闇姫化伝

三塚 章

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現身(うつせみ)の 一

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 都は廃墟になっていた。占司殿から陵墓に行くあいだ、いやでも都の様子が目に入る。黒い雨でも降ったように、所々ヒルコが水溜まりのように散っていた。煙の匂いが鼻につく。まだ荒ぶる神と戦っている巫女がいるらしく、遠くで掛け声がした。山になった瓦礫から、墓標のように折れた木の柱が飛び出している。
 大通りには瓦に土、それに血と人の死体がばらまかれていた。子供をかばって倒れたもの、閉ざされた戸に手を伸ばしたまま事切れたもの。ほとんど内裏に避難した後なのか、それともどこかに隠れているのか、生きている人の姿は見えなかった。
「ひどい」
 帰る場所がなくなってしまった。真っ先に鹿子の胸に浮かんできたのはその言葉だった。旅先でつらいことがあっても、都の匂いや、賑やかさに包まれれば忘れることができた。だが、安心できる場所がなくなってしまったら、どこに帰ればいいんだろう。
 巫女達が狩り残した下級の荒ぶる神がまだうろついていた。巫女として、鹿子も祓いをするべきなのだろうが、今は一刻も早く柚木のもとへ行きたい。壁を伝い、物影に隠れながら鹿子は進む。
 崩れて瓦礫となった星明の壁を乗り越えると、ヒルコの陰気が肌を刺す。四方から湧き出たヒルコに、都はほとんど孤島のようになり始めていた。
 玲帝の葬られた山へと続く道をたどっていく。下に現れた草は進むに連れて丈を増し、周りの木も増え、鹿子は陵墓へと入り込んだのを知った。
 獲物を飲み込もうとじわじわと近寄ってくるヒルコを避けるように飛び越え、鹿子は獣道に近い道を進む。
 本来は埋められているはずの、陵墓の入り口が山の中腹にぽっかりと空いていた。石で補強された入り口をくぐる。生温い空気が奥から吹き付けてくる。
 まるで鹿子を誘(いざな)うように、壁に付けられた燭台に火が灯り進むべき道が照らしだされていた。長い道を通って、鹿子は玄室へと辿り着いた。橙色の明かりが、鹿子の影をいびつな形に引き伸ばした。
 玄室に入ってまず目に入ったのが、張り巡らされた何本もの細い布だった。そのすべてに呪文が書かれているのに気づき、鹿子は背筋が寒くなった。
 中央に安置された玲帝の胸のくさびは見るからに痛々しく、視線をそらしたくなるほどだった。隅には大きな荒ぶる神の外骨格が、浄化もされないまま転がっている。
「鹿子、遅すぎたな」
 凛とした、静かな声。
 柚木が血に塗られた刀を持ったまま、無造作に立っていた。そして、その足元に二つ、何かが落ちている。それは人間のようだった。男が二人、うつぶせに倒れている。殺嘉と淘汰。
 角髪がほどけ、地面に広がっている赤茶けた髪は間違いなく殺嘉のもの。うつぶせに倒れているせいで、顔が見えない。
 血で汚れてはいるが、みなれた衣は間違いなく淘汰のもの。こちらに背をむけ、右肩を下に倒れている姿は眠っているようにも見えた。
「かろうじてだが、死んではいない」
 柚木の言葉を肯定するように、殺嘉の指先がかすかに動いた。
 ひどく掠れて微かだったものの、淘汰の声が確かに耳に届く。
「鹿子さ……」
 鹿子の目が涙に濡れていく。もう、どんな手当てをしても助からない。傷ついて死んでいく人間を見るのが初めてではない鹿子は、それがわかった。殺嘉も淘汰も、黄泉路をたどる前に少し立ち止まってこちらを振り向いているだけにすぎない。
「呪いを解く方法は私を殺すことだけだ。この者達はお前に私を殺させまいとして先走ったようだな。鹿子、よい従者を持ったな」
 柚木は鹿子をみて微笑む。巫女だったときと変わりない、少女のように無邪気な笑みだた。
「あ……」
 目眩に襲われ、叫ぶことすらできなかった。しゃくりあげる時のように、短かくしか息が吸えない。
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