは、声を出すこともできず目を大きく見開いてただジュンをみつめている。
あの時は、子供だから疑われることはないと思っていた。それに、親の仕事で近々引っ越すことになっていたので、逃げきることができるはずだと。
そしてそれはその通りになった。今回も、目撃者はいない。死体を隠す場所にさえ気をつければうまくいくはず。
それに秘密を語ってしまった以上、口を封じるしかない。黙っていればよかったのかも知れないが、自分が恐ろしい罪を犯しながらも逃げ延びていることをずっと自慢したかったのかもしれない。
ぺたり。
足音がして、ジュンは反射的に振り返った。
転がった懐中電灯の光が、床の上を線のように伸びている。その光の輪に、細い子供の両足が浮かび上がっていた。
レイコが近くでうずくまりせき込んでいる。
脛あたりまである白いソックスに、赤い靴。目を凝らすと、その上にワンピースを着た体がみえる。だが、顔は闇に沈んで見えなかった。片方ずつ足が動いて、その少女はジュンの方に歩み寄ってくる。
「多分、言ってなかったけどさ」
首を絞められた直後だからか、レイコの声はかすれ、時々裏返った。
「私も、あなたと同じで、この辺りに住んでたんだよ」
その少女は、着実にジュンに近づいてくる。
息をきらせながらもレイコは続ける。
「それでね、サトちゃんとは仲良しだったの」
いつのまにか、恐怖で腰を抜かしていたジュンの顔を覗き込むように、少女が身をかがめた。
木のウロのようにウツロで真っ黒な瞳と目が合う。
「だから、最近都市伝説を知ったときも、試すのにためらいはなかったわ」
逃げ出さなければと思うが、がんじがらめになったように体が動かない。
ジュンの頭に、幼いころの自分の顔が浮かんできた。最期にサトが見たであろう視点で。
目は吊り上がり、歯を醜くむき出しにし、そして顔全体を怒りと興奮で真っ赤に染めた自分の姿。両手を伸ばし、こちらの首を締め上げている。
「それで、サトちゃんが教えてくれたのよ。犯人があなただって」
うめき声をあげたはずなのに、自分の耳にも届かなかった。
視界が暗転し、その闇の中にぼんやりとした少女の姿がにじむように現れた。虚ろな目をした、ペンダントのように胸に鍵を下げた女の子。
小さな、蒼ざめた手がジュンにむかって伸ばされる。ジュンは、悲鳴をあげた。
言い出したのは、レイコの方だった。
「ほら、ここなんかどう?」
レイコが差し出したスマホには、廃墟の団地が映し出されていた。
「それに、この辺りジュン君が昔住んでた所でしょ? 前に話してくれたじゃない」
「そうだけど、よく覚えてたね」
「だって、ジュンのことだもの」
その言葉に、ジュンは少し眉をしかめた。
あなたのことならなんでも知っていて当然、というノリに、なんだか少し気味悪く感じた。
もう長い付き合いだから倦怠期という物だろうか、最近だんだんとレイコの言動が鼻につくようになってきた。
それに、近場に住んでいたから思い出したくない記憶だってある。
「ね、ね、おもしろそうでしょ? 行ってみよう?」
その数日後。あまり乗り気ではなかったが、結局断り切れずにレイコはジュンと一緒にアパートの前にいた。
マンションの広い敷地に入ると、周りの民家が立てる音や話し声も聞こえなくなり、まるで無人の街に入り込んだような気がした。空気はジメジメとしていて、汗で服が肌に貼りつき不愉快だった。レイコの懐中電灯が、コンクリートの裂け目から伸びる草を照らし出す。ジージーとどこかで虫が鳴いている。
「うわ、なんか気味が悪いね」
レイコが大げさに言う。
気味が悪いもなにも、肝試しを言い出したのは自分じゃないか、と×は心の中で文句を言った。
何棟かある団地の、一番近い棟に二人は近づいていった。
エントランスの横には錆びたポストが並び、その奥に上へ続く階段が見える。
「そういえば、ネットで見たんだけど、このあたりにサトちゃんが出るんだって」
レイコは、言いながらコツコツと足音をたて、階段を上がっていく。さすがにハイヒールではないが、彼女の靴には硬い高めのヒールがついていた。
(普通、廃墟を歩くのにそんな歩き辛そうなのを履いてくるか? 足場が悪いだろうに)
一度相手の事が嫌になると、今までなら気にもしなかっただろうことまで欠点に思えてくるものだ。
そんなジュンのイラダチにも気づかず、レイコはしゃべり続けていた。
「この辺りにね、いつも一人で遊んでいたカギッ子がいたんだって。『サトちゃん』っていう名前の」
一昔前、ほとんどの家庭では母親が子供の帰りを家で待っていたものだ。
そんな中、共働きの家の子は、家に帰っても独りぼっちでつまらない。だから外で遊ぼうとする。
