1 / 31
小鳥箱
しおりを挟む
あっしの話を聞いてくれるんですかい? あっしはこう見えてもモトはかんざしの職人でしてね。自慢じゃねえが、大店(おおだな)と取引があったくれえの腕は持っていたよ。それがなんでこんな事になったのかって? 道端で倒れてた僧を助けたのが運の尽き。その僧がお礼にくれたのがこの箱よ。今になって考えてみりゃ、礼なんて口実で、奴はなんでもいいからその箱を手放したかったんじゃないかねえ。
その木箱は古い紐で結んであって、一見高級な茶碗でもはいっているのかと思いやしたよ。でも、中にへえっているのはそんな当たり前のもんじゃねえ。鵺(ぬえ)だか人魚だかの魂が入っているとかで、時折箱から「ぴい、よよよ……」って何とも言えない鳴き声が聞こえてくるんでさ。小鳥箱っていってね。そのさえずりの美しさたるや! うぐいすの声や太夫の嬌声もあの美しさにくらべればガマや牛の悲鳴に聞こえるってもんさ。もっとも、いくらそこそこの職人ったって、実際に吉原に行く金なんざありませんでしたがね。
鳴く箱なんて物を持って帰ってきたんですからねえ。そりゃあ長屋がにぎやかになりましたよ。近所の奴らが皆集まってきましてね。そこであっしはひらめいた。見世物小屋でもやりゃあ、もうかるんじゃないかってね。音が漏れないようにふとんをかぶせてね。金を払ってくれた者だけに、その布団に首を突っ込ませて音を聞かせるっていう手法でさあ。それが結構な大評判になってね。あんたも噂ぐらい小耳に挟んだことはないですかね。毎日押すな押すなの大盛況。だいぶ稼がせてもらいましたよ。
そうやって浮かれていたのが悪かったんでしょうかねえ。一人娘の咲がかどわかされたんでさ。おそらく、昼は人に囲まれて、夜は枕元に置かれる箱を盗むより、毎日遊んで歩いてる娘をさらうほうが簡単だと思ったんでしょうな。投げ込まれた文には、『箱と引き換えに娘を帰す』とありました。
ええ、ええ、もちろん無視をしましたよ。娘よりあの箱の方が大事ですから。え? 血の繋がった娘に酷い仕打ちだと? あんたはあの小鳥箱の鳴き声を聞いたことがないからそんな事をいうんですよ。あの天上の鳥もかくやというあの声……
けれど、かかあはそれが気にいらなかったんでしょうねえ。手紙の事なんて放っておけと言ったあっしに歯向かいましてね。そのままとっくみあいになりまして。気が付いたら例の箱を倒してしまったんですよ。紐が緩んでいたんでしょうねえ。いきなり箱の中から黒い影のような物が飛び出していきやして。ああ、中に入っていた魂が抜け出てしまったんだ、もう二度と箱は泣かないのだ、とわかりやした。もうカッと来ましてね。包丁をもってかかあに斬りかかりましたよ。
後ろを通る者に背を押され、又司(またじ)は聞き入っていた話から我に返った。周りの喧騒が耳に戻ってくる。
細い道に沿って渡された縄に、ちょうちんが吊るされぼんやり光っていた。その朧(おぼろ)な光の下で、商品を台に並べただけの夜市が開かれていた。公然の秘密として開かれるこの市に並ぶ商品は、いわくや不吉な故(ゆえ)のない物はないという。
「お客さん、買うの? 買わないの?」
目の前に座る、やさぐれた感じの女店主がそういって長いキセルを吹かした。
中古の硯や、細いヒビが角に入った手鏡の間に置かれた木の箱は、まだしゃべり続けていた。
『……しかし、向こうも必死でしてねえ。もみ合ううちに、あっしの方がぐっさり……そして気がついたらこんな目に遭ってたってわけでさあ。きっと、あの鳥だけでなく、あの箱も妖しい道具だったんでしょうねえ……生き物の魂を吸い取るような。どうです、お客さん。あっしを買いませんか。あの鳥みたいにきれいに歌えやしませんが、ヒマな時の話し相手にはなりますぜ。お客さん、お客さん……』
(魂を閉じ込めえる箱か。嘘かホントか、気味が悪い事だ)
又司は興味をなくし、その店から離れていった。
その木箱は古い紐で結んであって、一見高級な茶碗でもはいっているのかと思いやしたよ。でも、中にへえっているのはそんな当たり前のもんじゃねえ。鵺(ぬえ)だか人魚だかの魂が入っているとかで、時折箱から「ぴい、よよよ……」って何とも言えない鳴き声が聞こえてくるんでさ。小鳥箱っていってね。そのさえずりの美しさたるや! うぐいすの声や太夫の嬌声もあの美しさにくらべればガマや牛の悲鳴に聞こえるってもんさ。もっとも、いくらそこそこの職人ったって、実際に吉原に行く金なんざありませんでしたがね。
鳴く箱なんて物を持って帰ってきたんですからねえ。そりゃあ長屋がにぎやかになりましたよ。近所の奴らが皆集まってきましてね。そこであっしはひらめいた。見世物小屋でもやりゃあ、もうかるんじゃないかってね。音が漏れないようにふとんをかぶせてね。金を払ってくれた者だけに、その布団に首を突っ込ませて音を聞かせるっていう手法でさあ。それが結構な大評判になってね。あんたも噂ぐらい小耳に挟んだことはないですかね。毎日押すな押すなの大盛況。だいぶ稼がせてもらいましたよ。
