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階層ゲーム
16 クオリア 鬼才
しおりを挟む「久しぶりだねk」
声が跳ね返り何重にも重なる。
高く透き通るような声間違いない。mだ。
ほのかに金木犀の香りがする。
高校時代mはよく金木犀の香水をしていた。
ゆっくり後ろを振り向く。
そこには、高校時代の制服を着たあの頃のままのmが立っていた。
mと会うのは高校二年の三月以来だ。
mはスタンフォード大学の医学部に17歳の時飛び級で入学した鬼才である。
それ以来連絡は取れておらず、どこで何をしているのか分からぬままであった。
「m?」
「そうだよ」
「どうしてここに、?」
「kは、私が昔よくしていたニューロンの話しを覚えてる?」
自分の質問に答えることなく、別の質問をしてくるm。
「ニューロン、」
「あ、なんとなく」
「あなたはニューロンの塊にすぎない。」
「このフランシス・クリックの言葉は私が最も好きな言葉よ」
「人は皆、世界そのものを見てるわけじゃない。」
「眼球からの視覚情報をもとに、脳が都合良く解釈し、勝手に作り出した世界を私たちは見てるの」
「実際の世界は色などなく、電磁波の飛び交う味気ない世界。」
「kは最近夢を見た?」
「夢?」
「ああ、久しぶりに見たよ」
「それも君に関係する夢を」
「あら、それは奇遇ね」
にっこり微笑んで見せるm。
「睡眠中の脳は外界や体から完全に遮断されている。」
「にも関わらず、鮮明と現れる夢世界はまぎれもなく脳が作り出したもの」
「なら、もしあなたのニューロン、いや集積回路に外部から接続することができたらどうなると思う?」
「現実と夢との区別がつかなくなる。」
「ええ、その通り」
「ただし、覚醒状態の時は目や耳などと外界からの刺激が多すぎて、幻覚を見せることはほとんどできないわ」
「左脳も機械なら話は別だけど。」
「左脳も?」
「ええ、あなた自分でも気づいていると思うけど、多少の記憶喪失を起こしているよね」
「うん、」
「それは、あなたの記憶の一部が、脳から、機械に備わっている末端メモリへとバックアップし、末端メモリから中枢メモリへ転送しきれていないということ。」
「簡単に言うと、脳に存在していた記憶の97%ほどが中枢メモリへ転送完了していて、残りの3%は今もなお、末端メモリから中枢メモリへ転送停止状態ということ。」
「いや、脳から機械に転送とかどういう意味だよ」
「何の話をしてるのかさっぱり分からないよ」
「そうね、それも無理はないわ」
「だって、その記憶もまだ転送停止状態だもの」
「え、?」
「安心して、簡単に説明するわ」
「あなたの中学時代に、とある事件があったの。」
「その事件であなたは、右脳に血液を送る重要な血管に損傷を負った。」
「その事件って火事のことか?」
「ええ、そうよ、よく覚えていたね」
mは目を丸くして大きく驚いている。
「いや、覚えていたわけじゃ、」
「あら、そう、誰かから聞いたのね」
「まぁいいわ、続きを説明すると」
「あなたは瀕死状態で二つの選択肢しか無かったの」
「一つは脳自体を摘出し、脳との媒介となり、自身の肉体の役割を果たす機械の肉体を身につけサイボーグとなる。」
「もう一つは、右脳自体を機械にバックアップして、記憶や意識を機械に宿すというもの。」
「その二択しか無かった。」
「ただ、どちらにもデメリットは存在していてたの。」
「一つ目の方法では、脳と機械との神経接続が上手くいかないと脳に必要な酸素や養分が摂取できず脳死してしまう。それに、加えて実験データもあまり無かった。」
「二つ目の方法では、左脳と右脳で記憶の重複が起こらないよう左脳の記憶をもデータ化し、機械へと移し替えなければいけないということ。だが、その方法は記憶障害が非常に起こりやすくなってしまうということ。」
「でも、その二つでは明らかに一つ目の方がリスクが大きかったの。」
「だから、あなたは右脳を摘出して機械を挿入され、意識や記憶を移したの。」
「その結果、あなたは案の定、多少の記憶喪失を起こしたが、生き帰ることができた。」
「それって、今、自分の脳の半分は機械だってことか?」
「ええ、その通りよ」
「そんな、信じられない」
「それも仕方ないわ、記憶を失ったあなたにとって非現実的過ぎるもの」
聞きたいことは山ほどある。
何故自分はそこまでして助けられたのか。何故そのことについて親は何も言わなかったのか。
今見ている世界は現実か夢か。
記憶を失う前の自分はどんな人間だったのか。
仮に今の話が真実だとして、何故mが知っているのか。
そう考えているとまたもやmが話し始めた。
「もう時間が無いわ、あなたの脳と接続できる時間は限られているの」
「最後に聞きたいことはある?」
「えっと、じゃ」
「何故、自分はそこまでして助けられたんだ?」
「いい質問ね」
一面真っ白な世界に細かい黒い線が浮き出し、いくつもの立方体ができていく。そして、遠くの方から徐々にその立方体が溶けるように崩れていく。
「あなたは、政府によって作られた抑止力なの。」
「抑止力?」
「ええ、政府は日本の未来を守るためなどという理由で、国民に隠しながら優秀な研究者を集た。」
「そして、人間離れした能力を持つ子供たちを生み出すため違法なゲノム編集技術を用いて実験を始めたの。」
「それは、エボルヴを抑圧するために?」
「ええ、その通り。」
「でも、実際はそれだけじゃ無い。政府はエボルヴを抑圧するとともに軍事力の強化、経済力を強化して世界統一を目指している。」
「それって」
「ええ、世界を敵に全面戦争を企んでいる。」
「もう既に、ロシアや中国と内密に手を組んでおり、作戦準備段階まで進行している。」
「そうなると、核戦争が勃発し、何十億という人が死ぬ。」
「それを防ぐため、エボルヴはヨーロッパ各国やアメリカなどと機密で実験を行なっている。」
「アメリカ?」
「アメリカは日本の防衛国じゃ、」
「いいえ、それは数十年前の話し、今は条約を結んでいるものの、影では両国共に裏工作が進んでいる。」
「いつ敵対してもおかしくないわ」
「でも、日本には自衛隊はあるものの、軍隊は所有していないはず。」
「ええ、人で構成された軍隊はロボットで構成された軍隊に比べて明らかに劣っている。」
「日本には、人で構成された軍隊はないけれど、ロボットで構成された軍隊や兵器は何十万台と地下に眠っている。」
「政府はそれを指揮する優秀な人材作成のためゲノム編集技術を用いている。」
「それが今の日本の現実よ」
「そんな、」
「そして、そのゲノム編集技術によって生み出され、厳選された中の超優秀者の一人があなたなの」
「筋力、頭脳、直感力、瞬間再生力、瞬発力、硬化能力、そして、並外れた五感」
「これらの能力を生み出すため、地球上のあらゆる生き物のDNAを合成して作られたの」
「ただ、その能力を日常的に使うとなると脳にも、体力的にも負担がかかり危険だと考えた研究者は、その能力を発動させるための鍵を作った。」
「それが、あなたが悩んでいる味覚異常。」
「あなたは、肉に含まれるDNAを検知するとさっき話した能力が一定時間発動するよう設定されている。」
「その発動を制御するために、あなたには吐き気がするほど酷い味覚異常を与えた。」
「銃で例えると、肉があなたの能力を解放するためのトリガーであり、味覚異常がセイフティの役割を果たしている。」
「そういった特別な能力を持った子供達があの沼座江中学校に集められ、特殊な授業を受けていたの。」
「いわゆる、政府によって厳選された人材の育成所というわけね」
「じゃ、あの中学校にはゲノム編集された子供達だけが通っていたのか?」
「いいえ、そんなこともないわ。」
「ゲノム編集されていない優秀な生徒もひとクラスに半数ほどはいたわ」
白い壁や床が崩れていき真っ黒な世界がすぐ近くに迫ってきた。
「おっと、もう時間のようね。」
「また、会いましょうk」
mが発した瞬間自分の立っている白い地が崩れ明るい光が目に飛び込んできた。
頭の中に電気が走ったような痺れる感覚。
「功治くん!」「功治くん!」
「起きてください!」
巫さんが必死に自分の肩を揺らしている。
「もう、3rd始まりましたよ。」
「功治くん!!」
バスの灯りが眩しくて目が開けづらい。
「あ、すいません。」
「何度起こしても起きないから、死んじゃったかと思いました。」
「そうですか、迷惑かけました」
「いえいえ、それじゃ3rd始めましょうか。」
「そうですね。」
mはなぜ、自分の脳に接続することができたのだろうか。mは一体何者なんだ。mに対しての謎が深まるばかりであった。
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