けれど、他の子は学校から帰ってきたばかりで、母親におやつをもらったり、習い事に行ったりで、付き合ってくれない。だからペンダントのように家の鍵を胸にぶら下げて外をうろつくハメになる。
「でね、一人でふらふらしている所を中年の男に声をかけられたんですって。『お母さんが事故に遭って、病院に運ばれた。あなたに会いたがっているから急いできてほしい』って」
話しながら、レイコは目的地があるようにスタスタと歩いていく。
「それが嘘だったんだ?」
「そう、子供をおびき寄せるための嘘」
レイコは、三階に来ると階段から廊下へ入っていった。
左手に、錆びたドアが並んでいる。右は転落防止の塀があり、その上には夜空が見えた。風は吹いているものの生暖かく、心地よいとはいえない。
「で、その子は人気(ひとけ)のない場所に連れていかれて刺されて殺されちゃったの」
レイコは、三階の一番奥で立ち止まった。
「そんな事件があってから、ここで『サトちゃん』って三回呼ぶと、返事が返ってくるんだって」
そういうと、レイコは両手をメガホン代わりに『サトちゃん』『サトちゃん』と大声をあげた。
「あのさ」
最後の一回を阻止するように、ジュンが口を開いた。
「それ、俺が知っている噂とちょっと違うんだけど」
ジュンはレイコに一歩近づいた。
「違うって?」
レイコはきょとんと首をかしげる。
ジュンにはそれが幼稚っぽく愚かしい動作に思えた。
「俺が知っているバージョンでは、犯人は中年男じゃなくて、そのサトちゃんの二つ上くらいの少年だった」
また一歩、レイコは近づく。
その行動に不穏な物を感じ取ったのか、警戒するようにレイコは顔をしかめた。
「ちょうどそのころ女の子に興味が湧くころでね。サトちゃんを人気(ひとけ)のない場所におびき出したまではよかったんだけど、そこで騒がれた。だから首を絞めて殺したんだ。刺殺じゃない」
ジュンはレイコに手を伸ばした。背を向け逃げ出そうとする女の肩をとらえる。
自分でも驚きのあまりなんて言っているのか分からないのだろう、レイコがまるで助けを求めるように、『サトちゃん!』と叫んだのが滑稽だった。
両手でレイコの首を思い切り締めあげる。
レイコの手から懐中電灯が転げ落ちた。
「なんでここまで詳しいと思う? その犯人は俺だからさ」
レイコは、声を出すこともできず目を大きく見開いてただジュンをみつめている。
あの時は、子供だから疑われることはないと思っていた。それに、親の仕事で近々引っ越すことになっていたので、逃げきることができるはずだと。
そしてそれはその通りになった。今回も、目撃者はいない。死体を隠す場所にさえ気をつければうまくいくはず。
それに秘密を語ってしまった以上、口を封じるしかない。黙っていればよかったのかも知れないが、自分が恐ろしい罪を犯しながらも逃げ延びていることをずっと自慢したかったのかもしれない。
ぺたり。
足音がして、ジュンは反射的に振り返った。
転がった懐中電灯の光が、床の上を線のように伸びている。その光の輪に、細い子供の両足が浮かび上がっていた。
レイコが近くでうずくまりせき込んでいる。
脛あたりまである白いソックスに、赤い靴。目を凝らすと、その上にワンピースを着た体がみえる。だが、顔は闇に沈んで見えなかった。片方ずつ足が動いて、その少女はジュンの方に歩み寄ってくる。
「多分、言ってなかったけどさ」
首を絞められた直後だからか、レイコの声はかすれ、時々裏返った。
「私も、あなたと同じで、この辺りに住んでたんだよ」
その少女は、着実にジュンに近づいてくる。
息をきらせながらもレイコは続ける。
「それでね、サトちゃんとは仲良しだったの」
いつのまにか、恐怖で腰を抜かしていたジュンの顔を覗き込むように、少女が身をかがめた。
木のウロのようにウツロで真っ黒な瞳と目が合う。
「だから、最近都市伝説を知ったときも、試すのにためらいはなかったわ」
逃げ出さなければと思うが、がんじがらめになったように体が動かない。
ジュンの頭に、幼いころの自分の顔が浮かんできた。最期にサトが見たであろう視点で。
目は吊り上がり、歯を醜くむき出しにし、そして顔全体を怒りと興奮で真っ赤に染めた自分の姿。両手を伸ばし、こちらの首を締め上げている。
「それで、サトちゃんが教えてくれたのよ。犯人があなただって」
うめき声をあげたはずなのに、自分の耳にも届かなかった。
視界が暗転し、その闇の中にぼんやりとした少女の姿がにじむように現れた。虚ろな目をした、ペンダントのように胸に鍵を下げた女の子。
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