そうやって浮かれていたのが悪かったんでしょうかねえ。一人娘の咲がかどわかされたんでさ。おそらく、昼は人に囲まれて、夜は枕元に置かれる箱を盗むより、毎日遊んで歩いてる娘をさらうほうが簡単だと思ったんでしょうな。投げ込まれた文には、『箱と引き換えに娘を帰す』とありました。
ええ、ええ、もちろん無視をしましたよ。娘よりあの箱の方が大事ですから。え? 血の繋がった娘に酷い仕打ちだと? あんたはあの小鳥箱の鳴き声を聞いたことがないからそんな事をいうんですよ。あの天上の鳥もかくやというあの声……
けれど、かかあはそれが気にいらなかったんでしょうねえ。手紙の事なんて放っておけと言ったあっしに歯向かいましてね。そのままとっくみあいになりまして。気が付いたら例の箱を倒してしまったんですよ。紐が緩んでいたんでしょうねえ。いきなり箱の中から黒い影のような物が飛び出していきやして。ああ、中に入っていた魂が抜け出てしまったんだ、もう二度と箱は泣かないのだ、とわかりやした。もうカッと来ましてね。包丁をもってかかあに斬りかかりましたよ。
後ろを通る者に背を押され、又司(またじ)は聞き入っていた話から我に返った。周りの喧騒が耳に戻ってくる。
細い道に沿って渡された縄に、ちょうちんが吊るされぼんやり光っていた。その朧(おぼろ)な光の下で、商品を台に並べただけの夜市が開かれていた。公然の秘密として開かれるこの市に並ぶ商品は、いわくや不吉な故(ゆえ)のない物はないという。
「お客さん、買うの? 買わないの?」
目の前に座る、やさぐれた感じの女店主がそういって長いキセルを吹かした。
中古の硯や、細いヒビが角に入った手鏡の間に置かれた木の箱は、まだしゃべり続けていた。
『……しかし、向こうも必死でしてねえ。もみ合ううちに、あっしの方がぐっさり……そして気がついたらこんな目に遭ってたってわけでさあ。きっと、あの鳥だけでなく、あの箱も妖しい道具だったんでしょうねえ……生き物の魂を吸い取るような。どうです、お客さん。あっしを買いませんか。あの鳥みたいにきれいに歌えやしませんが、ヒマな時の話し相手にはなりますぜ。お客さん、お客さん……』
(魂を閉じ込めえる箱か。嘘かホントか、気味が悪い事だ)
又司は興味をなくし、その店から離れていった。
0
あなたにおすすめの小説
怪異の忘れ物
木全伸治
ホラー
千近くあったショートショートを下記の理由により、ツギクル、ノベルアップ+、カクヨムなどに分散させました。
さて、Webコンテンツより出版申請いただいた
「怪異の忘れ物」につきまして、
審議にお時間をいただいてしまい、申し訳ありませんでした。
ご返信が遅くなりましたことをお詫びいたします。
さて、御著につきまして編集部にて出版化を検討してまいりましたが、
出版化は難しいという結論に至りました。
私どもはこのような結論となりましたが、
当然、出版社により見解は異なります。
是非、他の出版社などに挑戦され、
「怪異の忘れ物」の出版化を
実現されることをお祈りしております。
以上ご連絡申し上げます。
アルファポリス編集部
というお返事をいただいたので、本作品は、一気に全削除はしませんが、ある程度別の投稿サイトに移行しました。
www.youtube.com/@sinzikimata
私、俺、どこかの誰かが体験する怪奇なお話。バットエンド多め。少し不思議な物語もあり。ショートショート集。
いつか、茶風林さんが、主催されていた「大人が楽しむ朗読会」の怪し会みたいに、自分の作品を声優さんに朗読してもらうのが夢。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/30:『かお』の章を追加。2026/2/7の朝頃より公開開始予定。
2026/1/29:『かいもの』の章を追加。2026/2/6の朝頃より公開開始予定。
2026/1/28:『えあこん』の章を追加。2026/2/5の朝頃より公開開始予定。
2026/1/27:『ほうもんしゃ』の章を追加。2026/2/4の朝頃より公開開始予定。
2026/1/26:『きぐるみ』の章を追加。2026/2/3の朝頃より公開開始予定。
2026/1/25:『さむいごご』の章を追加。2026/2/2の朝頃より公開開始予定。
2026/1/24:『うるさいりんじん』の章を追加。2026/1/31の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる