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海豹

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29 マイ・フェア・レディ

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 肉が自分に及ぼす影響は長くて一時間らしく、肉の摂取量を増やしても効果時間は上がらないらしい。
それにしても、尋常じゃないくらい不味かった。
「本当に迷ったんじゃないですか?」
柊さんがキョロキョロと周りを見渡し、不安気な様子である。
「いや、ここを左折して別れ道を右折、五つ扉を見送れば出てくるはず。」
「もう、疲れたー」
「朝陽、もう直ぐだからもたれないでくれ。」
「そんなこと言って三十分以上歩いてるわよ。」
「だってしょうがないだろこの地図見にくいんだよ。」
「それも一理あるかもしれませんが、根本的にこの"城"が広すぎますよ。」
巫さんはそう言いながら自分に持たれている朝陽の肩を引いた。
「というか、朝陽がクローズぎりぎりまで"レストラン"に粘るからだろ。」
「だって、ニ時間じゃ物足りないわよ。」
「あんな豪華なキャンディータワー見せつけられちゃ」
「そのせいで、周りの流れに置いてかれたんだからな。」
「もうー、私悪くないから、」
頬を膨らませ、腕組みをして拗ねる朝陽。
「せっかく四人でいるのですから、仲良くしましょうよ。」
「そういえば、ゆめちゃん凄いお酒強かったよね!」
「ええ、」
「ほんと、羨ましいなー」
「私、少し飲んだら直ぐ酔い潰れるから。」
「それに、酔ったら笑い上戸でずっと笑えてくるの。」
「いや、笑い上戸というより"笑い下戸"と言った方がしっくりくるわ。」
「それは大変ですね、」
「生まれつき?それとも何かしてるの?」
そう言って、重苦しい雰囲気を壊そうと必死な柊さん。
「いいえ、何もしてませんよ。生まれつきです。」
「でも、酔えないってのも結構辛いものですよ。」
「そうなの、?」
「ええ、いくら飲んでもシラフ状態じゃ面白くないですもの。」
「そっか、確かにずっと酔えないのもそれはそれで辛いのか」
自分と朝陽は酒を口にすら入れられないため話についていけない。
「あ、ここが言ってた別れ道じゃないですか?」
巫さんが後ろからそう言って指を指し示す。
「本当ですね、多分ここを右折すれば見えてくるはず。」
「あれ、?」
「え?」
そこは、行き止まりになっており真っ白な古い扉が設置されていた。
「何これ、」
「朝陽さん!あんまりこの"城"にあるものに触れない方が、、」
柊さんがそう言いった時には、朝陽は白い扉の取ってを引いて中を覗く途中であった。
金属の高い嫌な音が鼓膜を響かせ、白く重そうな古い扉がゆっくりと動く。
中は薄暗く、地下に繋がる階段が不穏な空気を醸し出している。
しかし、朝陽は怖じけることなく奥へ奥へと進んでいく。
「ちょっと朝陽さん!何でもかんでも近寄ったら駄目だっていってるのに!」
「だから、勝手に行ったら駄目だってば!」
柊さんが心配かつ不安そうな顔で一心不乱に叫んでいる。
「おい、朝陽ちょっと待てよ。」
自分も少し心配になってきた。
それでも、止まることなく朝陽はスキップしながら進んでいき、薄暗い階段を快調な様子で降りていく。
とうとう朝陽の姿は暗闇へと消え、見えなくなった。
「おーい、朝陽戻って来いよ。」
叫べば、自分の声が何重にもこだまする。
どうやら、階段の周りの狭い壁に音が反響しているらしい。
それに加えて、下から、時たま涼風が虎落笛のような音を立てて上がってくる。
「返答ないですね。」
巫さんは表情一つ変えることなく平然と暗闇を見つめている。
「ったく、朝陽、何してんだあいつ。」
「巫さん、柊さん、自分たちも行きましょう。」
「やだやだやだ」
すると、柊さんはそう言って巫さんの腕にしがみつき恐怖のあまり震えている。
「こんな暗いところ絶対無理、、」
「え、」
「分かりました。じゃ自分一人で行ってきます。」
「いや、私も気になりますので、花さん、直ぐ戻るんでここに居てもらえますか?」
「ちょ、ちょっと待てよ、ゆめちゃんまで何言いだすのさ」
「こんなどこかもわからない所で一人だなんて冗談言わないでよ。」
「なら、私たちと一緒に行きましょう。」
「いやいや、ゆめちゃん知ってるでしょ、私が昔から暗いところ絶対駄目なこと、、」
「ええ、でも覚醒効果が切れた功治くんを一人で行かすのは、万が一の場合危険です。」
「覚醒効果?」
「いや、そんなことより私を一人にして私が襲われたらどうするのよ、、?」
「それに、もしあなた達が帰ってこなかったら私どうしろって言うのよ!」
軽い地団駄を何度も踏みながら涙を浮かべる柊さん
「分かりましたよ、そこまで言うなら自分が背負って行くので背中に乗ってください。」
「え、!」
「いいの!」
その瞬間、恐怖から張り詰めた気持ちが切れたのかボロボロと涙を溢し笑顔を見せる柊さん。
「しっかり掴まってくださいね。」
「うん、本当にありがとう佐海くん。」
「いえいえ」
「ゴォー、ゴォーー」
「ギャーァ」
朝陽も柊さんも世話が焼けると呆れていると、階段の奥から低い音と共に悲鳴のようなものが鳴り響いた。
「何だ今の、」
「さあ、何でしょう。」
巫さんは首を傾げて眉を寄せる
「じゃ柊さん進みますよ。」
「うん、」
「私怖くて目開けられないから下どうなってるか話しながら降りてくれないかな?」
「分かりました。」
二人の足音が何重にも響く
「ここまで降りると光一つ無いですね。」
五十段ほど降りると辺りは真っ暗になり足で足場を確認しながら慎重に降りていかなければならなくなった。
「え、これどこまで続いているんだ。」
「本当に、微光一つ見えないですね。」
「それに、少し冷んやりしてきました。」
「確かに、降りるほど気温が下がっていきますね。」
降りれば降りるほど暗闇による焦りと不安が生じる。
視覚が無くなることへの恐怖が改めて実感させられる。
「ねえ、功治くんまだ着かないの。」
「ええ、まだ辺り真っ暗です。」
寝たのではないかと思うほど静かだった柊さんが自分の耳元で囁く。
もう五分ほど階段を降りているが一向に出口が見えない。
「というか、朝陽さんが一人でこの長くて暗い階段を降りられますかね?」
暗闇で表情は分からないが、頭の中に巫さんの怪しむ顔が鮮明に浮かぶ。
「本当ですね、いくら能天気の朝陽だといえどもこの暗闇を突き進んでは行かないんじゃないですか。」
「そうですよね。」
「ゴォー、ゴォー」
またしても低い音が反響している。
段々自分の中の恐怖が心を侵食していく。
手が冷たくなり、膝が少し震える。
どうやら、背中で小刻みに震えている柊さんの恐怖が伝染したらしい。
「ゴン」
「痛ってぇー」
天井と横幅が狭くなり、背を屈めて一人ずつでないと通れない広さになっていた。
強く頭を打ったため、酷く頭痛がする。
「大丈夫!?佐海くん」
「今、凄い音したよ」
「いや、ちょっと天井が狭まってて、」
「少し打っただけなんで気にしないでください。」
「巫さんも気おつけてくださいね、そこから狭くなってるんで。」
柊さんは恐怖を紛わすためか自分の背中で〈ロンドン橋落ちた〉を歌い始めた。
「ロンドン橋落ちる、落ちる、」
それより、ついさっきまで話していた巫さんの声が聞こえて来なくなった。
違和感を感じて振り返り声をかけてみる。
「巫さん、、ついてきてますか?」
「ロンド橋落ちる、」
「・・・」
「あれ、?」
「マイフェアレディ、」
「ちょ、巫さん!」
「返事してください。」
「どうなってるんだ、」
叫んでも叫んでも巫は返事をしない。それに、足音すら聞こえてこない。
「木と泥で作りなさい、木と泥で、木と泥で、」
「まさか、」
「巫さん大丈夫ですか、?」
あの狭い天井で自分と同じく頭を強打したのではないかと心配になり上に上がって行く。
「木と泥で作りなさい、マイフェアレディ。」
何分も柊さんを背負って、階段を降りているため思った以上に体力を奪われており、上るのに息が荒くなっている。
「はぁ、はぁ、」
「巫さぁん、、はぁ、、」
「木と泥は流れるよ、木と泥は、木と泥は木と泥は流れるよ、マイフェアレディ。」
「ちょっと、」
「はぁ、はぁ、」
「柊さん、巫さんの声が聞こえないんで静かにしてもらえないですかね、、?」
「はぁ、はぁ、はぁ、、、」
「レンガとモルタルで作りなさい、レンガとモルタルで、レンガとモルタルで、レンガとモルタルで作りなさい。」
「だから、ちょっと、本当に静かにしてくださ、、」
息が荒くなり、声が出しづらい。
柊さんの歌がやけに声量が上がっている。
それに、自分の忠告に一切耳を持たない。
「巫さん、、」
光一つない暗黒のため一段一段を手で確認しながら慎重に上る。
もう少しで自分が頭を強打した場所のはず。
まさか、巫さんは頭を打撲し、意識を失い倒れているのではないかと嫌な想像をしてしまい冷や汗が出る。
もし、万が一ここでそんなことが起こってしまえば巫さんと柊さんを担いで、今降りてきた長い階段を上らなければならない。
流石に筋力に自信のある自分でも覚醒状態でない時にそこまでの体力は有していない。
「あれ、この辺りだったはず、」
「レンガとモルタルは崩れるよ、崩れるよ、崩れるよ、レンガとモルタルは崩れるよ、」
「なんで、」
「マイフェアレディ」
「はぁ、はぁ、、」
「なんでどこにもいないんだよ、」
「ちょっと、柊さん!」
「巫さんどこにもいないですよ、」
「鉄と鋼で作りなさい、鉄と鋼で、鉄と鋼で、鉄と鋼で作りなさい」
「マイフェアレディ!」
「え、?」
「何?」
「自分を挑発してるんですか、?」
「今それどころじゃ、ないですよ、」
「鉄と鋼は折れ曲がる、折れ曲がる、折れ曲がる、鉄と鋼は折れ曲がる、」
駄目だ暗くて何も見えない。
それに、柊さんの声量が徐々に上がっており、耳が痛い。
そして、その声が周りの壁に反響して遠くで低い音を鳴り響かせている。
「マイフェアレディ!!」
「マイフェアレディ?」
そういえば、なぜこの曲は最後にこの言葉が必ず付いてくるのだろうか。
それに、なぜかこの曲はどこかでよく聞いたような、ずっとそばにあったような、そんな親しみを感じる。
「銀と金で作りなさい銀と金で、銀と金で、銀と金で作りなさい、」
「巫さんのことだ、万が一何かあっても大丈夫ですよね、、?」
「自分たちは朝陽を探さないといけない。
そう、探さないと、早く探さないと。」
そう自分に言い聞かせてまたもや階段を降り始める。
さっきまで凄く寒かったのが、頭を強打した場所から急激に暑くなり始めた。
汗が滝のように流れ、体が直射日光にでも照らされてるのではないかと思うほど熱い。
「マイフェアレディ!!!」
「ああ、もううるさい!」
暑さと疲労そして恐怖に束縛された自分の体はもう限界を迎えていた。
比較的心の広い自分でも、流石に怒りが込み上げてくる。
怖いから、一人になりたくないから、といったわがままに応え、負ぶっているにもかかわらず、後ろで挑発してくる柊さんには正直失望していた。
「銀と金は盗まれる、盗まれる、盗まれる、銀と金は盗まれる、」
それにしても、小さな光一つも一向に見える気配がない。
「朝陽ー!!」
「下にいるなら返事してくれー!」
「・・・」
「ゴォー、ゴォー」
「もう、どうなってるんだよ、」
階段を降りるにつれ脚への疲労が蓄積されていく。
それに、天井が低いこともあり柊さんを背負った状態で猫背に屈まなくてはいけないため、背骨への負担も大きい。
「駄目だ、柊さん、一回下ろしてもいいですか?」
「一晩中見張る人間を置きなさい、一晩中、一晩中、一晩中見張る人間を置きなさい、」
「もう、歌うのいい加減辞めてくださいよ、」
「マイフェアレディ!!!!」
「はぁ、」
「まだやるのか、」
何だ?今気づいたが、柊さんはこんなに重かっただろうか?
柊さんの脚に触れ、少し握ってみる。
がっしりとした筋肉質の感触。
明らかにこの階段を降り始めた時の柊さんとは違う。
それに、首元に組んだ柊さんの腕が徐々に首元に近づいており、自分の首を圧迫している。
「ちょっと、もうほんとに降ろしますね。」
「ねぇ、知ってる?功治くん」
「え、?」
「作っては壊れ、作っては壊れる。」
「川の神は人々にただで橋は作らせてはくれない。」
「そう、代償を求めたの。」
「マイ、フェア、レディ」
「川の神に捧げるには、やはり穢れのない清純な女性が選ばれた。」
「そして、人々は人柱となった女性をいつまでも忘れぬよう歌を作ったの」
「この歌と踊りは受け継がれ、今では子供たちの遊びへと変わった。」
「そして、この踊りは最後に橋が落ちる時に誰かが両手で囲まれるよね」
「ええ、そう、選ばれたの。」
「捧げ物として。」
「・・・」
「え、柊さ、ん?」
「うわぁ、誰だ、!」
「ガブォ」















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