詩歌官奇譚(しかかんきたん)

三塚 章

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終章

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 人の物ではない牙を引っこ抜き、楽瞬達は村人達に今回の件を説明して回った。
「で、村に悪影響を与えていたのはこの妖怪でした。でも、もう僕達が倒したから」
 証拠を見せられれば、村の人達も納得するだろう。
「だから、村に残っても大丈夫なんだよ、紅嵐さん」
 旅の支度をする紅嵐を見ながら楽瞬は言った。
 紅嵐の部屋の机に広げられた着替えや保存食を袋に入れながら言った。
「いいの。村人達につまはじきにされたのは事実だからね。今さら前みたいに親しくされたって困るわよ」
 そういう紅嵐の顔はなんだか嬉しそうだった。
「それに、私いつかこの村を出たいと思ってたのよね。いいきっかけになったわ」
「かわいそうな雲石。ふられちゃったわね」
 香桃の言葉に紅嵐は笑った。
「さあ、わからないわよ。またこの村に戻ってくるかも知れないし」
 小虎が膝に前脚を乗せて甘えてくる。
「それにしても登黄は許せない。最後にぶん殴ってやる」
 小虎の頭をなでながら、きつい目で香桃は言った。
「ああ、勘弁してあげて。たぶんもうおしおきは受けてると思うから」
 すっと楽瞬は顔を反らせた。
「ええ?」
「たぶん、いや絶対にあの白虎が猫をなおしただけで終わりにするとは思えない。たぶん、ついでに小虎を通してひどいことをした人を祟ってると思う。たぶん当分の間恐い思いをするんじゃないかな」

 猫の鳴き声が響く。登黄はまわりを見回したが、当たりは真っ暗だった。いるはずの猫の瞳の光すらない。
(なんだ、なんだここは)
 出したはずの声は自分の耳にすら聞こえなかった。
 これは夢だ。昼寝をしている間に見ている夢だ。それは登黄自身にも分かっていた。けれど覚めようと思ってもその夢から抜け出ることはできなかった。
 胸に冷たい筋が走った。猫の爪どころではない、まるで刀で切り付けられたような大きな傷だ。生暖かい血が流れる。そこで初めて痛みが襲ってきた。思わず傷口を押さえる。
 怒り狂った鳴き声がして、腕にまた痛みが走った。
(うわあああ!)
 悲鳴はまた声にならない。
 猫の鳴き声は減るどころか数を増やし、包囲の輪を狭めてくる。
 逃げようとしたが足がうまく動かず、無様に倒れてしまう。その背中に無数の巨大な爪が襲いかかった。
 ――登黄は数か月間そんな悪夢を見ることになった――

「僕はまだしばらくこの村に残るよ。紫星さんをもっとちゃんと供養しないと」
 楽瞬が言った。
「そう。彼喜ぶと思う」
 まとめ終わった荷物を担ぎ、紅嵐は立ち上がった。足にまとわりつく小虎を抱き上げると、「それじゃあ」と手をあげてあいさつをして歩きだした。
「元気でね」
「またどこかで会えるかも知れませんわね」
 二人は小さくなる紅嵐の背中を見送った。
「あ!」
 楽瞬が道の隣に生える木の根元を指差した。そこに白い影があった。
 自身を地に縛り付けてまで村を守っていた青年は、ほほ笑みを浮かべて一礼するとその姿を消した。

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